第68話
昨日は! ようつべでライブを見ておりました申し訳ない!
次回は明明後日辺りでございます。ただGW中は色々遊びに行ったりしますので正直なところ次回は不定だったりします。
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死闘、と言っても良かったんだろう。一歩間違えれば死んでいたのは確かだ。
しかし安堵の気分は全くない。着地した俺は片腕が無いことに意識を向けることすらなく、フェアズミュアの死骸を乗り越え、急いでルリの元へと駆け寄った。
「ルリ……!」
元々ルリは既に致命傷とも言える怪我を負っていた状態。怪我自体はどうにか回復したが、流れた血が戻ることは無いため依然として危険な状態だ。
そして既に今は倒れてしまっている───焦燥に駆られながら脈を確認するが、弱いながらにもある。辛うじて大丈夫なようだ。
辛うじてである。ルリを抱えようとするが、片腕では難しいことに今気が付き、俺は辺りを見渡した。
フェアズミュアの死骸は残っているが、そこに紛れて……俺は攻撃を受けた辺りを思い出してそこまで行き、自身の左腕を見つける。
意外と綺麗に残ってくれているため、これならもしかしたら行けるかもしれないとそれを自分の肩口に無理やりくっつける。
「『ハイヒール』」
向きを合わせ、俺は雑に回復魔法をかける───が、俺の期待通りにはならず魔法は俺の体の傷をある程度癒しただけで、腕をくっつかせるまでには至らなかった。
仕方ないとばかりにすぐに諦め、俺は自身の腕をアイテムバッグの中へとしまう。代わりにポケットの中から通信用の
輸血は当然だが専門の施設や、輸血パックが必要だ。こちらの世界の輸血方法に関してはどう行うのか不明なところがあるが、少なくとも一手間で出来るようなものでもないはずで、故に地上に着いてからの準備も必要になる。
それを頼む相手はもちろんクリスだが……クリスはすぐに反応をくれた。
『おや、トウヤ様。どうかいたし───』
「クリスか? すまない、急ぎの用事だ」
『い、急ぎですか? 分かりました、何でしょう?』
言葉を遮り口を開いた俺へ、それを咎めることなくクリスはすぐに事情を聞いてくれる態勢になった。
「詳しい事情を話してる余裕はないから詳細は省かしてもらうが、迷宮の第九階層でルリがかなりの重傷を負って意識不明の重体になった。原因は多量出血だと思う。今から急いで街に戻るから、輸血のできる設備と回復術師を用意して欲しい」
『ルリさんが!? あ、いえ───分かりました。ただ……』
クリスは少し左側へ視線を寄せた。俺の腕を見ているのだろう。
「俺は平気だ。急がないと最悪の可能性があるから、もう行く」
『ですが……』
「悪い、迷宮から出られたらまた連絡するから」
心配をするクリスへ、しかしそれ以上の言葉をかけずに俺は切ってしまう。少し乱暴なものだとはわかっているが、さっきも言ったように時間が惜しい。
ここから地上まで、最短で移動したとしてもかなりの時間がかかる。その間ルリがもつとは限らず、一秒でも早く移動しなければならない。
このまま安静にしてルリが目を覚ますのを待つという選択肢もあるにはあったが、怪しいところだろう。
何度も言うようだが、復帰出来る可能性は低い。
第九階層に戻る、入口の扉の方へ行けばフェアズミュアを倒したことで開くようになっていた。草原の景色を見て、俺は走り出す。
片腕が無いので当然剣は持てない。そして魔力もほとんどなく、万全とは程遠い状態で迷宮の中を走るのは危険が伴う。
そのためここまで使うことは無かった[偽装]によって、俺は自身の姿を隠す。慎二に試してもらったことで、目の前に相手がいる状態で使っても見失わせることできないが、見つかっていない状態で使えば気付かれずに済むことも把握出来ている。
この能力を用いれば、少なくとも魔物に見つかることなく帰還できるだろう。魔力、気配、姿。その三つを偽装し誤魔化すことで、戦闘を回避していく。
「ルリ、もう少し耐えてくれ……!」
抱えた少女へ囁くように零す。こうしているのも全てはルリを助けるため。俺個人ならここまで急ぐことは無かっただろう。
この場にいたのが叶恵のような、高い回復技能を持った人間だったらもしかしたら話は違ったかもしれない。そう思えば回復魔法を必要以上に鍛えてこなかった己の怠慢に後悔の一つも溢れそうだが、それを飲み込んでひたすらに走る。
左腕の断面からは血が流れ始める。脚も、回復魔法で治りかけていた傷が再び開いていた。
一応もう一度魔法をかけることも出来るが、そう意味は無い。回復魔法は短時間に使用すれば効果が薄れてしまうし、傷がまた開くのは目に見えている。一度立ち止まって、自らの服を引きちぎって簡単な止血をし、痛みを無視して強く地面を蹴る。
回復魔法は怪我の程度で消費魔力が左右されるため、俺の怪我を治そうと思ったら万が一の際に使える魔力がなくなってしまう可能性がある。
行く手を阻むように現れたクリネオスを一足で飛び越える。音までは消していなかったため僅かに頭部がこちらを向いたが、走り抜けて距離を取る。
程なくして第八階層へと繋がる階段までたどり着き、疾走のスピードをゆるめることなく一気に駆け上がった。そこに続くのはまた草原。
ルリの呼吸は静かだ。そして脈も。かなり弱くて、つい息が漏れる。
残り八階層分を耐えられるのかどうか不安に満ちるが、今の俺には駆け抜けるしか方法が無い。
草原の景色が流れていく。歩いていたら一時間以上かかる距離をほんの数分で詰め、最短で地上を目指した。
幸か不幸か、他の探索者と会うこともなかった。今この状況では助けを求めたところで意味はなく、事情を話す時間もないのだからむしろいい事なのだろう。
「───っと」
迷路区、第四階層までやってくる。
受身を……取ろうとしたが、ダメだ。片腕が無いのに加えて体が言うことを聞かない。
どうにかルリを上にするようにして倒れ込むが、そこで初めて脚の怪我が思った以上に酷いことになっていると気がついた。
痛みを無視していたのは確かだが、この傷が分からないほどに焦っていたらしい。
「『ハイヒール』」
普段ならば傷に手を当て座標を把握するが、片腕がふさがっている為感覚で魔法を発動し傷を癒す。ここで動けなくなれば本末転倒なため、なけなしの魔力を使ってしまう。
それなのに、俺は上手く起き上がることが出来なかった。
「どうして……いや」
脚を見れば、先と何ら変わっていない。魔法が効いていないのではなく、そもそも俺は魔法を発動するための魔力すらほとんど残していなかったようだ。
ここに来るまでに血を流しすぎたのだろうか。それで最低限残していた魔力すらも血と共に流れ出てしまったのかもしれない。
となるとこのやたらと酷い倦怠感は、魔力が枯渇したことで引き起こされているのか。
参ったなと、笑いもせずに零した。どうにか起き上がりはするもすぐに片脚の力が抜け膝を着いてしまうような有様だ。
「これは……本格的にマズイか」
片腕が無いため、バランスをとるのも難しい。一度不調に気がつけば、一気に体は動かなくなってしまった。
走るというのは最早論外。歩くのすらやっとだ。ルリを抱えて、迷宮の壁に左肩を当てるようにしながら歩き出す。
正直に言えば、地上を目指すことぐらいはできると思っていたのだが、これはもしかしたら判断を間違えたかもしれないな。
多少時間がかかってでも傷を癒してからの方が、結果的に良かったのではないか。少なくとも魔力は今より回復していただろう。
体の傷が多すぎて、今や魔力も全く回復する気配がない。それどころか自己治癒出来る怪我の範囲を超えてしまっているため、下手をすれば脚も悪化し、最悪切り落とすはめになる。
そうなれば、脱出どころの話ではない。
「……ヤバい、な」
俺は壁に当てていた肩を離し、水気の伴った荒い息を吐く。正面からは、通常のゴブリンよりも筋肉質で、人間と同サイズはあるホブゴブリンが歩いてきていた。
[偽装]も上手く働いていないのか、ホブゴブリンは明らかにこちらを見つけている。本来なら鎧袖一触できる相手だが、今の俺ではかなり辛いところだ。
「いやはや、フェアズミュアよりよっぽど辛いな、ルリ」
苦笑いを、いや、引き攣った笑みを零す。もちろんルリが答えるはずもなく、俺は腕に抱えていた少女をそっと床へ下ろした。
辛いとはいえ、諦めることは出来ない。
気力を振り絞って歩き出し、少し離れた場所でホブゴブリンと対峙する。片腕が空いたことで剣を使うことはできるようになったが、取り出す前にホブゴブリンの接近を許してしまう。
まぁ、まともに剣を振れるかも怪しいのだ。大した違いはない。
普段なら遅い攻撃も、今はやたら早く見える。ホブゴブリンもまた俺と同じように無手だったが、それでイーブンにはなってくれない。
長く伸び、凶器となった爪が首元を薙ぐ。やはり避け切ることは出来ず首からは血を滲ませた。
すぐに腕を振り切ったホブゴブリンへカウンターを試みるが、頭部へ放ったフックは、身を屈めて容易く回避されてしまう。
それどころかそのまま肩からタックルされ、避けることも踏ん張ることも出来ずに俺はもろに攻撃をもらい、無様にも後ろへ倒れ込む。
「っ……」
咄嗟に横へ転がって、ホブゴブリンの踏みつけを回避する。だが普段のようにそこから起き上がることまではできず、結果的に腹に蹴りを食らってしまった。
ただでさえ負傷した体。容赦ない衝撃に吐血をし、口の中に鉄臭さが広がる。
だが蹴られた反動で距離を取り、今度こそ俺は起き上がる。とは言っても壁に手を付きながらの不安定なものだが。
じんわりとした痛みが広がる中、肉薄するホブゴブリンの攻撃を辛うじて回避しながら再びカウンターを狙う。
今度は純粋な力で対抗するのではなく、五指を広げた手をこちらへ迫るホブゴブリンの顔へ触れさせた。その動きに合わせて腕をゆっくり曲げ勢いを吸収し、吸収した勢いを返すように一転して腕を突き出した。
無論動きは腕だけではないため、負荷のかかった部分に一瞬の痛みが走り抜ける。しかしその甲斐あってホブゴブリンを吹き飛ばすことに成功した。
あとは追撃を───と、足を踏み出したところで膝を着く。
体中から一気に力が抜ける感覚。意図せずして呼吸が荒くなり、視界がぼやけ始めた。
疲労か、怪我か、出血か、魔力枯渇か。思い当たるものが多すぎて何が原因かが全く分からないが、全部というのがありがちな答えかもしれない。
起き上がるホブゴブリンを何もせず見送ることしか出来ず、更には仕返しとばかりにされる攻撃を無抵抗で受けざるを得なかった。
形勢は圧倒的劣勢。というよりは勝ち目が無いのだろうか。
思考もかなりまとまりが無く、視界を染める血は頭部に怪我したことを表していた。
ルリのことを微かに見る。俺だけならともかく……と言うと俺が自身の命を軽く見ているように聞こえてしまうが、それでも俺だけならまだいい。
しかし俺はルリを巻き込んでしまった。例え俺が強制したものじゃなくとも、俺の意思がルリの判断に影響したのは確かで、そうである以上全部が全部自己責任なんてことで片付けることは出来ないどろう。
特に戦闘に関しては、連れてきた俺に非がある。いや、それを言うなら迷宮攻略を簡単なものだと思い込み、先を急いだことにも非がある。
そんな状態で俺もルリも死にました? 冗談じゃない。
俺が第三者で、誰かのせいでルリが死んだとなれば、俺は絶対にそいつを許しはしないだろう。そんな許さないと思うようなことを、俺自身がすると?
「っ、らっ!」
声を出し、振りかぶられたホブゴブリンの爪を防ぐように右腕を翳して無理やり押し退ける。
───そもそも、俺はルリに約束をした。帰ったらご褒美をやると。絶対だと念押しをするほどにまで、強く。
その約束が果たされることも無く終わっていいのか。力不足を嘆くだけで全てが終わっていいのか。
───否、良い訳が無い。
力の抜ける体へ無理やりを入れ、瞬間的に普段に近い筋力を発揮し、隙を晒したホブゴブリンの首元を掴み壁へと押し付ける。
火事場の馬鹿力では無いが、それに近い状況。俺の事を死に体だと思い油断していたからこそ出来た一手だ。
ほぼ動かない体を気力だけで動かし力を出した俺は、ホブゴブリンの抵抗により腕が傷つこうとも引くことなく、握力に任せてその首を締めた。
窒息による死を迎える前に、首の骨が折れあらぬ方向へと曲がる。数秒ホブゴブリンは苦悶の表情を浮かべるが、すぐに動かなくなり、息の根を止めたことが把握出来る。
「……」
息を吐いて、手から力を抜く。ホブゴブリンは体を支えることが出来ず床に倒れ、それと同時に俺もまた目眩に襲われ壁に手を着いていた。
「…………行けるか、な。いや、行くしか、ないか……」
誰にともなく、思わず呟く。
自分の体の状態は……最悪だ。なんだかんだ言って、俺もルリと同じぐらい血を流したんじゃないか。下手したらもっといってるかもしれない。
魔力もなく、体はボロボロ。良くもまぁ生きていると言いたくなるような重傷だ。致命傷こそ負っていないが、出血多量は明らか。
今すぐにでも休めと言われてしまいそうな容態だが、座り込むことはなくルリの元へ戻る。
俺とは違い、ルリは見かけ上は綺麗だ。穿たれたためにローブには穴が空いているが、そこから覗く肌も綺麗なまま。
ルリのことを抱えて、再び歩き出す。すぐ移動することに対し迷いは無かった。どんな状況になっても、ルリを連れて帰ると決めた以上はそれを果たすだけだ。
壁で体を支えながらゆっくりと歩く。魔物に遭わないよう願いながら、体が動かなくならないよう祈りながら進み、これまでとは比べ物にならないほど遅い動きで地上を目指した。
背後を見れば、まるで印を付けるように点々と落ちた赤いものを見ることが出来るだろう。今となっては俺自身にも時間制限が課せられており、止血に使っていた服の切れ端もとうの昔に血液を抑えきれなくなっている。
脚にまた力が入りにくくなってきているのを感じ、俺はその場でしゃがみこむ。
「休憩挟まないと、厳しいか」
辛いとかのレベルではなく、そもそも動かない。そうなったら本当にどうしようもないため休まざるを得ないだろう。
だと言うのに、間の悪いことに正面から再びホブゴブリンが姿を現した。
今度は二体で、武器持ち。気配察知の余裕もないな……ルリを床に寝かせて、体にムチを打つ。
「ホントに……勘弁してくれよ」
素手の一体だけでも厳しかったのだ。しかもその反動で今はもっと動けない状態となると、絶望的な予想しか立てられない。先のように都合良く力を入れることも出来ないだろう。
そう理解していながら、退かなかった。まぁ今の俺の足では逃げたところで追いつかれるというのもある。逃げることが出来たならルリを連れてそうしていただろう。
出来ないから、無理であっても迎え撃つしかない。
先の一戦で意識だけは戦闘に適応したのか、今度はホブゴブリンの動きが良く見えた。
とはいえ、その分こちらの体の動きもゆっくりだ。ほぼ動かないと言ってもいい。認識速度だけ高まって、体の方は全くついていけない。
振るわれた片手斧は俺の右肩に容赦なく食い込んだ。
構わずタックルをして、ホブゴブリン一体を押し倒し馬乗りになる。この程度の傷、腕が動くのなら関係ない。
右腕を振りかぶり、その顔面へ振り下ろす。ホブゴブリンの顔を潰したものの、俺は横へと吹っ飛ぶ。
もう一体のホブゴブリンが棍棒を俺の脇腹に決めたのだ。壁に打ち付けられ、血液を吐き出してしまう。
見上げた視界。すぐ側に振り下ろされそうな棍棒が見える。
「……ぁ」
───あ、これはヤバイな。
そんなことを、ゆっくりと迫るそれを見ながら考えていた。
顔がひしゃげるだけならいいが、この角度だと一緒に脳までやられてしまいそうだ。
もしかして、これで終わりだろうか? もしそうなら呆気なさすぎる幕切れだ。
死んでも死にきれないような思い。その大部分は今やルリのことが占めている。
しかし……それだけでもなかった。
走馬灯と言えばいいのか。ゆっくりな世界の中俺の脳裏を記憶が過ぎってゆく。
とはいっても、それは本当に一瞬だ。気づけば記憶の彼方に消え、別の記憶が浮かび上がることを繰り返している。
ルリのことや、拓磨達のこと。そういったものは当然存在しているが、それ以上に……
ここで死ねばルリを守ることも、金光やクーファに会うことも叶わない。
最愛の妹と会えないというのは、かなり辛いな……いやそれも強がりか。かなりどころではなく、どんな出来事よりも一番嫌だ。
だが、そう考えたところで現実は非情である。そも俺の体は動くことはなく、魔力も無い。この状況からの打開策は存在していないのだ。
でなかったらこんな走馬灯も見ないだろう。それでも諦めきれないのが人間だ。いや、それを見せられたからこそ、死に抗おうとしているのだろうか。
その抵抗が奇跡を起こしたのかどうかは判断できない。
ただ───突然俺の世界は速度を取り戻した。
「ゼァァッ!!」
横合いから飛びかかってきた人影が、今まさに俺へと襲いかかろうとしていたホブゴブリンを斬り倒したのだ。
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