第20話


 お久しぶりです。刻一刻とワクチンの瞬間が迫っております。次の月曜日なんですけどね。

 一回目の時点で38度前と結構キツかったので、実はかなり不安に思っております。


 あと、暫くはクリス回の予定です。



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 馬車を停められた俺たちは、そのまま使用人に連れられ城の中へと案内される。


 改修されているのだろう元城内は、五階程度の広さ。小さい訳ではないが、構造的には大きめの屋敷と言ったところか。


 「会合は明日ですので、本日はこちらの部屋でお休み下さい。何か御用のある際はそちらのベルを鳴らしていただければ使用人がお伺いしますので」


 そう言って通されたのは二階にある客室。使用人の女性はそう言うと、部屋から出ていってしまう。

 ベルは、鳴らすとどこかにある同じようなベルが連動して鳴り、近くの人間に知らせるようになっているらしい。そして食事は直接ここに運ばれるようだ。


 ……。


 「クリス、なんで部屋を別にとか言わなかったんだ?」

 「あらトウヤ様。一応ここは法律も逃げ場もない場所です。男女とはいえ、力のない王女と護衛のトウヤ様で部屋を分けるのは危険では?」

 

 俺は自然と同室になってしまったクリスを咎めるように言う。ならば俺自身が言えばよかったじゃないかと思うかもしれないが、この場においては、お互い初めての場所とはいえ明らかに俺の方が勝手が分からないため、口を挟めなかったのだ。


 しかし、クリスは俺と同室であることを理解しても、大して気に留めていなさそうだ。それがまた怖い。


 「借り物の部屋とはいえ、王女が使う部屋に簡単に異性を入れちゃダメなんじゃないか」

 「ふふ、私の部屋に初めて入った殿方なのに、遠慮なさるんですね」

 「そりゃそうだろ。特に、やけにクリスがノリノリなのが気にかかるんだ」


 仕方なさそうでもなんでもない。むしろ乗り気。そんな様子がクリスから感じられるので、俺は誤魔化すことも無く直接口にする。クリス相手に心理戦や腹の探り合いを行うと、俺自身非常に神経を使うため出来れば避けたいところだ。


 「私が乗り気ではいけませんか?」

 「いかんだろ、王女としてどうなんだそれは……」

 「良いじゃありませんか。先程も言ったように、多少の危険を孕んでいるのは事実なのです。この場において、例えば私を含めて元首の誰かが暗殺されてしまったとしても、それに対処できる法律などは何もありませんし、味方と言える人間もいないとなれば全員が全員疑わしい。犯人探しなど到底できたものでもなく、故に何があっても守れるような頼れる護衛が必須なのですよ」


 相変わらず、良く口が回る子だ。しかし確かに言っていることは筋が通っている。


 ここが無国地帯、どこの国の領土でもないことは聞いている。それはつまり、法律もまた無い。しかも人も極端に少なく、二十人居れば多い方だろう。

 そんな場所だからこそ、誰かを殺すことも容易だ。目撃者は少なく、また他国も他国で全員が疑わしいから下手に動けず、犯人探しは後手後手。


 可能性の程度はともかくとして、想像の及ばない部分もあるが、概ね危険なことは理解できた。


 「……それでも、同じ部屋じゃなくていいんじゃないか。隣の部屋からでもクリスの動向の把握ぐらいはできる」

 「しかし、部屋に細工がないとも限りませんよ? 可能性は低いですが、何かしらの細工がなされていれば、気づいた時には遅い、なんてことがあるかもしれません。その点トウヤ様と一緒ならば……すぐに対応してくれるでしょう?」

 「クリスだって今まで護衛なしだった訳じゃないだろ。まさか全員こうやって同じ部屋に泊めたりしてたのか?」

 「場合によりけりではありますが、城以外ではその通りですよ……まぁ、私の護衛はいつも女性ですけどね」


 と、イタズラを仕掛けた子供のような笑みを浮かべるクリス……つまり男の護衛は俺が初めてだと言いたいのだろう。

 理論整然としているというか、俺の事を言いくるめようとしているというか……何にせよ言い返せる言葉がない。俺自身この場の危険度が分からず、クリスが言っていることを否定できるほどの情報や根拠もないのだから。

 そのため、一緒の部屋でなければ危ない、と言われてしまうと、嘘以外で俺の望む方向に話を持っていくことは出来ないのだ。過剰警戒だと言うには、俺は国の暗い部分を知らなさ過ぎる。


 そして嘘を言うと、実際にリスクのある状態になってしまう。さっきも言ったように、この場の危険度など知らないのだから。可能性は低いとは思うが、お互いにこの場は初見。慎重になるのは王族としては合理的なのかもしれない。


 俺が口を噤み、弱っているのを見ると、クリスは更に追い打ちとばかりに……。


 「……それともトウヤ様は、私のことを意識しているのですか? ルリさんというものがありながら、まさか女性として意識してしまっているのですか?」

 「…………」


 僅かに首を傾げながら、純粋な瞳を作って俺の事を見上げるクリス。俺が同じ部屋だとまずいと言っているのは、確かに異性だからという意味ではあるが……なんて攻撃力の高い問いだ。


 何せルリを引き合いに出されると、引くことは許されない。ここでクリスのことを意識しているから無理、と言うのは簡単だが、俺にはルリが居る。そんな状態で他の女の子を意識しているなどと言うのは、この場を切り抜けるための方弁だとしてもマズイ。

 それは、あまりにルリに対して無責任な発言すぎる。


 そもそももちろん意識はしていない。少なくとも恋愛対象とか性的な対象とか、そんなことは断じてない。クリスの言っていることは杞憂に過ぎないのだ。

 それは当然だ。そして当然であるが故に『なら平気ですね』と同室になる未来が見える。


 対抗策は無い。ポンと思い浮かぶような内容はなく、強いていえばクリスの言葉を無視して別室にするぐらいだが……それは先にリスクがあるということを伝えられているため選択できない。


 認めよう。クリスは本当に、対話という点においては俺を上回る。俺のリスクを無視できない思考も、ルリに対して真摯である態度も、その全てを把握した上で言葉を選び話している。

 隙がないから、先手を打った時点で逃げ場を無くせる。クリスの要求を飲まないようにするには、それを覆せるだけの要素を隠し持っていなければならないのだ。


 厄介なのは、片方だけでも対応が難しいのに、二重で仕掛けてきていること。普通に考えてオーバーキルだ。


 俺が言葉を発せないでいれば、クリスは時間切れまでのカウントダウンを始める。


 「そういうことであれば、私にも貞操観念はありますから、止めておきましょう。ただしその場合、ルリさんにはしっかりと私の方から報告させていただきますが……」

 「待て待て、クリス。そんなことしていいのか。ルリは俺だけじゃなくクリスにも嫉妬するぞ。クリスだってルリに嫌われたくはないだろ?」

 「私が言うのは、『何もしていないのにトウヤ様に欲情された』ということだけです。そうなったら、私ではなくトウヤ様に矛先が向くのではないでしょうか」


 咄嗟に主体を俺にするとか悪知恵が働くなホント。実際にそうするかどうか……ルリと俺の仲を良く思っているクリスはしない可能性が高いが、それを考えたところで先程の危険度云々の話が脳裏を過る。

 あぁもう、よく俺の事を把握してるよ。


 「さて、実際のところどうなのですか? 王女である私を、ルリさんというものがありながら意識してしまっているのですか? ルリさんほどではないとはいえ、まだまだ幼い私を?」

 「人を幼女趣味の変態みたいに言うな……分かった、分かったから。同室でいい」

 「ふふ、そうですよね。トウヤ様のような紳士的な勇者様が、王女である私に劣情を向けるなんてありませんよね……ちゃんと、知っていましたよ」


 耳元、では無いが囁くように言うクリスは、上目遣いで見ていた瞳を元に戻した。

 満足そうですね。俺としてはしてやられたようで不満はあるものの……だが裏を返せば、クリスはそれだけ俺を信頼していると示したわけでもある。


 何せ俺とクリスの力関係では、抵抗を許さずに襲うことも出来る。その小さな体を押さえて、魔法などの抵抗も無力化することは難しくない。

 クリスもそんなことは理解しているはずなのに、そんな俺を同室にするのだから……大したものだ。俺の事をよく理解しているのか、盲信しているのか。クリスに限って後者であることはないと思うが、分からないことも多い。


 俺はその辺りの要因も理解してしまい、少しため息を吐きながら零す。

 

 「……代わりに、ルリには言うなよ。もしこのことを言う必要が出てきても、経緯をちゃんと説明してくれ」

 「分かってますよ。私、そこまで意地悪ではありませんよ?」

 「さっきまでのクリスに聞かせてやりたい言葉だな」


 まぁ、クリスの危惧するところも分からないでもないため、嫌味は少し言いながらも迷惑に感じていることは……あんまりない。ルリのことを除けば別に構わないんだがな。

 俺だったら、ルリが他の男と同じ部屋に居ることは反対だ。ルリもどちらかと言えばそういう思いを持っている。


 だから、隠す必要があるのだ。特にルリはクリスのことを意識しているところがあるし。


 「それにしても、よくルリとの件があった俺を同じ部屋に置いておけるな。俺は全くその気は無いが、心配にならないのか?」

 

 思考を戻して、信頼という点で少し引っかかることがあった。俺は城を出た頃に、一度クリスと通信している際にやらかしている。ルリと一緒の部屋に泊まり、ルリを性的に見ていることまで見抜かれてしまっていたのだ。

 今となっては特別問題視することではないが、それでも俺にはそういう前科があったとなると、普通は心配するだろう。しかしクリスには全くその気配がないので引っかかっていた。


 「その気は無いのですよね? ならなんでもいいではありませんか」

 「そうなんだが、俺の方が引っかかる。むしろ裏がありそうな気すらするぞ」

 「裏って、そう探らないでください……心配などしていませんよ。トウヤ様のあの一件は、ルリさんの方から積極的に迫られたからそうなってしまっただけですよね?」

 「まぁ、一応はな」

 「でしょう? ですから心配はしていませんよ。私の見立てでは、トウヤ様は自分からは絶対にそういうことをなさらない方だと考えていますから。それこそ、私から迫らない限りは」

 「信頼はとてもありがたいが、例えクリスに迫られてもそんな気にはならないからな」


 俺が言うと、少しだけクリスは不満そうな顔をして、それをすぐに隠した。まぁ女としての魅力が無いと言っているに等しいからな。

 とはいえそんな不満な顔をされるのは、それだけが理由ではない。クリスはこうして俺を信頼し同室にまでしていることからも分かるように、人間として俺の事を好んでいるのだろう。最も、裏付けがなくともその程度は会話や語調などから簡単にわかるが。


 クリスの場合、どこか素の自分のまま喋れる相手を探している部分もあった。例えば俺やルリにはかなり冗談を言ったり、さっきみたいに意地悪というか、悪戯好きというか、そういう面を見せることもある。それは王女としての仮面をつけている間は絶対に出せないものだ。

 何よりクリスに対しタメ口で話している男は俺と、あとは父である国王くらいのものだろうし、実際配慮はしつつも遠慮なく喋るのは俺くらいのもの。


 歳上の、言ってしまうと近所の頼れるお兄さん、みたいな立ち位置なんだろうな俺は。今回だって拓磨達ではなく俺を頼ってきたが、戦力という面以外で、素の自分を少しでも多く見せられるからという理由も少なからずあるはずだ。


 複雑な年頃だというのも一つの要因か……無警戒のルリと違って、クリスはクリスで少し異性としての気遣いをしなきゃ大変だな。

 クリスは俺の事を信頼しているが故に、少し過剰なことをしてきそうな不安が高まってしまった。


 「あ、トウヤ様。こちらのベッド、王城で使っているものと遜色ないくらい柔らかく気持ち良いですよ。それに、とっても大きいです」

 

 ……不安は不安。直接言うことも無く、俺はどこか子供のようにはしゃいでいるクリスへ、見せつけるように苦笑混じりの息を吐いた。

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