第11話花のささやき
「あ、リーゼちゃん! おはよ~! 今日は楽しみにしておいてね!」
朝早くから会った彼女の友達に言われて、リゼルは不思議そうに首を傾けた。
「何を? 何かあるの?」
「内緒!」
意味が全く分からないといった様子で彼女はさらに首を傾げる。結局最後まで分からなかったので、彼女は頭にはてなマークを浮かべながら家に帰った。
「お母さん! 卵買ってきたよ~!」
「あら、ありがとうリーゼちゃん」
ミアと戯れていたリアがにっこりと笑う。そのままリゼルは朝食を作り始めた。
「ねえお母さん、さっき友達に『楽しみにしておいて』って言われたんだけど何か知ってる?」
「ごめんなさいね、私も知らないわ」
それを聞いた彼女はため息をつく。
「いったい何なのかしら? 教えてくれたっていいじゃないのねえ」
そんな事を呟きつつ、リゼルはさっき買ってきたばかりの卵を器に割り落した。
「まあ、あの子今日も来てくれたのね~! いらっしゃい! 待ってたのよ~!」
満面の笑みでオスローを迎えたリア。彼が来てとても嬉しそうだ。この三人、というのが彼女が落ち着く面子なのかもしれない。
「もう、最近はたまたまあったとかじゃなくて普通に来てるんじゃないのよ。別にいいけど」
確かに最初の方はリゼルに外で会ってから一緒に帰ってくるということが多かったが、今となってはもう彼の方からこの家を訪ねてきている。だが、たった一つだけ今日はいつもとまったく違うことがあった。
「後ろになにを持っているの? 気になるわ」
「ああこれか」
思い出したように後ろに回していた手をリゼルの方に伸ばす。その手に握られていたのは、色とりどりの花でつくられた花束だった。
「ちょ!? どういう風の吹きまわしかしら!?」
「来るときにお前がよく一緒にいる娘たちに声をかけられて家に行くなら花ぐらい持っていくものだと……」
リゼルは悟った。さっき彼女の友達たちが"楽しみにしておいて"と言っていたのはこのことだったのだ。しかも彼女たちが種類を選んだと思しきこの花束は「愛」という花言葉を持つ花で埋め尽くされている。
「あの時気付いておけばよかったわー!」
なんで気付かなかったんだろう、と、彼女は膝から崩れ落ちる。
「嫌だったか?」
「そんなわけないでしょ。お花はもらったら嬉しいもの」
若干頬を赤く染めながら、リゼルはオスローから花束を受け取って家の奥に消えていた。
「ありがとう。なんて綺麗なお花なんでしょう」
「喜んでもらえたのなら本望だ」
リアが笑う。
「あの子のお友達が選んだのかしら? 花言葉まで素敵なのね。今度はあなたが選んであげて? あの子ももっと喜ぶに違いないわ」
「ああ」
花束を花瓶に生けて、花の種類を確認し始めたリゼル。甘い香りが部屋に広がった。
「バラ、カーネーション、ベゴニア、チューリップにストック。花言葉は愛情、純粋な愛、愛の告白、不滅の愛、求愛」
そばにいたミアを抱き上げ、そのふわふわの毛に顔をうずめる。
「なんなのよ……あなたにそう思われてるって勘違いするじゃない……」
自分の友達が選んだのに。そんなことしたら勘違いしてしまうでしょう。ひとしきり呟いてから、彼女はそっとバラの花びらを撫でた。
「あなたが選んでくれたなら、もっと嬉しかったでしょうね……」
「リーゼちゃん? 大丈夫? 花瓶見つけられた?」
部屋の扉からリアが顔をのぞかせる。こんなに大きな花瓶を彼女が来てからリアは使ったことがないので不安になったのだろう。そして、リゼルの大丈夫、という言葉に安心したような顔を見せた。
「よかった。落として怪我でもしていたらと思ったけど大丈夫だったのね」
「落としたら音がなるでしょう。さすがのお母さんだって気づくはずだわ」
リアが本気で心配していたので、リゼルは面白そうに微笑みながらそう言った。
「あら本当ね。心配しちゃった~」
とてつもなく和やかな空気。オスローは遠くから、少し笑いながら二人の会話を見ている。この空間だけ、まるで世界から切り離されたところのように優しさに満ちていると思いながら。平和とはいいものなのだな、と思いながら。
「また来てね~!」
「あなたいつ仕事してるの……?」
背を向けて帰りみちを歩いていく彼に、二人は思い思いのたぶんこれから仕事なのだと思うが、本当にそれでいいのか疑問が残る。
「それにしてもお花本当に綺麗ね~! 不滅の愛なんて素敵だわ」
「お母さんはそういう言葉、いやになったりしないの?」
はしゃいでいるリアに、気遣うようにリゼルが声をかける。リアは好きだった人と何かあったはず。だがリアは首を横に振った。
「もういいの。ここに私がいる事だけでも奇跡なのよ。本当に。私のことは気にしないで。あなたの幸せが、今の私の幸せだから」
彼女が嘘をついているとは思えなかったのでリゼルはとびきりの笑顔で彼女に抱きついた。
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