第21話



 お久しぶりです。二回目ワクチンの副反応が重かったり、音ゲーの一周年でワイワイやってたりしました。

 投稿でございまする。


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 クリスと同室になってしまったからとはいえ、ずっと同じ部屋に居るのは良くないと思い、俺は少し外へと出る。

 とは言ってもクリスをあまり一人にすると先程のリスク云々の話はなんだったのだとなってしまうため、移動は極わずかだ。もっとも、その短時間で何かあるようなら、この場所は文字通り敵地と言っても過言ではない危険な場所な訳だが……別にクリスは何をやらかしたわけでも、もちろん狙われているわけでもないはずだ


 歳下の女の子というだけで過保護になってしまうのは、気をつけた方がいいな。過保護になるあまり、他のことが疎かになりかねない。かといってクリスの護衛を疎かには……ともかく、両方適度に、だ。


 廊下に出た俺は、改めて建物の構造を把握する。建物の感覚的把握技術は、魔力を用いたものでも、気配察知能力の応用でもどちらでも可能だが、そう言った場合、より多くの場所と繋がっている所に居る方が把握は容易い。

 今回であれば、階段で別の階と繋がっている廊下だ。


 俺達のいる二階は、恐らく客室エリア。一応東側と西側は分かれており、ここは西側だ。そして三階と四階も間取りが全く同じなため客室エリア。各階層東と西側で一国ずつ使えば、六国までは盗み聞きを気にせず広々と使えそうだ。


 この建物は五階建てで、一階には厨房や食堂などがあり、五階は広い部屋が一つ。ここが元首会合に用いる部屋か。

 使用人の待機場所は一階と、あとは外にもう一つ後から作ったであろう建物があるようだが、そちらかもしれない。


 クリスが危惧していたような部屋への細工は、今のところ分からない。魔力的なものはなく、侵入できるような経路も存在していないようだ。

 家具などにおかしな点が無いかどうかも事前に確認していたため、この部屋は無害だと思われる。

 

 そこまで把握し、俺は少し息を吐きながら外を見た。廊下には窓もあり外が見えるのだが、外は既に暗くなり始めている。


 当日に来れたら時間を無駄にしないで済んだのだろうが、王都に着いたのが朝早い時間だったのにも関わらず、ここに来るまでで昼と夕方の二つを過ぎて既に夜前だ。

 当日出発では間に合わない可能性も十分にあったため、一日前の到着は余裕を持てて良かったと言える。


 しかし……他の国の人間はほとんど来ていないのか、一つの部屋しか気配がない。どこの国かは知らないが、一応二人分。

 すると、その内の一人が廊下へと出てきた。東側のためこちらからは見えないが、向こうがこちらに合わせて行動しているのはすぐに分かった。迷うことなくこちらへ向かってきている。


 「この距離で把握するってことは、護衛の人間か」


 気配を察知する範囲としては決して遠い距離ではないが、冒険者や騎士のように警戒能力を身につけていなければ察知できない範囲でもある。クリスも魔法や身のこなしに多少心得はありそうだが、そういう能力はそこまで高くなく、察知も出来ていないだろう。


 誰かわからないので、クリスの部屋の前で対面するのも危ないかもと思い、西側と東側を繋ぐ中央の通路へと向かう。ここならば何かあっても瞬時に部屋まで戻れるし、クリスの動向も細かく把握できる。

 しかし、そこで対面した人物に俺は多少驚くこととなった。


 「……幹、だったか」

 「えぇ。そう言うそちらは……イブさんでしたね」

 「よく覚えてるな。一応髪色は変えてたと思うんだが」

 「端正な顔立ちでしたから、記憶に残ってますよ。イブさんも、俺達も髪色を変えてたと思うんですが良く分かりましたね」

 「人の顔を覚えるのは得意なんだ」


 そこで会ったのは、以前迷宮の中で会ったことのある、幹という名のヴァルンバの勇者。当初は確か初めての守護者ガーディアンの部屋の前で、髪色をルリの機転で銀髪に変えた『イブ』として会ったのだ。

 今の俺は黒髪黒目、向こうも茶髪に黒目とお互い完全な日本人の容姿。


 「やはりと思っていましたが……ルサイア神聖国の勇者としては、イブさんが来てたんですね」

 「刀哉、夜栄刀哉だ。あの時は嘘の名前を言って悪かったな」

 「俺も名字を敢えて名乗ってませんでしたし、お互い様ですよ」


 幹はそう言って愛想良く笑う。柔らかいが、どこか拓磨を彷彿とさせるような雰囲気だ。恐らくリーダー性、カリスマ性があるという意味で。


 俺の正体は、やはりクリスからヴァルンバの国王だかそこら辺へ、そしてそこから彼に伝わっていたようだ。特に正体を隠していたことを咎められることも無く、幹は右手を出してきた。


 「改めまして、俺は門真かどまみき。ヴァルンバの勇者で、今回は勇者代表です」

 「自己紹介ありがとう。俺もさっき言ったばかりだが、夜栄刀哉。今回はルサイア神聖国の勇者代表みたいな感じだな」

 「刀哉さんですね。よろしくお願いします」


 差し出された右手を握る。すると幹は、そのまま少し手に力を込めてきた。

 単に強めに握っているだけと言えばそうだが、俺にはその意図が、握る前から分かっていた。幹は笑顔のまま手を引き、俺の体を背後へ投げ飛ばそうとしてきたのだ。


 恐らくは柔術を用いた投げ技に近い。単に腕の筋力で俺を持ち上げようとしてるのではなく、体の各所を使って最小限の力で行うテクニカルなもの。


 敵意も害意もない。強いていえば俺がどう対応するのか見たいのろう。


 事前に気づいていた俺は、慌てず幹が引き込もうとする力を押さえつけ、自身の体をその場に留める。

 すると、動き出そうとしていた力は行き場を失い霧散する。ここから再度俺を投げ飛ばそうとするには、少なからず予備動作によって新たな力を作り出すことが必要だ。そしてそれはこの状態においては隙へと繋がる。


 不意をついた完璧な技だっただけに、幹はこの対応には驚いたようだ。俺も別に柔術を学んだ訳じゃないが、こういう力の流れを読むのは非常に得意で、それを利用するのにも長けている。

 結果として傍からは、俺と幹は握手をしたまま固まっているだけに見えただろう。そしてそれは正しい。実際それ以上のことをさせないように俺が対応したのだから。


 「握手のすぐ後にこれとは、いきなりだな幹」

 「……すみません、自分達以外の勇者とはほとんど会ったことがないので、刀哉さんはどんなものなのかと……一応気配は隠していたつもりですが、よく分かりましたね」

 「そういうのを察知するのは得意だ」

 「人の顔を覚えるのが得意で、直感も得意で、戦闘も得意。次はどんな『得意』が出てくるんですか?」

 「直感は得意とは言わない。それに、そんなポンポンと得意なものが出てきたら、それはもはや得意でもなんでもなく『普通』だ」


 軽口を叩きながら、俺は握手を終えた。今のに敵意が無かったことは分かっているので、本当にただ俺の実力を試したかったのだろう。

 そして俺は分かりやすくそれに応えた。後手に回るより、攻撃自体を無力化した方が実力がわかりやすいかと思ったのだ。


 すると幹は、今度は愛想笑いではなく普通に笑った。こちらが素の笑みのようで、子供っぽいとまでは言わないものの、少年味を強く感じるような笑みだ。


 「拓磨さんからとても強いと聞いていましたが、本当みたいですね」

 

 強いと分かってそんな嬉しそうな笑みを浮かべる理由は俺には分からないが、拓磨のことだ、実際にはかなりベタ褒めしていたのだろう。

 アイツは俺の事を持ち上げたがるところがあるからな……期待されるのは悪い気分じゃないが、程々にして欲しいとは思う。


 肯定も否定もせず、俺は話題を切り替えることにした。


 「そう言えば拓磨達と顔合わせをしたことがあるんだったか。俺はその場には行かなかったから詳しく知らないんだが、何を話したんだ?」

 「特に重要なことは何も。久しぶりの日本人ということもあって、お互い地球の頃の世間話や、こちらに来てからの変化などについて話しただけですよ。戦闘や手の内など重要なことに関してはお互い話したり見せないようにしてましたから」

 

 以前、拓磨達はヴァルンバの王城へ勇者同士の顔合わせに行っている。その時に幹は拓磨と会い、話したのだろう。お互いリーダー気質で、同族なところがある。自然と話す相手は決まったのではないか。


 「俺の正直な意見のところ、俺と拓磨さんは純粋な実力では拓磨さんが上、能力では俺の方が上かなって感じでした。ただ刀哉さんは、そのどちらも全然読めない……拓磨さんより強いだろうなってことがわかるぐらいで、怖いなと」

 「お互い加減してちゃ分かるもんも分からないからな。仕方ないんじゃないか」


 肩を竦めて言いながら、しかし俺の方は幹の実力をある程度把握していた。


 恐らくは彼が自分で述べたように、純粋な実力では拓磨に軍配が上がる。戦闘経験は拓磨達より積んでいるだろうし、先の柔術も見事なものだったことから技術面にも長け、高校生同士の喧嘩の領域では彼も負け無しに近そうな力を持っていると判断出来るが……それらを加味しても、純粋な実力は拓磨に劣る。


 能力的には幹が勝っていて、それで差を埋めているのは事実だ。流石に拓磨も身体能力から違う相手には、そう太刀打ちできない。


 総合的に見れば、今は幹の方が強いかもしれないが、しかし拓磨のレベルが追いつけばそれは覆ることになると言ったところだ。

 正直に言って、かなり優秀だが、優秀止まり。それでも拓磨以外の人間であれば呆気なく勝ちうるのではないか。それだけ拓磨が頭一つ抜けており、レベルやパラメータの差もまた大きいのだ。


 とはいえこれもまた、彼が手の内を隠していないことが前提だ。そしてそれはまず有り得ない。特に魔法面は全くと言っていいほど把握していないからな。


 だが……多分、俺とは違うな。


 「そうですね。それにしてもてっきりリーダーっぽい拓磨さんが来るものと思っていましたから、刀哉さんが来ていて驚きました」

 「実際拓磨がちゃんと強くなっててくれればそれでも良かったんだろうけどな……現時点だと俺の方がまだ強いから面倒事を引き受けたわけだ」

 「その言い方だと、拓磨さんにいつかは抜かされるってことですか?」

 「んー、どうだろうなそれは。そこは拓磨の成長力次第ってところだ」


 実際拓磨が俺より強くなるためには、俺のレベルを大きく超えるか、才能や技術で俺を上回る必要があるが、それはかなり難しいだろう。自分より才能が上な人間が居ないとは言わないが、少なくとも拓磨では厳しいような気がする。

 もっとも、可能性が無いわけじゃない。そして俺も、拓磨が俺より強くなることを嫌いはしない。


 まぁそんなことを説明する理由もないので、曖昧に濁してしまう。

 

 「少なくとも今は、拓磨さんより強いってことですか」

 

 その言葉も、肯定も否定も見せず聞き流す。幹も答えを期待してのものでは無いようで、深く聞いてきたりはしなかった。


 「そうだ、そう言えばイブさんとして会った時は妹さんが居ましたが、あちらは本物の妹ですか?」

 「あぁ、いや、本物の妹じゃない。妹みたいな存在なのは確かだけどな。お目付け役……だと見張りみたいな言い方か。まぁ一緒に着いてきてくれている子だ」

 

 現在は妹的な存在の恋人だが、それは言わない、というか言えないので隠しておく。とはいえこちらもついでに確認したかっただけなのだろう。特別深い意味は無い様子なので、俺も普通に答え、今度は逆にこちらから聞いてみる。


 「そういう幹は、あの時は他に三人くらい居たと思うんだが、皆日本人か? 確か紫希しのさん、塗々木とどき君、陽乃ひのさんだったか」

 「名前までよく覚えていますね本当に……えぇ、全員クラスメイトです。元、ですけど。他にも居ますが人数は、すみません」

 「あぁ、別に深くは聞かんからいい。俺達は何を話して良くて何を話したら悪いのか分からないからな」


 どうやら国のこともしっかり考えているらしく、やはりリーダー気質なんだろうな。視野が広い。無論それは国政に関しての知識とは別だが、ちゃんと意識できている点で幹は思考力もそれなりだとよく分かる。

 

 しかし人数に関して語る時の幹の顔は、決して良いものではなかった。もしかしたら以前までの俺達と似たような状態で、召喚された日本人の一部は与えられた部屋に引き篭ってしまっているのかもしれない。

 誰かが死んだりしていないのならそこまでキツくはないだろうが、それでも辛いものは辛い。


 そして困ったことがあれば、助けてやりたいと思うのが人の心。


 「ただ、喚ばれた国は違くとも俺達は同郷の人間だ。何か困ったことがあれば、そういう上の事情というやつは抜きにして助けるぞ。俺に出来ることなら、だが」

 「中々頼もしいことを言ってくれますね刀哉さん。ありがとうございます……でも、今のところ差し迫って大変なことはありませんよ。むしろそちらこそ、大丈夫ですか? 困っているなら手を貸しますよ」

 「大変そうに見えるか?」

 「正直に言うと、余裕を持っているように見えます」

 「そういうことだ。こっちも特に問題は無い。だから、これから先困ったことがあればってやつだな」

 

 一応手助けのつもりだったんだが、余計なことを言ったか。だが幹の言葉に嘘はない。この場のでまかせではなく、気持ち的には本当に俺の事を助けてもいいと考えている様子。

 そういった人間が外にいると何かあった際に思わぬところから手助けしてくれることもある。偶然の縁ではあるが、大切にした方が合理的で、そうでなくとも仲良くしておきたい。

 

 いきなり腹を割って話せるほど、急激に仲良くなれるような人種でも無さそうなのが唯一の難点か。腹黒さとは違うが、先程の握手後に巧みに気配を消していきなり仕掛けてきたり、どうにも食えないところがある。

 悪い人間では無いのが救いだな。こんな世界でリーダーを務めるような人間だ。並の高校生と同じと思う方がおかしい。


 精神か能力か、何かしら普通とは違う部分があると見るべきか。


 幹は俺の言葉に頷いてから、少し下を見た。階下の使用人が動いて、この階にやってきそうなのだ。

 聞かれて困る話はしていないが、成り行きで話出してしまったこの状況を切り上げるのにはちょうど良かった。


 「あぁ刀哉さん、最後に一つ、野暮なことを聞いてもいいですか?」

 「うん?」


 向こうもそのつもりだったようで、最後と前置きした幹がサラリとなんでもないように聞いてくる。


 「刀哉さんは、ルサイア神聖国の王女様と───」

 「何も無い、と先に言っておくぞ」


 本当に野暮な事だな、と俺はジト目を幹へ向けていた。いやいや、その先の言葉など聞かずともわかる。

 ついでにクリスのことを表面上知っていることも分かったとも。


 「まだ途中なんですけどね……その通りですが」

 「それに、俺達も召喚されてそこまで経ってない。にも関わらず王女と何かしらの関係を持つなんて不健全すぎるだろ」

 「それもそうですか。すみません、変な事聞いて」


 と、その短い期間でルリと不健全で淫らなことをした俺がさも当然のように言えば、幹もそういう感性の持ち主のようで素直に納得したようだった……ルリとのことはノーカンだ。

 

 「逆にそっちはどうなんだ? 王女ってことは無いだろうが」

 「こっちは国王陛下ですよ。セミル・イグゼ・ルートバーン……なかなかに武闘派のお爺さんです」


 国王陛下、そして武闘派のお爺さん……そういう人も居るのか。いや、王族だから幼少期には稽古を付けてもらっていあ可能性はあるし、迷宮国家と呼ばれるヴァルンバは、身近に危険を孕んでいるとも言えるため、力をつけるのはおかしくは無いのかもしれない。


 「ただ、これ言っちゃうとあれなんですが……かなり豪快というか、細かいことを気にしない人でして、少し苦労する部分もあります。良い人なんですけどね」

 「あぁ……苦労するよな、そういうの」

 「分かりますか?」

 「うちの王女殿下も困るところがあるんだ」

 「ルサイア神聖国の王女様はとても落ち着いていて、真面目そうな雰囲気でしたが……」

 「そういう面もあるな」


 それ以外の面もある。人間幾つか顔を持っているのは別に不思議な事じゃなく、クリスだって冗談を言うのはもちろん、人を困らせたりする。子供らしいと言えば子供らしくて良いんだが。


 「では、お互い苦労者同士仲良くしましょう。明日の会合はルサイア神聖国とは足並みを揃えたいと思ってますから」

 「俺の方もだ。王女殿下がどう考えているかは分からないがな」

 「それはこっちも同じです」


 お互いに困ったように笑う。俺と幹は純粋な協力をしたいが、クリスや向こうの国王陛下がどう考えているのか、そして会合がどんなものになるのかも分からない。


 これ以降は考えても無駄だろう。俺達はクルリと踵を返して、互いの元首が待つ部屋へと戻ることとなった。

 

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