第12話 第一章 風薫る⑫
『テスト終わった?』
手を放したミズキが手話で話しかけてきたことでハッとした。なんか今すごい見惚れてた。
『明日で終わり。これから、教室で勉強しようとしてた』
『さっきの人たち、クラスメイト?』
頷くと、少し間が空いた。
『ヨーコ人気だね』
何を見てそう思ったんだろう。不思議に思いつつ首を傾けて否定した。
『いきなり話しかけてごめん』
不意に謝られて思わず「なんで」と口に出してしまった。なんでそんなこと言うんだろう。確かにびっくりはしたけど、でもそれより今は、
『会えてうれしいよ』
うれしさの方が大きい。そう言って笑うと、やっとつられたようにミズキも僅かに微笑んだ。そして、自然な動作で手首を引かれた。そのまま日陰の方に歩き出すミズキに、こんなとこ見られたらまた誤解されるんじゃないかと戸惑ったけど、冷たい感触が気持ちよくてそのままにした。
日陰まで来て、手が自由になったので『ミズキも授業もう終わった?』と聞くと、頷きが返ってきた。
『さっきの人たちって』
カナちゃんたちのことだろうか。頷いて続きを促すと少し困った顔をされた。
『ヨーコがこっち来てるの知ってるの?』
『知ってるよ』
『俺のことなんて言ってた?』
『……他校の人かって』
隣なのに制服も知らないのかと呆れられるのを承知で伝えると、ミズキはなぜかほっとした顔をした。
『他校の生徒ってことにして』
なんで、と咄嗟に思ったが、口に出すのを留めた。本人にとってはデリケートなことなのかもしれない。しかし顔に出てしまったのか、続けて『興味持たれて来られても困る』とミズキは言った。
『迷惑?』
来られるの、迷惑だったのだろうか。楽しいと思っていたのは独りよがりだったのか動揺すると、
『邪魔されたくないから』
さっき見た、無表情に近い顔でミズキはそう言った。
『ヨーコだけでいい』
短く言いきられて、今度は違う意味で動揺した。ハンバーガー屋で自分が思っていたことを言い当てられたのかと思った。
さっきまで握られていたせいで冷たいと感じていた手が熱くなった気がした。どうしよう。
(こんなの言わせるの駄目だ……)
駄目だと思うのに、ミズキも、図書室でリカちゃんと三人で過ごす時間を少なからず楽しいと思ってくれていたのだと知って、
『ごめん、嬉しい』
言いながら溜息を吐く。言うべきではないと分かってて出た言葉に、なぜかミズキは虚をつかれたような顔をしてから、じっと目を見つめてきた。感情が読めない一見して冷たく見える表情を眺めていると、ふっと目を逸らされる。
そして再び手を取られた。
無言で特別支援学校の方に引っ張られていくのについていきながら、教室で待っているであろう同級生を思い出す。まあいいか。あとでラインしとけばいいやと軽く考えて、ミズキの手を握りなおした。
「ミズキ」
聞こえていないはずなのに、ミズキは振り返った。
「図書室いきたい」
手を繋いだままなのでゆっくり喋ると、読み取った後、目を細めて笑った。
あーあ。
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