第9話



 すみません遅れました投稿!!


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 尾行は消えたが、既に夜の時間帯に入っているため俺達はそのまま帰ることにした。


 結局尾行者の目的や意図は分からなかったが……少なくとも、単に見つけた俺たちを陰から見ていたわけじゃないはずだ。それならばルリも見ているはずで、しかし尾行者は完全に俺にしか視線を向けていなかった。

 いつからか、というのも曖昧だ。俺が気づく前から見ていたのか、それともあの瞬間なのか。しかしあの執拗な視線にそれまで気づかなかったとも考えにくいので、やはりあの時から見られ始めたのだろう。


 あの場所で見られたのは偶然の可能性があっても、俺の事を見ていたのは意図があるはず。なにか不穏なものを感じざるを得ないが……情報の少ない尾行に関してはこれ以上考えを巡らせるだけ無駄と言える。


 今のところは見られた以外の害はなく、犯人探しをするほどのものでは無い。取り敢えずは撒けたのでよしとしよう。


 「はぁ……つか、れた」

 「意外だな。ルリはもっと体力あるかと思ってたが」


 迷宮ももう少しで抜けられるとなったところで、ルリは息を吐いた。先程から気づいていたが、本当に肉体的に疲れている様子で、俺としては意外に思ってしまう。

 今までもルリが疲労を見せたことは無かったため、てっきり俺のように体力があるかと思っていた。


 「……普通、に、してれば、平気……さっき、みたいに、速く走る、と……疲れる」

 

 先程の疾走はルリにとってもかなり本気で走った結果ということか。余力は残していただろうが、迷宮の広さは第一階層で直径数キロはあり、しかも直線ではなく迷路のようにいくつも通路が入り乱れているため、例え端からでなくとも、上下の階層へと続く階段までの距離はかなりある。


 広さは各階層で統一されている訳では無いが、大体同じと捉えていい。最低でも数キロを、ペース配分を無視して走り抜けるのはルリと言えど大変なのだろうか。

 パラメータはもちろん体力にも影響するが、現状実感できる範囲ではそれは微々たるもの。筋力のように著しいものではない。


 ルリのその身体能力は恐らく完全にパラメータ由来であるため、素の肉体は見た目通りの少女のもの。

 それでもステータスシステムによってかなり強化されているはずだが、長時間の全力疾走の前では心もとない。普通はペースを調整して走るのだから、全力での体力消費が激しいのは当然だろう


 「……トウヤは……凄い、ね」

 「体力に関しては自信があるからな」


 一方で俺は全力で走ったとはいえ、この程度は問題なかった。速度は当然今よりも格段に落ちるが、地球の頃でもこの距離は問題なく全力のまま走りきれる。

 例え十キロだろうが二十キロだろうが、全力で走り続けたところで息を乱すことは無い。フルマラソンレベルになると流石にペース配分を考えなければならないだろうが、それも地球の頃の俺の能力に当て嵌めたもので、今となっては無縁に思える。


 もちろん自分で出せる全力、それを超えた『火事場の馬鹿力』的な状態になれば体力の減りは著しくなってしまうが。


 それにしても、一つでも優っている部分があると嬉しいな。この先身体能力面でも頼ってもらえる場面が出てくる可能性があるということなのだから。


 なんなら疲れたルリのことを抱えて宿まで帰ってもいい───そう言おうとして、俺は一瞬忘れかけていたを思い出していた。


 「……トウヤ?」

 

 口を噤んだ俺を見上げるルリに、何でもないと一度首を振る。そのまま迷宮の外まで出てから、俺は改めて口を開いた。


 「悪いルリ、少し寄るところがあるから先に帰っていてくれないか」

 「……よる、ところ?」

 「あぁ。一緒に行ってもいいんだが、問題がゼロって訳じゃないからな……先に帰って、叶恵達と待っててくれると助かる。直ぐに帰るから」

 「…………わかった」


 いきなりの俺の言葉に聞きたいことはあっただろうが、先んじて問題があることを口にしておけば、ルリは控えめな肯定を返した。

 

 名残惜しそうにしながらも、ルリの姿が雑踏に紛れて消えていく。毎回の如く、こうして別行動するのが寂しく感じてしまうが、俺はそれを飲み込んで適当な路地に入っていく。

 周囲に人気がないことを確認してから、音を遮る『静寂サイレンス』と景色を偽装する『迷彩ブラインド』の二つの魔法を発動し通信用の魔道具マジックアイテムを取り出した。


 「ここまでしなくともいいんだろうが……」

 

 念を入れる分には問題ないとし、いつものようにクリスへと通信を繋ぐ。出れないようならそれで構わないが……悲観的な予想を裏切ってクリスはすぐに応答してくれた。


 『……トウヤ様?』

 「あぁ、こんばんはクリス。今いいか?」

 『いいも何も、いえ、その……私はどう反応すれば良いのですか?』


 画面の先で色々な感情を飲み込んで話すクリスに、遅れて俺は、そう言えばクリスには起きたことを伝えていなかったと思い出す。

 その辺り、昼過ぎぐらいに起きたことを伝えればクリスは見るからに不満そうな表情をした。


 『起きたら私に連絡をくださっても良かったではありませんか……それが、後回しですか』

 「本当にすまん。後でお礼は言わなきゃと思ってたんだが、自分が倒れてたことをそこまで大事として見る事が出来てなくてな。わざわざ自分から連絡するほどのことでもないかと」

 『大事も大事です。勇者の、それも最高戦力と言っても差し支えないトウヤ様が意識不明になっていたんですから。私がどれだけ心配したと思っているのですか? 今朝だってルリさんに内緒でお見舞いに……』


 そこまで言って、クリスは一瞬だけ『あっ』と声に出した。


 『……と、ともかくですね』


 どうやら今の一言は聞かなかったことにしてくれと言いたいらしい。


 「ともかく、とはおけないな。そうか、わざわざ見舞いにまで来てくれてたのか……」

 『それは、仮にも私は勇者様方を呼び出した側の人間ですし、責任を持たなければと言うだけであって……』


 それだけ不意の発言ということなのか、普段見られないような慌てたような表情を見せてきたクリスにそっと笑みを向ける。


 「分かってる。迷惑かけたな」

 『……迷惑なんて、とんでもありません。ただ、心配、しておりました。もしかしたら私の判断が遅かったのではないかと』

 「そんな事ない。むしろクリスは的確に、迅速に対応してくれた。直接的な命の恩人は拓磨達かも知れないが、その根元はクリスにあると知ってるさ……ありがとう。クリスのお陰でこうして生きられてる。感謝してもしきれないよ」


 魔道具マジックアイテム越しに感謝を伝えれば、クリスは僅かに赤面した様子で、耐えられなかったのか少し視線を逸らした。


 『……トウヤ様はズルいですね。そういう風に言われると……また助けたいな、なんて思ってしまいます』

 「本当はそんなことにならない方がいいんだが……正直、情けないがまた頼ることがあるかもしれない」

 『いいえ、むしろ頼ってください。ただ……次にその時があれば、今度はトウヤ様に何か見返りでも要求させて頂きましょうか』

 「……出来れば無理のない範囲で頼む」


 クリスは、今度は笑った。


 『ふふふ……トウヤ様はズルいところもありますが、可愛いところもちゃんとありますね』

 

 歳下の女の子に可愛いなどと言われるのは非常に複雑だが、下手に否定することなく俺は咳払いをして誤魔化した。


 「んんっ……ま、まぁ言いたいことはまだあるかもしれないが、続きは実際に会ってから……」

 『えぇ、構いませんよ。明日そちらにまた伺う予定がありますから』


 今の話の後だとどこか弄られそうな雰囲気を感じるが……そしたらこちらも見舞いの件で弄り返してやればいいか。と、思考を切り替える。


 『それで、本当はどんなご用件なのですか?』

 「あぁ、そうだ。クリスは前に『男女の問題があれば遠慮なく言ってくれ』と言ってたよな? 確か、ルリの着替え云々の話が出た時だ」

 『はい、それはもちろん覚えていますが……何でしょうか?』

 「性的なことを聞いていいか?」


 曖昧にしたりせず、俺は直接的に確認をとる。クリスは幼いが、真面目だ。真面目で、それでいて察しがいいため、下手に言葉をはぐらかしたところでクリスの感じる羞恥には差がない。むしろ曖昧な方がこちらの思わぬ方向に想像を働かせてしまう可能性もあるため、ならいっその事普通に言ってしまってもよいのだろう。

 とはいえ、それでもいきなりのことに赤面は隠せていないようだ。


 『その、とりあえず聞くだけでしたら……』

 「ありがとう。実はだな、この世界のに関してどうなってるのか聞きたい」


 ようやく切り出せた本命。俺が顔色を一切変えずに伝えれば、クリスの方はそうとはいかなかったようだ。顔色をサッと変えて、そして誰も居ないだろう彼女の部屋らしき場所で周囲を見回した。

 クリスはこの街の王城にて部屋を貸してもらっているらしいが、それはともかく。


 『……ひ、避妊具、ですか?』

 「ああ、ルリには聞けないんで、頼りになるクリスに聞くことにしたんだ」

 『ぇっとですね……もう一度聞きますが、妊娠を避けるという意味での『避妊具』、ですよね?』

 「他にその言葉が示す意味を知らないが、その避妊具だ」


 淡々と進める俺に対し、クリスは年頃の少女とでも言った様子で動揺を露わにする……いや、年頃の少女でなくとも、そのような反応をしたかもしれないが。


 中学生レベルの、まだ幼い顔をした少女にする質問ではないのは確かだ。


 ともかく、俺の用事とはこれだ。流石にルリが居る状態では聞けないので先に帰したという訳で。

 クリスに聞くかどうか迷ったのだが、他に聞く相手も居ないのと、遅かれ早かれクリスを相手に誤魔化せるとは思えなかったのでそう言う意味でも話すことにしたのだ。

 そして話をスムーズに進めるためにも、クリスが必要以上に恥ずかしがらないためにも、俺は努めて冷静さを保っていた。

 

 『ぐ、具体的には、どういったものを……?』

 「逆にどんなものがあるんだ? あぁいや、辱めようとしてる訳じゃなく、純粋に知らないから聞きたいんだ」

 『わ、分かっております……そう、ですね。一応女性が飲むことで効果の得られる経口避妊薬や、トウヤ様などの男性が使うものでしたら……せ、性器に付けるタイプの避妊具があります』

 「付けるタイプ……そういうのって一般的に売られてるか?」

 『はい。薬は処方が必要ですが、避妊具の方は、大抵の街では雑貨屋などで売られているかと……』

 

 俺からの質問に、流石と言うべきかクリスは動揺しながらもしっかり答えた。聞いた感じではここも地球とそう変わりはなさそうで少し安心するが、クリスは安堵など感じ取れないだろう。むしろ疑問が強いはずだ。


 『どうして、急にそのようなことを……?』

 「まぁ、単純に必要になる可能性があるからだ」

 『避妊具が必要……ですか?』

 「それ以上の説明をした方がいいか?」

 『い、いえっ、大丈夫です……ほ、本当に使うのですか?』

 「まだ可能性だから、本当に使うかは分からない」

 『ですが、使う予定の相手がいるのですよね……何方、なのですか?』


 クリスの恐る恐るといったような質問に、俺はその目を見つめ返す。

 聞かれることはわかっていたが、いざ聞かれるとなんと答えたらいいものか迷うな。『誰か』という部分を明確にすれば、聡明とはいえ幼い、しかも王女に、具体的な想像をさせることになる。


 それ以前に隠すと決めているのだが、ことクリスに至っては例外たる存在だ。

 王女だからというよりは、俺が知る中で最もルリに詳しい人物で、立場もまた特殊。ルリにこそ言わないが、クリスはルリの保護者のような立ち位置で、そうでなくとも、俺が誤魔化した美咲と違い、クリスは俺とルリの関係を他の人よりかなり深く知っているため、こちらが言わなくとも自然と想像がついてしまうだろう。


 「ルリだ、と言ったら驚くか?」

 『ぇっ……え? ルリさん、ですか? それはっ……その、本当に?』

 「本当だ。まぁ、前に『手を出すな』と言われた後でこうなってるのは返す言葉もないが」

 『いえっ、そんな……ただ、それは……合意の上、ということですか?』

 「つい四時間弱ぐらい前の話なんだが、なんて言うんだろうな、簡単に言うとルリとのような関係になった」

 『恋仲!?』


 クリスの反応が少し面白いな。王女としてでは無く素の少女としての反応が出ていて思わず笑ってしまいそうになる。

 とはいえ、一応真面目な話だ。クリスは大声を出してしまったことにまたも誰も居ないはずの部屋を見回し、そして声を潜めた。


 『ルリさんと、トウヤ様が……?』

 「そうだ。『付き合おう』と直接言った訳じゃないが、お互いに明確な好意を確認し合ってキスまでしたら、それは恋仲、恋人でいいんじゃないか?」

 『キスっ───ん、こほんっ……その、はい、分かりました。なんと言いますか、おめでとうございます』

 「ありがとう」


 一度はクリスには『ルリに懸想なんてしてない』と断言した形だったため、なんと言われるか不安だったがクリスは素直に祝福してくれた。

 その言葉に顔が歪みそうになってしまうのを堪え笑みを向ければ、クリスからは複雑な表情が返ってくる。


 『……ですが、恋仲になったからといって……いきなり、ですか? そんな即日行うような……』


 今日行う、などとは一言も言っていないが、事実なので訂正はしなかった。


 「まぁ俺達の場合、同棲みたいな状態だったからな。それに加えて、ルリとは付き合う前から少し歪な関係だったし」


 俺とルリは元々性に対しての境界線が曖昧だったため、その分変な距離感を築いていた。どちらかと言えば近い方での。

 それが付き合った今、今までダメだったラインを一気に超えてしまうことも容易くなってしまったのだ。本当は付き合い始めたらまずは感情や生活的な部分で距離を近づけていき、お互いを知り、お互いに恥ずかしく思いながらも口にして、そしてようやく行為に至るような段階を踏むが、俺とルリの場合それらのほとんどの段階を経験してしまっている。


 宿屋とはいえ同棲していたようなものだし、なんなら一緒のベッドで寝ていた。生活的な部分での距離の近さはある種恋人よりも近い。

 感情の部分に関しても、ルリの方が元々告白に近いことをしてきていた。そして極めつけは、性的接触も含んでいたことだろう。


 そんな状態から恋人になれば、『今までのラインより更に一歩先』を求めた時に出てきてしまうのが既に『行為』になってしまうのも必然。


 いきなりではあるが、急ではない。


 『……ほ、本当に今日、するのですか?』

 「キスをした時に、その先のことを今晩するって約束したからな。何か急な用事ができなければ、この後ほぼ確実に」

 『る、ルリさんと、トウヤ様が……』


 ここまで来ると、クリスも興味が湧いているのか嫌悪や抵抗ではなく、動揺の中に若干の好奇心が見えてきている。流石に王女とはいえ、ここに至ってまで真面目さを保つことは出来なかったか。


 「想像したか?」

 『っ……し、してません!』

 「まぁいいが、そういう理由があるから避妊具が必要だったんだ。今まで散々ルリからのアプローチを濁してきたからな……ルリのためにも、関係が進展したと実感を得るためにも、一度しておくべきだと判断した」

 『そう、ですか……』


 無論、俺がしたいという思いが無いわけじゃない。相手がルリという点では不満などあるはずがないし、俺だってその先の行為を経験してみたい。

 ただ、こうも理由を述べておかないと……いや、ただ言い訳が欲しいんだろうな。


 『……責任は、取るつもりなんですよね?』

 「当たり前だろ。最後まで責任は取る。ただ……暫くこのことは周りには内緒にしておきたい。今言うのは恥ずかしいし、そんな状態で二人で一緒の部屋に居たら周りから色々言われかねない」


 今現在だって若干からかわれているのだ。そこには『本当にそんなことがあるはずない』という思いが含まれているが、ここで付き合い始めたなどと告白すれば、そのからかいにも信憑性が生まれる。

 いくら友人達とはいえ、変な視線を向けられるのは避けたいし、ルリも可哀想だ。


 加えて、ルリへの抑止力でもある……こっちは単なる懸念だが、ルリはオープンにした場合更に欲求の箍が外れてしまいそうな予感がある。

 隠すことの必要性を与えておいた方が慎重になるため、比較的健全な関係を保っていられるだろう。


 『私は良いのですか?』

 「誰にも言わないのは実際のところ難しいし、相談出来る相手は居た方がいい。いつまでも隠しておくことは無理だからな」

 『それは信頼の証でしょうか?』

 「あぁ……ルリとの関係で一番頼れるのは、クリスだ。私情を除いても、王女という役職だけで秘密に関しての対応は信頼できるからな」


 役職として国のトップに近い位置にいるクリスは、その幼さに似合わず感情を抜きにして考えることが出来る。明かす内容と明かさない内容を精査でき、それは個人的な秘密のやり取りをするにしても信用に値するのだ。

 もちろんクリスが俺を貶めようとしているならその前提も崩れてしまうが、そんなことはありえないと断言に近い形で言える。


 クリスは視線の高さは同じなのに、器用に上目遣いを向けてきた。


 『……一番、ですか?』

 「一番頼れる。嘘偽りない本音だ」

 『そうですか』


 言葉こそ簡素だが、クリスの口角が上がるのを俺は見逃さなかった。


 『分かりました。トウヤ様とルリさんの関係は内緒にしておきます。私達だけの秘密ですね』

 「あぁ。その分、何か困った時に頼れるのが今のところクリスしか居ないんだが……」

 『大丈夫です。一番頼られているのであれば、私も期待に応えてみせます。その……も、遠慮なく聞いてくださって構いませんから。ルリさんに聞くのが難しいものもあるかもしれませんし……』


 実に頼りがいのある発言だが、そう何度も『そういう問題事』というのを聞いてしまっても良いものなのだろうか?


 「今更俺が言うのもおかしいが、いいのか? 王女だし、女の子だし、あまりそういう話を聞かされるのは良くないと思うんだが」

 『トウヤ様以外の方のお話でしたら、聞きませんよ。トウヤ様と……ルリさんのことだから、協力するのです。それにトウヤ様は、そういう話をする時も至って真面目じゃありませんか。真剣に聞いてきているからこそです』

 「それは、一応変なことを考えても顔に出さないようにしてるだけなんだが……」

 『だとしたら、ちゃんと気遣ってくれている証拠です。それでも聞いてきているのは、それだけ大事な事だからでしょう? 頼ってくださいと言ったのは私の方ですから、遠慮しなくて良いのです』


 歳下の女の子という認識は未だ変わっていないが、どうもクリスに関しては気遣いを見せるだけ見せて終わっている気がするな。


 「悪いな。気分を悪くしたり、聞きたくなかったらその時は正直に言ってくれ」

 『大丈夫ですよ。私も王族の端くれです。既に、その……せ、性知識は万全ですから』


 なるほど、そういう教育も受けているのか。王族貴族などの婚姻は非常に早いことも多いらしいし、知識も万全にしておかなければ有事に備えられない。

 少女から得る情報としては刺激が強すぎるが、俺は下手に反応を示さず頷くだけに留めた。


 『そろそろ切り上げた方が良いかもしれませんね。一応ルリさんと恋仲になった、ということなら、こうしてトウヤ様と二人っきりで喋るのは控えた方がよろしいかもしれませんし』

 「そうだな、バレたら嫉妬から足を踏まれるかもしれない」

 『私もルリさんに嫉妬されたくないので、その、お見舞いに行った件や今回のお話などは、ルリさんには内緒にしておいてくださいね』

 「俺もクリスに秘密にしておくのを強いてるからな。分かった」


 以前から、ルリはクリスのことを多分恋敵的な意味で警戒している。クリス自身は俺に恋愛感情など無いと思うが、好かれているのは確かだ。

 ルリにとって嫉妬する要素としては十分なのかもしれないし、それでクリスの方がルリから嫌われたりしたら可哀想だ。こういう密会のような真似事は、ルリのためにもクリスのためにも、今後できるだけ避けるようにしよう。


 『それでは、えっと……こ、今晩はどうぞ、お楽しみくださいね……』


 赤い顔でもごもごと告げると、クリスはそそくさと魔道具マジックアイテムの通信を切った。


 今晩はお楽しみください、か……俺は路地にかけていた魔法を解いて、大通りに出て急ぎ雑貨屋を探す。

 店の位置を把握していなかったため少し手間取ったが、たまたま近くにあったその店へと入り目当ての品を探す。


 値段設定は地球と比べてもかなり安い。売れ残っていると言うよりはその逆、かなり頻繁に売れているようだ。

 その隣には透明な液体の入ったボトルが売られている……商品名は見ずとも分かるが、コレの隣に売られているということはそういう目的での使用が多いのだろう。

 こちらは予定のリストになかったが、準備はするに越したことがない。特にルリの体は小さく、本来であれば年齢に関わらず手を出すことを躊躇わなければならないようなものなのだ。


 ようするに、より強い痛みを伴ったり、そもそも円滑に事が進まない可能性もある。ルリも初めてがそんなものになってしまうのも嫌だろうし、ならばこそ準備は必要以上にしておいた方が良い。

 ついでにこの二つの商品に加えて気休め程度のカモフラージュである携帯食品を一緒に購入する。


 日本と違い割とオープンな部分のあるこの世界でそんなカモフラージュが必要だったのかどうかはさておき、堂々と買うことは流石に出来なかった……こういったものを店で直接買うのは初めてなので、自分でも大目に見よう。

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