第三巻

 俺はまず、神田の神保町に出かけた。

 

 昔ほどではないにしろ、東京で古本ということになれば、やはりここしかなかろう。

 俺はこう見えても本好きだから、馴染みが二軒ほどある。


 そんな一軒に、古雑誌を専門に扱っている店があった。


 主人は俺より三つほど年上で、頭の禿げた口数の少ない、偏屈なオヤジだった。月刊誌、週刊誌に至るまで、ありとあらゆる雑誌が置いてある。


 久しぶりに顔を見せた彼は、


『おう、探偵屋、何か売りに来たか?一山千円なら買ってやらんでもないぞ』と、ぶっきらぼうに言った。


 俺は試しに『週刊実録』について訊ねてみた。するとオヤジは、素っ気なく

『ああ、あれねぇ』と答えた。


『一昨年くらいまでは時々ウチにも入って来たんだがね。今はないな。』


 彼によれば、あの雑誌は戦後すぐに腐るほど発行されていた『カストリ雑誌(カストリとは安物の焼酎と言う意味で、三号で潰れる=廃刊になる)』の残党が創った雑誌で、古今東西の実話(と称するフィクション)をかき集めてきて掲載していたもので、どぎつい挿絵と、扇情的な文章を売り物にしていた。

 しかしそれとても時代の流れにはついてゆけず、結局は休刊に追い込まれてしまったというわけだ。


『幾ら古本屋だからって、需要がなけりゃ商売にならん。何しろこれで食っているんだからな』

 つまり売れないものを積んでおいたってただの紙屑だから、当然どこも置かなくなるというわけだ。


 試しに俺は、進藤社長がいうところの『通刊十七号』についても聞いてみた。

『俺も一度だけしか見かけたことはないな。内容は特別際立ったもんでもなかったよ』

 彼は面白くもなさそうな顔をして、近くにあった陶器の灰皿から、短くなりかけたシケモクをつまみ出して火を点けてふかす。


 これ以上ここにいても意味があるまい。


 俺はそう判断し、『有難う、参考になったよ』といい、邪魔した例に、前から目をつけていたミリタリー雑誌を一冊(それほど高いものではない。せいぜい五百円くらいのものだ)を買い求めた。

 ついでに、

『若妻のため息』について訊ねてみた。

『うん、あれは結構面白かった』と、滅多に褒めないオヤジがそこだけ妙に強調して答えた。

『あの手の雑誌の中では文章もまともで、性という問題を真面目に書いていたな。しかし残念ながら載ったのがあの雑誌だからな』


 俺はもう一度礼を言って店を出た。


 その後、二三軒ハシゴしてみたものの、どこでも得られた情報は大したものではなかった。


 これ以上調べても、何も出て来やしないだろう。

 いっそのことあの社長には適当なことを言って仕事を放り出してしまおうか?

 そんなことも頭をよぎった。


 いや、やはりそれはいかん。

 痩せても枯れても俺は探偵だ。

 プロだ。

 プロならばどんな半端仕事でも、請け負ったからには達成しなければならない。

 そう思いなおし、俺は神田を後にした。


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