第17話
お待たせ致しました。学校が始まった最近は、リングフィットで筋肉痛です。
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「ルリ、少し任せた。クリスを護衛してくれ」
確認して直ぐに俺は立てかけておいた剣を持ち、この場をルリに任せ人影へと一気に近づく。氷の刃を足場とし、グングンと距離を詰めた俺へ対し、人影は即座に逃亡を図るような仕草をした。
離脱のためか足へと力を込める。俺がその場に到達したのとほぼ同時に。
逆袈裟に剣を振り抜けば、人影は逃亡は止め、咄嗟に身を翻して回避を行った。容姿を隠すためか、顔から足まで体をすっぽり覆う外套を被っているのに気が付き、はためく裾に刃が触れる。
フードから覗く口元でこの人物が男であることを悟り、俺は剣を構えたまま口を開いた。
「昨日からつけてたのはお前か、それともお仲間か? 何が目的かは知らないが、迷宮からここまで追いかけてこられるのは愉快な気分じゃない。続けられても面倒だから、ここで終わりにさせてもらうぞ」
「……」
男は答えることなく、僅かな間の後ユラリと体を揺らす。
その直後、俺は自身の目を疑った。ユラリと動いた目の前の男は、そのまま忽然と姿を闇に同化させてしまったのだ。
恐らくは気配遮断と同様、姿を何らかの方法で消したのだろう。それには魔法系統の技術を併用しているはず。
この距離でも完全な隠密が可能なことに驚きつつ、しかし俺は即座に次の手を打っていた。
「悪いが、逃がすつもりは無いんだ。『
狙うは逃亡の阻止。俺は空を
もちろん、本当に空を閉じるなんて言う概念的な行為を行ったわけじゃない。この辺り一帯に闇魔法による結界を張ったのだ。
丁度周囲は俺自身の魔法である氷の刃による壁が出来ており、結界の構築も楽になる。
僅かに青色を覗かせていた夜空が文字通り黒に包まれ、上空十メートル程度のところを頂点として色を落とし、外界と遮断する。暗幕が落ちるように景色が断絶されるが、実際のところこれに物理的障壁は無い。
あるのは視界の断絶の他、魔力に対する僅かな抵抗力と、そこを通り抜けた存在を実体非実体関係なく把握する感知能力。
感知と内部の隠蔽に特化した結界とでも言おうか。故に闇属性。
どんな魔法でも、原則として魔法は自分の体から魔力を伸ばし発動する。離れた場所に魔法を放つ場合も、発動の際の魔力は発動者と線で繋がっている状態だ。何も無いところに突然魔法を発動させることは出来ない。
それは『
気配とは無関係に察知する故に、気付かぬうちの逃亡を許すことない。
その魔法の効果を知っていたのか、魔法を発動し終えると虚空からナイフが飛んでくる。
それを剣で弾き飛ばすも、投擲者の姿は見えず。だが今ナイフが放たれた場所にいたのは確実だろう。
そう思い駆け抜けて剣を振るうも、既に離脱されているのか空を切る。それどころか攻撃の隙を狙われて再びナイフが投擲された。
体を仰け反らせ、今度は魔法によるカウンターを試みる。
即座に放った雷撃が空間を穿ち、直撃こそしなかったが虚空に揺らぎを生じさせた。
「そこか」
それが、そこに何者かが居る証だと悟るのは難しくなく、離脱の時間も与えず地面から氷棘を突き上げる。
当たった感触はやはりないが、回避の方向は予測できている。俺はそこに居ると判断し剣で追撃を仕掛けた。
すると、予測より数十センチ手前の場所で、俺の剣は突然何かに阻まれ動きを止めた。
刃と刃がぶつかった時特有の金属音が響き、闇の中から剣で防御している先程の男が姿を現す。
自分から姿を現したか、もしくは触れれば見えるようになるのか。
そんな予測を立てながら、ギギギと剣を押し込み詰め寄る。
「せめて、何が目的かぐらいは教えてくれないか? 俺達に害をなさないと分かればそれで終わりでもいいんだが」
「……ヤサカ……トウヤ……!」
「っ……!?」
男はカタコトで俺の名を呼んだかと思うと、次の瞬間驚異的な力を発揮して俺の剣を弾き返す。
片腕とはいえ、決して力を抜いていた訳では無い。予想外の反撃に隙を晒しそうになるが、即座に男の体を蹴りその反動で離脱する。
いや、それよりも俺の名前を呼んだことでやはり確定した。狙いは俺、加えてまともな人間じゃないことが声から把握出来た。
明らかに健常な人間のものじゃない。掠れ、しゃがれたと表現しても良いような擦り切れそうな声。しかも俺の名を読んだ瞬間、今まで不明確だった殺意を明確に向けられた。
間違いなく、かなり厄介な存在に目をつけられたと感じる。先手を打っていなかったらルリ達にも被害が及ぶ形で奇襲を仕掛けられていたかもしれない。
警戒する俺の目の前で、男は再びゆらりと体を揺らし、消え去る。こうなったら恐らく視覚で男を察知することは出来ない。
ので、勘を頼りに俺は剣を振り上げた。
すると振り上げた剣は再び金属音を鳴らし、目の前に迫る凶刃を弾いて逸らすことに成功した。やはりその姿は再び見えるようになっており、剣か、体の一部に触れることが解除条件かもしれないと思考に書き足しておいた。
明らかに動揺している様子の男の腹へと左手で掌打を叩き込む。こちらも変わらず全力だが、返ってくる感触は硬く、内蔵にまでダメージを与えられたとは思えない。
それどころか男は打ち込んだ俺の左腕を反射的に掴み取り、怪力で締め上げてきた。
「……ガァッ!!」
男から漏れる、およそ人間のものとは思えない獣のような声。このままでは腕を力ませて抵抗したとしても、すぐに圧壊し使い物にならなくなるだろう。
再びストレアさんの世話になるのは、ルリのこともあり勘弁したいところだ。男は反対の手で俺の顔を掴み取ろうとするが、迫る魔の手を右手で逸らし、腕をガッチリ掴まれていることを利用して体を捻り蹴りを打ち込んだ。
予想通り男はしっかりと俺の腕を持っていたため、両足を地面から離す体勢となっても問題なく浮くことができ、男は俺の渾身の蹴りをもろに食らう。
その場で繰り出す蹴りとは違い、全身の捻りによってブーストした回し蹴り。距離が取れないからこそ、横軸だけでなく縦軸でも捻りを加えることで威力を補ったそれは、男の体を吹き飛ばすのに十分な威力を誇っていた。
思わぬ衝撃に左腕が解放され、上手く着地をした俺は吹き飛ばした男へと更に肉薄した。
空中で受身を取ろうとする無防備な男に剣を振りかぶり、高速で斬撃を入れる。斬られ抉られた肉片が宙を舞い、ピチャリと頬に血が付着した。
「グッ……アァァァッ!!!!」
それ以上の追撃は、男が我武者羅に手足を動かしたことで中断を余儀なくされてしまった。この男の膂力は俺を上回っており、腕や脚が当たって吹き飛ばされれば骨折では済まない。
すんでのところで下がる俺と、傷つきながらも着地した男。外套は俺の斬撃によりかなりボロボロになり、少なくない血が体から滴り落ちている。
それでも消えない殺意に、いよいよもって俺は溜息をつきたくなっていた。
意図して殺すつもりは無い。そう思っていたが、戦意を喪失させる方がこれは面倒だ。
フードから覗く瞳に理性はなく、獣のような眼光でこちらを睨んでいる。隠密に徹していた時の人間性は失われていそうだ。
ここまで来ると、相手に理性があると考える方が無理だろう。しかしかといって体自体は獣ではなく、おそらく人間か、人間と似た種族のものだ。
何かの病気や抗いようのないものが要因か、もしくは第三者の手によって何かされてしまったのか……。
「もし自分の意思でのことでないなら申し訳ないが、俺も割り切っている。危険は先に排除しとかないといけないんだ」
誰かに命令されて無理やり従わされていたり、そういう風にされてしまったのであれば、こうして攻撃することは酷く申し訳なく思う。だがそれまでだ。
真実は分からないし、何より俺達が、俺が狙われたのは事実。先に仕掛けたのはこちらとはいえ、目的も語らず、殺意を見せ反撃してきている以上明確な敵なのだ。
敵に慈悲をかける理由にしては、それはあまりにも弱い。目的を聞き出す術もないのなら、見逃す道理はないな。
俺は、数メートルは離れている男に向けて上段に剣を構えた。威力は高いかもしれないが、当然このまま振り下ろしたところで届くはずもなく、迎撃するにしても男だって容易には踏み込んでこない。
「『
しかし俺はその場で剣を振り下ろす。この距離からの攻撃に、男は何が来るのかと警戒して───。
突如として、男の右肩が裂けた。腹にまで届くほどの大きな裂傷が、男の体を襲ったのだ。
「ギッ……」
一瞬漏れた声は叫びにはならず、男はグラりと揺れてそのまま地面へと倒れる。
裂けた傷口からはありえない量の血液が一気に流れ出し、瞬く間に地面を赤く染めあげた。
パックリと右肩は大きく外側に開き、体の内側が顔を覗かせているが……僅かに顔を顰めるに留める。
上級時空魔法『
斬撃を飛ばしたり、攻撃範囲を広げるのとは訳が違う。今回であれば、警戒し固まった男の体に相当する座標を指定したのだが……実を言えば、本来は頭部から首にかけて攻撃したつもりだった。
直前で重心を傾けられ肩口から斬りつけたことになってしまったが……それでも致命傷に近い。
防御が不能とまではいかないものの、人体に対して座標を介すことで『間接的な直接作用』が可能である点で、この魔法が極めて強力なのは事実だ。
その間にも、俺は男へ視線をやって観察していた。傷口は致命的に大きく、声の感じからして気絶には持ち込んだような気もするが、まともな人間では無い以上動かないとは限らない。
殺すつもりでやったが、殺せていない可能性は十分にある訳で、俺は少しの間警戒を解かずに男を見続ける。
呼吸は……無さそうだ。意識も同様。あの出血量では肉体ももたないだろう。
そう理解出来ても、妙な不安が消えない。いや、胸騒ぎとでも言おうか。
何度も言うようになるが、俺は自分の直感を信じている。何かが起こると感じたら、ほぼ確実に何かが起こるのだ。
胸騒ぎを感じるのであれば、それの由来となる何かが起こるはず。
男の実際の生死を確認せず、俺は改めてもう一度トドメをさそうとした。男の頭部を目掛けて氷棘を地面から突き出し、貫く。
その工程は瞬きの間に終わるはずだった───実際にそうならなかったのは、まるで俺の殺気を感じたように男が突然
それでも魔法の発動を止めた訳じゃない。ただ、俺の作りだした氷棘を、男は死に体とは思えない滑らかな動きで回避した。
未だに肩はパックリ裂けたまま血が流れ、右腕など肩が落ちているからダランと地面につくほどに下がっている。そんな状態の動作は本来もっと重いものでなければならない。
しかし男の体勢はまるで無傷の時と同様で、腕など気にしないようにスッと立っている。痛みを感じていなかったとしても、動きを含め不自然だ。痛覚とは無関係に、怪我は動きを鈍くするはず。
まるで、外部から無理やり操られているかのような……男はフードの奥から、先程までの獣のようなものとは打って変わり死人のように生気の無い瞳を向けてくる。
先程までは理性が無いだけで、この男自身の動きであることがわかった。しかし今は意識や本能すらもなく、ただただ操られているような雰囲気だ。
最初からこいつ一人だとは考えていなかったが、やはりと言うべきか、上が居そうだ。
俺は油断なく改めて剣を構えて男と相対する。
しかし男は、先程までの殺意を嘘のように消した。
「───スパラケス」
一言、明瞭な声でそう呟くと男の姿は足元から薄れていく。
その姿が先程までの隠密と違うものだと感じた瞬間、俺は既に飛び出していた。男はこの場から逃げるつもりなのだと察知し、そうはさせるかと攻撃を仕掛けようとした。
離れていた距離を一足で詰めた俺が剣を振るうも、既に薄れた体に実体はなく、剣は空振る。
「っ、おい、結局お前は何がしたかったんだ、何が目的だ」
ダメ元で男に問うが、男の目は既に俺を見ていない。
そうしてすぐに、男の姿は完全に掻き消えた。闇に消えたわけでも何でもなく……血だけがそこに滴った。
この消え方を、俺は知っている。以前魔族に王城を襲撃された時、ジルスという魔族が今のようにしてその場から消えたのだ。
『
『
#____#
魔力を外に出さず、結界を越えることもなく移動したのか。
アレが魔法であり、転移に近い代物であるのは把握出来ている。しかし、どんな魔法を使ったのかは全く分からない。発動が一瞬であったために、分析の暇すらなかった。
「……厄介事が続きそうだな、これは」
解決せず終わった事態にうんざりとしながら俺は呟く。
背後からは、魔法を解いたことで戦闘が終わったと理解したルリ達が走り寄ってきていた。
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