第67話


 昨日は執筆が間に合わなくて挙げられず申し訳ない……取り敢えず投稿です。



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 剣を持つ手が流れた血で滑りそうになる。そんなミスをすることはないが、心臓の鼓動は早まっていた。


 とはいえそれはそれ、最低限の緊張というものだ。適度な緊張は、場合によっては驚異的な集中力を発揮することもある。


 考慮すべきは時間とルリの安否、この二点のみ。この際自身の体の心配は後回しでいい。

 俺はもちろんのこと、ルリもまた大量の血液を消費した関係で、体液にも含まれている魔力が一緒に減ってしまっている。いや、ルリはそもそもまともに魔法が使えない状態かもしれない。回復魔法で治す時間も余裕も無いのだ。


 状況はやはり絶望的。特にルリは、これ以上被弾してしまったら今度こそ救いようが無くなる。

 死に瀕したからといって俺達に新しい力が発現することも無く、急激に力が上がる訳でもない。純粋に普段通りの能力を駆使して、圧倒的に格上の相手と戦わなければならないとなると辛さに涙も出そうになる。


 それでも、思考を無理矢理クリアにし、まずは目の前の敵を倒す。そうしなければ道は拓けない。

 『空間壁ディメンション・ウォール』の前に突然現れた黒点。深呼吸をしていた俺は、覚悟を決める。


 「───出る!!」


 刹那の間に黒い棘が現れ、『空間壁ディメンション・ウォール』を簡単に破壊してくる。それに合わせて俺は、棘を掻い潜るように飛び出した。


 ルリは後ろへ退避。気休めだとは思うが、『空間壁ディメンション・ウォール』をルリの前面に作り出しておく。

 幸いその間攻撃されることは無かったため、全速力で俺はフェアズミュアへと接近していく。


 体は、流石に戦闘開始直後より早くなっていることはないと思うのだが、フェアズミュアの攻撃に慣れてきたのと、ルリを抱えていた状態から解放されたのが相まってかやけに動きが軽く感じる。

 それで余裕が出来る訳じゃないが、コンマ数秒であれ思考し認識できる時間が増えるならある程度は楽にもなる。


 極力最小限の動きで攻撃を回避し、避けられそうにないものは無理矢理剣で逸らす。

 疲労は無くとも怪我のせいで力は落ちてしまっているため、逸らすとは言ってもほぼ被弾は確定していると言っていいだろう。ダメージを出来るだけ減らせるようにするのが目的だ。


 ところどころ骨が肉の間から覗いてそうな気はするが、結果としてまだ俺は五体満足。

 フェアズミュアも、俺が攻めに意識を置いたことを察して迎撃態勢に入る。しかし基本が刺突系統の攻撃のため、慣れれば回避はしやすい。


 体を酷使したからか、何かが壊れ、一気に脚から血が流れる感触がある。

 それと同時に転びそうになるが何とか耐え、まだ脚が動くことを確認し再度フェアズミュアへと接近を行う。

 近づけば近づくほど当然攻撃は密度を増すし、更に言うならあの広がる脚のせいで、フェアズミュアの身体にたどり着くためには、跳躍して無防備となる宙に身を晒さなければならない。


 丁度それを見越したように、フェアズミュアは俺の足下を攻撃してくる。


 自分のタイミングで跳べた方が準備も出来たのだが、かと言って横や後方に避けることも難しい。誘導されるように跳躍して回避すると、予想通り宙に上がった所を狙い撃ちにされる。

 四方八方とまではいかなくとも、自由に動けない空中では例え一方向からの攻撃であっても避けるのが難しい。


 少しでも狙いを逸らせるよう体を捻ったものの、効果は薄い。左腕の被弾は避けられそうになく、これはダメージ覚悟で突き進むしかないか。

 『空間跳躍テレポート』の魔法を準備し始め、フェアズミュアの攻撃を無視して一気に距離を詰めることにする。


 しかしその直後、目前から迫っていた幾つもの脚が突然何かに斬り飛ばされ、宙を舞った。

 何事かと一瞬視線を走らせれば、やはりルリがこちらに手を向けていた。先はどうやら魔法の斬撃を飛ばしたらしいが……予想通りルリは肩で大きく息をしていた。


 「無理、するなって!」


 意識や思考が朦朧としていると踏んでいただけに、その中であれ程強力な魔法を使えただけでも凄いが、同時に無理をしていると簡単にわかる。

 魔力が少なくなればその分精神的疲労感も強くなる。そのままゼロになってしまえば気絶すらしてしまうほどだ。

 ただでさえ既に致命的な状態のため、出来れば無理はしないで欲しい。


 しかしながら、それで俺の被弾がゼロになったのも事実だ。一応釘刺しの意味を込めて声を張り上げ、すぐに『空間跳躍テレポート』を発動し一気にフェアズミュアへと近づく。

 ルリのお陰で攻撃が一瞬でも収まったため、その隙に残り十数メートルまで詰めた俺はフェアズミュアを見据える。


 女性を象った上半身。その腕はこちらに向けられている。先の黒点の魔法は防御が難しいため回避をとる必要があるのだが、問題は圧倒的なまでに発動速度が早いこと……思考を止め、俺は直感に従い右足でを蹴って左側に避けた。


 事前に攻撃を察したわけでも、意識した訳でもない。本当に単なる予感だけで回避したが、それが当たっていたことを示すように俺の隣を黒い棘が貫いた。

 貫いた直後なら魔力もわかる。しかし、やはり発動までの時間が極端に短いせいで、魔力を察知してからの回避では間に合わない。


 十分の一秒、それよりも更に短い刹那の時間。

 その領域となると、現状の俺の能力では認識した時には既に避けていないと被弾は必至となってしまう。


 左足で再度宙を蹴り、再びフェアズミュアの方へと跳躍する。フェアズミュアに近づくにつれ、脚の攻撃が少なくなっていく代わりに黒点による攻撃が出始めた。

 見てから避けるのではやはり間に合わない。そのため一気に体への被弾が増えるが、致命傷は上手く避けられていた。


 これもまた直感だろうか。胸や顔、腹部などへの攻撃は何となく事前にわかるため、それらに関しては先のように避けられるのだ。

 運頼みといえばそれまでだが、これが無ければかなり厳しかったに違いない。


 「……」


 とはいえ、だ。とはいえ、いつまでも最小限の被弾で済ませられるわけもない。


 もう何度目かも分からない肉を抉られる感触。今回のはかなりものの既に痛覚は麻痺していて、ただ不快な感覚のみが残る。

 けれど、視線だけはフェアズミュアから一時たりとも離さない。


 ルリが無理してまで作り出してくれた好機、逃すことは許されないのだ───俺は残った右足で最後の一押しとばかりに思いっきり宙を蹴る。

 もうすぐそこ、間合いの内。剣を持つ右手に力を込め、静かに紡ぐ。


 「『振動波オースレイション』」


 ここまで近づいたら、もう外さない。例え黒点による攻撃があろうとも、既に勢いはつけた。この状態から完全静止は難しいし、させるつもりもない。

 フェアズミュアも上半身を攻撃されるのを嫌ってか、やはり迎撃してくる。これだけ体に近いとなると、魔法の発動速度も上がってくるため、黒点の準備も容易なんだろう。

 体を捻って回避するが、それは囮。次の攻撃が本命のはずだ。こんな避けやすい攻撃をするとは思えない。


 ……だが次の攻撃は、今度こそ避けられない。というより、避けてはいけない。

 今すぐに避けろと直感が告げているのだが、それを理性で封じ込める。


 よく言うじゃないか。この機を逃したら次はない。今はまさにそんな状況。次の攻撃は確実に仕留めようとしてくるはずで、それを完全に回避しようと思ったら少し身体をひねるぐらいじゃ無理だ。

 後退すら余儀なくされるだろう。


 それに、フェアズミュアにとって黒点の魔法は、奥の手や必殺技の類ではない。通常の攻撃手段の一つなのだ。

 一つや二つ避けても終わりじゃないのは、先程の過程から分かっている。致命傷を回避したと思ったら致命傷。それでももしかしたら避けられるかもしれないが、攻撃の機会は完全に喪失してしまう。


 だから俺は、体中の至る所にひりつく感覚を覚える中、即死だけは避けることにする。

 ───即死以外は、無視をすることにした。


 現実として、その瞬間一度に様々な場所を貫かれる感覚に襲われた。

 どうやらフェアズミュアは、俺の事を確実に殺そうとしているらしい。一度にこれ程も発動させたのは、警戒している証拠でもあるのだろう。

 その中で脳、首、心臓などの、一瞬で死に至りかねない場所の攻撃だけは避ける。


 代わりに、肩が弾けた。


 「ッ───」


 噛み締めた口から微かに声が漏れる。体の一部を失った感覚が、そこから流れ出る血が、力を奪い去っていく。

 左腕を丸ごと持っていかれた。重心がブレて傾きが生じる。けれど致命じゃない。

 

 抜けそうになる力をぐっとこらえ、剣の柄を強く握る。確かに片腕を失うのは痛手だが、今となっては関係の無いこと。

 

 怒涛の攻撃を抜け切って、視界に朱を滲ませながらも捉えた。フェアズミュアの無防備な体。その首。

 剣を振りかぶり、構える。


 この僅かな時でも、フェアズミュアは迎撃のための黒点を俺と自身との間に作り上げていた。


 しかしその瞬間、俺の体は自身の意思とは無関係に、体の動作とも無関係に微かに横にずれる───柔らかな風が頬を撫でていき、棘が掠めていった。


 「───終わりだ」


 奇跡、なんてものじゃない。このタイミングで援護を出せる人物は一人しか居らず、故に俺は困惑しない。

 フェアズミュアの伸ばしたかいなをすり抜け、剣を振り抜く。


 刃の入りに、抵抗は一切ない。


 結果を知るのは一瞬だ。通り抜けた俺の背後で、フェアズミュアは動きを止める。

 それに連動して息絶えたことを示すように全ての脚が地面へ伏し、硬質な音が幾つも鳴り響いた。 

  




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 次回は明明後日辺り!

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