第13話 第一章 風薫る⑬

「……え、夏祭り?」

「なんだお前聞いてなかったのか? あっちの先生からとっくに聞いてると思ってたんだけど」

 空調が効いた職員室。ぱたぱたとうちわで自身の顔を煽ぎながら担任は汚い机の上の書類の山から「あーどこやったかなあ、っと、これだこれ」と、がさがさ一枚のプリントを引っ張り出してきた。あれ、こんな光景前にもあったような。デジャヴ?

「ほらよ、これ」

「えーっと……八月二十五日××夏祭り。ってこれ隣じゃん……」

「それ地域活性化で毎年盛り上げなきゃいけないからなー。やっぱ若いもんの集まる場所のがよかろーってことになったらしくてなー」

 うちの生徒が参加するかは別だけどー、とカラカラ悪気なく笑う担任の指す通り、その夏祭りが行われる場所はこの学校だった。正確に言うと、この学校の二つの校舎の敷地内で行われるらしい。当日は解放して一般のお客さんに大勢来てもらい盛り上がるという企画。

「センセー、ストップストップ。わざわざ貴重な放課後に職員室に呼び出しくらって何かと思えば祭りって何の話」

「え? いやだから向こうの養護も参加なんだってば。察しろ」

「つまり働けと?」

「そういうこった。お前なんか最近ほとんど毎日あっちの校舎行ってるんだってー? 先生たちの間で噂になってるぞー」

「いやそれ違うって」

「ヨーコこういうとこ嫌いじゃん。めんどくさいっていつも通り最初の仕事もばっくれるかと思ったのに、なぜかあれから通い詰めてるからなー。おかしいよなー、って」

「別にボランティアで行ってるとかじゃないから。ていうか噂するのやめてください」

「そうか。で、今回のボランティアどーする?」

「自分から聞いといて興味ないんすか」

 なんだこの適当な大人は。ていうか一体職員室でどんなにやる気がない人物として自分は語られていたんだろう。「じゃあ参加します」と自分でも無意識に返事をした後、さっさと帰ろうとカバンを持ち直すと、

「………ヨーコ? お前ちょっと顔青いぞ? 大丈夫か?」

 先生の珍しく心配そうな声にふっと振り返ると、思いがけず真摯な目と視線が交わった。

「先生の話が長いから貧血でも起こしたんじゃないッスか?」

「よし大丈夫っぽいな。無理そうだったらボランティアの件も先生が誰か代わりにやらせるから早めに言えよー」

「結局そういう話なの?」

「はいはい。まあ無理すんな。じゃあ夏休みしっかり勉強もしなさいよー」

「……はーい」

「はいさよーなら」

 職員室を出ると、終業式が終わってから結構経っていたらしくほとんど人の影がなかった。真昼間、誰もいないじりじりと明るい廊下を歩きながら空を見上げると、蝉の声に混じって陽炎まで見える。


 夏休みか。


 高校生活最後の夏休み。何人かと遊ぶ予定はあるものの、周りはやっぱり、塾やら模試で忙しそうな雰囲気で、なんとなく夏休みという字面が相応しくない。

 そういう自分も就活関係で予定は着実に埋まっているのを思い出してげんなりとした。こんな感じだとむしろ夏祭りは、ボランティアとはいえリカちゃんやミズキに会える分癒されるかもしれない。

 そう考えながら外に出た瞬間もわっとした空気に包まれた。

「うわ、あっつ」

 日差しも強いなか、思ったより高い温度に怯む。これで駅まで歩いたらしんどくなりそう。歩きたくない。

 でも校内にもう用はないし、残っている数少ない生徒も勉強してる人ばっかだし。自主勉組に誘われたけど、先生からの呼び出しを理由に断った。こないだも途中でブッチしたから怒られたけど、ヤマ勘ノートはばっちりだったらしく考査を乗り切った後は感謝された。今度なんか奢ってもらおう。

 暑い暑いと思いながら歩き、ゆっくりできるところを考えて思い浮かんだのはひとつだった。

 目的地が決まってから気持ち急いで隣の特別支援学校へ足をすすめて、最近見慣れた建物が近づいてきたとき、視界が揺らいだ。一瞬暑さを忘れて立ち止まる。

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