第5話 第一章 風薫る⑤
「――――――ヨーコ、ほんとにあの交流会行ったの?」
クラスメイトの反応は意外そうなもの。行った翌日の昼休み。頷くと首を傾けられた。
「ヨーコこういうイベント嫌いじゃん」
「うん」
「断れなかったの? バックれちゃえばよかったのに」
「なんとなく」
「なんとなくぅ?」
クラスメイトが眉を持ち上げて私を凝視した。
「あのめんどくさがりのヨーコがねぇ。なんとなく、ねぇ」
「偉いでしょ?」
「はいはい、エライエライ。で、どうだったの? 楽しかった?」
あしらわれた。もっとちゃんと褒めてとふざければ笑うクラスメイト。
「意外と楽しかった」
「へー?」
「めっちゃ可愛い女の子いてさー。あとツンデレっぽい大学生のボランティアさんが話しかけてくれた」
「え、ツンデレ? って、なによ?」
「ウケるんだよ、なんか怒りっぽいのに可愛い。来たくないなら来るなよって言うくせに一緒に居てくれたし、聞けば答えてくれるし、名前覚えてくれるし」
「へー。いー人じゃん」
「うん。あと、」
――あと? なぜか浮かんだのは、やっぱりあの手を振ってきた金髪っぽい人。話さえしなかったのに浮かんできて思わず口を閉ざした。
「ヨーコ?」
「え」
「どした? あと、なに?」
「あ、なんでもない」
「そ?」
「うん。多分」
「は?」
ずる、と崩れる友人の頬杖。呆れて「ヨーコまじ、どうした」と言われながら、そういえば今日もあそこに行くんだと思い出して笑えてきた。ほんと、自分どうした。
それから何故か、毎日のように放課後は隣の校舎に行くようになった。クラスメイトには本気で頭の心配をされたけど、別にそうじゃない。ボランティア精神なんてものは自分の辞書にはなく、ただ単に快適な空調設備を求めているだけなんだけど。
「あー……、涼しい」
「ここエアコンの設備いいものねぇ」
「いいなぁ……」
「ヨーコちゃんの校舎はないんだっけ?」
「あるにはあるんですけど、稼働してません」
「あら」
ぐったりと目の前の真っ白でひんやりとした長いテーブルに突っ伏すと、前に受付であったおばちゃんに笑われた。おばちゃんはここのお手伝いさんらしい。以前、息子さんがここに通っていただとかなんとか。
ああ、本当に暑い。いや、今は涼しいけど。どうせ帰っても節電しなきゃだし。ということでここ最近ずっと入り浸っている。同じ敷地内にこんな隠れスポットがあったとは。
「ヨーコ、だいじょうぶー?」
「うぎゃ」
後ろから突然飛びつかれて、思わずカエルが潰されたような声が出た。背中にぴったりと張り付く体温が、くすくすという振動で揺れた。振り向くと、暑さなんて微塵も感じていないようにさらっとパッツンの前髪をなびかせる、幼い女の子。ツインテールが揺れた。
「ヨーコおそかったねー」
「そ? こんにちは」
「こんにちは!」
「リカちゃん」
「なあにー?」
「それ可愛いね。結んでもらったの?」
「おかあさんがやってくれたー!」
「へええ」
くりくりした目に満面の笑顔。なんだか本当に純粋無垢で、思わず今まで暑さでうだっていたことも忘れて、その華奢な体躯を引き寄せた。膝に乗せると楽しげにきゃらきゃら笑って、するりと腕を首にまわされる。
ヨーコと何度も名前を呼ばれた。おばちゃんがそれを横で見ながらにこにこしているのが視界の端に映った。あーかわいい。こんな妹ほしかったなー。
「ヨーコ」
「んー」
「今日も来てくれてうれしい」
「そーかー」
「ヨーコ、すごくすき」
――リカちゃんの言葉は、なんだか外国の人が一生懸命こっちの言葉を話すようだといつも思う。自分の思ったことをAとしたら、覚えたての言葉Bに一生懸命Aを当てはめているような。
それがくすぐったくて、いつも笑った。
「ヨーコは隣の学校にかよってる?」
「うん」
「学校たのしい?」
「それなりに」
「そっかー」
「リカちゃんは、ここ楽しい?」
「うん! たまに寂しくなるけど、こーちゃんもたまに来てくれるし、ミカちゃんも来るし、」
こーちゃん? ミカちゃん?
いくつか知らない名前が出てきたものの、それに、と続けるリカちゃんを促すように取りあえず頷いた。
「それに、ヨーコも来てくれるからすんごくたのしい!」
おお、おお。可愛いのう。ツインテールの先っちょを指でくるくる弄びながら満面の笑みを浮かべるリカちゃんは、天使だ。羽生えても違和感なさそう。天使の輪っかあっても驚かない。
「ありがと。嬉しいー」
「えへへ」
リカちゃんに感化されたのか、ここ最近「嬉しい」やら「ありがとう」やらが随分素直に口をついて出るようになった。学校の友人にも変わったね、と言われる始末。でもそれはきっといい意味で。
「こーちゃんと、ミカちゃんって?」
「? こーちゃんだよ?」
「……うん?」
「ヨーコ知ってるよ?」
「え」
誰だ。思い当たりが無いので首をひねっていると、隣から見かねたおばちゃんが、笑って、
「ほら、あの子。松浦くんよ」
「―――ああ」
やっと出てきた聞き覚えのある苗字に納得した。松浦さん。やけにツンデレな大学生のボランティアさん。多分下の名前がコースケだかコータローだかなんだろう。
「ミカちゃんは?」
「おねーちゃん!」
「おねーちゃん……」
「うん! ミカちゃんねーえ、リカと名前お揃いなんだよー」
そう言って、近くにあった画用紙に色鉛筆で拙く文字を書き始めたリカちゃん。
「みー……、か」
みか。美加。美しさを、加える。
「美加ちゃん?」
「うん! リカもね、加って書くの」
嬉しそうに笑って美加、と書かれた横に小さく文字を書く。李加。
「おお。かわいい漢字」
「ほんと? やったあ、ママに言っとく!」
李。一見してそっけない印象だけど、すももを表している。子どもの象徴だ。
“ママ”という女性が一体どういう意味を込めて名付けたかなんてわからないけど、多分この子は愛情に囲まれて育ったんだろうなぁと思った。
リカちゃんがここまで性格容姿ともに可愛いのは確実に両親のおかげだろう。ちょっと会ってみたい気もする。ミカちゃんって人も、見てみたいような。あのツンツン松浦さんまで、あんなに可愛がってるんだしなぁ。目の前で揺れるツインテールをくるくると弄っていると、リカちゃんは楽しそうに笑った。
「あ。ヨーコ、図書室いこ!」
「図書室?」
「あたらしいの入れたって、先生が言ってたから、見たい」
くるくる。指先で弄ぶ髪はサラサラで細い。おばちゃんがちょっと仕事してくるね、と立ち上がって行ってしまった。開ききった窓から強すぎる陽が入り込む。
「うーん、まぁ全然いいんだけど」
「やったあ!」
「そこ、エアコン効いてる?」
「えあこん?」
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