第9話 第一章 風薫る⑨
「ポテトちょっとくれー」
「たくさん食べな。細すぎるから」
Lサイズ何個買ったのってくらい大量のポテトをトレーにざらざらと出して次々食べていく同級生につられて一口貰うと、もっと食えとトレーごと押し出された。
「そんなにはいらないけどありがとう」
ふふふと笑うと、さっきから一緒に物理を見ていたカナちゃんに横からぎゅうと抱き着かれる。
「ヨーコも同じ大学行こうよ。そんでずっと勉強教えて」
「カナちゃんの大学レベル高いから無理だよ」
「さみしーよー」
寂しがってくれる同級生に笑って、「私もさみしい」と言うと、
「じゃあ夏休み一緒にオーキャン行ってくれる?」
え、そんな感じ?
具体的に誘われて曖昧に笑って返すと、周囲で「いいねー」「その帰り遊ぶ?」「日程グループに送る」とどんどん話が進んでいった。
ナプキンでポテトをつまんだ指をぬぐって、進んでいく話を尻目にコーヒーを飲んでいると、近くに座っていた同級生の一人に喧噪の中名前を呼ばれて顔を上げた。
「なあ」
「ん?」
「本当に進学しねえの?」
「しないよ。カズマは」
「俺はするよ。ていうか、ここの高校来たら普通は進学するよ」
「そんなことは、ないんじゃない?」
そこまで進学校というほどの高校じゃないと思う。偏差値高めだけど、公立だし、年に一人は就職希望者もいるんじゃないだろうか。
「最近お前こういうの来なかったじゃん」
「みんな真面目に勉強してんのに私がいたら邪魔だよ」
「お前が来た方が捗るだろ」
放課後は自習室やらファミレスやらで、塾行かない組が集まって自主勉してるのは知ってたけど、交ざろうとは思わなかった。考査の勉強しかしない自分がいて邪魔になっても捗ることはないだろう。今日は考査期間中だし、答え合わせと明日の勉強がメインだろうと思ってついてきたけど、確かに久しぶりな気がする。
「最近隣行ってんの」
「え」
特別支援学校の方行ってるからな、と内心思っている中でそう聞かれてびっくりした。
「よく知ってんね」
「噂になってるし」
「噂? なにそれ」
知らないんだけど。と言うとカズマは呆れたような顔をした。何で分かってないの?とでも言いたげ表情。そんな顔をされるようなことをしている覚えはない。
「三年のギャルが毎日ボランティア行ってる的な」
「はい?」
「お前目立つから」
「目立つ……」
内申点稼いでるとか思われているのだろうかと不安になる。
「ボランティアじゃないよ、あっち冷房超効いてるから。友達出来たし」
「友達?」
「カズマとかカナちゃんたちも行ったら喜ばれるよ。人懐こい子だから」
「いや、行かねえけど」
ていうか俺らとも遊んでよ。と苦笑されて、行きたいわけじゃなかったのかと見当違いなことを言ったことに少し恥ずかしくなった。
「そーだよー! カナたちとも遊んでよ!」
「ぐえ」
横から話を聞いていたらしいカナちゃんに再び抱き着かれてむせそうになる。
「ていうかカズマはヨーコが放課後すぐ帰っちゃうからジェラってるんだよ。気にしなくていいよ」
「は? ちげえし」
「ヨーコはカナと遊ぶんだもん。ねえ、ヨーコ今日この後もうちょいいる?」
「え、うん」
「明日の教科教えて!」
カナちゃんは「ちがうから!」と何やら叫んでいるカズマを無視して英語の教科書を出した。
自分が隣に通っていることが噂になっていたことに驚く。確かにこんな時期に勉強もせずに特別支援学校に入り浸っているのは良い視線を向けられていないのも当たり前かもしれない。でもリカちゃんやミズキに会うと癒されるのだ。完璧な室温が保たれた部屋は快適だし、あっちの図書室に行って自分の勉強をするのは集中できた。その間はリカちゃんもおとなしく自分の好きな本を見ているし、ミズキを見かけることも多い。日暮れになると簡単な手話を教え合うのも楽しかった。
特別支援学校の先生たちも、私が来るのをなぜか歓迎してくれていた。特に何をしているわけでもないのに、『ヨーコちゃんが来てくれるといい刺激になる』と微笑まれる。
あそこは涼しいし、勉強も出来るし、色んな人もいるし、みんなも行けばいいのに。そう思って、カナちゃんとカズマに「明日テスト終わったら一緒に行く?」と聞くとあっさり断られた。
「行っても何していいか分かんないし」
「何もしなくていいんだよ。勉強しててもいいし。ぼーっとしてても話しかけられるから暇にはなんない」
「それはヨーコだからでしょ」
「そんなことないって」
そう言ってカップに口をつける。そんなことあるって、とポテトを振るカナちゃんに笑った。私だからどう、ということはないと思った。本当に、リカちゃんは人懐っこいし、先生たちも優しい人たちばっかりだ。ああ、でも、
(…………よかった)
内心安心している自分がいるのに気付いてしまった。
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