第七巻

 しかし、どういう訳か『第十七号紛失』については、図書館に於いてもさほどの問題にはならなかった。図書館側は被害届も出さなかったし、内部調査も行われなかった。


 今のようにコンピューターで管理していた時代でもなかったし、また、実録本などという、時代のあだ花のような書物であったことも幸いしたのだろう。


 同じころ病弱だった夫が亡くなってしまったため、残された一人娘のためにも仕事を辞めるわけにはいかなかった。

 その間、正に針の筵に座らされているような、罪の意識に苛まれるような毎日だったに違いない。

 

 その後、ご承知の通り、『週刊実録』は廃刊となり、一時は『若妻のため息』を単行本化する話も立ち消えになって、その名前は作品と共に闇に葬られた。


 榊田奈美枝は無事に定年まで国会図書館で勤め上げ、最後は当時の女性としては異例の『課長』にまで昇進していたという。

 

『祖母は亡くなる間際まで、この事実については誰にも話さなかったそうです。最後には死の床で母にだけ告げました』


 彼女はそう言って、俯いたまま、涙をこぼした。


『それにしても・・・・』と、俺が聞く。

『何で貴方のお祖母さんは、そこまで十七号探しに執念を燃やされたんでしょうな。確かにあの小説は当時女性が書いたものとしては、かなりセンセーショナルだったのは事実ですが』

 俺の言葉に、

『実は・・・・』

 顔を上げ、何かを言おうとしたが、また黙ってしまった。

 その態度から、俺は『なるほど』と、合点した。


『あの十七号に掲載されていたエピソード、実話だったんですね』

 彼女はそっと頷き、そうしてまたゆっくりと話し始めた。


 祖母である榊田奈美枝は、貞淑な女性だった。しかしたった一度だけ、今でいう”不倫”をしたことがある。


 相手は夫の教え子、即ち大学の学生だった。

 

 祖母はそれについてもいまわの際に母に話して聞かせた。


 他の部分は全て彼女の創作だったのだが、十七話だけは真実、彼女の実際の体験をありのままに書いたのである。


『なるほど、分かりました』


 俺はそう言うと腰を上げ、十七号を持ち、

『証拠隠滅と行きましょう。これは私が処分させて頂きます』


『え?でも、探偵さんがそんなことをしても・・・・これは犯罪になるんじゃ・・・・』


『殺人に関しては時効は既に廃止になってますが、それ以外はまだ生きています。何年だったか知りませんが・・・・ましてやこの事件は正式に警察に届けられてはいないんでしょう?』

『・・・・』彼女は何も言わずに、大きく頷いた。

『なら、これは犯罪じゃない。違いますか?』


 俺は本を取り上げ、彼女の目の前で引き裂いた。








 

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