第15話


 一週間以上お待たせしました申し訳ない。



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 野営の準備自体は俺達の頃と特別代わりはしなかった。強いていえば、クリスの準備の手際が意外と良い事に驚いたりしていたぐらいだ。

 流石に野営したことがあるのは数える程度だと思うのだが、覚えが早いらしい。秀才なのは見て取れるし、当然といえば当然だろうか。


 ただ変わったことといえば、食事は携帯食───かと思いきや、クリスは皿に乗った料理を出してきた。ついでにテーブルも。


 今朝にメイドのサラさんに作らせたもののようだ。俺が持っているものよりも恐らく良い物であるアイテムバッグに、それとテーブルの両方を入れているのだそうだ。

 アイテムバッグ内は異空間のようになっている。時間の進みは非常に緩やかで、また中に入れた物同士はお互いに干渉することがない。バッグを反対にしたところで中身には影響がないので、皿ごと料理を入れるという荒業も出来るのだろう。


 テーブルに関しては折り畳み式という中々使い易いものなのは意外だ。王族が出すにしては庶民感がある。まぁ俺達の野宿と比べると十分に高級で快適なものなのだが。

 

 そんな野宿にしては快適な時間を過ごし、辺りが完全に暗くなるとふとクリスが椅子───これもクリスが用意したもの───から立ち上がる。


 「どうした?」

 「王城───ルサイアからの定期連絡です。少し失礼しますね」

 

 俺が聞くと、一瞬考えるように口を噤んだクリスはすぐにそう返してくる。

 なら、そこまで俺が聞く必要も無いだろうと、馬車の中へと入るクリスを見送った。定期連絡と言うからには、毎日来ているのだろう。クリスはどうも逐次城のことを把握するよう心がけているようだし、働き者なのは明らかだ。

 

 顔を戻すと、ルリが立ち上がって俺の方に来ている所だった。


 「ルリ?」

 「……今が、チャンス……じゃない?」

 「チャンス、と言いますと?」


 何やら不穏な気配を感じた俺は椅子から立とうとするが、ルリはその前に俺の肩に手を置いて行動を封じてきた。

 クリスは馬車の中。馬車の中に居た感じ、外の音は耳を済ませたとしてもほぼ何も聞こえない。


 いや、何故そんなことを確認したのかと聞かれれば、ルリの『チャンス』という言葉の意味をなんとなく悟ってしまった面があるのだが……。


 「…………えっちな、こと」

 「や、クリスがいつ出てくるかも分からないのに出来るわけないだろ。あとほんの少しで戻ってくるかもしれないんだ」

 「……ダメ?」


 上目遣いで、少し懇願するように。クリスの移動とほぼ同時であることを考えれば、もしかして今日はずっとを考えていたのだろうか。

 咄嗟に思い至った訳ではあるまい。タイミングを窺っていたように思える。


 「ダメだ。いくらクリスが俺とルリの関係を承知してるとは言っても、見つかったらアウトだぞ。というか他人の情事なんか、見せられた方も嫌だろ。これから先気まずくなるだけだ」

 「…………むぅ」


 あと俺が蔑まれる可能性がある。

 

 まぁ、クリスは確かに俺たちのことを理解している。俺とルリが既にシていることも知っているとも。

 だが、それは『やってもいい』という訳では無い。隠れてやるにしても、それは絶対に見つからないことが前提なのであって、見つかるかもしれない状況でやるものでは無いだろう。

 そもそもインモラルである。公序良俗に反する。


 せめて、せめてするにしても、宿のように部屋で区切られた場所でないと。

 

 「……じゃあ……こっち」


 しかし完全な納得は出来なかったのか、ルリは代わりと言わんばかりに唇をんっと突き出す。

 

 面白いもので、人は一度断ると次の要求を断りにくくなってしまうものなのだ。それが大きな要求であればともかく、前の要求より小さなものであると、余計に断りにくい。

 二度も断るのは良心がとがめるとでも言おうか、罪悪感を持ってしまうというか。ようするに、『エッチなこと』と比べると、それぐらいならまぁ良いかと思ってしまうのだ。


 すぐに止められて、最悪見られてもギリギリ取り繕えるレベル。とはいえ、クリスには俺が寝ている間にルリにキスされたところを見られているので、今更なところも少しあるが。


 「……はぁ、仕方ないな。わかったよ、ちょっとだけだぞ」

 「……ん」


 苦笑いと、呆れ。ただ了承したのは、俺の方にもそういう欲求があったからだ。

 

 ルリに触れたい欲はある。クリスの手前抑えているが、俺もまだルリとの関係に完全に慣れた訳じゃなく、昨夜を思い出したらシたくもなるのだ。


 ルリは体を寄せ、どうするのかと思ったら俺の膝の上に乗ってくる。

 対面座位……一瞬過ったその単語を俺は思考の隅に追いやった。それはちょっと、過激な言葉だ。


 「いや、この体勢はいかがわしい気が……」

 「……これが、一番……くっつける、から」


 そう言って、俺の首に腕を回し、体も密着させてくる。いかがわしい、などと言いながらも俺はルリを押し退けたりしなかった。

 今日は全然くっついていないからか、一度こうして体が触れ合うと離したくない。


 キスだとしても、クリスにこの体勢を見られてしまったら確実に誤解を与える。そうと分かってはいるのだが止められない。


 「……本当に、少しだけだからな」

 「…………ん」

 

 少し、ちょっとだけだ。ルリは顔を近づけてきて、キスをする。


 最初は何度か啄むような、唇を触れ合わせるキス。しかしすぐにそれは舌を絡めた濃厚なものに変化していく。

 キスに関して、ルリはどちらかといえば貪欲な、濃厚なものを好む。それも雰囲気によるのだろうが、舌が触れ合った方がルリの反応は良いのだ。


 ピクっと震えたり、「んっ」と声が漏れたり、熱に浮かされたような状態になったり。


 その結果俺に回された腕も、力が抜けたり、逆に強くなったりという強弱を繰り返している。


 抱きついているので、胸の感触や下半身の感触もよくわかってしまう。


 「ん……ぅん……とうや……?」


 求めるように、キスをしながら体を擦りつけてくるルリは、ふとキスの合間に俺の名を呼ぶ。疑問符がついたような調子で。


 キスの際は目を瞑っているのだが、そうすると体が感じる感覚に意識が向く。一番多いのはキスの感触。ついで、体の感触。

 ルリの柔らかい、子供ながらも女の子らしい体の感触は……かなりクる。小さく発展途上ながら、僅かにある胸の膨らみも、太ももやその先の感触も、どれもこれもイケナイ。


 だからなんと言おうか。のも当然なのだ。

 膝の上に、もっといえば太腿の上に座るルリには、直接当たってしまっているような状態。要するにいつも通りだ。


 舌を絡めたまま、口だけが離れる。それから遅れて舌も戻ってきた。


 「……あー、ルリ、出来れば体押し付けるのは止めてくれ。その……」

 「……興奮、しちゃう?」

 

 どう濁そうか迷った言葉を、ルリは率直に告げてしまう。いや、もう誤魔化しようがないほどになってしまっているため言葉を取り繕ったところで仕方は無いのだが、それでも俺にはまだ抵抗がある。

 

 ルリはそうと知りながら、しかしキスを続ける。体をくっつけるのも止めることはなく、むしろもっと押し付けてきた。

 

 「る……ルリっ、そろそろ……」

 「…………ん……まだ……」


 ちょっと我慢が辛いので、俺が声をかけると、ルリはしかし継続する。

 少しだけと言ったのに、そろそろ『少し』を超えそうだ。クリスの方も気になりだしてきて落ち着かない。


 俗にスリルと言うやつで、厄介なことにそれは何故か気分を後押ししてしまうのだ。

 

 高揚し、行為がエスカレートしそうになってしまう。確かに今日はクリスが居たことで、スキンシップはどうしても控えめなものになっていた。

 それでもキスなどはあったが……それ以上の身体的接触はほぼない。


 昨日ようやく進んだ関係となれば、色々求めたいところはある。

 要するにお互いにもっと触りたいのだ。深くまで。


 それを自制しているか否か。その違いだろう。


 そして俺は、自制しなきゃいけないと思っているから自制しているのだ。先程も言ったように、過度なスキンシップはモラルに欠ける。

 それが許されるのは二人っきりの時だけである。間違っても誰かが近くにいる時にするものでは無い。


 だからそろそろ、今度こそ良いだろうと俺は何度もルリを離そうとして、その度にルリは継続を望んで、引き離すに引き離せず結局し続けて……。




 「───すみません、少し長引いてしまいました」

 「いや、大丈夫だ」


 馬車からでてきたクリスに、俺は平然と返す。隣では不自然にならない程度の距離にルリが居り、だがその顔は俺と違い少しだけ赤く、クリスがそちらに意識を向けたら色々と察してしまいそうだ。


 止めたのは本当につい先程。まだお互い余韻が残っているため、高揚を消せないのも仕方がない。


 「ところで、何か俺も聞いた方が良さそうな話はあったか?」

 「あ、いえ。報告の方ですが、特にトウヤ様に知らせた方が良さそうなものはありませんでした。何事も無かったそうです」


 それは意識を逸らすための無難な話題選びであった。そしてクリスは特に考える素振りを見せることも無く、俺の言葉に首を振る。


 その特におかしなところもないクリスの態度に、俺は何故か少しだけ違和感を覚え……僅かにしてからその正体に気がつく。

 クリスは表情を隠しているが、その『表情を隠す』という行為が今は必要ないにも関わらず、何故か意図して王女としての仮面を貼り付けているのだ。


 それは確定的なもので、故に不思議に思う。何故今なのか。見知らぬ相手や貴族関係の人物などが相手ならともかく、俺もルリも、クリスにとっては恐らく親しい方の人間だ。わざわざポーカーフェイスで接する必要は無い。

 実際普段は割と素の姿を見せている。俺にだってそうなので、ルリに対しても素の自分で接しているだろう。

 

 因果関係としては明らかに先の定期報告とやらが原因となっていそうだが……何か隠さなければならない、動揺するような報告があったのか。


 少なくとも意図して隠している以上、それはきっと俺かルリに悟らせたくない内容ということなのだろう。差し迫った危険というのであれば教えてくれているはずだし、そうじゃないということはそういった類のものでは無い。


 ただ気にもなるので、少しだけ探りを入れてみるか。


 「何も無いのなら良かった。慎二達のことも聞いてるか?」

 「変わりないそうですよ。皆様もほとんどが精神的に回復したようで、心配するようなことは何も」

 「そうか。なんだかんだ上手く回してるってことだな」


 女子の方は春風はるかぜがまとめてくれていたはずだ。恐らく協力しているということなのだろう。慎二が率先してまとめている姿は想像出来ないが、俺の知らない慎二の面もある。

 それに、春風の方は生真面目だからな。多少感情の機敏に疎かったりするが、達観した精神も持っている。もしかしたら慎二がというより、春風の方が合わせてくれているのかもしれない。


 その辺はそつなくこなすはず。慎二より器用そうなのは確かだ。


 何にせよそういうことなら安心した。今の話の中には嘘もなく、となると無関係かどうかは不明だが、慎二達に直接何かがあった訳では無さそうだ。

 これ以上の探りをするとクリスの望まぬ展開が訪れるだけかもしれないし、一先ずはここで切り上げよう。

 



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 次々回で久々の戦闘シーンがありますので、お待ちを。話のテンポが悪いのが私の作品の欠点なのですが、これでも少しずつ上げているつもりなので!

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