第7話 第一章 風薫る⑦


「……ヨーコ?」

 は、と気づくと図書室は暗くなりかけていた。

 リカちゃんが図鑑を抱えながら私の手に触れた。その体温に急激に現実に引き戻される。うわ、すごい寝てた気がする。

「あ、リカもこれ知ってる!」

「……あ、」

 さっきまで見ていた絵本を見てうれしそうにリカちゃんが笑って、さっきまで読んでいたそれの存在を思い出した。片付けないといけない。

「ヨーコも借りるの?」

「ううん。リカちゃんその図鑑借りたの?」

「うん!」

 そっかと笑うと、自然な動作で立ち上がりかけた私の腕に抱き着いた。そのまま片手で絵本を掴んで片そうとして、さっきの金髪の姿がないことに気付いた。帰っちゃったのか。なんとなくがっかりしながら元あった棚に行くと、

「え、ミズキ?」

 本棚に寄りかかるようにして立っていたミズキがいた。

 私を見るとふっと笑って、絵本を受け取って元の場所に戻していく。それを見てようやく、届かないから待っていてくれたのかと思い至って、びっくりして固まった。いい人すぎる。

 戻し終わってミズキが振り向くと、リカちゃんが私の腕に抱き着きながら「ミズキくん」と無邪気に笑った。

「リカちゃん知ってるの?」

「うん。ヨーコのおともだち?」

 無邪気な問いに、おともだちではないかもしれない…と苦笑いして「うーん」と何とも言えない返事をするとリカちゃんは不思議そうに首を傾けた。おともだちではないのに手伝ってくれたことが不思議らしい。

 不思議そうに見上げるリカちゃんに、ミズキは躊躇いなく手を伸ばして頭を撫でた。リカちゃんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにっこり笑った。



 リカちゃんの笑みにつられたようにミズキも笑った。嬉しそうに笑うとやっぱり一気に幼くなり、歳よりも純粋な印象を受ける。きれいな世界で過ごしているとこんな風になるのだろうか。

「返しに来るまで待っててくれたの?」

 ゆっくりとそう聞くと、あっさりと頷いた。右手の甲の上で左手の側面を跳ねさせると、「ヨーコ、それ、なあに」とリカちゃんが首を傾けた。

「手話だよ」

「しゅわ?」

「ありがとう、って意味だよ」

「ありがとう?」

 こう? とさっきの私の動作を真似するリカちゃんに「上手だね」と言うと、今度は私の目を見て同じ動作を繰り返した。小さな手から作られる言葉にたまらない気持ちになる。ミズキも同じだったようで、優しい目でリカちゃんを見ていた。

それからねだられるままに簡単な単語をいくつかミズキと教えていると、しばらく経ってから陽が落ち切りそうになっていた。

「リカ行かなきゃ!」

 外の様子に気づいたミズキが、「あ」という顔をしたのを見たリカちゃんは、つられるように窓の外を見てからそう言って立ち上がった。

「誰かお迎えに来るの?」

「えっと、先生がね、送ってくれるの今日は」

「あら、じゃあ教室まで一緒に行こう」

「ミズキくんは?」

 ミズキは見上げるリカちゃんの様子で内容を察したのか、少し迷ってからバイバイと手を振った。

「またおしえてね!」

 バイバイ! とミズキに手を振り返ると、リカちゃんは私の手を引いて慌てたように廊下へと向かおうとする。思わず後ろを振り返ると、暗くなった窓を背にして、

『またね』

 白い手がそう言ったのを見た。

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