第四巻

”最初からここへ来ればよかったんだ”


 俺は腹の中で呟き、思わず苦笑いをした。


”ここ”というのは、つまりは千代田区永田町にある国立国会図書館のことである。


 何しろ貴重な資料から、新聞、雑誌に至るまで、その年に国内で出版された書籍が全て所蔵されている。


 当り前だが買うことはできないが、コピーは取ることが可能だ。


 まず一階の受付にあるロッカーに、持ち物を預けなければならない。

(盗難防止のためだ)

 そこで預かり証のようなカードが発行される。


 入り口にはゲートがあって、カードをそこに通すと、バーが上がり、やっと中に入れる。


 館内は貴重な資料を収蔵してあるフロアを除き、比較的自由に行き来することが出来る。

 利用したことのある人なら良く分かっているだろうが、本を閲覧するといっても、普通の図書館とは違い、

『閉架式』といって、本棚から直接取ることはできない。


 俺は二階にある、雑誌専門のコーナーに行き、そこに置かれている端末に、もう一度さっきのカードを通すと、カードが一枚出てきた。

 そこに自筆で自分が閲覧したい本、年月日、シリアルナンバーを書き込み、受付窓口に持ってゆくと、係員が『お待ちください』といって、暫時待っていると、名前を呼ばれ、本を書庫から持ってきてくれるという寸法だ。


 但し、混雑をしていると、当然待たされる。

 そして午前11時30分になると、受付窓口は閉まり、

”午後の受付は1時30分からとなります”

 何故二時間も貸し出し業務を停止するのか俺にも分からない。

 表向きの理由はどうやら”書庫の整理に時間がかかるから”ということらしいが、ひねくれものの俺は、

”役人の考えることだ。どうせ人よりも休みを取りたいんだろう”などと考えてしまう。


 具合の悪いことに、ちょうど俺が窓口に行った時には、その11時30分を過ぎてしまっていた。


 俺の後ろには2~3人の閲覧希望者がいたが、みんな残念そうに肩を落とし、その場を離れていった。



 幸いなことに、館内には別棟だったが、コーヒーショップとレストランがある。

 仕方ない。


 約二時間をここで過ごすとしよう。


 俺はその場を離れ、階段を降り、一階の入り口近くのコーヒーショップのスタンドに腰を下ろし、美味くも不味くもないコーヒーを啜っていた。

『あのう・・・・』


 突然呼びかけられたが振り向くと、隣の席に一人の女性が座っていた。

 地味な身なりだった。

 日本人形のような髪型。

 半袖のブラウス。

 黒いフレアスカートに、小さなショルダーバッグを肩から下げている。

 まだ若い女だ。

 恐らく二十歳はたちを少し過ぎたばかりと言ったところだろう。

『お隣、空いてますか?』

 俺は、

『失礼』

 と答え、空いていた椅子に置きっぱなしにしていた貸し出しカードをカウンターの上に戻す。


『”週刊実録の通刊第17号”をお探しなんですね?』

 彼女は俺のカードを読み取ってそう言った。

『そうですが、それが何か?』

 彼女は眼鏡を外してそれをハンカチで拭くと、気の毒そうな声で言った。

『すみませんが・・・・歯抜けなんです』

『歯抜け?』

『17号は置いてないってことです』

『どうして分かるんです?』

『盗まれたんですよ。とうの昔に』


 今度は、俺が仰天する番だった。

 



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