第16話


 ワクチン打った。

 熱が出た。

 めちゃくちゃ辛いから予約投稿して寝る←イマココ


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 野宿には見張り番がつきものだ。誰か一人が起きて万が一のために備えるべきだが、その役目は考えるまでもなく俺が務めるものであろう。


 女の子二人と男一人だ。むしろ俺以外がやるべきではないとも言える。


 ルリはせめて交代制に、クリスはこの辺りはまだ安全だからそこまでしなくて良いと言っていたが、警戒は必要だ。そして昼間寝ていたのもあり俺が適任だろう。


 それと言いはしないが、ルリと交代制にしたら良からぬ事が起きそうだからというのもある。良からぬ、では無いのだが、健全ではないこと。


 焚き火、ではなく魔道具マジックアイテムの放つ照明の前で、周囲に意識を配って待機する。二人は背後の馬車の中で仲良く眠っており、ルリは俺の近くで寝たそうにしていたが、クリス一人で馬車というのも不用心だと二人で寝かせた。


 この場では俺が一応最年長のような扱いのため、保護者役を買って出るのも当然だ。





 誰かと喋ることも無く、夜空や見渡しのいい平原を眺めながら暇を潰していると、ふと視線を感じた。

 警戒を始めてから、時間にして二時間程度経っただろうか。


 どこから向けられているのか分かりにくいが、意識を集中させればその主の位置も何となく程度には把握出来てくる。どうも正面からのようだ。

 背後であればルリ達の眠る馬車もあるため即刻対応するところであったが、正面ならば俺を挟んでいるため少し猶予がある。


 ……いや違うな、これはそもそも俺を目的としているのだろうか。さっきから視線が一切俺からブレない。

 単に警戒している俺を意識しているだけなら、少しは馬車の方も見るはずだ。しかしこの視線の主は、文字通り俺の事しか見ていない。


 どうにも既視感があると思ったが、これは昨日迷宮内で感じたものでは無いだろうか。


 正面は障害物のない平原だが相変わらず気配や姿は無く、しかし視線だけは強力。じっと、ストーカーのように影から俺を見ているのだ。人間らしさを感じさせず、無機質で、それでいて執拗な。


 とはいえその視線も、普通ならば気配同様気づかないはずだ。向けられている今は分かるが、それでも希薄。俺も自分に向けられているからこそ分かる。


 やばいストーカーに目をつけられてしまったようだ。


 まだあの迷宮の奴と同じ存在と確定した訳では無いものの、もしそうならばあそこからここまで追いかけてくるなど並々ならぬ執念である。

 善意や好意はもちろん、興味や好奇心のような俺に対する一切のポジティブなものを感じない。むしろネガティブなものだらけで、明確な悪意こそ感じないが敵意に近い何かは持っていそうだ。


 「……どうするかね。害はないんだが、見られてるのも気持ちが悪い」


 日中は気づかなかったのもあり、不気味だ。霊的な存在も一瞬考えてしまうぐらいには実態が分からず、目的も不明だから対応が分からない。


 迷宮の時は逃げられたから逃げたが、今は難しい。ルリ達を起こして移動、というのは一つの手だが、いくら速いとはいえ馬車の速度では追い付かれる可能性がある。

 

 「こういう時、どうすんだろうな。俺だけだったら突貫するんだが……」


 困ったものだ。護衛役という訳では無いが、見張り番としての正しい判断が分からない。害がないなら下手につつくより放置した方が良いのか、それともこの先害があるかもしれないから先手を打つべきなのか。


 考えた末、俺はそっと、静かに魔力を流した。

 ルリ達を起こしてしまうだろうが、この際仕方ない。相手の力量や具体的な位置が掴めない以上、全力で全体に先手を打ち仕留めるしかないのだ。


 発動のために組み立てた魔法基盤に、瞬時に魔力が流し込まれていく。繊細でも力強く、そして素早く。

 魔法名をそっと紡ぐ。


 「───『刃の氷原クーリュシオン』」


 瞬間、まるでガラスが砕け散ったような音が幾重にも重なって響き渡る。

 それは名称の通り、見渡す限りの平原を一瞬で氷の刃が生えた氷原へと姿を変えさせた。


 刃の大きさはどれもこれもが二メートル以上。この中に生物がいれば問答無用で凍結か、たとえそれを凌いだとしても地面から勢いよく隆起した氷の刃に貫かれているだろう。


 それすらも凌いでいるなら……。


 「トウヤっ……?」

 

 と、背後から物音と声がし、馬車からルリが起きてきた。その後を同じように異常事態と察したクリスがついてきている。

 二人は俺の発動した魔法の魔力に当てられて起きたのだろう。いきなりこれほど大規模な魔法を扱えば、魔力を感知出来る者なら思わず飛び起きてしまう。


 魔力を極力隠しながら魔法を発動したところで、それは発動までの魔力が隠せるだけで、発動以降は既に魔力は魔法として現世に顕現してしまっているため、魔力の存在を希薄にすることは出来ても、完全に隠すことは出来ない。

 感覚的には、近くで爆発が発生したようなものだ。

 

 「これは……襲撃ですか?」

 「いや、わからない。ただどうも遠くから俺の事を窺ってる奴がいてな。実は昨日も迷宮の中で似たような奴に尾行されてたんだ。どうも気配遮断の能力から察するにかなりのやり手だと判断したから、少し派手にいかせてもらった」

 「派手の域は超えているかと思いますが……」


 『刃の氷原クリューシオン』は氷属性の上級魔法だ。無論上級魔法とは魔法の中でも規模が大きなものに分類されるが、かと言って本来はこれほど広範囲に干渉するものでも無い。


 要するに───魔法の加減を間違えた。いや、そもそも加減をしていなかったのだが、自身の力量を読み間違えた。

 フェアズミュアとの戦闘を経たことが要因か、昨日の時点で自身の能力が格段に上昇していることを自覚はしていたのだが、ここまでとは思いもしていなかったのだ。実際俺の予想ではこの二分の一程度の範囲で済む予定であった。


 それだけ、魔法面でも成長しているということなのだろう。ある意味今この場で試せたことが良かったのかもしれない。


 「その、これでは倒してしまわれたのでは?」

 「そうだな……そういう意味だと少しやりすぎたかもしれない」


 しかしそれはそれで、クリスには心配があるようだ。確かにこれほどの魔法、並の人間には耐え難いもの。


 俺はクリスの言葉に反省の色を見せながら、内心ではそこまで心配していなかった。

 というのも、俺にとっては例え尾行者を殺してしまっていてもそれはそれ、そもそも迷宮からここまで追ってくるなんてロクな奴ではないし、同一の存在で無かったとしてもこちらに敵意かそれに近いものを持っている時点で敵だ。


 意図して殺すつもりは無いし、凍結状態は一瞬ならば命までは奪わない。ただそうはならず殺してしまった場合も、構わないと思っていた。起きてしまってからでは何もかもが遅いのだから……そんな認識を、クリスやルリの前で見せるのは憚られたための敢えての頷きだが。


 ただ、クリスの心配は杞憂に済んだ。もっとも、そちらの方が良かったのかどうかは分からないが。


 「トウヤ」

 「分かってる。コレを凌いだのか」 


 僅かに緊迫したルリの声に答えた次の瞬間、『刃の氷原クリューシオン』によって作り上げられた氷原、その中央辺りの氷の刃が突如として砕け散った。

 氷が砕け、元の平原の草が覗いたその場を確認すれば、暗闇の中に人影らしきものを発見することが出来る。恐らくはあれが視線の主であろう。


 姿を見せたのなら、叩かない理由はない。

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