第7話



 その後は女性陣の部屋に赴き改めて拓磨達にしたように感謝を告げた。男相手とは違い、叶恵は相変わらず涙腺が弱くて泣いてしまったが、その際に神無月まで僅かにとはいえ泣いていたのは正直なところ意外だった。


 叶恵は分かる。俺も叶恵も、幼馴染みという関係以上に親しい仲だ。いや、親しいと言うより家族に近い立ち位置だろう。泣いてくれるのが当たり前で、その当たり前が酷く優しいのだ。


 一方で神無月とは、俺からはクラスメイト以上の接し方はしていないので特別仲がいい訳ではない。気が弱い女の子ならば思わず泣いてしまった、というのも分からなくはないが、神無月はそういうタイプでもない。

 近添も特に泣くことはなく『夜栄君起きてよかったなぁ~、心配したんよ?』といつも通りのマイペースさを発揮していたので、その分泣いた神無月が意外に思えたのかもしれない。


 もしかしたら、俺が思うよりも神無月は俺の事を友人と思ってくれているのかもしれない……俺も洞察力が優れているとはいえ、何もかもわかる訳では無い。

 女子の気持ちの機敏は分かりやすい所と分かりにくい所がはっきりと別れるため、余計に混乱してしまう部分もある。特に神無月は、俺に対し『親しい』というよりは『懐いている』と表現した方が良いような対応を取っているため、性格的に本気なのかからかいなのかが曖昧なのだ。


 ただこう見るに、少なくとも神無月の中では割と親しい方に分類されていたらしい……今まで一歩引いた態度をとっていたが、これからはもう少し近くても良いのだろうか。

 ルリが嫉妬しない程度にこちらから歩み寄るのも、クラスメイトという枠組みから飛び出すための要素かもしれない。

 

 「何か考え込んでいるみたいだけど、果穂のこと?」

 「いや、ただ一対一っていうのが居心地悪くてな」


 正面から美咲が聞いてくる。顔には出していないが、流石によく見ているな。

 先程までは前述したように叶恵達に先日のお礼を言っていたが、その中で美咲だけら少し傍観する立場に居た。俺としては美咲もしっかり感謝する相手の一人なのだが、あの場においてはどうも一歩引いていたようだ。


 代わりに、今こうして部屋から連れ出されている。一対一で話そうと拒否できない圧で言われてしまったら、頷く他ない。


 「圧迫面接を受けてる気分だ」

 「なら、言いたいことはわかるわよね? と、う、や、く、ん?」


 わざわざ俺の名前を一音ずつ区切りながら言う美咲からついつい顔を背けたくなる衝動を抑える。


 「……冗談だから、そんな顔しないでよ。刀哉君の判断は尊重してるわ」

 「悪い。拓磨達にも言われたことなんだがな」

 「だったら私が言うこともないわ。ただ、それと別に言いたいことはあるけれど」

 「別?」


 てっきり無茶したことに対して怒られるのかと思ったが、そういう訳では無いようだ。平手打ちはかなり痛いので困るが、不満は聞こうと覚悟していたので少し拍子抜けする。

 ただ、それとは別に何か言うことがあったかと首を傾げるが。


 「ルリちゃんのこと」

 「あ、あぁ……なるほど」


 そっちか、と思って、そういえば以前『ルリちゃんの事聞かせてね』と言われていたことも思い出す。


 「そう。元々ちょっと変な風に思ってたことはあるけれど、今回ではっきりとしたわ。刀哉君、ルリちゃんのことを私達が思ってる以上に大切に思ってるのね」

 「……まぁ、そうだな」


 詮索するなと言いたいところではあるが、単なる好奇心じゃない以上それはあまり良くない対応だ。

 

 「四日前……貴方にとっては昨日のことかもしれないけれど、ルリちゃんと少しお話したのよ。色々とね。その時に刀哉君のことも出たわ」

 「確かに神無月も『色々聞いちゃった』って言ってたな。内容に関しては皆目見当もつかないんだが、結局何を話してたんだ?」

 「刀哉君とルリちゃんの関係」


 やはりそういう話か。皆目見当もつかないというのはもちろん嘘で、むしろ予想していた内容ではあるが、俺の予想ではルリは明確な恋愛的な好意までは見せなかったと踏んでいる。少なくとも口にすることは無かったはずだ。

 神無月の反応からも、むしろルリが俺に懐いているという面が強調されていたからこそ、少しからかうような発言をしてきたのだろうと分かる。


 「聞いたらなんて返ってきたと思う?」

 「家族、か?」

 「よく分かってるじゃない。そう、家族よ家族。普通に考えたらちょっと深すぎるわ。貴方と叶恵じゃないんだから」


 確かにそれはそうだ。例え中学からの付き合いである美咲であっても、その関係を『家族』と言うことは無い。無論拓磨や樹でもそれは同じ。

 叶恵は確かに家族に近いが、それは幼馴染みかつ家が近いというのもあった。離れていた時期もあるがそれも僅かで、恐らくは子供の頃から一緒に居たのもある。


 そんな相手でなければ、血の繋がっていない相手を家族とは呼ばない。ましてや義姉や義妹という関係ですらないのだから、付き合いの長さという面で見れば、出会って2ヶ月程度の相手にそう思われることは不自然だ。


 「まぁ、ルリは幼い面もあるからな。短い期間とはいえ、文字通り一日中一緒に居れば頼られるようになる」

 「それで納得できると思う? いえ、他の人なら納得出来るかもしれないけれど……直接的に言ってもいいの?」


 美咲は、俺が美咲の言いたいことを既に察しいると確信している様子。このまま黙っていれば美咲の疑問はグレーで終わるかもしれないが、美咲的にはここで解明しておきたいのだろう。

 

 「そんな腹の探り合いみたいなことをしなくてもいいだろ美咲。聞きたいことは聞けばいい。その程度で気を悪くすることもないしな」

 「……そうね、ちょっと棘があったかもしれないわ。なら普通に聞くわよ?」


 美咲が見てくる。俺はおどけたりすることなく、目も逸らさない。


 「貴方、ルリちゃんの好意には気づいてるの?」

 

 美咲の聞きたいことは、やはり俺の予想通りのものだった。

 とはいえこの程度であれば、それは人の恋愛事情を知りたがる単なる好奇心で済む。ただ美咲に限ってそんな好奇心を優先することは無いだろうし、ならばこそこうも真剣な雰囲気になる必要は無い。


 「もちろん、単に人間として好きとかそういう話じゃないわよ? ちゃんと、男の子として貴方のことが好きっていう、恋愛感情」

 「質問に答える前に、美咲はそもそもルリが俺の事を好きだってどうして確信してるんだ?」

 「あら、それは私の事を甘く見すぎてるんじゃない?」


 美咲の目付きは鋭い。それはそのまま洞察力にも直結している。

 思考力もあるかもしれないが、高い洞察力の要因はその特殊な感性だ。わかりやすく例えると、俺に近いと言えるだろうか。


 隠し事が得意ではないルリが相手なら、美咲も十分にわかるということか。その場にいた訳じゃないが、ルリが俺の事に関して答えている時の表情を想像することは、決して難しくない。

 それでもそこまで露骨なものでは無いかもしれないが、見る人が見れば十分に分かるだろう。少なくとも美咲はすぐに分かったということだ。


 「あの子、刀哉君の話をする時は、なんだか凄く緩むのよ。信頼してるのは誰が見ても簡単に分かるし……それに、ちょっと変な言い方かもしれないけど、女の子の顔になるの」

 「ルリは女の子だから当たり前だ……なんて茶化しは要らなそうだな」


 女の子の顔、というのは、要するに恋する乙女を意味するような比喩表現だろう。

 誰かに恋している、誰かを好きに思っている。そんな顔。ルリが俺に笑っている時の顔もそれに近いだろうか。


 好意を見せてくれるような、可愛らしい表情。


 「……あぁ、察しの通り気づいてるよ。正直、ルリは隠し事が得意なタイプでもないし、四六時中居るとわかることも多いからな」

 「……そう。分かってるのね。なら答えは?」

 「いや、告白も何もされていない状態で答えるのはおかしいだろ」


 これは嘘だ。ルリからはちゃんと告白されている。それは今日のことでもあるし、少し前の話を持ち出してもいい。

 ただそれは俺とルリだけの秘密であって、他者に言うものじゃない。もしもルリがオープンな関係を望むのならまた話しは違うが、そういう関係になったのもついさっきの事。


 俺自身のルリに対する明確な感情を悟らせるのは避けたいところだ。


 「でも、どうしてそんなことを? ただ聞きたいからか?」

 「……また話しを戻すようだけど、今回のこと、私は完全に納得したわけじゃないのよ」


 また怪我の話だろう。最初に『ルリちゃんのことを大切に思っているのね』と俺に言っていたことと結びつけるなら、その先の話は拓磨と似たようなものだとわかる。


 「ルリちゃんを助けるためにって聞いたけど、刀哉君がそこまでする必要のある相手なのか……ってね」

 「ルリを悪くいうような話なら切り上げるぞ」

 「ち、違うわよ。そうじゃなくて、貴方にとってルリちゃんは命をかけてでも守るような相手だと言うなら、当然それ相応の感情があってもおかしくないわ。それなら私だって納得出来る……でも、単にお人好しが過ぎて助けているのなら、次からは絶対にやめて欲しいの」


 結局のところ、美咲はこちらの身を案じているのだ。話の節々からはそんな心配を感じ取れるし、実際死にかけたのだから危機感を持つには十分過ぎた。

 思わず苦笑いを浮かべる。確かにお人好しが過ぎて死にかけてでも誰かを助けてしまうのは、友人という立場からすれば不安なことこの上ない。しかし誰を助けるのも結局は俺の意思だ。他人に強制されるものでは無い。

 

 その妥協として、美咲は俺の意思を探ろうとしてるのだろう。ルリの恋愛感情に関しての話を出したのは、異性の仲として最も代表的なものだからか。

 俺がルリのことを好きで、大切に思っていて、そんな理由から助けたというのなら納得できると。


 無論俺とて単にお人好しで助けるほどの人間でもない。そこには理由があり、何よりよほどその人が大切でなければあんなことはしない。


 「安心してくれ。ルリを助けた理由だが、今回の件は少なからず俺にも責任があるからというのがまず一つ。ただそれは単にきっかけの話で、ルリを命がけで守ろうとした理由は……やっぱりルリのことが大切なんだろうな」


 だろうな、と濁しはしたが、事実その通りだと俺の中では結論が出ている。ただそこまで確信を持たせると、それはつまり俺の中での感情が明確になってしまっていると伝えることになってしまう。

 とはいえ美咲に伝える内容としては不足ないだろう。お人好しではなくルリのことが大切だから、ルリだから助けたと。


 「……そう。そういうことなら、私が口を出すのもおかしな話ね。だけどやっぱり危ないことはしないで」

 「そうだな、次辺りは本当に心配が皆無になって説教しか飛んでこなさそうだし、気をつける」

 「そういう理由で気をつけるのは止めて欲しいけれど……」


 美咲は呆れたように言う。二回目まではいいかもしれないが、三回目ぐらいからは怒りを覚えさせてしまうかもしれないからな。そうなったら俺も耐えられるか分からない。

 この先命の危険となるような事態に遭遇しないのがいいが……この世界で生きる以上、そうもいかなそうなのが現状だ。


 肩を竦めた俺は、話は終わりだと切り上げようとする。


 「ところで、こっちは純粋な質問だけど」

 「ん?」

 「ルリちゃんのこと。この先どうするかとか決めてるの?」


 部屋へと戻りルリを連れてこようとした俺の背中へ、美咲は何気なく投げかけてくる。

 

 「あそこまで可愛らしい反応をする女の子も珍しいし、良い子なのはよく分かるから、私としてはルリちゃんを応援してあげたい気持ちなのだけど……やっぱり幼いから刀哉君的にはダメかしら?」

 「いや、ルリは見た目ほど幼くはない……幼い部分も多いが、そうじゃない部分もあるからな。ただなんとも言えないところは確かにある」

 「他の人から見たら、小学生に恋しちゃう高校生という構図になってしまうかもしれないものね」


 そう捉えられるのはかなり嫌だな。そんなロリコンのように周りから思われてしまったら耐えられる気がしない。

 実際もしも俺とルリが『俺たち付き合うことにしたんだ』と公開したとして、果たして周りは受け入れるだろうか。せめてルリが俺と同年代、いや一、二歳ぐらい歳下程度ならば受け入れられるかもしれないが、それでもロリコンという不名誉な称号は避けられないだろう。


 そしてルリの実際の年齢を、俺は未だに知らない。

 

 「でも、私はいいと思うわよ。引いたりしないわ。刀哉君がルリちゃんのことを好きになったら、それはルリちゃんが刀哉君を振り向かせたってことだもの。おめでとうって言うしかないじゃない」


 そんな中で、美咲は笑ったような気がした。背中を向けているので実際の表情を知ることは出来ないが、そこに嘘は無さそうだ。

 ……そんなところは、拓磨と似ているな。言及することまで似ているのは少し面白い。


 そして、こちらのことを考えてくれている発言は素直に嬉しい。


 「……そうだな。無い未来じゃないかもしれないし……その時がきたら、周りの目は気にしないことにする」

 「えぇ───そうしたらこっそりでいいから、私に教えてね」


 ルリと付き合うような仲になったらこっそり教えてくれ。背後から近づき、美咲は俺の耳元でそう囁いた。


 もしその言葉に了承するなら、今この瞬間俺は美咲にそっと耳打ちする必要がある。実はルリからもう告白されてて、両想いになって、キスまでしたと伝えなければならない。


 ……流石にさっきの今でそこまでの覚悟は決められるはずもなく。


 「あぁ。ま、今のところは俺からはノータッチだし、そっち関係は期待しないで待っててくれ」


 俺は軽く肩を竦め、扉を開けた。



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 いつも通り以下略!

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