第24話



 大変お待たせ致しました。前回から12、3日ぐらい経ってしまいましたがようやく投稿できます。

 何故遅れたのか? まぁ一度最初から書き直した、というのもあるのですが……。


 ……色々気を使うお色気だからですよ! 一万文字超えてしまいました。


──────────────────────────────




 「……トウヤ様?」


 深夜も深夜、暗闇に沈んだ時間帯。クリスは自分の体を抱える主へと声をかけるが……返事は返ってこない。


 トウヤからは規則正しい寝息が聞こえてきて、どうやら既に寝ているらしいことを悟る。それもそのはずで、クリスだって今の今まで寝ていたのだ。

 それでも時間は未だ日付を超えたぐらいだろうか。


 まだ先程までの気分の高揚が残っている。抵抗しないトウヤをベッドに引き込み、抱きつき、抱き締められた時の高揚……そして今も自分のことを大事に抱いているトウヤに、緊張と高揚と、安堵を覚えている。


 温もりに包まれながら眠ることがこんなにも心地よいものだとは思ってもいなかったのだ。一人で眠るよりも暖かく、温かい。

 ただし起きた瞬間にトウヤという異性に抱きしめられているこの状況は、心臓にも悪かった。ドキドキしてしまって目は冴えてしまう。


 それと同時に、芽生える羞恥心───寝る前の、トウヤに対する過激な発言を思い出して恥ずかしくなっていたのだ。


 ───私も、変な気分になってしまうのは仕方ないですよね……?


 「っ~~~……」


 アレを言ったのは誰だと赤面しながら考える。そして、自分だと当たり前のように思い至る。


 当然だが、普段からあのような発言をしている訳では無い。アレは気分が高揚していた故にうっかり思ったことをそのまま口にしてしまった状態である。


 だが既に言ってしまったのは事実。トウヤにどう思われたのか心配になるが……クリスはこんなことを考えていては眠れないと思い、誤魔化そうと少し身動ぎした。

 トウヤの胸辺りから体を動かし、お互いの顔が同じ位置に来るようにする。やはりトウヤは眠っていて、かなり熟睡しているようだ。

 規則正しい寝息と、無垢な寝顔。


 「……少し、可愛いですね」


 先の思考を忘れるように、敢えて口にして意識をこちらに向けてみる。起きている時は常にポーカーフェイスで、クールな雰囲気を崩さず焦った表情もほとんどないトウヤだが、こうしてみると意外にも童顔なことがわかる。

 普段はそうは思わないので、もしかしたらこの自然な表情こそトウヤの本当の顔なのかもしれない。


 そう思ってしまうと、なんというかトウヤが可愛く見えてきてしまう。普段がクールなため、余計にそう感じるのだろう。


 今のトウヤはまさに子供。もちろんクリスより大人なのは分かっているし、経験などもあるだろう。思考力や戦闘力、その他の能力もほとんどクリスより大きく優っている。

 ただそれでも……この顔は、大人ではなかった。

 

 右手を持ち上げて、その頬に手を添える。傍から見れば愛しそうにしているように見えるだろう。実際少しそんな気持ちだった。


 愛おしく、そして……僅かに、しかし確かに感じる罪悪感。

 己が犯した罪。トウヤ達勇者を強制的に召喚し、家族と、故郷と引き離した大罪。

 そのことを意識しなかったことは一度たりともない。


 誰かが言った拉致行為というのも、決して間違いではないだろう。勇者召喚とは、自己の都合で他人を拉致し挙句の果てに手を貸してもらおうという、酷く自分勝手な行いなのだ。


 しかもそれだけでなく、トウヤには酷い悪夢という形で大きな支障が出ている。先程のことを思えば、尋常ではないというのも傍目から簡単にわかってしまう。

 今日までほぼ毎日、それと戦ってきた。それでいて、他者の前では上手く隠していたのだろう。

 ただ限界があったから……トウヤはルリを選んだ。孤独を埋めることで解消しようとした。

 結果としてトウヤは、それでもなお一人では悪夢に苛まれてしまっている。関係を作ってなお、いや、もしかしたら関係を作ったからこそなのかもしれない。誰も近くに居ない場所で眠れば、あんなに酷くなる。


 クリスと寝ることに抵抗や躊躇いを見せないほど、弱ってしまう。それ程までに、元の世界に置いてきた人物はトウヤの心を大きく占めていたのだろう。


 トウヤがそんな悪夢を見るというのは、直接的にクリスの、国の責任で。


 実を言えば、それがわかっているからこそクリスはトウヤを自身のベッドに入れるという行為に走ったのだ。

 単に信頼だけの話ではない。そこには罪の意識があって、勝手にこれを償いにしている。


 要するに、自己満足。


 トウヤはきっと、その因果関係を改めて理解してもクリスを責めないだろう。仕方ない事だったんだろ、クリスのせいじゃない。クリスの方から話を持ち出せば、そんな返答が返ってくる確信がある。

 それはトウヤが気にしていない証拠。クリスに責任を求めようとはしていないということだ。

 償いや贖罪を求めたり、罰を与えることはなく、トウヤはクリスに対し無茶な要求はしない。あるのは現実的な範囲での援助の求めぐらい。


 だからこそ、消えない。消えない罪の意識がある。その最たる様子を先程見せられて、より強く思ってしまう。


 トウヤ程の人間は、痛みや辛さに耐性があってもおかしくはなく、実際メンタルが強い部分も多々ある。そんなトウヤがあそこまでなるような悪夢は、それこそ本人にとっては死ぬことよりも辛い事なのだろう。


 それでも、クリスを責めることはなく、当たることは無い。弱っているからそんなところまで頭が回らないといえばそうだが、トウヤは一度として明確にクリスに何かを求めることは無かった。

 そんなトウヤに自分から提案することで、クリスは自身の罪の意識を和らげている。


 この気持ちが真に解消されることは無いだろう。何をしたところで、違う世界に連れ去った罪は消えることは無い。


 なぜなら、それをトウヤが罪と認識していないのだから……。


 「……可笑しな話です。勇者はトウヤ様だけではないと言うのに」


 自分がトウヤのことばかり気にかけ、トウヤからの印象を気にしていることを疑問に思う。

 償いがしたいなら、相手はトウヤだけでは決してない。タクマ、イツキ、シンジ、ミノリ。それ以外にも沢山の人をトウヤ同様に拉致した。故郷に帰れなくした。


 にも関わらず、気にしているのはトウヤのことばかり。確かに勇者全体に最優先で思考を割いていることはあるが、それはあくまで全体を見た時の話。

 その中で個人にここまで傾倒しているのはそれこそ他にはタクマぐらいで、そのタクマにすら何か冗談やからかいを言ったことなどほとんど無い関係。トウヤと比べるとまだ関係は薄いと言わざるを得ない。


 それを考えると、自分の感じている罪の意識が果たしてどんなものなのか分からなくなってくる。客観的に見れば、トウヤに媚びを売っているようにすら思えてしまうだろう。

 実際、きっとトウヤ以外の勇者が今のトウヤと同じ状態になったとしても、こんなことは出来ない。少し親身になって話を聞くまでが関の山だ。


  トウヤに対してだけ、という理由を探せば思いつくものはある。例えばトウヤの能力を求めてのこと。トウヤからの協力を得られやすくしておきたいと思うなら、トウヤにこうやって注力するのはわかる。

 例えば、トウヤに対して親しみを覚えていること。信頼しているのは事実だから、そんなトウヤに償いがしたいと思っている。


 例えば……トウヤのことが、好きであること。


 「……」

 

 クリスはトウヤのことを見つめる。確かに端正な顔立ちで、容姿は申し分なく思う。

 性格は? 紳士的で、気遣いが出来て、こちらを子供扱いはせず対等に考えていて、しかししっかりと頼らせてくれて……。

 能力なんて、語るまでもない。戦闘能力はもちろん、思考力や観察力も飛び抜けていて、これ程万能な人間を探すことなど国の力を持ってしても難しいに違いない。しかもそれでまだ成長限界を見せていない。

 ならば人間としての信頼は? それこそ最初から分かりきっていたことだ。倫理観はしっかりとしているし、クリスを異性として扱いながらも欲を見せず、何よりあのルリが信頼し好きになっている。

 立場に関しても、勇者であるならば決して不相応ではない。むしろ場合によってはクリスの方が不足している可能性すらあるほどだ。


 語れば語るほど、トウヤは魅力的な人間だ。本当に好きであるならば、結婚する気で考えるならば、もう彼以外を選択し悩む必要など一切無いほどに。

 それが本心であるならば、好きな相手に気を遣うことは至極当然のことだ。


 もっとも、こうやって考えはしてもそれは有り得ないとわかっている。何故ならトウヤには既にルリが居る。そんな相手を好きになることはまず無い。


 もしも本当に自分がトウヤのことを好きだと言うのならば、今こうしていることはルリに対する略奪行為。無論そんなはずはなく、同じベッドで寝ているのは、お互いに恋愛感情を持っていないからこそ成立している行為なのだ。

 トウヤはそんな感情を持ってはいないだろう。そしてクリスも、持ってはいないはず。あるのは初めての行為に対する緊張と、ちょっとの高揚と……拒絶されなかったことへの安堵だけ。


 ただ現状持っている情報の中で、最も魅力的な異性がトウヤなだけだ。もしトウヤに誰もおらず、クリス自身が相手を決めろという話があったらトウヤを選ぶ、という意味の話。


 トウヤだけにこうして特別な接し方をしているのは、罪悪感と、強い信頼から来るもの。それ以外の感情は入っていない。


 ……だからと言って、この事実をルリに話す勇気は到底無いが。実際トウヤに変なことを言ってしまった事実はあるし、例え恋愛感情がないとしてもこれは過激に過ぎる。


 救いがあるとすれば、実際これによってトウヤは穏やかな表情をしており、とても魘されているようには見えないことだろう。ともすれば、いい夢でも見ていそうだ。

 結果が伴えば、ある程度の過程は許容される。許容できる。

 例えそれが罪悪感から来るものだとしても、少しのご褒美を得るぐらいは誰も咎めることは無いだろう。


 こうやってトウヤの無垢な寝顔を眺めること。彼の腕の中に居ること。今だけは王女ではなく一人の少女として、この状況に身を浸したかった。

 

 もう少し、もうちょっと近づいても良いだろうか。この場にいるのは自分だけで、そうバレることはない。

 クリスは全身を密着させるようにトウヤに近づく。それは、小さな子供が親と寝る時抱きつくように。そんなことをすれば当然、傍からどう見える体勢かなど考えるまでもない。


 それでもやってしまう……一つだけ、自分に嘘をつき、誤魔化している欲求があることを認めるように、トウヤへ密着してしまう。


 クリスはトウヤのことを、異性として好きな訳では無い。

 だが同時に、自分だけの存在でいて欲しいという気持ち───つまるところ『独占欲』も確かにある。こうやって自分だけの護衛でいてくれて、こうやってこちらの言う通りにして、弱い所を晒し、そして頼って欲しい。

 こちらが頼った時は頼れる兄のような存在で、しかしふとした瞬間には歳下の自分に頼ってしまうような弱さを持っていて欲しい。


 初めてかもしれないのだ。こんなにも頼ってくれて、頼らせてくれる人は。弱さを見せてくれて、それを支えたいと思える人は……トウヤが、初めてかもしれないのだ。

 だから人生で初めて見つけたそんな人を、手離したくない気持ちを持ってしまうのは、少なからず束縛のある自分の人生を考えれば仕方ないとも言えるのではないか。


 もちろんそんなことは叶わぬ願い。何故なら既にトウヤはルリを選んだ。この思いを行為に出すのが、表明するのが許されるとすれば、それはルリだけだろう。


 「……いけませんね。普段はこんなこと、考えないのに……」


 出さなくていい部分まで思考が表面に出てきてしまっているのが自覚できる。


 今、自分がトウヤに頼られていること。縋られていること。トウヤを独占していることに対し喜びを感じているなどというのは、心の奥底にしまっておくべきなのだ。


 これ以上思考を加速させないよう、クリスはそっとトウヤに背を向ける。このまま見つめていれば、いらない事まで考えてしまうだろう。

 そう思っての事だったが、クリスが身動ぎしたことに反応したのか、トウヤは腕の位置を少し変え、より強く抱き締めてきた。


 「えっ、トウヤ様……!?」


 抱き寄せられる体。どうもトウヤは抱きつき癖があるのか、クリスの体を強く抱き締める。痛い訳では無いが、抵抗は全くできず、抜け出すことも無理そうだ。

 いや、そんなことよりももっと重大な問題があった。抱き締められるのはむしろ嬉しいことだし、クリスも構わないのだが、だがしかしこれは……。


 「ど、どこを触って、いるのですか……変なことは、ダメって……!」


 焦った声。トウヤは抱き締めながら、クリスの胸に手を伸ばしていたのだ。いや、それはまだ軽い表現だろう。正確に言えばクリスの胸は見事に揉まれてしまっていた。


 女性としては決して大きくはない、しかし年齢を考慮すればそれなりの大きさ。


 クリスは慌てて背後を確認するが、トウヤは相も変わらず眠っている。寝たフリをしているようにも見えず、故にこれは寝相なのだろう。

 クリスが動いたから、たまたま動いて、たまたま胸を触ってしまっているだけ。


 だがトウヤの手つきはどこかいやらしい。クリスが触られることに慣れていないせいもあるかもしれないが、それにしたってなんというか……偶然にしては、手の動きがそういう意図のあるものとしか思えないのだ。

 

 ふとクリスはルリが言っていたことを思い出す。ルリは夢に関してのことをクリスへ話す際、トウヤの寝相が悪くて大変とも言っていたのだ。

 ルリがトウヤの寝相に言及することは何もおかしなことではない。同じベッドを使っているのなら、相手の寝相が気になることもあるだろう。その時はトウヤの寝相が悪いということに意外だと思ったぐらいだった。


 正直こうして一緒に寝るまでは、寝ている間にゴロゴロと動きベッドから落ちてしまうようなものを想像していたのだが、この状況には流石にもしやと思い始める。


 ───もしかかてルリさんが言ってた『寝相が悪い』って、そういう意味なのですか……!?


 普通なら有り得ない。こんなことを寝相と一括りにしてしまうことは無いだろう。

 だがルリならありうると思ってしまった。ルリは色々敏くて疎い。彼女にとってこれが『トウヤの寝相』であるならば、さらっとクリスに告げてしまうことは十分に有り得る可能性だ。


 恐らくルリはトウヤにこんなことをされても許容してしまう。むしろこれ幸いとばかりに流れに身を任せてしまうかもしれない。最近のルリの印象はまさにそんな感じで、トウヤに対しては何でも許してしまいそうなのだ。


 無論クリスとしては、こんなこと許容できるはずも無い。そもそも胸を揉まれた経験すらなく、精々が抱きついた時に当たってしまうぐらいだ。

 

 それが今や、トウヤに触れられてしまっている。

 まるで確認するように何度も指先に力を込められ、揉まれている感覚が伝わってしまう。


 「んっ……」


 声が漏れ、慌てて口を閉じるもトウヤの動きは止まらない。それこそ、これはクリスのことを愛撫しているとしか思えない指使いだ。

 優しく触れて、押し込んで……感じさせるように動くトウヤの指先に、否が応でも意識が集中してしまう。


 これがもし乱暴なものだったら、クリスは無理矢理にでもトウヤを押し退けようと抵抗していたはずだ。

 しかし実際にはトウヤのソレは優しいもので、気遣うようなもので、別にそんなものを望んではいないのだがどうしてか体が許してしまう。


 服の上を這う手に、抵抗の力を削がれていた。


 触られている胸の奥で心臓がバクバクと音を鳴らし、その音が伝わってしまっているかのよう。これから何をされるのか怖くて、緊張して、恥ずかしくて……。


 「ひっ……」


 突然ぴとっと肌に触れた温かな感覚に、悲鳴が出そうになった。

 トウヤの右手が降って、お腹から服の中に入ってきたのだ。


 「ゃっ、な、何して……わ、私はルリさんじゃないんですよ……!?」


 これまでのトウヤの感じから、『そういうこと』をしているのは明白。ここまでくると、この動きもたまたまなどではないのだろう。

 そのままお腹、お臍、鳩尾肋と徐々にトウヤの右手は肌を伝いながら上がっていき、やがて……クリスの胸に辿り着く。


 「───っ!?」


 ───触られた、触られた触られた。

 トウヤに、触られてしまった。服の上からではなく、直接、直に、こんな場所を。


 服を挟んでのとは全く違う感覚。生身の、何の防御力もない肌に直接触られていること。

 異性にそういう目的で触られていることがこんなにも不思議な感覚だとは思いもしなかった。故に困惑がある。


 嫌では……無い、と思う。そもそもトウヤに触られることに対して抵抗があまりない。ただしそれが余計にクリスの頭を混乱させていた要因でもあるのだが。

 優しく胸を弄ってくるトウヤの手を振り払うことは出来ない。もしもこれが他の人間であれば、抵抗し、振り払い、暴力をすら振るっていただろうが、そんな気は全く起きなかった。


 かと言って冷静でいられるわけもない。混乱したクリスの頭の中では、体に与えられる感覚と、トウヤにされていることへの羞恥でいっぱいいっぱいであった。

 

 左手が服の上から触ってきて、右手は直接クリスの胸を弄ってきて……頭がおかしくなりそうだ。

 悶えるようにしながら何度かトウヤの手で揉まれた後、その指先が胸の先端にまで伸びてきて、触られた瞬間体がビクッと震える。


 襲ってくる未体験の感覚。胸を触られるくすぐったさ、もどかしさとは違うモノ。

 弱く痺れるようなその未知の感覚を、混乱しているクリスの脳は処理しきれなかった。


 脳が理解出来ないから、過敏になる。

 触られる度に震えてしまうのは、きっとそのせいだ。声が出そうになってしまうのも、そのせい。


 決して、トウヤがとか、体がしてるとか、そういう訳では絶対に無い。


 クリスは何度も自分にそう言い聞かせながら、この感覚から目を背けようとする。


 「んっ、ふ……ッ……」


 口を開かないように必死に強ばっても、息を吸う時、体が震える時、ふとした瞬間口からは声が漏れてしまう。ならば何か噛もうか、いやそんなことをすればもっとはしたない姿になってしまう。

 どうしても声が抑えられない。触られる度に伝わるこの感覚がなんなのか、見当はついても認めがたいものがある。


 クリスは別に、こんなことを望んではいない。トウヤに抱きしめてもらい、その状態で寝ることに愉悦を感じてはいても、これは明らかに行き過ぎた行為だ。

 胸を触られ、弄られ、口を開ければ自分のものとは思えないはしたない声が出てしまう。こんな状況では許容できるものを超えていると思ってしまうのも仕方ないだろう。


 しかしクリスがどう思ったところで、体の方は違う。トウヤの腕を掴む手にはなんの力も籠っていないし、そもそもそこまで思考も回らない。

 

 クリスが動けないうちに、やがて今度はトウヤの左手が降ってくる。服の上から肌を触り、お臍をなぞり、そのまま下腹部の方へと入り込んできたのだ。


 思わず悲鳴をあげそうになる。しかし口を閉じ、意図せぬ体の動きを必死で押さえ込んでいる彼女は何の行動も起こせない。

 無論、トウヤの手の行き先は分かっているし、だからこそ下腹部を伝うその手には異常なまでに意識が向く。


 それでもなお……抵抗は、出来なかった。トウヤが与えてくる感覚、それを処理するだけで精一杯。いやそれすらも満足に出来ておらず、クリスにトウヤの手中から逃げ出す術はない。


 ───お願いだからトウヤ様、起きてください……じゃないと本当に、本当に取り返しのつかないことになってしまいますっ……!


 今更、トウヤと一緒に寝たことを後悔し始めていた。クリスは確かにトウヤがこんなことをしないだろうという信頼のもと自分から提案し、そしてトウヤも自身に対して変な気分を抱く素振りは一切見せていなかった。

 だがこんな形でその信頼が覆ることになるとは……いや、それも違う。今でもクリスはトウヤのことを信頼している。


 これは無意識でのこと。きっと朝起きたところでトウヤの記憶にこのことは全く残っていないだろう。そもそも酔っているわけですらなく、これは単なる寝相なのだ。


 女性にとって、天敵とも言える寝相……言葉にしてみれば可愛らしく聞こえるが、実際にその被害者となっている現在、冗談では済まなかった。

 これは誰が悪いのか。少なくともトウヤが悪いわけではあるまい。寝相なんてものは誰にもコントロール出来ない。特にこれは、自覚が難しそうなものだ。

 だから原因を求めるならば……それはまさしく、一緒に寝ようと提案した自分なのではないか。


 無論、前述したようにこんなことは想定していなかったが、それでも別にトウヤに求められたわけでもなく自分から口にしたのだ。それも純粋な気持ちだけではなく、罪悪感を和らげるための打算的な考えを持って。

 

 その上で抱き締めて欲しいなんて強請って、気分が高揚していたから性的な仄めかしまでしてしまって……今考えてみれば、トウヤを誘っているようにすら思えてしまう内容だ。

 それでも劣情を向けずにいてくれたトウヤだからこそ、信頼出来ていたとも言えるが……何にせよ、クリスはそれを自覚して、抵抗の気持ちすら無くしてしまった。


 自分の行いが全ての発端であったことを悟れば、ここでトウヤに抵抗することはおかしいのではないかと、そんな風に思い始めてしまったのだ。

 


 ───そう、そうです。これは体を触られているだけ。別に犯されそうになっている訳では無い。確かにちょっと過激なお触りで、顔は赤くなってるし、吐息も、誰かに聞かせられるようなものじゃありませんが……決して、致命的なことではない、はずです……。



 それは恐らくトウヤへの罪悪感と、その間も襲ってきていた感覚への混乱と、触発されて熱を持った思考という複数の要素が重なったことで導き出された、見当違いな結論だったのだろう。

 自分が原因なのだから、こちらから拒むのはお門違いだ、と。正常な状態のクリスが改めて状況を確認すれば、自身の有り得ない結論を否定していたはずだ。


 そんな間にもトウヤからの弄りは続く。指先が下着の内側にまで入り込んできても、体を強ばらせてギュッと目を瞑り、耐えようと……。


 「……んッ…………あっ……ッッ」


 なんの前触れも無くそれまでにない大きな波が来て、思わず声にならない声を出し体を震わせる。そうするとトウヤの動きは一度止まって、だがまた彼女の体を弄ぶように優しく愛撫し始める。

 連続での行為に、クリスは完全に行動を封じられていた。何も出来ない。ただされるがままに、たまに出そうになる嬌声を抑えようとして、結局抑えられずに部屋に響かせるだけ。


 クリス自身は認めようとしないが、彼女の体は確かに悦び始めていた。

 元々トウヤとルリの情事を音で聞き、疼きを覚えていたのは事実。経験はなくとも知識はあるクリスにとって、その音は実際の光景を想像させてしまい、性欲を燻らせる結果となっていたのだ。

 帰る途中、何度か初めての自慰に手を出そうとして、けれど結局そんなはしたないことは出来ないと我慢していたところに、コレだ。


 そして幸か不幸か……トウヤは下手ではなかった。むしろクリスの敏感なところがわかるかのように、好きなところを刺激してくる。より意識が向くよう、上手く刺激されている。

 なるほど、ルリがトウヤに執心している背景にはコレもあるのだろう。きっと他の人間ではこうはなるまい。無論自分の手でも。


 テクニックがあるから、クリスは反応を我慢出来ず痴態を晒している。今のクリスをトウヤが見れば『中学生の少女とは思えないあられも無い表情』などと感想を胸中に零していただろう。

 そんな具体的な想像までした訳では無いが、別の意味でもトウヤを起こすことが出来なくなっていた。要するに、今の自分の姿を見られたくはない、と。


 そして、これはクリスも表層に浮かばせることの無い密かな思いだが……『止めて欲しくない』とも。


 その時点で、その思考になった時点でクリスの脳に提示された唯一の道は、このまま無抵抗にトウヤの好きにさせることだけであった。

 

 身を委ねて、そして……ここでの記憶を全て自分だけで完結しておくこと。混乱しているクリスにはそれがベストなのだと、いやそれ以外が考えられなかった。


 他の方法を見つけられぬまま、クリスの幼くも高い嬌声と共に、夜は酷く緩慢に過ぎていく……。

 


 


 

 ◆◇◆



 



 ───目を覚まして直ぐに思ったのは、またアレな夢を見てしまったなということ。

 次に思ったのは、その夢のせいで悶々としているなということ。

 最後に思考が行き着いたのは、腕の中に何かいるなということで……。


 段々と意識が覚醒するにつれて、僅かに頬が引き攣りそうになる。


 腕の中で眠るクリス。一応言うがクリスは王女だ。そして俺は身内でもなんでもない男である。勇者として、クリスの護衛としての関係ぐらいはあるが、それ以上は本当に何も無い。

 何も無いというのに、昨夜俺はクリスと共に同じベッドで眠るだけでなく、この両腕で抱き締めたというのだ。しかも寝ている間に自然と、では無く寝る前に意図的に。


 ヤバい。今になって冷静に考えたら何故俺はこれを許容してしまったのか。一緒に寝るぐらいなら平気だろうと、ルリも多少承知の上であればいいのかなと思って誘惑に負けてしまった。


 甘い考えである。ルリが承知しているか否かに関わらず、精神が弱ったからと言って近くの人間に擦り寄るなんて男として情けない。

 だが……幸いそれ以上のことは何もしていない。別に俺がクリスに対して恋心や劣情を抱いているわけではないため、浮気とまでは言えないだろう。


 ギリギリセーフと言えるのではないか。というかそうでなければ困る。


 取り敢えず起きるしかあるまい。いつまでもこのままの方が余程浮気っぽいし……と、俺はベッドから起き上がろうとして。


 ───手が、変な場所に触れていることに気がついた。

 

 「っ……」


 思わず声が漏れそうになる。何故なら俺の手は、眠るクリスの服の中に差し込まれていたのだ。

 となるとこの手に当たる柔らかな肌の感触は……そういうことだろう。触っていたというか、揉んでいた感触が手に残っている。


 良く見れば、俺に背を向けて眠るクリスの頬は赤い。この赤みは何が原因か……いややめろ、考えるな。

 一つ言えるのは、やらかした、ということだ。ルリと一緒に寝ていた経験からこういうことも起こり得ると俺は知っていたのに、昨日はそれに思い至ることが出来なかった。その結果、恐らくだが寝ている間にクリスの体に触れていたのだろう。


 別に毎度起こるようなことではない。だが五回のうち二回程度には起こる頻度のものだ。


 クリスに悪いことをしたし、ルリのことを考えたらもう……何もしていないとか言っていた自分が恥ずかしい。何かしてしまっただろうこれは。

 とにかく、俺はクリスの服の中からそっと手を引き抜く。


 起こさないよう慎重に……まだ温かな手がとにかく居た堪れない。

 左手は幸い外に出ていたが、それでもクリスの下半身側。この左手ももしやお悪戯いたしてしまったのではないか。王女への悪戯とか死刑ものでは?

 そんなことを考えてしまい、いくらクリスと言えどこれがバレれば何かしらの罰則を俺に与えるぐらいのことはしてくる可能性があるだろうと不安になる。


 確かに昨夜はクリスもノリノリというか、少し過剰な部分があった。しかしあれは、夜の高揚した気分故のものだと分かっている。朝、つまり今起きれば、確実に昨夜の言動や行動を後悔するだろう。


 クリスはルリのようなちょっとエッチな女の子───などと言うとルリに失礼かもしれないが事実なので仕方ない───とは訳が違う。

 そういうのに興味はあるのかもしれないし、所謂『年頃』と言うやつではあるかもしれないが、クリスの立場が全てを物語っている。王女である以上、その身は硬い。そもそも歳を考えろ。13、14とかそのぐらいだぞ。


 王女に不埒な真似を働いたとなれば、日本ならともかく、こんな世界では『んー、死刑!』でも通ってしまいかねない内容だ。そんな暴君ではないと知ってはいるが、これを知ったクリスがどう出るかに関しては全く想像ができない。

 許してくれそうな気もするし、怒られそうな気もするし、俺への信頼度が全て消え去って有罪判決を喰らいそうでもある。


 ───悪い事だと分かってはいるが、隠そう。今クリスに嫌われるのは本当に困る。ルリとの関係もあるし、この世界で生活する上でも。


 そう判断し、結局俺はこの件を黙っておくことにした。

 その方がきっと……お互いに良い。

 

 あとは、今日にある会合が全て持ち去ってくれるだろう。それで終わりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る