第14話



 投稿遅れて申し訳ありません……はい、その通りです。学生らしく夏休みの課題に追われておりました。

 あとソシャゲのイベントです。



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 「───刀哉にぃ」


 ふと、頭の上から誰かに声をかけられる。酷く柔らかくて、心地の良い高い声。

 

 本来ならその声には、安心しなければならないのだろう。けれど今は何故か、合わせる顔が無いように思えて聞くのが気まずい。

 そんな俺の気持ちなど知らないだろう声の主は、俺の頭に温かい手で触れる。


 「ふへへ……刀哉にぃの寝顔が独占できるなんて……今日はついてるなぁ」


 にやけ顔を浮かべているのが丸わかりな声音で、頭をゆっくりと撫でられる。俺は、膝枕をされているのだろうか。

 気づけば後頭部には柔らかな感触があった。太ももか、それとも胸か。若干平衡感覚が曖昧な中、そうして俺の頭の上の方で声は続ける。


 「でも、こんな無防備な刀哉にぃを目の前にしてると……ごくり。く、クーファちゃんが来る前に、ちょっとだけ、いいかな。ダメかな……いや、良いはず」


 ふわっと、顔に影がかかったような気がする。独り言多めの主は俺に顔を近づけているようで、俺は特に動くこともなかった。


 少しして、湿ったゼラチン質の感触が俺の唇へと触れる。


 「ん……んん…………刀哉にぃ……」


 舌を入れてきたりすることはないが、何だかいやらしさを感じる。そんなことを言ってはいけないのだが、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 小さな湿った音を立てながら、何度かそれが触れ合う。


 健全なもの、じゃないな……。


 「……ぇへへ、刀哉にぃはいつも意地悪なこと言うけど……寝てる時は可愛いなぁ」


 再び頭を撫で回され、少しだけむっとする。男に対して可愛いというのは決して褒め言葉ではない。ましてや言っている相手が身内なら尚更複雑だ。


 だが……不愉快でもないというか。


 「けど、寝てる時だけじゃなくて起きてる時も、クーファちゃんみたいにもっと優しくしてよ。もっと優しく、好き好き言って、いっぱい触って、そのまま最後まで行っちゃってもいいと思うよ」


 中々に過激なことを言ってくれる。兄妹という関係を理解しているのかすら疑わしい発言だ。最後まで、というのが文字通り最後であるのなら、それは近親なんたらである。

 しかし、何故かそういう話となると酷くいたたまれない気分になり、俺はそろそろ起きてデコピンの一つでもするかなと思い始めていた。



 ───その瞬間襲ってくる、急激な眠気。唐突に思考がほとんど働かなくなるほどに眠くなり、そしてある一定地点を超えた途端、今度は逆に目が覚めてくる。



 それと同時に、俺は夢から意識を戻してきていた。そして先程までは夢を見ていたのだと、そこで自覚する。

 相変わらずなんというか、俺はそういう夢を見るな……欲求不満状態は昨日解消したと思ったんだが。


 「───る、ルリさん、そんなっ……」

 「……このくらい、別に、なんて、事……ない、から」

 「は、恥ずかしがっているじゃありませんかっ! し、しかも私の前でなんて……」

 「…………クリス、気にしないって……言った」

 「それとこれとは話が別です!」


 すると、急に話し声が聞こえ始める。クリスとルリだ。

 そうか、俺は馬車の中で……起きようかと思ったが、直後に口に何かが押し当てられ起きることが出来なかった。


 ちゅっ……そんな擬音が合いそうな感覚。


 「ん…………良い、でしょ」

 「よ、良くありませんっ。寝てる間に、その、き……キスをするなんて、はしたないじゃありませんか!」


 クリスの焦る声なんて珍しいなと呑気に思う。まだ起きたばかりなので思考の波がなく、ルリにキスをされても慌てたりするようなことは無かった。

 ただ、キスされたんだなと。なんであんな夢を見たのかもついでに理解できた。膝枕こそされていないが、既に寝てる間に一度キスをされていたようだ。今のは二度目なのだろう。


 欲求不満だからという訳じゃなくて本当に良かった。


 目を開けると、クリスは俺の隣にいるルリの方を向いていたところだった。それ故にこちらが目を開けたことにも気がついていない。


 「……じゃあ、トウヤが起きてから、続き……する」

 「それはもっとダメです! わ、私の前でするのはダメなんです! 見せつけたいのですか!?」

 

 いきなり目の前でルリが俺にキスしたものだから、知識はあっても経験はないクリスにとって刺激の強いものだったのだろう。いや、それ以前の話か。

 俺だっていきなり友人がその彼女とキスをしだしたら白い目で見ると思うし、当然の反応といえばそうだ。少なくともスルーはできない。


 一方でルリは、本当はオープンな関係にしたいんだろうな。恥ずかしいとも言っていたが、隠れてコソコソとするよりは、公然の事実としたい。そんなところが見える。

 それが無理だからこそ、せめて『気にしない』『応援する』と言ってくれたクリスの前でぐらいはオープンにしときたいのだろう。


 スキンシップがやりやすくなる期待も込めて。


 「……ぁ」

 「まぁ、キスはやりすぎだなルリ。流石に恥ずかしい」

 「と、トウヤ様!? い、いつから……」

 「ついさっきだ。そう驚かれると悲しいぞ」


 自然とルリの頭に手を置きながら、驚き固まるクリスへ苦笑い気味に返した。動揺しているところを見られたことで気にしているようだ。


 「……トウ、ヤ……さっきも、起きて、た?」

 「二回目の方はな」

 「…………そう」


 ルリは恥ずかしがるかと思いきや……何故か俺の答えに嬉しそうにしている。

 ちょっと分からないなと思いつつ、しかしのこの雰囲気は頂けないと、分かりやすく話題をそらすことにした。

 クリスが気まずさで居心地が悪そうだからな。

 

 「それより、俺はどの程度寝てた?」

 「あっ、えっと……少し長めの昼寝程度、でしょうか。今は夕方です」

 「……街、二個、過ぎた」

 「そうですね、現在の国境までの道のりはおよそ八割程度と言ったところかと。このまま近くで野営となるかと思います」

 「もうそんなところなんて速いな。俺達の時は確か国境から三日近くかけて行ったと思うんだが」

 「ふふ、あの子達はとても速いんですよ。休憩も夜の一度だけで十分ですから」


 あの子達……アストラルホースのことか。確かに朝から今までノンストップで、速度もある。

 流石は魔物だな。全力で走ったらどうなる事やら。少なくとも馬車の中は安全ではあるまい。


 窓の外に目をやると、夕方とは言うが既に空には闇が広がり始めている。まだほんのりオレンジ色が射しているが、すぐに夜となるだろう。


 「───あ、話している間に、どうやら野営場所に着いたようです」


 直後、ガタンと音を立てながら馬車が止まる。何故クリスがここまで正確に現在地を把握しているのかはともかくとして、俺達は馬車から出た。

 そこは少し道から外れた場所で、直径六メートルはありそうな巨大な岩が一つ転がっている。


 外敵は居ないとはいえ、遮蔽物の何も無い平原の真っ只中で野営するのは視野が広すぎて精神的に滅入ってしまう。その点ここなら、一方向を岩で塞げるので多少は楽だった。

 

 「今日はこちらで休みましょうか」


 くるっと振り返って、クリスは俺達に微笑む。野営とは華やかさの欠片もないものだが、クリスの存在はその前提を覆してしまうほどで。

 ルリが、クリスのことばかり見るなと言わんばかりにこちらを見上げながら手を握ってきた。


 その手を握り返し、一度ルリの頭を撫でる。別にクリスのことばかり見ていたわけじゃないと。


 ルリのことを面と向かって『恋人』と言うにはハードルが高いが、それでも俺たちの関係性はそれなのだ。意識していないわけがない。むしろ意識はしまくっている。

 クリスが居るから自制するようにしているだけだ。居なかったら……そういうことになる。


 「……私が居るのですから……へ、変なことはしないでくださいね?」

 「モラルとマナーはわかっているつもりなんだけどな」


 何か不穏なものを感じ取ったらしいクリスが僅かに視線を逸らしながら言ってきた。言われるまでもないのだが、先程ルリからキスされたことを考えると、あまり信用を得られないのも仕方ないことだった。

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