第14話 第一章 風薫る⑭

「…………、」

 さっき担任に顔色の悪さを指摘されたことを思い出して舌打ちした。目を閉じてぐらついた視界をやり過ごし、息を吐く。体温が下がったように感じて、早めに座りたいと思った。特別支援学校の本校舎より別棟の方が近い。図書室は人が少ないわりに冷房がきいていた。

 ここで座り込んだらやばい。しゃがんだら最後立ち上がれない。経験則から無理やり足を動かして脇目もふらずすぐ近くにあった別棟に入ると、冷えた空気が肌に触れたのを感じてほっとした。

 同級生から指摘された通り、昔から体調を崩しやすかった。

 夏に限っては、なるべく昼間出歩かないようきつく言われていた幼少期よりはましになったけど、今でもときどきしんどくなる。やだな。体調に伴って気分が沈むのを感じた。

 別棟で唯一行ったことのある、狭くて暗いけど、涼しさでは断トツの図書室に入ると案の定誰もいなかった。と、思ったら、

「、」

 ガタ、と立ち上がったのは無意識に会えたらいいなと思っていた人物だった。

「……ミズキ」

 今日は制服じゃなく、ラフな格好をしているミズキが手に持っていた文庫本らしきものを机に置いて椅子をどかした。

 私の顔を見てミズキも驚いていたが、すぐに目尻を下げるようにして笑う。それに笑い返すと、近くに寄って、じっと私の顔を見つめた。

『座る?』

 入口近くの椅子を引いてそう言うように、手を引かれた。



 頷いて引かれるままに座ると、意識せず吸い込まれるようにテーブルに伏せてしまった。ミズキの戸惑ったような雰囲気を感じたが、気にすることも出来ずに日差しのない冷たい空気のなか、体の力が抜けていくのに合わせて目を閉じてしまう。すごい楽。

 何も言わない私に、ミズキは迷っていたようだったが、隣の椅子を引いて座った。そしてひんやりとした指先がこめかみに触れたのを感じて目を開けると、眉をひそめたミズキと目が合った。

 冷たい。

 そのまま触っていてほしくてじっとしていると、

『熱い』

 私の顔を指さしてそう言った。

『外暑かったから』

 上半身を起こさないまま笑うと、ミズキは形のいい眉をさらにひそめてしまった。

『保健室』

 行かないのか、と聞かれるがそこまでじゃないので首を横に振る。もう少しじっとしていたら元に戻る。冷たさが欲しくなって、手を伸ばしてミズキの指先に触れた。冷え性なんだろうか。骨ばった手は逆に心配になるくらい冷たかった。

 そのままミズキの手をひっくり返して、私のそれより広い掌に文字を書いた。

『夏休み始まった?』

 ミズキは読み取った後、手話ではなく同じようになぜか私の掌に文字を書く。長い指が躊躇いがちに肌の上を滑る。くすぐったい。

『昨日から』

 こっちの方が早かったのか。いいなと思って、どうして今日ここにいるんだろうと不思議に思う。

『家は兄貴がいて、朝喧嘩したから出てきた』

 まだ何も聞いていないのに。この間も思ったが察する能力が高い。すごいな。でも私も顔に出やすいって言われてるし、わかりやすいのか。

『お兄ちゃんいるんだ』

『仲悪い。ヨーコは』

『私もお姉ちゃんいるよ』

『仲いいの』

 なんて答えればいいか迷って笑って頷いた。

『そっちは今日から休み?』

 そう、とロッカーに放置されていた大量の教科書類が入った鞄を指すと苦笑いされた。小学生の頃からずっとこれだから自分でも呆れる。なんで少しずつもって帰らなかったんだろうと毎年思ってる気がする……。

『勉強すんの』

『するよ。多分』

『受験するから?』

『受験はしないけど、課題もあるし、明けにテストもあるし』

 と答えると意外そうな顔をされた。そんなに勉強しなさそうに見えるのだろうか。確かに熱心な方とはいえないけど。

『大学行くのかと思った』

 このご時世、高卒を自ら選ぶのは珍しいんだなとこういうとき再認識する。でも専門的にやりたいこともないし、勉強もそこまで好きじゃないし、自分にこれ以上の教育を施してもらいたいとは思わなかった。そういえばミズキって何年生なんだろう。

『ミズキも今年卒業?』

『来年』

 うそ。思わず手が止まる。

(年下だったのか……)

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