第五巻
『失礼しました・・・・私の名前は
彼女はそう言って頭を下げる。
『何故、盗まれたと分かるんですか?』俺の言葉に、彼女はカウンターの前から立ち上がると、意味ありげな表情をしながら、
『これから、時間はおありですか?』と言った。
『証拠を見せて下さるならば』俺は答える。
『では、行きましょう』
俺もコーヒー代を払って、図書館を後にした。
彼女は手を挙げ、タクシーを停める。
行く先は目黒区の自由が丘と告げた。
正体不明の女と一緒にタクシーに乗るなんざ、ちょっとした冒険ではある。
俺はジャケットの上から懐をそっと触った。
虫の知らせと言う奴だろう。
本当ならこんな半端仕事に持って歩く必要はなかったのだが、何故か”相棒”をぶら下げて来ていた。
彼女の顔を横目で見る。
何食わぬ顔で前を見ていた。
特段何かを企んでいるようにも見えないが・・・・。
凡そ40分ほどで、タクシーは自由が丘に着いた。
そこは古い家並みが今でも残っている、都内でも珍しい地域だった。
その中の一軒、石造りの立派な門構えの、正に『邸宅』と言う呼び名に相応しい家の前で停め、金を払って彼女が先に降りた。
『榊田』という、大理石に刻んだ表札が門柱にかかっている。
自然石で作られた階段を上がり、大きな玄関の前に立ち、彼女は鍵を開け、
『さあ、どうぞ』と俺を招き入れた。
”陽の当たる坂道”だったかな。
俺は思った。確か裕次郎と芦川いづみが共演した映画に、こんな家が出てきたような気がする。
用意してくれたスリッパを履き、綺麗に磨き上げられた廊下を歩く。
凡そ二メートルほどの廊下を歩き、大きな襖を開けると、そこは畳の上に絨毯が敷いてあり、その上に足の太い立派な応接セットが置かれてあった。
『どうぞ、お楽に』
彼女の言葉に、俺は十分注意しながらソファに腰を下ろす。
『ちょっとお待ちくださいね』
そう言って彼女は席を外す。
ほんの間もなくして、朱塗りの大きな盆に、コーヒーポットとカップのセットを乗せて戻ってきた。
『コーヒーでよろしかったですか?』
『いや、飲み物は結構です。それより何で私をここまで連れてきたか、お話を伺いたいものですな』
そうでしたわね。則子はそう言って、もう一度どこかへ行き、しばらくすると、今度は何やら黒い大きな革製の鞄を一つ提げて戻ってきた。
それをテーブルの上に置き、小さなカギで蓋を開ける。
鞄の中から風呂敷包みを二つ取り出し、並べて置いた。
『どうぞ、ご覧になってくださいませ』
促されて、俺は風呂敷包みを開けてみる。
中から出てきたのは、そう、紛れもなく
『週刊実録』
の、創刊号から最終号までの一揃いだった。
俺は一つ一つ、ナンバーを確かめてみる。
その中には幻の『第十七号』もあった。
しかし、これだけは他とは違う。
他のはシミややけがあったり、表紙が破れていたりと、お世辞にも保存状態はよくなかったが、第十七号だけは完璧な保存状態だった。
俺は手に取って、丹念に調べてみる。
その理由はすぐに分かった。
そこには『国立国会図書館』の蔵書であることを示すシリアルナンバーを記したラベルが貼ってあったのである。
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