第12話恋人?
「リゼルの消息はまだ掴めないの!?」
フォルカ王国の王妃は呼びつけた騎士にそう怒鳴りつけた。みんな怯えたような表情で彼女に跪いている。
「は、そ、それがまだ……全く分からないのです……」
「あの子がそう遠くに行っているとは思えないのよ! 国中探すと誓ったでしょう! それでもこの国の騎士なの!」
この城の人々はリゼルがまだこの国にいると思っている。彼女の足ではそう遠くには行けないと思っているのだ。そんな彼女がセルゼデート王国の王都にいるだなんて彼らは夢にも思っていないだろう。ましてや平民の家で、家事を手伝いその胸に恋心を宿しているだなんて想像もしていない。
「このことがセルゼデート王国に伝わればこの国は終わりよ!」
国王に縋り付き王妃は泣き崩れた。国王の方も心配そうな困惑したような顔をしている。
「引き続き捜索を続けよ。国中を駆け回り、草の根を分けてでも愚かな娘を探し出せ」
「仰せのままに」
「リ〜ゼちゃん! お使い頼んでもいーい?」
「お母さん! もちろんよ。任せて!」
自国の騎士たちが血眼になってリゼルを探し回っている中、そんなことも知らずに彼女は平和に暮らしていた。リアに見送られて街中を歩きながら目当ての店を目指す。
「うーん、今日もいいお天気ねえ。あら……?」
呑気に歩いていた彼女はふとなにかに気が付き足を止めた。見慣れた黒髪の青年が木の陰で誰かと話している。そっとその場に近寄ったリゼルはそれを見て大きく目を見開いた。
「オスロー……?」
彼と一緒にいたのは、見慣れない綺麗な女性。平民の服を着ているが隠しきれない優雅さが漂っている。明らかにどこぞの貴族の令嬢だ。位置的にオスローの顔は見えないが、話が弾んでいるように見える。何も考えられなくなって、リゼルはその場から逃げ出した。頭が真っ白になる。
「誰? 恋人? ち、違うわよね……? 今たまたま会っただけよね……?」
しかし彼女の考えも虚しく二人は仲睦まじげにカフェへと消えていった。
「さあ、白状なさいな。あなたの想い人はどなた? あの子かしら? それともあの子?」
「ま、待て落ち着け聞こえる……」
カフェの窓際の席でオスローは目の前にいる美少女に問い詰められていた。雪のように真っ白な肌に形の良いくちびる、澄んだモスグリーンの瞳に手入れされたさらさらの明るい茶髪。彼女はオスローの父親の妹が他国に嫁いで生まれた子供で、名前はニノン。彼のいとこである。
「わたくしが知らないとでも思って? あなたがあれほど上の空なのですわ。他の者にはばれなくてもわたくしには丸分かりでしてよ」
その綺麗な顔をオスローに近づけて睨みつけたあと、はっとしたように彼女は椅子に座り直す。
「失礼、行儀が悪かったですわね。とりあえずわたくしにはわかっていますの。あなたの想い人が貴族ではなく平民だとね」
やれやれ、とオスローは額に手を当て首を振った。
「ニノン、先程からずっと言っているがここはお前が来るべきところではない。いい加減帰れ」
「嫌よ。あなたが言える立場ではないでしょう。あなたの想い人を一目でも見るまで帰りませんわ」
ニノンはどうしても帰らないようだ。確かに彼にそんなことを言う資格はない。なぜなら彼だってこうして王都に来ているのだから。諦めたようにオスローは席を立ち彼女に手を差し伸べた。
「少しだけだぞ。遠くから見えたらすぐ帰れ」
「まあ嬉しい。仕方ないですわね、今日のところはそれで我慢しておいて差し上げますわ」
カフェを出たふたりはリゼルの家の方へと歩き出した。
頼まれた用事を終え、リゼルは再びカフェの前に来ていた。その視線の少し先にオスローとニノンがいる。
「オスロー……まだその御令嬢といるの……?」
不安げな表情を浮かべ、そっと後ろをつける。目的地はどこなのか彼女は知らないが、花屋で花を買ってやったり日除けの傘を持ってあげているオスローの姿にリゼルは不安を募らせていった。
「ここがその子の家? こんなに狭い所でよく暮らせますわね」
小さな声で、リアの家を見あげニノンはオスローに言った。
「仕方がないだろう彼女は庶民だ。鳥籠よりはましだと言っていたぞ」
鳥籠、という言葉を聞いてニノンはほんの少しだけ眉をひそめた。
「鳥籠?」
「鳥籠の中に住んでいた訳でもないのにおかしなことを言うだろう」
ははは、とオスローの乾いた笑い声が響く。だがニノンはひとつため息をついた。
「確かに
なにかわかったのだろうか。それは分からないが。彼女はどこからか取り出してきた扇子で口もとを少し隠して優雅に笑う。
「あなたには一生分かりませんわ」
あなたは鳥籠に囚われたことがありませんもの。今までも、この先も。
心の中でそう彼女が呟いたことを、オスローは知らない。
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ニノンちゃん意外と好き
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