第12話
めっちゃ遅刻しましたすまぬです!
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朝食を摂りに俺達が食堂へ向かうと、その道中にある椅子に腰掛けるように少女は座っていた。
金髪碧眼の超が付くような美少女なので、恐らくどれだけ離れていてもその人物がクリスだと認識することは難しくないはずだ。
……と、心の中で美少女だと褒めるのも、ルリとの関係を思えば止めておいた方がよいのだろうか。今はいつも通り褒めてしまったのでどうしようもないが。
悟られていないのでよしとしよう。
「ようやく起きましたか、トウヤ様、ルリさん」
「おはようクリス。まさかずっとここに?」
「ずっとではありませんが、短くない間ですね」
ちょっとだけ責めるような言葉。ここは一階では無いとはいえ、廊下だ。王女が待つ場所でもないが……。
「それは悪かった。けど、わざわざ廊下で待たずとも部屋に来てくれれば良かったのに。俺達がどの部屋に泊まってるかぐらいは分かるだろ?」
「それは、そうなのですが……」
一応部屋に来る考え自体はあった様子。しかしクリスは歯切れが悪く、どこか俺とルリのことを交互に見るようにしては口を噤む。
その様子を見て俺の方は理由を察知する。ルリは分かっていないようだが、それは仕方ない。
「気遣った……というより、気まずくて来れなかったのか」
「わ、分かってるなら口になさらないでください」
昨晩のことをクリスには事前に話していた、となれば、朝俺達の部屋を訪れれば、情事を覗くことになってしまうかもしれない。そんな心配をしていたのだろう。
それに、もしかしたら事後であることを考えて顔を合わせるのも恥ずかしかった、なんて可能性はある。今も少し視線は逸らし気味だ。
「……何?」
「ぁ……トウヤ様、その、ルリさんには?」
「いや、まだ話してない。丁度いいから今ここで話すか」
話についていけてないルリに、クリスが俺へ聞いてくる。そう言えば俺達の関係をクリスに教えたとは、ルリにはまだ伝えていなかった。伝えるタイミングがなかったのもあるが、今がそのタイミングだろう。
部屋の気配を探り、既に拓磨達が居ないことを確認してから俺は昨晩の出来事を話す。
ルリへその事実を伝えると、やはり恥ずかしくなったのか一気に顔が赤くなり始める。
それを見て、クリスは逆に落ち着きを取り戻したようだ。
「……ぇ……じゃあ、私、と、トウヤがした、のも……」
「事前にその、聞かされていました……ルリさん、おめでとうございます」
「あ、りがとう、じゃ、なくて…………ゃぁ」
クリスの二重の意味が込められた祝いの言葉に、ルリは俺の背後へと隠れた。知り合いにそんな事実を知られてしまったことが余程恥ずかしいらしい。
しかし、クリスに伝えたことを黙っておく訳にもいかないので仕方ないのだ、ルリ。今は許してくれ。
「す、すみません。どう反応したら良いのか分からなくて……」
「大丈夫だ。ルリ、クリスは俺達のことを変に思ってないから平気だぞ。ちょっと気まずさはあるかもしれないが……」
「だ、だって…………クリス、に、知られた……なんて……」
ルリにとってクリスに知られたことは重大なようだ。前々から不思議な仲だとは思っていたが、ルリの方もクリスに対してはかなり親しい心情を持っていたことが窺える。
それ故に、余計に羞恥を感じる。事情によっては親しい人間にほど知られると恥ずかしいことがあるため、その感情はわかるとも。
「ルリさん、私は……お二人の関係を応援しておりますから」
「…………変な目で、みな、い?」
「もちろんです。思いを寄せる殿方と結ばれることは、どんな女性でも、私も願ってしまうような尊い行為なのですから、変に思うことはありません」
クリスは、達観した価値観を持ち出してくる。王女としての言葉なのだろうが、とても俺より幼い少女から出る言葉とは思えない。
同時にそれはルリへの慰めというか、後押しでもあるのだろう。ルリにとっての理解者であるクリスが応援してくれる。最初は恥ずかしく感じていても、この応援はかなりきく。
信頼を寄せる相手からの応援は、精神に良い影響を与えるはずだ。
「…………ほんと?」
「本当です」
「…………ぜったい?」
「絶対です。トウヤ様が魅力的な殿方なのはよく理解していますし、ルリさんがトウヤ様に惹かれていたのも承知でしたから。戸惑いや驚きはありますが、私は心の底から祝福し応援致しますよ」
言葉は丁寧だが、そのクリスの態度はどこか歳上の抱擁力がある。宥めるような言い方は、まるでクリスとルリが本物の姉妹であるかのように思えるほどだ。
実際その認識は間違っていないのだろう。クリスはルリのことを、どこか妹のように思っていると言っていた。姉ぶっているつもりはなくとも、ルリを妹として扱っているようには見える。
保護しなければならない存在、そんな風に。
とはいえ、クリスは会話の内容こそ俺と同年代かそれよりも上に思えるが、実際の見た目は幼い少女だ。小学生のようなルリと比べればお姉ちゃんと言っても問題ないが、比較をしなければクリスは小柄で幼い。
身長も150に届くかどうか。ようするに幼い姉妹のような二人を見ていると、微笑ましくなってしまう。
「ありがとうなクリス。正直不安はあったが、俺とルリの関係をクリスが認めてくれたお陰でそれも消えた。何より、引かないでくれて感謝してる。なんというか歳下の女の子に蔑まれたら生きていけないからな」
「ふふ……そうですね、正直に言いますと、トウヤ様の趣味にはちょっと思うところはありますよ?」
まるで俺をロリコンであるかのように言うクリスだが、少なくともルリを恋愛的にも性的にも好んでいる事実はあるのでロリコンというのは否定できない。
いや、ルリのような子も好きなのであって、別に対象範囲が狭いわけではもちろんない。が、告げたところで言い訳にしかならない。
それにクリスも、別に俺のその趣味を弄りたい訳では無いようだ。
「でも、そんなものは些細なことです。重要なのはそれが本気であるかどうか。ルリさんを大事にし、本気で愛しているかどうか。違いますか?」
「そう、だな。確かに俺もそう思う」
「トウヤ様が本気であるのは疑うまでもありませんからね。それほどまでに大事だから、ルリさんのことを命を懸けてまで守ろうとした。そうでしょう?」
クリスの言葉に、俺ではなくルリが恥ずかしがる……いや、俺も恥ずかしいのだが。
確かにルリのことは大事だったし、そういう意味で命を懸けて守ろうとしたのだが、それを言われると恥ずかしい。
無論顔色は変えていない。が、クリスには笑われる。
「……さて、あまりトウヤ様達のことを話していると私もなんだか妬けてきてしまいますから、ここで締めさせて頂きましょうか」
しかしそれに関して何かを言うことはなく、小さく笑って話を終わりにした。唐突な話の終わりに少し違和感を覚えるがそれはそれ、クリス自身本当に妬けてしまう部分があるのだろう。
クリスの立場を考えれば決してその思いを推し量れない訳じゃない。
もしかしたら酷なことを強いてしまったかもしれないと理解しつつも、だが何か言葉がある訳でもないので流してしまう。
「そういえば、何か用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうでした。実はトウヤ様にお伝えしなければならないことがありまして……」
代わりにクリスの用件を聞けば、言って少し顔を近づけてくる。宿の廊下で堂々と言えるようなことでは無いらしい。耳元に近付けられた口に、ルリが後ろでムッとしたのが分かる。
クリスにはルリの表情が見えているはずだ。だがここでは話す方を優先としたのか、俺から離れる様子はない。
「伝えなければならない内容?」
「はい。実はつい先日、トウヤ様が意識を失っている間に、ヴァルンバ国が勇者を召喚したことを発表しました」
「発表? とうとう大々的に公表したってことか」
「いえ、あくまでも発表したのは各国の上層部に向けて限定されています。一般市民の方々にはまだ知らされていません……が、それに伴い情報共有がしたいとのことで、元首会合を執り行うことが決定致しました」
小声で告げるクリスに、俺は理解したことへの頷きを返す───その中で、以前話されていたことについて思い出していた。
確か、ヴァルンバが勇者の存在を公表すれば、他国は知りたがって元首会合を開こうとする。その際にルサイア神聖国も便乗し、勇者の存在を公表して元首会合に臨む。
そこへ俺も同席して欲しいと。
「既に我が国もそれに乗じて情報開示を他国に対し行っています。というより今回はヴァルンバ国の方から事前に発表することの意思表示を伺っていましたので、合わせた形です」
同タイミングで勇者を召喚したと告げられれば、その二国が繋がっている可能性は限りなく高く、実際協力関係にある。
勇者という戦力を他国がどの程度評価しているかは分からないが、勇者を保有する二国が協力しているのは、勇者を保有していない国にとってかなり不利な出来事。戦力的にも世間体という面でも、勇者が居た方が有利に運ぶことは多い。
同時の公表は、他国への牽制も含んでいるのだろうか。ちょっとそこら辺は分からないものの、無くは無さそうだ。
「元首会合が行われるのは九日後。すぐにすぐ行えたら良いのですが、各国同士のすり合わせや道中の安全の確保などもありますからね。とはいっても、余裕を持って移動を行いたいので今日にでも向かった方が良いかと思いますが」
「……つまり、ここから出るって、こと?」
「そうなります」
「もしかしてかなり急ぎの用事だったんじゃないか? 昨日の時点で言ってくれても良かったが」
少なくとも朝に改めて来てから言うほどゆっくりしていられない気はする。昨日連絡した時についでに言及することぐらいはできたはずだ。
クリスは一歩下がり、少し頬を赤らめる。
「……私なりの気遣いですよ。連絡が一日遅れたところでさして変わりませんから、水を指すのも悪いと思ったのです。切り替えは出来るかと思いますが、それでも国に関することとなるとお心を煩わせてしまうかもしれませんからね」
「それでも、かなり重要なことだろ。なのに俺達の事情の方を優先してくれたのか」
「はい───トウヤ様とルリさんにとって、昨日の夜はこの先の未来を変える大事な、かけがえの無い時間だと思ったんです。どれだけ重要なことであっても、それを邪魔してはいけないような気がして……」
この先の未来。俺たちの将来。確かに俺とルリが一つ深い関係になったことで、ルリと今まで通りの関係を維持した未来とは大きく異なる場所へと向かうことになっている。
当然あの時はとても大事な時間で、クリスの言うようにかけがえのないものでもあった。かけがえのない時間を過ごしたからこそ、未来も大きく変わった。
クリスはそんな心情を察して、あえて言葉を今日に遅らせたのだと。
本当に……この齢にして、出来た子だ。
「…………ぁりが、とう」
「いえ、私にはトウヤ様方を優先する義務もありますから、当然のことをしたまでです。もちろん、私情もちょっぴり入っておりますが」
「有難いが、王女が私情を混ぜていいのか?」
「良いんですよ。お二人は特別です」
肩を竦めて苦笑いを向けると、笑みが返ってくる。
すぐに表情は真面目なものに戻ってしまうが。
「ただその結果として準備の時間が短くなってしまったのは否めませんが……」
「問題ない。元々荷物はアイテムバッグ一つだけだからな。宿の引き払いもすぐ済むだろうし、また戻ってくるなら拓磨達に何か言うこともない」
「一応私の方から朝のうちに告げてありますから問題ありませんよ」
「そういうことなら。ただ……」
と、俺はルリの方を見る。移動となると、長時間馬車に座ることになるだろうし、精神的疲労も肉体的疲労も両方が積み重なることとなる。
ルリの体に障るようなら、昨日の今日で言うことでもないが、最悪待っていてもらう方が……。
「……へい、き。一緒に、行く」
俺の懸念を悟ったルリは、こちらを向き頷いてきた。流石に離れることは論外だろうというのは、俺の方も察せていたことだ。
「分かった……そういうことだから、俺達は今すぐにでも出れるぞ、クリス」
ポンと手を乗せると、ルリはこちらを見上げた。何かあっても俺がフォローすれば良いかと、納得させる。
まぁ、俺もルリが居た方が良いのだ。それは偽れない。
「でしたら、お二人が食堂で食事をしている間に、私は出立の準備をしておきますので、トウヤ様とルリさんさえ良ければ朝食を摂ったら出発致しましょうか」
クリスのその提案を断る理由もなかった。
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