第13話
朝食をとり宿を出て、馬車などの準備を済ませたらしいクリスと合流し出発する。
この時ぐらい侍女の一人は居ても良い気がするが、馬車に乗ったのは俺とルリとクリスの三人のみで、メイドのサラさんが居ることも無く、また御者が居ることも無い。
その馬車を引く馬は魔物のように屈強な見た目で、そこらの魔物より余程強そうだ。
ただし、以前見た事のある馬とはまた違い、特徴的なのが……額の鋭利な一本の角。そしてユニコーンを彷彿とさせる淡い紫の幻想的な体色。
「随分と不思議な馬なんだな」
「アストラルホースという馬型の魔物です。元々気性が荒く、Bランクにも位置付けされている魔物ですが、同時に調教が可能な魔物でもあります」
なんと、本当に魔物なのか。迷宮に潜っていると階層ごとに魔物の強さが変化するためランク付けの実感が湧きにくいが、Bランクというのはゲーム的にいえば推奨レベル50~60ぐらいとなる。
中堅と呼べるような実力がなければ相手はできないだろう。
本来であれば人の生活圏内に入れてはならない危険な魔物である。
そんな馬に対し、クリスは臆することはなくその首筋を慣れたように撫でる。
ブルルンと、喜んでいるような声。
「このように、調教致しますと馬車馬として働いてくれるようになります。この子達は私が子供の頃から居るので、もう十数年の付き合いになりますね」
「なるほどな、道理で懐いているわけだ」
「……ん」
すると隣でルリが手を出し、反対側にいたもう一頭の馬の首を撫でた───が、こちらも拒絶されることはなく、馬は目を細め、されるがままにルリに撫でられる。
「もしかしてルリとも短くない付き合いか?」
「……乗せて、もらったことは、二回、ぐらい……けど、顔は結構、見てる」
それでルリも問題ないのか。二人を見ていると俺も撫でてみたいのだが、流石に初対面の俺は警戒されている。
「このまま乗らせてもらっても問題は無いか?」
「はい。そのうちこの子達も慣れると思いますから大丈夫ですよ」
少しだけ申し訳なさそうなクリスに頷きを返し、俺達は馬車へと乗り込む。
「悪いが、少しの間乗せてもらうな」
乗り込む際、二頭のアストラルホースへとそう声をかけると、少しだけ顔をこちらに向け鼻を鳴らされる。『下手なことするなよ?』と言いたげだ。
主であるクリスが居るから辛うじて攻撃してこないだけだとはっきり分かる。俺は馬達にストレスをかけないよう、気配を希薄にさせて馬車へと乗り込んだ。
三人で、だ。御者は居ない。
だが全員が乗り込んだ時点で、馬車は何の合図も必要とせずに勝手に動きだした。広い馬車内に取り付けられた小さな窓からは、景色が動く様子が良く見えていた。
「アストラルホースは非常に聡明な魔物ですから、名前を知っていて行ったことのある場所なら、場所を告げるだけで御者を必要とせず自分達の力で行ってくれるのですよ」
「そりゃ随分と凄いな……でも、初めての場所にはちゃんと誘導しなきゃいけないだろ?」
「そうですね。ただアストラルホースの場合は御者の技術は必要なく、魔力で道を誘導することができるんです。例えば今この中から私が馬車の右側に魔力を出してあげれば、この子達は右側に曲がってくれます」
「それは、俺でも出来るのか?」
「いえ、私のように特定の人物の魔力でしか道の誘導は出来ません。他の人が魔力で撹乱してきたら危険ですからね……額の角が高度な魔力感知器官となっていて、それで魔力の違いを把握しているみたいです」
聞けば聞くほど馬車馬として優秀だ。御者も必要なく、馬の速度もかなり速い。この速度であれば拓磨達が早くにヴァルンバへと着いたのも頷ける。
馬車内はかなり広く、少なくとも三人で居る分には『広々としている』と表現しても問題はない。
座席はよくある長椅子のようなものとは違い、肘掛があるタイプ。しかも椅子は非常に柔らかいクッションで、馬車の振動を全て吸収している。
例えが庶民的なものになるが、映画館の座席とかが一番近いイメージだ。あれを更にフカフカにした感じ。
特に疲労を持っていた訳じゃないものの、体から力が抜けリラックスしてしまう。
「ここからはルサイア神聖国に入るまで街を経由致しませんが、大丈夫ですか?」
「ん、もちろん俺達は問題無いが、クリスの方こそ野宿とか平気なのか? 馬車の中でも大変だろ」
「ふふ、これでも一度タクマ様方と来ていますし、王族だからといって快適な環境でなければ生活出来ない、なんてことはありません。ご安心を」
広い場車内で、俺の対面に座ったクリスはこちらの顔を覗くようにしながら微笑んだ。クリスに嘘は無く、なら平気かと少し安心する。
困るとしたら魔物への対処ぐらいだろう。そしたら俺達が出れば良い。
「そういうことですので、暫くはお休み頂いて構いませんよ」
「有難いが、遅いとは言ってもまだ朝だし休む時間じゃない。せっかくだから快適な馬車の旅でも満喫するさ」
肩を竦めて、改めて深く座り直す。クリスとは普段ゆっくりとする時間が無いから新鮮な気分だな。
同時に、隣に座ったルリは俺の手を握ってくる……このぐらいはクリスの前でも気にしないか。
俺は気にするのだが。なんだか見せつけるようになってしまっているようで少し申し訳なさと恥ずかしさを覚える。
「……見れば見るほど、お二人の関係は羨ましいですね」
「……代わって、あげ、ないから……」
「そういう意味で言ったのではありません。ただ純粋にいいなと思っただけです……それにしても、すっかりトウヤ様の虜ですね、ルリさん」
微笑みながら、クリスはルリを少しからかう。虜なんてクリスが言うにははしたない気もするが、ルリの俺に対する態度を見ればそう表してしまうのが的確だ。
「…………ん。トウヤの、こと……好き、だから」
この子はこの子で俺を殺しに来ている。クリスの前で、顔を赤くしてそんな発言をされてしまうのは恥ずかしいことこのうえない。
ルリ自身『虜』という言葉を認めてしまっているのがまた……俺も顔こそ赤くはしないが、羞恥で視線を窓の外へと向けてしまう。
───あぁ、草原の景色が綺麗だ。
クリスもルリの言葉につられて恥ずかしくなったのか、ほんのりと赤らめ顔。共感性羞恥というやつだろうか。照れるべきは言っているルリ、言われている俺のはずが、クリスまで伝播している。
中の様子をわかるはずもないアストラルホースが、外で僅かにため息を吐いたような気がした。
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