第4話 第一章 風薫る④

「こーちゃんも、すき!」

「……よし」

 にこにこ。満面の笑みは純粋としか言いようがない。それを見た瞬間、普段とは切り離されたこの空間に明るさを感じた。

 知らないうちに笑っていたらしい。「ヨーコがわらったー!」リカちゃんが大声で私を指さすもんだから、瞬間色んな所から視線が突き刺さった。

「リカそんな大声出さないで。」

「だってこーちゃん、ヨーコかわいいよ!」

「リカの方が可愛いよ」

 おい。リカちゃんはボランティアさんから抜け出して私に抱きついた。へばりついて離れない。

 そんなに笑ったのが嬉しいか。普段は結構笑うんだけど、今まで無表情で感じ、悪かったかも。そう思うと少し申し訳なくなる。だってここ無理やり参加させられたと思ってたし、おばちゃんには慰められるし、ボランティアさんには怒られるしで。

 でもそれはリカちゃんには関係ないな。

「ごめんね」

「えー? なあにー?」

「いや、なんでもない。リカちゃんの方が可愛いよ」

 そう言うと嬉しそうに素直に笑って、リカちゃんは「だいすき!」と言った。

 ……なんていうか、感情表現がストレートというか、何と言うか。純粋とか、無垢とか、そういう言葉で構成されてるような子だな。そんな、心底思ってます! みたいな顔されたら、

「……ヨーコ?」

「うん。癒された。持って帰りたい」

 ぎゅうっと抱きしめるとリカちゃんが不思議そうな声を出してから、私の頭を小さい手で撫でた。

「言っとくけどお持ち帰り禁止だからね」

「ボランティアさんうるさい」

「おい年上に向かって」

「は? ……おいくつですか?」

「二十一。大学生。ちなみにあんたのガッコの卒業生」

 マジか。てっきり高校生なのかと思っていた。というのは口に出さずに驚いた。

 確かに、改めて見ると全体の雰囲気は大人っぽいような気もする。しかもなんか綺麗な顔立ちをしていることに今更気づいた。長めの前髪をジグザグとピンで無造作に留めているので中性的なつくりの、つり目で少しキツい印象を与える顔が協調されて、年齢を読みづらくさせていた。

「お名前は?」

「……なにいきなり。しぶしぶここ来たんでしょ? もう会わないなら聞く必要なくない?」

「多分また来るので、一応」

「来るわけ?」

「リカちゃんに会いに」

 ボランティアさんは一瞬きょとんとしてから、やがて声に出して笑った。

「あんた馬鹿ってよく言われんでしょ」

「なんでですか言われないですよ」

「なんか馬鹿っぽいもん。言動が」

 なんでよ。ひどい。

「つかなに、名前? 下と上どっち希望?」

「ええーっと、じゃあ上、で」

 いきなりファーストネームは失礼だよな。年上だし。ボランティアさんは笑った。

「松浦です」

「あ、松浦さん」

「うん、松浦さんで」

 普通こういうときってフルネーム名乗るものじゃないかと思う。まだ怒っているんだろうかと思ったが、時計の針を見て思ったより遅くなっているのに気づいてそれ以上聞くのをやめた。

「じゃあ、なんか遅くなってるからとりあえず帰ります。リカちゃんバイバイ」

「バイバイ!」

 腰に回された腕が解かれる。いつの間にか来てから一時間余りが経過していた。三分で帰るつもりだったのに。松浦さんに会釈して、リカちゃんを撫でてお暇しようと立ち上がる。

 ふと壁のあの人を見たけど、もうそこにはいなかった。短い金髪っぽい髪。遠目でも分かる病的な白さ。振られた手。

「ヨーコ」

 え。

「―――明日も来るの」

 名前を覚えられていたことにも、呼ばれたことにも質問にもびっくりして振り返ると、松浦さんは猫みたいなつり目がりな大きな目をじっとこちら向けていた。

 交流会は今日だけの設定で、明日からはどちらの学校も普通の登校日だ。来ていいんだろうかと首を傾けると、疑問に気付いたように、

「ヨーコ、学校終わったら来て!」

「そこの高校生なら交流登録すればいつでも出入り可能だから」

 二人は続きざまにそう言った。そっかそういうシステムなのか。そもそもその為のイベントだったのだと今になって気づく。

「多分」

「そっか。じゃあまた明日」

 多分あいつもまた来るよと言われて、それがさっきの金髪っぽいひとを指していると気づいて思わず苦笑いしてしまった。気になっていたのがバレバレでなんか恥ずかしいんですけど。

 もう一度二人に手を振ってから踵を返した。

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