第22話
久しぶりです。執筆がががが……という状況でございます。
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部屋に戻ると、クリスは部屋にある椅子に腰かけて、何か思考を巡らせていた。
「やはりヴァルンバ国が来ていましたか?」
「よく分かったな、その通りだ」
見ていた訳でもないのにズバリと言い当てたクリスは、俺の肯定を聞いて少し沈黙する。
「……他の国の人は来ていましたか?」
「いや、今のところ俺達とヴァルンバだけっぽい。別に待機する場所があるなら分からないが、少なくともこの建物内だとあとは使用人くらいだと思う」
「おかしいですね。お父様に聞いた話では、元首会合時には大抵どの国も余裕を持って一日早く到着することが多いとか。会合に遅刻してはいけませんからね。それ故に、明日に会合を控えているのに夜になっても私たちとヴァルンバ国しか到着していないのは少し不自然に思います。この後到着する可能性も低いでしょうし……」
夜になればそれだけ視界は狭まり危険となる。この辺りに魔物が生息しているかは不明だが、夜に馬車を動かすのは余程急いでいる時ぐらいのものだろう。
「嵌められたか?」
「流石にそれはないと思いますが……私達とヴァルンバ国を除いて足並みを揃えているのかもしれませんね。たまたま遅くなったにしては出来すぎていますし」
一つの国だけならともかく、他のいくつもが一緒に遅れているとなると、何かしら組んでいそうな気配はするな。
「曖昧な要素は少し怖いですが、幸いそこまで問題ないでしょう。別に今回は誰かを攻撃するような議題でもないので。ただ、勇者に関する取り決めなどの際に、多数決による決定方法を採られたりすると少し不利なことぐらいです」
「それは少しじゃなくて、かなり不利なんじゃないか?」
「そこは内容次第ですね」
意外にもクリスは余裕を見せている。いや、考えた結果、そこに関しては対応できないと早めに悟ったのかもしれない。
多数決とは人数が絶対で、本来であれば公平な決定方法だが根回しや手を組むと言った部分があると、途端にフェアではなくなる。何せ人数が多いい方が必ず意見が通るのだから。
六人中自身含め四人が同じ意見になるよう手を組めば、その四人が望む意見を常に決定できる。それに対抗するなら同じようにこちらも仲間を作るしかないが、今のところクリスの交流はヴァルンバとしかない。
他の国の元首の為人を知らず、しかも今は到着していない……となると、多数決などに思考を割いても有効な対策は練られない可能性が高い。
まぁ、クリスが考え過ぎているのを見ると、こちらが無能に思えてしまって嫌だからな。程々にして欲しいところだ。
◆◇◆
その後は夕食を食堂で摂り、再び部屋に戻ってくると、クリスは少しだけソワソワしていた。
珍しいその表情や態度を少し訝しむ俺だが……。
「悪い、気遣いがなっていなかったな。少し部屋を出ようか?」
「あ、いえ、わざわざ出て頂かなくても大丈夫ですから……別の部屋ですし、そんな気にしないでください」
クリスの視線から、どうやら隣のバスルームで風呂に入りたいのだろうことがわかった。確かに俺が居ると無理だろうなと思ったのだが、部屋を出ようとする俺をクリスは慌てて引き止めた。
別に廊下で待っているぐらいなんてことないのだが。
「そうは言うが、壁一枚隔てて男が居ると落ち着かないだろ」
「トウヤ様が覗きをするような方なら、そうかもしれません」
「もちろんしない」
「でしたら大丈夫ですね。こちらで着替えるわけでもありませんし、トウヤ様がこの部屋にいても問題はありません」
ルリもそうだったが、妙なところで強かだな。
クリスはそんな強かさを発揮しちゃいかんだろと思うのだが、俺としても別にこの部屋にいていいならこちらの方が楽だしそれでいい。確かに部屋は別で、ルリのように『同じ部屋の中にいて着替える』みたいなことをしている訳でもないしな。
……大丈夫、だよな。ルリがオープンというかフリーダム過ぎたせいで、こういう時の女の子との距離感が少し曖昧になっている。ルリを基準にしているつもりは無いが……。
クリスが大丈夫というのなら、変に意地を張るところじゃないか。
「分かった。何かあったら扉越しに大声で呼んでくれ」
「はい……ちなみに、私が呼んだらトウヤ様はどうするのですか?」
「飛び込んで状況を把握して対処する。分かったらさっさと行ってこい王女様。少しはしたないぞ」
もし本当に緊急事態なら裸だとかそんなことは言っていられないだろう。単なる確認のように見せて上目遣いで聞いてくるクリスに呆れ気味に言って、バスルームへと送り出す。
クリスは真面目な反応をする俺にちょっとだけ頬を膨らませたが、大人しくバスルームへと向かった……扉が閉じ、少しだけ息を吐く。
ルリと同じ部屋で泊まり始めたばかりの頃を思い出してしまうな。あの時も何かと苦労したり、ルリの無警戒なところにドギマギしていた。
今はドキマギとは無縁だが、苦労はしている。ただ無下にも出来ないのは、あれがクリスなりの『甘え』なんじゃないかと思っているからだ。
確かにクリスの周りに、俺みたいな人間はいなかっただろう。大人ではなく、しかし歳上で、そして素の状態でも喋れて……頼られてもいる。
クリスにあんな冗談を言われた人が他にいるかどうかは、居ない可能性の方が高いし、そもそも男で俺以外に素のクリスを見たことがある奴居るのかというレベルだ。
拓磨なら有り得るかもしれないが、拓磨は一貫して生真面目でクリスのことを上の立場としてみており、口調を崩すこともない。頼られているだろうが、俺とはまた違うだろう。
そもそもクリスはまだ13、14歳ぐらい。幼く、その中で頑張っているだけ。精神がいくら成熟しようとも、幼さは抜けきらない。
勝手な推測でしかないが、甘えられる機会が少ないからこそ、俺にその分を出しているのかもしれないな。
そう思えば可愛らしくすら感じるが……。
───その時、シュルシュルと衣擦れの音が耳に響く。
「……」
思わず視線をやるが、バスルームの扉は特に空いていない。
扉一枚隔てているだけなので、どうも音が聞こえてしまうようだ。それでも本来なら微かな音なのだろうが、鋭敏な聴覚はこういう時は無駄に力を発揮し詳細に音を拾ってしまう。それこそ、今どこを触って、何を脱いでいるのかとか俺には分かってしまって。
ふと、ルリは下着を下しか着けていなかったが、クリスはどうなのだろうかと考えてしまう。いやらしい意味はなく、それは反射的な思考であった。
ルリの場合、必要ないレベルと表現するのが妥当だが、対してクリスの胸は……と考え始めてようやく、自分が少し進みすぎていることに気がつき頭を振る。
やがて衣擦れの音は聞こえてこなくなり、代わりにシャワーの音が。ただお湯が床を叩く音ではなく、出たお湯がクリスの体を濡らしてから、僅かに勢いを落として床に落ちる音と、その肌を伝って流れていく音……。
そのせいで、シャワーを浴びるクリスの姿が脳裏に鮮明に写る。
この部屋で鳴る音がそれしかなく、否が応にもそちらに意識が行ってしまうのだ。少し気まずさを感じるので、今ここにはいないルリのことを考えて思考を逸らす。
ルリは王城に居るはずだが、今は何してるんだろうなとか。俺が居ないとなると、ルリは独りか……独りだと思ったら、つられて変な想像をしてしまった。
だがルリは俺と会う前から、独りでもそういう事をしていたらしいし……あの性欲の強さだ。自分を慰めていないとは限らない。
俺を想像しながらかは分からないが、出来ればそうであって欲しい。もちろんその事実を確かめるためには帰ってからルリに直接聞くしか無く、そんなことを聞く俺は変態になってしまう。
ただ、男としてはやはり求められたいのだ。求められすぎるのも困りものだし、実際困ったりしているが、それは所謂贅沢な悩み。求められすぎたら困るが、求められなかったらなんか寂しいという、少し面倒くさい感性。
そんなものだ。適度に求められるのが一番いい。もっとも、俺の場合は求められすぎているというよりは、応えられないタイミングに求められるから困るだけで、それがなければいくらでもルリの望むようにしてあげられるのだが……。
……女の子がシャワーを浴びている横で考えることではないな、全く。欲求不満なことは無いはずだが、最近は特にそういう淫らな思考が多い。
性欲や愛欲を満たせるようになった影響だろうか。その環境に慣れない限りは、抜けられなさそうだ。
変な思考のせいで多少悶々とした状態だが、その後はどうにか無を保ちつついれば割と時間の経った後に、クリスがバスルームの扉を開け出てきた。
ファンタジー世界においては入浴の習慣は無いイメージが強いが、この世界では中流以上の富裕層は割と入浴の習慣があり、クリスも例に漏れず、この建物のバスルームにも日本の浴槽とは少し違うがしっかりバスタブが存在している。
そのためか、シャワー終わりというか風呂上がりのクリスは顔を上気させ、艶やかな金髪もまだ僅かに湿っていた。
「おまたせしました、トウヤ様」
ソファに腰掛けていた俺を見るやいなや、クリスは少しだけ視線を逸らしつつ高い声音で言う。その服装はいつも
「……ぉ、お風呂上がりにトウヤ様と顔を合わせるのは、なんだか恥ずかしいですね……」
どうやら風呂の熱だけでなく、羞恥もあって顔が赤いらしい。確かにこういう部分はプライベートな時間という認識が強く、その風呂のすぐ後に顔を合わせることは、相手が自分のプライベートな時間や空間の中にいることを表す。
それは時に高揚を引き起こし、時に羞恥を呼ぶ。
「……あの、変、でしょうか?」
「ん、あぁいや、悪いなまじまじと見て。そういうプライベートのクリスを間近で見たことがなかったから、つい」
俺がじっと見ていることにクリスが自分の体を見ながら不安げに聞いてくる。
別に変だとかそんな訳じゃなく、言ったようにプライベートのクリスをこうして見た事がなかったため、思わず観察してしまっていたのだ。
観察と言うと聞こえが悪いか。ようは少し目を奪われていた。
「そうですか。では、どうでしょうか?」
「どうっていうのは、クリスを見てか?」
「はい。この姿を見て、です。こうしてプライベートな姿を晒しているのは、トウヤ様のことを信頼しているからですし、ならトウヤ様は感想を述べるべきです」
嬉しそうにしながら、こちらを見てくる。それはもしかして、女の子に会ったらまずしっかり服や見た目などを褒めろ、というアレだろうか。
プライベートな姿に関しての感想を求められたのは驚きだが、クリスが聞きたそうにしているので、鼻腔をくすぐる気品ある甘い香りに意識を持っていかれないようにしつつ口を開く。
「なんか、普段より柔らかい雰囲気がしていいな。それに、こうしてパジャマを着てニコニコしてると、クリスも普通の女の子って感じがして親しみやすさがある」
「そ、それはとても嬉しいですが……そうではなく」
求められた感想とは違ったようで、喜びを見せながらも、鈍感な俺をちょっと責めるようにジト目で見てくる。
喜んでいるのは確かなんだから、それで満足してくれないかなと思ってしまうが。
「ルリの手前言い辛いが……そうだな、可愛いよ。普段とギャップがあるから余計にそう感じる」
「ふふ、そう前置きしながらもちゃんと言ってくれるのは、流石ですね。トウヤ様からもそう思われていると分かって、少し安心しました」
「自分の容姿を分かってて言ってるなら、中々性格悪いぞクリス」
「もちろん、私も自分の容姿には自信ありますよ? ただ……トウヤ様が私のことをどう思われているかは、分からないですから。ちょっと聞きたかったんです」
「安心してくれ。最初に見た時から、他に類を見ない美少女だとは思っていた」
「まぁっ、そんなことを言ったとルリさんが知ったら、絶対に嫉妬しますよ?」
クリスがそれを言うか……いや、事実その通りではあるのだが。
とはいえ、クリスが美少女であるのは本当の事だ。ただの美少女ではなく、他に類を見ないと表現しても過言ではない程に飛び抜けて美少女なのだ。
一国の王女としての気品さも身に付け、更には大人顔負けの賢さ。知識量はともかく、思考能力は樹にも優る可能性があることを思えば、能力も非常に高いのだ。
まさに、容姿、家柄、能力と非の打ち所が無い。王族ということもあり簡単に手など出せないだろうが、引く手は山ほどいるはずだ。
そんな少女と同室なのだから、誰かが知れば妬み恨みつらみ色々抱かれてしまいそうだ。それこそ、実際の経緯がどうであれ。
◆◇◆
クリスと入れ替わるように俺は、ササッとシャワーを浴びて部屋に戻る。自然と女の子の使ったバスルームに入っているが、そんなことに違和感すら覚えずスッキリとした思考のまま扉を開けると、クリスはベッドに座ってなにやら喋っていた。
どうやら手元にいつもの通信用
『───誰かそこに居るんですか?』
「はい、まぁ……」
聞こえてきた女の声は、俺の知っているものだった。クリスが曖昧な笑みを浮かべているのは、俺のタイミングが悪かったからだろう。
「それではすみません、今日はこれで失礼しますね」
『あ、はい、分かりました。王女様も気をつけて』
向こうも部屋に誰か来たのだろうと察して、クリスの言葉に肯定して通信を終えた。
「すまん、タイミングが悪かったな」
「いえ、大丈夫ですよ。まぁ……今のトウヤ様を見られたら、あらぬ誤解を与えてしまうところだったとは思いますが」
苦笑いの中に微かな恥ずかしさを混ぜて言うクリス。今の俺はパジャマという服装でこそないが、風呂上がりなのは上気した顔や肌、天パが薄れストレートになった髪などから簡単に把握出来てしまう。
既に寝間着姿でプライベートタイムを過ごしているクリスの場所にそんな俺が現れたら、誰であれ深読みするだろう。
だからこそすぐに通信を切ったのだ。とはいえ知られてもそこまで問題があった相手でも無さそうだが。
「そういえば、さっきの相手は春風……
「あ、はい。そうですよ」
それはそうと、俺は聞こえてきた声から誰かを把握していた。春風実と言えば、現在は慎二と協力してクラスメイト達をまとめてくれているはずの、学級委員の女子だ。
真面目な春風らしくこちらも近況報告をしていたようだが……真面目であるが故に、俺とクリスのこの状態を見られたら『どういうことですか?』と根掘り葉掘り聞かれていたかもしれない。主に俺が。
そう考えると姿を見せなくて正解だったな。
「
「特になんでもありませんよ。強いて言えば、ミノリ様からはルリさんの状況を少し聞いていました。特に暴れたりはしてないようですよ?」
暴れるとか、そんな心配はしていないが。クリスも冗談で言ったのはその笑みから分かる。ようするに表面上は普通に過ごしていたということだろう。
「人がいないところではどうなのか、分かりませんけどね。もしかしたら、トウヤ様が居なくて寂しがっているかもしれません」
「実際そうだと思うぞ。俺もそうだし」
だから、早く帰らないとな。その言葉は飲み込んで、俺はソファに腰掛ける。
「クリスはもう寝るのか?」
「そうですね……明日に備えて寝たいと思います。こんな状況でも熟睡できるほど度胸がある訳ではありませんから、せめて頭は休めないと」
「なら、言うまでもないと思うがベッドはクリスが使ってくれ。俺はソファで問題ない」
と、一つしかないベッドを指さして言う。この部屋にはベッドが一つしかないため、片方がソファかどこかで寝なければならず、その場合はもちろん俺である。ここは相手が男でもない限り変わらない関係だ。
なんなら違う部屋に行ってもいいが、それは最初にここに来た時の話を掘り返すだけになるだろう。
「これだけ広いのですし、別に、私は同じベッドでもいいですよ? もちろんトウヤ様が襲ってこないことが前提となりますが」
「襲わないし、同じベッドも使わない。からかってるのか?」
「本気ですよ。ですが、トウヤ様がそういうのであれば分かりました。もしソファで寝れなさそうでしたら、遠慮なく片方使っていただいて構いませんからね」
「使う予定は無いが、気遣いは受け取っとく。ありがとう」
ルリの件があったためここで同じベッドで寝ることを強要される可能性が脳裏を過ったが、流石にそんなことはなく、クリスは普通にそう言って場所分けが済んだ。
……普通、だろうか。普通ではなかった気がするが、聞き返すのも薮蛇な気がする。
ただ、俺がクリスのベッドを使う可能性か……僅かな不安はある。同じ部屋とはいえ、隣りに誰かいなければそれは一人ということで。
大丈夫、と楽観視はしない。でもきっと耐えられる。今までの夢なら、きっと大丈夫だ。
きっと……俺は不安を押し殺して眠りへとつく。
まるで夢へと誘うように、俺の意識はすぐに闇の中へと沈んだ。
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