第6話


 お眠なので寝ます……次回、明明後日辺り……。



──────────────────────────────





 「───ん……終わり、だね」


 ルリが言うと、丁度階下が騒がしくなる頃だった。


 「……なんでちょっと物足りなさそうなんだ?」

 「…………そんな、顔、してる……?」


 どことなくではあるが、そんな顔をしている。正直ルリの欲求を甘く見ていた。キスだけにこれほどまで時間を使うとは……。

 流石にずっとやっていた訳では無いとはいえ、一度終わりにしてもルリはすぐにやろうとしてくるのだ。この子、時間がある限りやるんじゃあるまいか。


 とにかく、予想よりも随分と早い帰り。ただ今は少しだけそれがありがたかった。

 ルリにキスされるのは全然良いのだが、それでちょっと気分を高揚させてしまうのは良くない。夜にするという約束なのに、俺の方から破ってしまいそうになるのだ。


 拓磨達がもっと遅かったらどうなっていたことか。俺は口元を拭い、ルリを膝の上から下ろす。

 

 「一応、拓磨達にこのことは隠しておくんでいいよな?」

 「……ん。恥ずか、しいし……」


 俺の方は恥ずかしいとかの次元では無いのだが、ルリはそういう認識らしい。まぁ、隠すことに同意してくれるなら構わない。

 俺としてはどちらかと言えば隠したい気持ちだしな。そういう事なので、俺とルリは何食わぬ顔をして待っていた。


 「───刀哉、起きたのか!」


 そう言って部屋に駆け込んでくる友人のことを。


 扉から真っ先に入ってきたのは樹。ドタドタと隠す気もない足音は急いでいたのを表していて、俺はベッドに腰かけながら肩を竦めていた。


 「うっす。見ての通り刀哉さんはしっかりと起きましたよ」

 「おま、お前なぁ……どんだけ心配したと思ってんだよ。今回ばかりは助からないかもしれないって本気で鬱になりかけてたんだからなこっちは!」


 俺が軽く笑いながら返せば、樹は呆れだか若干の怒りだかその辺りを混ぜつつ、何より非常に安堵した様子を見せた。

 分かっていたつもりだが、随分と心配をかけてしまったらしいことをその反応から実感する。樹の言っていることは誇張でもなんでもなく、本当に病みそうになってしまったようだ。


 そんなことを言われてしまえば、流石に俺も下手なことは返せない。しかも今回は樹達は俺を助けてくれた側なので、飄々とした態度を取るのも難しい。


 「……あぁ、そうだな。ゴメン、マジで迷惑と心配かけた」

 「迷惑はかかってないが、心配は確かにめっちゃした。お前は自分の身を顧みなさ過ぎなんだよ。お前が死んだ時に他の人がどう思うかなんて十分理解してんだろ。それなのに簡単に無茶すんだからよ」

 「───そう言うな、樹。あまり責めるものでもない」


 樹から耳の痛い言葉を貰っていると、その奥から拓磨達も部屋へと入ってきていた。

 拓磨が苦笑いを浮かべながら樹の肩に手を置く。


 「拓磨……」

 「言いたいことはわかるが、落ち着け……それで刀哉、取り敢えずは起きてくれて安心した。体の方は問題ないか?」

 「ありがとう。特に何も問題は無いな。強いて言えば少しだるいくらいだ」

 「そうか。腕の方は?」

 「それもこの通り」


 グルグルと左腕を回して問題がないことを示せば、拓磨はひとつ頷いた。


 「それは何よりだ……今起きたばかりか?」

 「まぁそうだな。起きて、丁度ルリに泣き付かれていたところだ」


 肩を竦めた俺の隣で、ルリが恥ずかしそうに目を伏せる。実際には泣き付かれたのは二十分以上前で、今はとても口には出せないようなことをしていたところだったが、当然そんなことを言えるはずもない。

 ただ拓磨達の方は、ルリのその恥ずかしそうな仕草で勝手に納得してくれたようだ。ルリは涙で目元が赤くなっていた訳じゃないが、そこは俺の言葉の綾だと理解してくれるはず。


 これから先こういったことを隠さなければならないのだが……今そんなことを考えるのは、心配してくれていたこいつらに悪いな。


 「なるほど、一番乗りはルリに先を越されてしまったか」

 「そういうことだ。そういや叶恵達は?」

 「病み上がりのところに全員で押しかけても悪いかと思ったのでな、俺の方でストップをかけておいた。こういう時は男だけの方が気を使わずに済むこともあるだろう?」

 「気遣いサンキュー。確かに、これはまず男相手の方が言いやすいしな」

 「なに?」


 怪訝な顔をした拓磨に、俺はベッドから立ち上がって真正面から向き合った。

 正確にはこの場にいた全員に、だ。女性陣こそ居ないが、拓磨含め樹、雄平、竜太に向けて。


 深々と、頭を下げた。


 「謝罪は言わない。そんなの求めてないって言われそうだしな。だから……ありがとう。マジで助かった。お前らが居なかったら俺は……いや、俺もルリも多分死んでたと思う」

 

 今回は単に俺が無茶をしただけでなく、無関係の拓磨達に迷惑をかけてしまった。いや、正確には無関係だった拓磨達がわざわざ助けに来てくれた。

 その点に関して謝罪する必要も本来ならばあるだろうが、そもそも拓磨達は、ほとんど自主的に助けに来てくれたのだろう。強制されたものでない以上謝罪は求めていないだろうし、俺が逆の立場だったとしても求めない。

 俺ならばそれより、感謝の言葉の方が聞きたい。


 「……一応、今回のことは城が襲撃された時の恩を返しただけだ。気にするな……と言いたいところだが、反省自体はしてもらいたい所だ。お前を助けに行くことには全く文句はないが、助けが必要な状況は作るな」

 「お、そうだそうだ! さっきも言ったけどお前は自分の身を顧みなさ過ぎる。もう少し慎重に行動しろってんだ」

 「うっ、お前ら厳しいな……」


 拓磨はこちら寄りかと思ったのだが、そんなことは無かったようだ。二人にそんなことを言われてしまい降参せざるを得ず、ちらりと竜太達に視線を向けたら俺らは無関係ですとばかりに視線を逸らされてしまう。

 

 「……いや、真面目な話な。あの傷で無茶をしたことに関しては間違ってなかったと思ってる。少し狡い言い方だが、事実こうしてルリを助けることが出来たからな」


 一度息を吐き、言いながらベッドに座るルリの頭にポンと手を乗せるとルリは身動ぎして肩を縮こまらせた。


 反省すべき点があるとすれば、それは慢心して守護者ガーディアンに挑んだことと、拓磨達の手を借りてしまったことであり、怪我を負った後の行動に関しては最善を尽くせたと思っている。

 無論それは結果論だが、その時も今もそれが正しいと思っており、実際少しでも遅れていれば俺もルリもどうなっていたか分からないのだ。


 「悪いが、そこに関しては譲らん!」

 「すっかり親バカのようになっているな。まぁ、俺とてそこを悪いと言う訳では無い。ルリを助けるためという意味では、お前の判断は結果的に正しかったのだろう……」

 

 腕を組みながら複雑な表情で頷く拓磨は、俺の言葉にすんなり納得した訳では無いらしい。事実言葉には含みがあり、それに続く言葉を無理矢理飲み込んだようにも見えた。


 ……わざわざ飲み込んだ内容を推測するようで悪いが、先の口ぶりから察するに、その内容は恐らく『俺自身の安全』という部分だろう。

 ルリを助ける意味では正しいが、拓磨にとってはきっと俺自身の安全を考慮して欲しかったのではないか。事実俺の行動はルリを最優先にしたもので、その結果死にかけていた。


 それを拓磨が敢えて飲み込んだ理由は、拓磨自身が関与すべき部分では無いと思ったからかもしれない。


 「取り敢えずよ、今は夜栄が起きたのを喜べばいいんじゃねーの?」

 「ふっ、確かにな。拓磨も如月も、少し夜栄への憂慮が過ぎる。こいつがそう簡単に冥界へ旅立つものか。実際どれだけ死が近づこうとも現世にしがみつくような存在だぞ」

 

 竜太はともかく、雄平は信頼しているような発言していると思ったら俺に喧嘩を売っているのだろうか。なんだか俺がめちゃくちゃ死にかけているような言い方だが、実際死にかけたのはこの世界に来てから二回だけだ。


 「……二人の言う通りだな。結局少し説教臭い話になってしまったのは許せ。とにかく、お前が無事で何よりだ」

 「俺も、発言を撤回するつもりはないけど……確かに、何より優先すべきはお前が起きたことだったな。スマン。そしてホッとしてるわ」


 竜太と雄平の言葉に、二人はこちらへ軽く頭を下げる。とはいえ、こちらとしてはわざわざ言い直さずともいい。


 「お前らが心配して言ってるのは理解してるから気にすんな。まぁでも、ありがとうと言っておく」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る