第3章 幕間
番外編 バレンタインデー前編
バレンタインデーに間に合わなかったバレンタインのお話です。何故か書けないかなと思ってたら書けちゃいました。
幕間的な感じなので例の如く緩い文調です。
ちなみに話が長く(20000字超え)なったので前編と後編で分けました。
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「……なんか、バレンタインデーの匂いがするな」
「は?」
俺は隣の樹の言葉にマジで理解不能と言わんばかりの顔を思わず向けてしまった。
なんだ、電波受信系か? チョコの匂いなんてしないので電波受信系なのだろう。
「そんなマジな声出さなくても良くね? ちょっとふざけただけじゃんか」
「眼鏡かけて微妙に遠くを見つめながらそんなこと言い出す奴がいたら、本気だろうが冗談だろうが軽くドン引きするわ」
「そんな酷かったか?」
樹は心外だとばかりに顔を歪め、すぐに息を吐く。
「……いやな、真面目な話そろそろバレンタインデーなんだよ」
「意味が理解できないな。例え地球の頃から日数を数えてたとしてもまだ二月にはなってないだろ」
「そうじゃなくて、この世界のバレンタインデーが近いって話だ」
「この世界のバレンタイン?」
俺は果て、何を言っているのだろうかと首を傾げる。こちらの世界にキリスト教や西方教会は存在せず、起源とされているヴァレンティヌスも居ない。
いや、こちらの世界にはそういったものが由来とされている名前や日本の諺のようなものもあるし、一概に共通点が無いと言い切るのは難しいか。
「そんな考えなくても、単に昔の、二代くらい前の勇者が広めたってだけで変な裏はないから安心せい。もちろん勇者が広めたから内容としてはほとんど似たようなもんだ」
「それが何時にあるんだって?」
「二日後、明後日だ。こっちの世界には一年を測る以外に日付がないからな、多分記念日を制定したのはある程度適当だったんだろうよ。それでも今となってはしっかり普及してるらしいが」
「なるほどな……で、それがどうした?」
「いやいや、どうしたも何もないだろ。バレンタインデーだぞ? 俺達は男だぞ? クラスメイトも居るんだぞ? 貰いたいだろ!」
いきなりグイグイと迫る樹。なんだいきなり、そんなにバレンタインに飢えてるのか。
「……クラスメイトの中にそのバレンタインを知っている人が何人いるかな。少なくとも割と図書館に足を運んでた方の俺は知らなかった」
「それは言うなよ……俺も数日前に思い出したんだがな、女子に自分から言うなんてことは出来なくて結局今日に至ってんだ。自分から言ったらなんか嫌だろ?」
「それは分かるが、なら諦めるしかないんじゃないか?」
「そこをなんとか頼む!」
どうやら樹はそれを俺に頼みたかったらしい。どうにかして女子達にバレンタインのことを教えて、かつチョコを貰いたいと。
俺の事をなんだと思っているのだろうか。
「俺なら嫌な男に思われてもいいと?」
「や、そういう訳じゃくてな……お前なら普通に女子に言っても問題なさそうかなと」
それは試してみないと分からないが、なんだか良いように使われている感じがして癇に障る。
「……バレンタイン、ね。あと二日っていう急な日程となると、そもそも伝えたところでくれる可能性は低いんじゃないか?」
「可能性があるだけで取り敢えず今は満足だ! 最悪チョコじゃなくても全然構わん!」
確実を求めるほど贅沢は言ってられない。樹もそれを理解して妥協しているのだろう。
流石に急なお願い。俺としては女性陣に伝えるのは別の意味で憂鬱なところはあるが、かと言って男子高校生らしい樹の頼みを断れる程冷淡でもない。
それに、何も樹だけじゃない。口には出さないが拓磨や雄平、それに竜太だって貰えるなら喜ぶだろう……雄平だけは昨年チョコを貰っていたのかどうか把握していないが、貰っていなかったとしたら、今回が最初に貰うチョコとなるかもしれない。
叶恵達だって、きっと迷惑とは思わないだろう。というより、迷惑なら普段もチョコなんて上げないに違いない。むしろこういう機会にチョコを贈れるのを楽しんですらいそうだ。
少なくとも美咲と叶恵は毎年割と楽しんでいた。神無月と近添に関してはプライベートな付き合いも少なく不明な点はあるが、もしも迷惑そうに見えたら下手に付き合わせないにするだけだ。
「…………はぁ、そう言うならまぁ、適当に伝えてみる」
結局そんな思考もあり、渋々ではあるが樹の頼みを承諾する。幸い絶対に貰えないと思うほど、俺達は女子との交流が無いわけじゃない。異世界というイレギュラーな状態ではあるが、問題がなければ確定と言えるレベルで貰えるだろう。
あとはどう伝えるか……まぁ少し考えれば案も思い浮かぶだろう。
◆◇◆
その少し考えた末に、俺は場所を移動してルリに会いに来ていた。
普段一緒にいるルリだが、稀にこうして離れることもある。ルリは今日は何か買い物に行くとかで別行動していたのだが、幸いまだ出かけてはいなかった。
「……トウヤ?」
「ん、悪いルリ。出かける前に少しいいか?」
正直、叶恵や美咲に俺が直接伝えても、特に問題は無いだろう。俺も樹を理由に退避することはできるし、まぁ例え下手な誤魔化しをしたとしてもちょっとやそっとじゃ軽蔑されることは無いし、バレンタインのチョコを強請ったというレッテルが貼られることも……多分ない。
ただそれでも多少なりとも複雑な部分はある。そういうところで、ならばいっその事他の女の子に伝えてもらえばいいと。
「……いい、けど。どうした、の?」
「いや、明後日にバレンタインって行事があると聞いたんだ。ルリは知ってるか?」
「………………知ってる」
だが聞いた途端、ルリの顔が目に見えて硬直した。
それを追及したい気持ちはあったが、ルリ本人が話の先を促している風だったので、俺は敢えて気づいていない体で続けた。
「実はな、樹の奴が女子から何かしら貰いたいらしいんだが、女性陣が果たしてその行事のことを知ってるのかどうかが分からないらしくてな。でも自分から言うのもなんだからとかなんとかで、要するにルリの方から女性陣にそれとなくバレンタインがあることを言っといてくれないか? 多分それだけで伝わるだろうから」
「……別に、いいけど……」
そう頷いたルリは、若干不満げだ。どうしたと言うのか、俺はルリを見つめ返す。
これはあれだ、嫉妬とかそういう時の顔だ。とにかく女性関係で不満だと訴えているらしいことを悟る。
「……トウヤ、も、チョコとか、欲しい、の?」
「まぁ貰えるなら貰いたいな。とは言っても、自分から催促するのも不甲斐ない感じがするから口にはしないが」
「……貰ったら、嬉しい?」
「そりゃもちろん」
「…………誰から、でも?」
一体全体何が言いたいのか、ルリは少し回りくどい形で色々と聞いてくる。とはいえ、俺も本当に何も分かっていない訳ではなく、むしろ分からないふりをしている部分の方が強い。
これは俺が気づいてしまって良いものなのか判断に困っていたのだ。ルリも俺を相手に遠慮などはしないだろうし、そんなルリが回りくどく聞いているのは、何か隠したいことがあるからだ。
その何か、というのは会話の流れから簡単に把握できてしまう。
「誰からでも嬉しいが、特にルリから貰えたら凄く嬉しいな」
「ほ、ホント? 例えば、て、手作りじゃ、なくても……?」
「もちろん。心がこもってるかどうかは
そう言えば、ルリは一瞬顔に喜色を浮かべたかと思うと、すぐにあっと口を噤む。
その間に何を考えたのか、俺の顔を見て、こちらに動揺も何も無いことを悟るとやがて視線を逸らして自身の服の裾をぎゅっと掴み……微かに震える声音で。
「……もしかして、気づいて、た?」
「いやまぁ……一応、話の流れから何となく。最初にバレンタインって言葉を出した時に妙に固まってたからそれである程度」
何にせよそう聞かれたら誤魔化しておくのも辛い。確信したのはその他細かい表情や言葉などからだが、最初に違和感を抱いたのはその時なので素直に答えておく。
ルリとしては本来であればサプライズ的な形で今日何かしら買ってくるつもりだったのだろうが、どうやら間が悪かったらしい。
「……」
「……なんだ、その、悪かった。空気を読めば良かったな」
「…………別に、トウヤは悪くない、から……」
微妙な空気に居た堪れなくなり、俺は手を後頭部に持っていく。
俺の目的は果たせたが、代わりにルリが犠牲になったんじゃ意味が無い。正直最初からルリがくれるかもしれないという可能性は頭にあったのだが、少し認識不足だったようだ。
とにかく、ルリからのサプライズを改めて受け取ることは難しいので、となるとこの状況から俺に出来る事と言えば……。
「ルリ」
「……ん」
「もし良かったら、いっそのこと、一緒に買いに行かないか?」
「え?」
ルリが顔を上げる。その手があったか、妙案だ……なんていう感じではないが、ともかく俺は頷きを返す。
「ルリが良ければ、だが。サプライズじゃなきゃとか、当日じゃなきゃダメなんて言う条件は無いんだろ?」
「……ない、けど」
「なら行こう。サプライズも良いが、隠すことなくっていうのも中々近い関係っぽくて良いじゃないか」
「……そう、かな。近い……? 私達、近い?」
「あぁ、近い。少なくとも俺はそう思ってる」
どれだけ近いのか、どの様に近いのか。そんな具体的なことは述べず首肯し、まぁむしろ近くないと答える方がおかしいだろう。
少し複雑な関係ではあるが、俺は今の関係を結構気に入っているのだ。この近さも、たまに居た堪れなくなるものの、心地よくはある。
「…………じゃぁ、行く」
ルリは少しはにかむような笑みを浮かべると、ちょこんと俺の袖を掴んだ。
◆◇◆
ところで、こちらの世界におけるチョコはしっかりと甘いものだ。カカオ100%みたいな、身体に優しく代わりに激苦なんて代物が一般的なものであったりはしない。
建築技術的な部分ではやはりファンタジー、現代建築とはかけ離れたところがあるが、嗜好品は意外と供給されている。
まぁそうでなかったら昔の勇者もバレンタインなんて伝えなかったかもしれない。そうなると逆にその頃には既にある程度の嗜好品が出揃っていたということで、少し不思議な感覚だ。
それはともかく。
別にやましいことは無いが、何となく他の人に見られるのを嫌っ
たため二人してこそこそと宿屋から抜け出した俺達は、ルリが行く予定だった店に来ていた。
もちろん、菓子店である。
そこは『小洒落た』と表現するのが似合いそうな店で、決して小さくはなくむしろドドンとメインストリートに居を構えていた。
若干の流れが出来るぐらいには結構な数の人が出入りしており、改めて観察してみると確かにそういう日の前だなということがよく分かる。
「そう言えば俺は樹からサラッとしか聞いてないんだが、こっちの世界のバレンタインはどんな感じなんだ?」
「……こっちの、世界?」
「バレンタインって文化はうちにもあるんだ。俺達の知ってるバレンタインは、大雑把に言えば女性が男性に贈り物をするって感じだな。代表的なもんがチョコで、たまに他のものも混ざったりするが」
「……大体、一緒。こっちは、男も、女も、どっちもある、けど」
それはなんだかんだ日本でも同じだ。男同士で上げるところもあるし、女同士で上げるところもある。
去年なんて、
でも実際輝明の作るチョコは市販のものよりも美味く感じられた。こちらに共に召喚されているので、もしかしたらまた食べる機会があるかもしれないな……思考を戻そう。
なるほどと頷く俺にルリは更に説明を続けようとしたのだろうが、すぐに口を閉じる。何か気になることがあったのか。単に店が近づいたからという可能性もあるが、ルリが俺の腕を引いてきたので確認することは出来なかった。
店内に足を踏み入れると、甘い香りが途端に鼻腔を満たしてくる。菓子は包装されて陳列しているが、カウンターの奥がすぐ厨房になっているらしく、その上部に取り付けられた窓が微かに空いているためそこから匂いが流れ出ているようだ。
この匂いだけで、美味しいだろうことは想像に難くない。
「にしても、チョコはやっぱ多いな。思ったより種類がある」
その菓子の中でも、チョコはかなりの部分を占めている。普段からこうでない事は店先の『チョコ増量中!』という旨の看板を見て把握出来るが、まさにバレンタインという雰囲気。
金額はピンキリではあるものの、粗悪品が安く売られているということはなさそうだ。
隣のルリに目を落とすと、ルリは視線がそれらに釘付けになっていた。
「もしかして、菓子類はあまり食わないか?」
「……そういう、わけ、じゃ、ないけど。最近は……食べてない、から」
「確かに、旅の間は一度も食ってないしな。もう少し気を使えばよかったか」
「ん、いい」
こんなことなら、この先は菓子類もある程度食べれるよう配慮した方が良いかもしれないな。ルリは首を振っているが、明らかに好んでいるのが分かる。
「……今は、トウヤの分、だから」
「ありがとう。なら、少し見て回って選ばせてもらうよ」
「…………ん」
それでも俺の事を優先しようとしてくれるから、俺はこの関係が好ましいのだ。悪い気がするはずもない。
ルリの善意に甘えて商品を見ていく。ここは敢えて値段ではなく、俺が純粋に欲しいと思ったものをピックアップした方が良いのかもしれない。今の俺達にとってはどれも高い買い物という程の値段ではないし、遠慮したらルリも気づいてしまう。
「こう聞くのもなんだが、値段は気にしなくていいんだな?」
「……好きなの、選んで、いい、よ」
だからこそ、素直に、俺が欲しいと思ったものを選び取る。ただチョコの中から選んだのは、ルリにもバレンタイン=チョコという認識がある様子だったのが理由だ。
ならばチョコの方が、本人も気持ちを込めやすいだろう。
見た目は少し高級そうな箱に十個のチョコが入った商品。サンプルを見るに、中には単一のものではなく様々な形、トッピングのチョコが入っているようだ。
この店の中では値段が高い方に位置しているが、俺はルリにそれを手渡す。心苦しさが全くない訳では無いが、ルリとはある程度対等な関係。逆の立場になって考えてみても純粋に欲しいものを選んでほしいし、だからこそ俺もそうした。
「少し贅沢かもしれないが」
「……全然、良いよ。これ、で、いい?」
「あぁ、これが良い」
今更遠慮は示さない。ルリは俺の手からそれを受け取ると、早速会計を済ませてくる。戻ってきた手の中にあるその箱はリボンで装飾されていて、ルリはそれを渡すより前に俺の手を引く。
「……ここじゃ、人、多い、から……」
人が多い以前に店の中だしな。逆らうことも無くルリと共に店を出て、キョロキョロと良さそうな場所をルリは探す。
しかし見つかったのは、チョコを渡すのに適した場所ではなく知り合いであった。
「───あ、トウヤ様とルリさんではありませんか。こんにちは、奇遇ですね」
「あぁ、奇遇だなクリス。こんにちは」
「…………」
前方から現れた金髪の美少女ことクリスは、微笑みながら俺たちへ挨拶をする。
俺は軽く手を上げて挨拶を返すが、対するルリはムスッとなっていた。
まるで『良いところだったのに』と言わんばかりの表情だが、こればっかりは仕方ないし、クリスに非は無いと思うぞ。
ついでに俺にも無いので、八つ当たりか嫉妬か、とにかく微妙に俺の靴の上に足を置くのはやめて欲しい。
そんな表情をされたクリスだが、気分を害した様子はなく、むしろルリの手にあるそれを見て、まるで全てを察したとばかりに笑みを深める。
「……なるほど、どうやらタイミングが悪かったようですね。空気が読めず申し訳ありません」
「いや……クリスはこれから何しに?」
「トウヤ様方と同じで、ちょっとしたお買い物ですよ。この時期に外に出たことは初めてですからね。どうせならこの際に、普段からお世話になっているサラにプレゼントを用意しようかと」
友チョコではないが、そういった類のものというわけだ。
俺が理解を示すと、それに合わせたようにクリスがあっと何かを思い出したように声を上げた。
「そう言えば、こちら」
「ん、これは?」
そのまま提げていた袋から小さな白い箱を取り出すと、クリスは俺に手渡してくる。中身は予想が着くものの、果て、市販のものには見えないが……。
「察しがついてるかと思われますが、少し早い私からのプレゼントです。確か……『義理チョコ』と言うやつでしょうか? ルリさんの手前、少し気が引けましたが、当日に必ず渡せるとも限りませんからお先にと」
「それはとても有難い……んだが、大丈夫なのか? 王女が異性に個人的に贈り物をするなんて」
「はい───バレなければ、問題ありません」
それは問題大ありと言うのだが、既に俺は受け取ってしまっている。
その途端ルリがぎゅむっと強く足を踏みつけてきて、俺の靴は圧に耐えかねてぐにゃりと変形してしまった。
クリスの言い方がルリ的に一線を超えたものだったのだろう。それは踏みつけるその力からもひしひしと感じてくる。
苛立ちじゃなくて、最早これは敵意だ。いや、本当に敵意がある訳じゃないだろうが、イメージ像を描いたらルリからは間違いなく黒いオーラがたちこめているはずだ。
当然そこまで力を込めればクリスとしても分かるというもので、少し笑いを零す。
一応元監督者的な立場として一言いってもらいたいところはあるが、口に出せるわけもない。
「では、私はお邪魔なようなのでここでおいとまさせていただきますね」
「悪い。今度何かお返しを考えておく」
「お礼を求めてのことではありませんが、そう言うのであれば、期待して待っていますね」
そう言うや否や、クリスは最後に一気に踏み込んでくる。
それは異性が寄るには近すぎる距離。避けることは簡単に出来たが、クリスの動きを避けるのも変な話だ。
王女であるクリスが不用意なことをするはずもない、と考えていたのもある。
結果として、その前提はクリスが俺にくっつくように胸に手を当ててきたことで覆されてしまう訳だが。
一瞬だけ、クリスの体がくっつく。胸までは当ててきていないようだが、突然にしてはかなりの密着度でもある。
「っ……クリス!」
ルリがこれはダメだとばかりに叫んでクリスを引き離そうと間に入るが、クリスは意外と俊敏な動きでルリにやられるより先に俺から離れる。
「……フフ、申し訳ありません。どうやら私も、祭事の雰囲気に当てられて気分が高揚してしまっているようです。お二人共、今のは見逃してくださいね?」
「…………性格、悪い」
「たまには私だってはしゃぎたくなるんですよ、ルリさん」
流石に王女ということか、その表情に悪びれているような様子はなく、鉄壁の仮面を築き上げている。
だが言葉通り、確かに普段よりテンションが高めなようだ。そうでなければ先のような大胆なこともしてこないだろう。
ルリの反応か、それとも……俺の反応を見たかったのかもしれないが。何にせよ俺の反応は全部ルリに持っていかれてしまった。
ルリに頭を下げたクリスは、そのまま今度こそこの場を離れていく。
プレゼント───恐らくチョコなのだろう白い箱に目をやるが、クリスはこれから買い物に行くところだったと言う。となるとこれは買ったものではなく、しかも都合良く持っていたことになる。
本当にチョコなら出先に持ち歩くのは不自然だ。それこそ俺と会うために出かけない限り。そう考えれば、偶然会ったというのはブラフなのかもしれない。
予め俺と会うことを予期していたなら当然これが市販のものであるという可能性は再び出てくるが、今度はサラさんのを買ってないというのにも違和感が……。
「……トウヤ」
「分かってる。今はルリを優先するよ」
そう、ルリの前でそれを考えるのは失礼というものだろう。クリスには悪いが、ものを受け取った以上一度考えは止めて、この場にいるルリに意識を向けるべきだ。
というか意識を向けないと、そろそろ俺の痛覚が死にそうだ。場所を変えて、ルリのことを見る。
ちょっとだけ間の悪い空気なのは、クリスが渡した中、続けてルリが渡そうとしても出鼻をくじかれてしまった部分があるからだろう。
「そう緊張しなくても、サラッと渡してくれていいぞ」
「……わかって、る、けど……」
その箱を俺に渡そうとして、でも口がごにょごにょとする。
何か言葉を探しているものの、それが思いつかない様子に見えた。
『はいこれ』と簡単に渡せればいいが、それだと味気ないと思っているのかもしれない。気の利いた言葉を選ぼうとしているかもしれない。
ただそこを『早く』とか『簡単なものでいいよ』と催促するのは間違っていると思うし、俺は何も言わずに待つ。
「…………その……これ、少し早い、けど、バレンタインチョコ……」
やがてルリはそう言いながら、んっと俺の方に箱を差し出してきた。お互い内容は理解しているが、改めての話が緊張を示してきて、それが可愛らしくて……。
「……貰って、くれ、る?」
不安げに上目遣いに見るという仕草付きの、純粋な善意と、溢れる好意。
鼻血が出そうという例えは大袈裟な表現に思えて、実際真実に近かった。少なくともその健気な行為に胸が高鳴ったのは事実だし、もしかしたら嬉しさと照れで若干赤面していたかもしれない。
鼻血が出ることはないといい切る気ことなど出来ない。もしも100の平行世界があるとしたら、そのうちの半分以上では本当に鼻血を出している世界戦があるかもしれない。
とにもかくにも、貰ってくれるかと聞かれたら、その答えは当然としか言えない。
「当たり前だろ。いや、むしろ俺の方から欲しいと思うから……ありがとうな、ルリ」
「…………」
素直な感謝を告げて、箱を受け取った俺はルリの頭を撫でる。何故この少女はこんなにも愛らしいことが出来るのだろうか。そんな疑問すら浮かぶほどに、強く胸が締め付けられて。
こんな姿、他人には見せられない。
「……よし、じゃあ帰るか。早速このチョコも食べたいしな」
「……ん」
だから、だから満足のはずなのに、何故だかこれで終わらない気がする。
それはもしかしたら、俺ではなくルリがどこか物足りないような顔をしているからだろうか。嬉しそうにしていて、恥ずかしそうにしていて、でも腕に抱きついてくるぐらいに満足気なのに、それでも物足りないような部分が僅かに見えている。
だが俺は特に聞くことも無く、そのまま宿屋へと戻ることになった。
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次回は明日投稿します。本編じゃありませんしね、あまりお待たせしてもって感じなので。
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