番外編 バレンタインデー後編


 すみませんかんっぜんに忘れていました! 本当に申し訳ない……取り敢えず投稿!

 ちなみにお色気注意!



──────────────────────────────



 バレンタイン当日。樹にとっては運命の日と言ってもよいものだったが───今目の前では、チョコの贈呈会が開かれている。


 「はい拓磨、これ。いつもお世話になってるお礼。樹君にもね」

 「マジ? いや、え、マジかありがとう美咲!」

 「あぁ、感謝する。まさかこっちの世界でもバレンタインを過ごせるとはな……」


 学校では各々が堂々と、もしくは隠れてチョコを渡すことが多いが、ここだと人数もかなり限られている、そのため、どうやらいっその事全員に一気に渡してしまえば何も気にする事はないと女性陣は考え至ったようだ。

 何か大事な部分を見落としている気がしないでもないが、これはこれで嬉しい。女子は叶恵と美咲、神無月と近添の四人が居るので四つ貰えるということになる。


 「もしかして、お、俺も貰えるのか……?」

 「そーだけど。ま、厨二病クンだけ貰えないのも可哀想だし仕方ないかって」

 「こ、この俺に施しなど───」

 「え、要らないの? なら刀哉クンにあげても良いんだけど」

 

 こちらは意地悪なことを言う神無月と、ぐぬぬと唸る雄平である。この後の展開は言うまでもないだろう。


 少し心配だった雄平も、女性陣のお情けというか、そんな形で貰えたらしい。まぁ実際にはこっちの世界に来てから皆繋がりが強くなっているため、言うほどお情けという部分は少ないと思われる。


 「良かったなぁ竜太、今年は四つも貰えたやんなぁ」

 「マジでな、いやどれも美味そうだしこりゃラッキーラッキー」


 こっちは……まぁ、マイペースというか。竜太はバレンタインを単に『チョコを貰える日』と勘違いしているのではあるまいか。ただそれもある意味では取っ付きやすそうでもあるし、良いとは思う。

 

 ところで、流石に手作りのチョコが用意されることは無かったがどれもこれも美味しそうだ。見覚えのあるもののため、この前行った店のチョコだろう。

 ルリは上手く話してくれたようだ。


 「刀哉君も、いつもありがと」


 そして俺の方では、叶恵がチョコを渡してくれた。四種類あるそれらは統一性が無いのを見るに、各々が好きに選んだものなのかもしれない。

 逆に言えば、これがいいかなと考えて買ったとも言える。この中にハート型があればそれはそれで驚くものだったが、幸か不幸かハートのチョコはない。


 叶恵の満面の笑みに、いつも通りだなと肩を竦めて笑う。


 「こっちこそありがとさん。部屋に戻ったら食べさせてもらう」

 「うん。一応試食用にもう一セット買ったんだけどね、凄く美味しかったから期待して!」

 

 バレンタインはチョコの美味しさよりも思いのやり取りに重きを置くのが普通だと思うのだが、こっちも美味さか……いや、確かにチョコは美味い方がいいけども。


 そこじゃないだろ、もっとあるだろ、という考えは飲み込む。悪気はなくむしろ善意しかない相手になにか言うのはおかしい。

 それに、言葉ではそういうことを言っていても、気持ちは言葉以外からも伝わる。叶恵が日頃の感謝の気持ちという思いを込めて渡してくれたのは理解しているつもりだ。


 ……まぁ、これらのチョコは決して崩すことの出来ない『最強の義理チョコ』ではあるが。


 「あぁ、期待してる」


 そのため、そう言ったのはそれらを含めた上での意味合いだった。



 学校で味わうバレンタインとはまた違った趣のあるものだったが、それはそれで良いなと。そんなことを思いながら部屋へと戻る。

 バレンタインって普通ソワソワドキドキしながらのものだが、今日のそれはもっと和気藹々とした……仲間内でやっているという意識が強かった。


 悪くない。心地よい空間だ。例え違ったものでも、それは俺達でしか味わえない感覚。


 だからついつい、現状を忘れてしまいそうになる。


 とはいえ、今日ぐらいは俺も忘れようとむしろ意識している部分がある。頭のどこかでは常に強迫観念に駆られていて、ふとした瞬間に思考に入り込んでくるそれを、今日ぐらいは忘れさせて欲しいと。

 もしかしたらそんな思いを、運命は見透かしていたのかもしれない。


 「あれ、ルリ?」

 「……」


 部屋に戻ると、そこには何故かルリが居た。いや、何故かと言うほど不自然なことではないが、直接俺の場所へ来るのではなく部屋で待機していたことに関しては疑問だったのも確かだ。


 「何か用か?」

 「…………ん」


 問いかければ、控えめな返事が返ってくる。その手には最近よく見るタイプの箱が握られていて、ルリは俺と視線を合わせないようにしていた。

 チョコであるのは最早疑いようもない。が、ルリが何故そんなものを持っているのか。


 「……渡し、忘れてた、ものが、あって……」

 「渡し忘れてたもの?」


 その渡し忘れていたものというのがこの箱のことであるのは一目瞭然だ。だからこそ、尚更分からない。既にチョコは受け取っているので、渡し忘れも何も無いと思うのだが……。


 ただ、ルリにとってそれは恥ずかしいものらしい。目を伏せ、必死に視線を合わせないようにしながら、赤面した顔を隠す。

 でも渡さなきゃと緊張からか、震える手でそれを俺に差し出してくる。


 おう、と受け取ると、ルリは視線で開けるように促してくる。一応ここは部屋だし、問題は無いか。


 箱を開けると、中には予想通りチョコが入っていた───ピンクの、ではあるが。


 「ルリ、これは……?」


 思わず困惑の声が漏れる。だって、ハートのチョコだ。ピンクのハートのチョコだ。

 しかも箱からは分からなかったが、市販のものでは無い。小さいチョコが八個並んでいるのは市販のようだが、今まで見た市販のものに比べると、それぞれの造形が微かに崩れている。

 それでも十分な出来栄え。いや、贈り物という点ではこれ以上なく逸品だろう。ルリが自分で作ったのだろうことは想像に難くなく、だからこそ動揺が出てしまっても仕方の無いことではないか。


 「…………ば、バレンタインは、女性が異性、に、チョコを、送る日……だけど」


 そんな意味深なものを渡してきたルリは羞恥に滲む顔を隠しながらも、俺に説明するために口を開く。以前の比では無いその緊張というか羞恥は、それだけルリにとって重要なものである、というように思えて。


 「………………す……、に……こっ、告白する、意味も、ある、からっ……」


 と、顔を伏せたまま伝えてくる。


 ───俺は、もう一度そのハート型のチョコを見た。ハートというのはいわゆる『Heart』の他にも『Love』を示すもので、そこには親愛はもちろん、異性間の恋情も強く含む。それも手作りなら、尚更。

 ルリがわざわざ選んでこの形にしたのなら、当然そういうのを意図してのことだろうし、意図しているからあんなに恥ずかしがっているのだろう。


 バレンタインと言えば意中の相手にチョコを渡すことも多い。そしてルリは、今回がそれに当てはまると言って。


 「…………こ、これ……食べて、くれる……?」


 ぎゅっと袖を掴むルリが、潤む瞳で俺を見上げる。


 果たして───今度こそ俺は、鼻血を噴出したような感覚に襲われていた。実際に鼻血を出したらルリに心配されているので、そうでない以上、これは錯覚に過ぎないのだろう。

 だが、熱い。顔は熱いし、中心部も、心臓も熱い。


 俺は嬉しいのだろうか。嬉しいに違いない。好かれて嫌なことなんて無いし、ルリは真摯に俺へと好意を向けているような少女だ。煩わしく思ったり、嫌うなんて以ての外。

 ルリのその仕草が、表情が、可愛すぎてヤバい。単に視覚から入る情報だけではなく、ルリの思考や感情なども全部を含めて理解しているから、余計に。


 きっと、前回物足りなそうにしていたのはこれが理由なのだ。俺にチョコは渡せたものの、想いを伝えることが出来ていなかったと。だから今日に合わせて、今度は手作りのチョコを間に合わせた。

 それがハート型であるなら、言葉が無くとも疑いようはない。


 ルリへの返答を言葉ではなく行動で示したのは、何か余計なことまで喋ってしまいそうなほどに気分が高揚してしまっていたからだ。

 だから、分かりやすく───そのチョコの一つを俺は口にした。



 「……」

 「……♥」


 肯定的な行為に、ルリの表情が分かりやすく変わる。それは笑みではあったが、普通の笑みではなく、もっと大人っぽいような、甘く、熱に浮かされた笑み。

 安堵はもちろんのこと、喜びに陶酔している。それだけ緊張していたのか、ともかくそんな表情を向けないで欲しい。

 見た目幼女の子がしていい表情ではない。俺のように、そういう趣味のない人間でも思わず生唾を飲み込むようなものだ。


 ただそこには触れず、雰囲気と同じように、口の中に広がる濃厚な甘みを味わった俺は視線を逸らしながらもルリに言葉を向けた。


 「……まぁ、なんだ。つまりこういう事だ」


 出てきた言葉のなんと情けないことか。心の中で己に喝を入れたくなる。もう少しこう、気の利いた言葉もあったに違いない。だが甘さに染った思考はスムーズには動いてくれない。

 もちろんそれだけでも伝わりはしただろう。ルリは告白と表してチョコを渡し、俺はそれを口にした。流れを見れば、俺がルリを受け入れたと見ておかしくない状況。

 

 「……トウヤ……美味し、い……?」

 「あぁ、甘くて美味しいな。正直に言うと、この前貰ったチョコの何倍も」


 市販品と手作りの違いは、やはり想いだろうか。別に売り物を贈り物として渡すことは全く悪いことじゃないし、それでも想いは伝わる。

 しかしそれとは別に、手作りの方が温かみを感じるのも確かだ。何より人柄が出るし、わざわざ作ってくれた相手にはより良い印象を抱く。


 「……嬉しい」


 そしてルリは、異性としてこれ以上ないくらい魅力的である。それがこれでもよく分かるものだ。

 当人の好みはあれど、想いに正直な人間が魅力的でない訳が無い。それこそ、正直は美徳と言う言葉がピッタリのように思える。


 「……ねぇ、トウヤ……」

 「…………何だ?」


 だから、という訳でもないが、先程から段々と俺もこの高揚が抑えられなくなってきている。安堵の息を吐き、嬉しそうに笑い、そしてどこか期待するように見つめるルリは、きっとチョコを渡したその先を想像しているに違いないと思うと、抑えもなくなる。


 だって俺とルリの関係って、どちらかと言うと……だろう?



 

 「……食べたいの、チョコ、だけ?」




 普段なら絶対有り得ない。俺はかなり思考が制限されていたのだ。

 盲目的になっている自覚はある。だがいかんせん盲目的になってしまっているため、冷静になろうとは微塵も思わなかった。

 

 視線で誘導されるまでもなく、俺はルリをベッドに押し倒してしまう。

 意識してのことではない。色々と考えた末の行動でもない。本当に短絡的で単純な、無意識でのこと。


 そんな中でも、誘惑されているのだとは理解出来ていた。仕草、行動、言葉。俺が常に良く観察していることを前提とした細かな動きすら意識的に入れて、その気にさせようとしていたのだろう。

 そして実際、様々な要因が重なってこうなっている。気持ちや感情よりも、欲求が前面に出てきている。


 「ん……トウヤ、積極、的……」


 俺はまだ触れていない。あくまで俺が押し倒したことに関して言っているのだろう。

 しかしこちらからしてみれば、誰のせいでと言いたいところでもある───最も、その考えすらすぐに押し流されてしまう程度には

冷静さを失っているのだが。


 チョコが入った箱から、二個だけベッドに零れてしまう。


 それを拾ったルリはまるで見せつけるかのように口へと運び、小さいハートを何口かに分けて食べていくと、目に見えて頬に赤みが差す。

 そのまま勿体ぶるような動作で一つを食べ終え、もう一つを手に取り今度は俺の方へ差し出してきた。


 「……食べ、て?」

 

 なんてことはない。チョコを食べるだけだ。それだけなのに、今のこの状況、ルリが持つそのチョコへ口をつけるのすら妙に淫靡に思えて、口にした途端先程よりももっと濃厚で甜い味が広がる。

 こんなにも甜いのは、何故だろうか……何にせよ更に思考が狭まったのは確かだ。


 それこそ、おかしいぐらいに。


 ルリの吐く息が湿っていて、喘ぐように音が聞こえる。先のチョコを食べるという行為がまるでトリガーであったかのように、ルリ自身興奮を隠そうともしない。


 服越しに小さな胸が上下を繰り返し、乱れたそこから真っ白い肌が覗く。


 この先を求めているのが丸わかりで、それは俺も同じ。


 「……」


 この先……この先ってなんだ? この先はこの先だ。


 ダメだと思う気持ちが全く無いわけじゃない。だがそれは、意識できるかも怪しい本当に微かなレベル。


 何より、今この状態で何もしないという方がおかしいものだ。

 お互い、明確にようとしている。何かの際に意図せずこうなった訳じゃない。ようとしてこうなったのだから、不自然なことはない。


 俺達の体重を受け止める柔らかなベッドが、呼吸に合わせて軋む音を響かせた。その音にすら官能的な意味があるように感じて、より一層この空気を加速させていく。


 「……ぁ、とうや……」


 ルリの肩に手を触れさせれば、ビクリと震えた。その先をどうするのか、指先をルリはしきりに気にしていて、震えた息が何度も吐き出される。

 このまま手を動かして、ルリの体をまさぐっても良い。服を脱がしてから愛撫をしても良い。その色素の薄い桜色の唇にキスをしても良い。


 どれをやってもルリは受け入れそうで、肩に触れさせていた手を動かした。


 服の上から、体のラインが分かるようにゆっくりと指を這わせていく。どこを触っても小さくて、もしかしたらルリぐらいの見た目の子をこんなに触ったことは初めてかもしれない。

 

 「……な、なんか、変な、感じ……」

 

 別にすぐに局部などへ触れた訳じゃないが、ただ触り方が性的なものになってしまったこともまた否めないだろう。反応を確かめるようにいやらしい手つきになってしまっている。

 それに、ルリとしてはいつどこを触られるか気が気でないはずだ。

 俺が次の瞬間にはへ手を伸ばす可能性だってあるのだから、緊張やドキドキは俺よりも強いかもしれない。


 這わせた指が、服の上からルリの胸の方へと向かう。


 「んっ……ぁっ…………こ、こそば、ゆい……よ」


 触るとかそう言える程ではない。服の上からなぞるだけ。胸の感触なんて伝わってこない程度だが、ルリは他の場所よりも明らかに反応して体をよじる。

 けれど、それ以上は触らない。まだその一線は越えられない。理性か、はたまた焦らしでもしているのか。


 代わりに指を滑らせ、顔の輪郭に触れていく。


 同年代や大人の女性とは違う、少しふっくらとした感じ。ふくよかとかそういうのとはまた違って、子供特有の肌質はもっちりとしていて、触っていて楽しくもある。

 でも今は、楽しいというよりも興奮が勝っていた。ルリの肌に触れている───そういう意図で触っているという認識が性欲をかきたててくるような。


 「ルリ……」


 小さな顎に人差し指を添わせ、親指を唇に宛てがう。ゼラチン質の感触と、水気を伴う息を肌に感じながら、その一線を超えんと理性を手放そうとしていた。

 

 「……ん。いい、よ」


 陶酔した瞳が下から俺を見上げ、そして閉じる。ルリも俺のやろうとする行為に気づき、それを求めているのだと。


 きっと、それをしたら後戻り出来ない。根拠は無いが、確信に近い予感があった。単に行為だけの話ではなく、を戻すことも、きっとできない。


 それでもいいさと、ルリの表情に後押しされる。戻るも何も、この子が進展を望んでいるのは目に見えて明らかなもので、応えてやるのは俺の役目なんじゃないか。

 それか───俺もただ我慢の限界が近くて、そんなことを並べて正当化しようとしているだけなのかもしれない。


 早くルリに触れたい、味わいたい……犯したい。汚い性欲が湧き上がってきていて、抑えなんてききやしない。


 だから宣言もせずに、俺はそっと口を近づけていく。異性としての距離をゼロにしようと、髪がかかり、鼻が触れ、俺の方からその可憐な唇へと……。





 「───おーい刀哉、お前もう戻ってるのか?」

 「っ!?」





 残り数ミリとない距離。それを埋めようとした途端、まるで待機していたかのように部屋の外から声がかかった。


 ハッとして直ぐにそこを見る。扉は開けられていないが、だがすぐ外に樹が居るのは把握出来た。


 「あ、あぁ、居るぞ! 先に部屋に戻ってたんだ」

 「おうそうか……ん、いや、どこ行ったんかなと思っただけだから気にすんな。居るならいいわ───

 

 抜け切らない動揺の中声を上げれば、扉の向こうの樹は特に気にした様子も見せずにこの場から離れていく。足音が遠のくにつれて、俺は心臓の鼓動がえぐいぐらいに早まっていることをようやく自覚した。


 それと同時に、自らの状態を確認する。何故だ、何故俺は

 当然のような疑問が湧いてきた。いや、記憶が無いわけじゃない。問題は、こんなことをしてしまうほどに何故冷静さを失ってしまったのか、という所だ。


 「……トウヤ?」

 「ルリお前、まさかあのチョコになにか入れたりしてないよな?」


 冷水をかけられたかの如く冷静さを取り戻した俺は、ルリを問い詰める。しかしルリは、心当たりがないと言わんばかりの表情だ。

 

 というか、まだ俺も微妙に顔や体が熱いような……頭を振って、改めて俺とルリの体勢を見る。


 ベッドに押し倒し、あまつさえその唇に親指を当てている。誰がどう見てもキスしようとしている体勢だし、もしあのまま樹に入られていたら誤魔化すことは極めて困難だっただろう。

 何よりその……かなり、ズボンが

 

 いや、性欲に襲われていたのだから当然と言えば当然なのだが、自身の体の反応から、余計に俺がルリを襲おうとしていたという事実が浮き彫りになってしまっている。


 あと少しでも樹が来るのが遅かったら、どうなっていただろう?


 それこそ、樹の声も無視してやり続けるぐらい夢中になっていたかもしれなくて───。


 「…………続き、は?」

 「……出来るわけないだろ」


 冷静さを取り戻した俺とは違い、ルリはまだ雰囲気に飲まれたままの様子だった……例え普段通りでも、こんな状況ならやろうとするのがルリだろうけども。


 俺が首を振れば、途端に不満顔になる。それもそうか、例え正常な判断ができない状態だったとはいえ、結局手を出したのは俺が先だ。

 いや、まだギリギリ手を出したとは言えないかもしれないが、少なくともベッドに押し倒すという、決して他人には言えないようなことをしてしまったのは俺だ。


 ルリとしても、今回はいけると思ったのではないか。実際樹が来なければその未来は現実のものとなってしまっていた可能性が十分にある。

 欲求と感情と意思がどれもこれも矛盾してしまっているからこんなことになる。ルリを性の対象としてみていて、ルリの事は嫌いじゃなくて……しかし手は出せない。


 そういった経緯もあり、断ることに罪悪感はある。だが断らない方がもっとヤバいし、罪悪感はこの比じゃなくなるだろう。

 というか、そもそもルリに手を出すなとクリスから言われている。例え言われていなくとも手は出さないが、尚更という意味だ。


 ……確か『無責任には』という注釈付きだったが、それは無視する。


 ルリの唇から指を離し、ゆっくりと退く。終始不満そうな顔をしていたルリは、だが今回は引き止めることはしなかった。

 本当に、本当に不満そうな顔だが。

 

 「今回のは、忘れてくれ。どうもチョコを貰った嬉しさでどうかしてたみたいでな……その、変に期待させて悪かったとは思ってる。本当にすまん」

 「…………もう、いい。今から、無理やり、して、も、意味ない、し……」


 ルリは起き上がると、ベッドの上で膝を抱えるようにして拗ねてしまう。確かに無理矢理されても困るが、そんな拗ねられても……俺にも非があるので責めることはできないけども。


 「何か、代わりと言っちゃなんだが、他にやって欲しいことはあるか?」

 「……慰め、て」

 「そういう意味のじゃなければ、いくらで……も……」


 俺が言った直後、突然世界は回転した。もちろんそんなことがあるはずもなく、回転したのはむしろ俺の方だ。

 ドンっとベッドに倒される。おかしい、何故か今度は俺の方がルリに押し倒されていた。


 体格差のせいでかなりおかしい構図だが、それはともかく。


 「バカ、しないって言ったろ」

 「……しない、よ。慰めて、欲しい、だけ」


 だから、その慰めっていうのが変な意味を伴ってるんじゃないのかと……そういう意味でなく、ルリはそのまま横になって俺へと密着してくる。どうやら襲われた訳では無いようだ。

 もし本気で襲われていたら身体能力差的に抵抗できなかったので、確かな安堵を得つつルリを見る。


 「……撫で、て?」

 

 変な意味ではなく、ちゃんと甘えの方の慰めだと言いたいらしい。


 「それぐらいなら、まぁ……」


 言って、ルリの頭を撫で始めてから俺は内心何も『それぐらい』で済んでいないことを悟る。昼間からベッドの上で女の子の頭を撫でるって、しかも凄い密着した状態でとなるとかなり不健全だ。

 さっきよりマシになったのは確かだが、まだまだ見られてアウトなラインを超えている。


 「そうだ。さっきはアレだが、改めて、チョコありがとな」

 「…………ん。私、も、食べてもらって……嬉しい」

 

 それでも……うん、良いんじゃないか。変にそういう気分になっても困るが、バレンタインって甘い日だろ? ようは、甘くなっていい日だ。

 

 つまり、記念日補正的なもので、こういうのもギリギリ許容できる……と思っておこう。

 何より貰ったものが本命チョコであると考えれば、そう、おかしなことじゃない。


 「……そう、言えば」

 「ん?」


 バレンタインの余韻に浸ろうとする俺へ、ルリはさらに近づいてきた。撫では継続中であるものの、ルリはその状態で上目遣いをする。

 潤んだ瞳が、未だルリは少し雰囲気に飲まれている状態であることを教えてくれるが、その中でどこかバツが悪そうにしている。さっきの今で何かを思い出してしまったように。


 「……チョコ。アルコール、入れてた」

 「……アルコール?」


 思わず聞き返すと、ルリは頷いた。そのまま言うことは言ったとばかりに視線を伏せる。

 ふむ、なるほど……アルコールね。確かにアルコール入り、酒入りのチョコはある。所謂大人のチョコと言うやつだ。味としてはあまり分からなかったが、なるほどなるほど……。


 「ルリ」

 「へ、変なこと、考えて、じゃ、ないから……ホント、だよ?」

 「怪しいな。俺を酔わせてあわよくばとか考えてたんじゃないのか?」

 「か……考えて、ない……よ?」


 ちょっと口調が怪しいじゃないか。

 とはいえ見たところ黒だと確定しているので、腹いせにルリの髪の毛をくしゃくしゃと撫で回す。俺が悪いのかなと思ってたら、まさかそういう意図でアルコールなんて入れていたとは。


 つまり俺は酔っ払っていたわけか。


 何が凄いって、本来であれば人を選ぶ酒入りチョコを、普通のチョコの味として完璧に仕上げたことだろう。しかも俺が酔う程度にはしっかりとアルコールを入れていた状態で。

 作り方に関して知識がある訳じゃないが、味の調整などは普通のチョコよりも難しいはずだ。


 「うぅぅ……ごめん、なさい」

 「……冗談だ。例えアルコール入りだろうが嬉しいし、意図的に入れたもんだとしても、酔ってあんな状態になったのは俺だからな。謝らなくていい」

 

 瞳を伏せたルリに、そう言って今度は優しく撫で直す。

 

 もしも俺がアルコールに強いならこんなことにはならなかった。幾らルリが多めに入れたとしてもチョコの大きさ的に限度は当然あると考えれば、俺はアルコールにかなり弱いのかもしれない。

 慣れていないというのは一つの要因かもしれないが、何にせよ酔ってしまうと手を出す、となるとこの先危険でもある。変なところでセクハラ事件とか起こさないように、もしも飲むなら最大限対策を施さなければいけないだろう。周りには男連中しかいないようにするとか。


 ともかく、ルリとしても意図的であれ、それが本命というわけじゃなかったはずだ。あくまで一押しとして役立ってくれれば程度の軽い気持ちだったに違いない。実際渡すまでの過程は本当に気持ちが籠っていたものだし、そこに下心なんてものは一切無かった。

 

 「ただちょっと、食べるのが大変になったな。少なくともこういう休養日とかじゃないと危ないだろうし、誰かの前じゃ食べれない」

 「……今、食べても良い……けど」

 「や、今はちょっと……」

 

 と、ルリの期待の眼差しに視線を逸らす。まだ欲求が抜け切っていないし、今だって、ルリを更に深く触りたい衝動を必死で抑えている状態だ。

 というかキツイからこそ体の反応も治まってない。あと少し近付けばルリにも分かるぐらいには。


 でもルリの瞳からは、一所懸命作ったのだろうチョコを目の前で食べて欲しいという気持ちもこれでもかと伝わってくる。

 ……いけるか、俺。大丈夫、事前にちゃんと理解していれば酔っても正常な思考を手放さない、と思う。


 「……言っとくが、食ってもしないからな」

 「……ん」


 仕方ない。女の子の期待に応えたくなるのは男の性だ。だから箱に手を伸ばそうとすると、ルリが先に掴んで、チョコを取りだした。


 「……私、が、食べさせて、あげる」

 「いやでも───」

 「食べさせて、あげる」


 何か拘りがあるようだ。もしくは、それもまたスキンシップということなのか。ルリはまたハートを俺の口元へ差し出してくるので、俺は素直に口をつけることにする。

 先程は上手く食べられたが、今度は少し角度が悪く、唇がルリの指に触れてしまった。あっと思わず口を離し、しかし直ぐにチョコは俺の口へとやってくる。


 ルリさん、いくらなんでもそんな入れ方無いでしょ。思いっきり口内に指が当たっておりますが。


 「……気に、しない」


 ルリは自分は気にしないからという理由でやっているようだ。いやほら、少しでも唾液がついてしまうかもしれないし……そんなことはお構い無しに口の中では甘みが広がる。

 やはり意識していてもアルコールのような感じは全くしない。しかし、自覚できる程度に熱くなる感覚は確かにある。


 そして酔いは、俺から自制心をとっぱらっていくのだ───流石にもう簡単にはやらせないものの。


 「…………ッ」

 「今舌打ちした?」

 「……して、ない」


 ルリにしては珍しく舌打ちをしたのかと思ったのだが、本人は否定した。その真偽を問うのはともかくとして、やはり下心ありの提案だったか。

 どれだけしたいんだか。ルリの積極性にはある種尊敬すら覚えるレベルで、良くもまぁやるものだと毎回思う。信頼されているのだろうか。


 ルリは取り繕うようにサッともう一つ出す。どんどん食わせて酔わせるつもりなのかもしれない。

 酔ったら負け。食わなくても負け。食ってなお自制しろということらしい。


 再びルリの指に口をつけてしまいつつも食べれば、ルリは微かに口角を上げる。


 「あと何個だ?」

 「……三個。もう、無理?」

 「そういう訳じゃない」


 平然と首を横に振るが、内心ではかなり動揺してしまっていた───思ったより辛い。


 酔っている感覚がこれなのか、正直なところ分からない。ただなんというか、自制心が緩んでいるのが自覚できてしまう。

 こうしていると、普段からかなり自制しているのが分かるななんて苦笑したくても、笑えない。今は笑えないぞ本当に。

 ただそれを悟られたらルリが誘ってきそうで、そんなことされたら今度こそヤバいのでせめて虚勢を張る。


 ルリから三つ目のチョコを貰ってそれを味わうと同時に、一気にルリとの距離が近くなる。反射的に離れようとするも、身体の反応が少し鈍い。


 「……はい」


 そのまま畳み掛けるように更にもう一個を食べさせてくる。


 酔いの限界がどこにあるのか知らないが、まだまだ深く酔ってしまいそうだ。思考がかなり単純で表面的なものになってきているので、これは疑いの余地もなく、酒に弱いな。

 酔っていると理解出来るだけまだマシなのかもしれない。


 これで短時間で四個。先程は二個で理性を飛ばしていたことを思えば、まだルリに手を出していない分克服はしている。

 五十歩百歩な気もしないが、そうは言いつつもあと一歩で堕ちる気もする。


 あと一個、いけるか? いったら堕ちないか? 今度こそ誰の邪魔も入らないと思うので、堕ちたらアウトだ。

 でも止めないのは、多分既にかなり理性を手放してしまっている証拠なのだろう。


 なんか罰ゲームみたいになってしまっているが、アルコールに耐えているだけで、チョコを貰うこと自体はむしろご褒美なのである。それを忘れてはいけない。


 「……じゃあ、最後……はい」

 「あぁ。もし俺が変な感じになったら本当に拒絶してな」

 「………………わかった」


 言うだけ無駄なのはわかっていた。多分守られることは無いだろ約束をしながら、最後が口の中に───。





 

 「……よし、耐えた。偉いぞ俺」

 「…………むぅ」


 結局、さっきのような状態になることはなく最後を食べ終えた。最後まで甘みのある美味しいチョコだったのは確かで、アルコールのような味も全くわからなかったため、ルリから貰ったという部分を抜いたとしても非常に良いチョコレートだったと思う。

 

 アルコールと戦うのは辛いので、もし今度作って貰う時は無しか

少なめにしてもらおう。


 ルリが不満そうなのは……やっぱりあわよくばを狙っていたらしい。


 「取り敢えずチョコ、美味しかった。ありがとな」

 「……それはいい、けど……どうせなら……また、押し倒して、も、良かった、のに……」

 「面と向かってそういうことを言われても反応に困るんだが……」

 

 押し倒してとか、それを面と向かって言える精神力が本当に凄い。女の子ならではの戦略と言えるだろう。

 こっちとしても満更では無い部分があるのは確かだし、男である以上どうしても欲は見せてしまう。その部分を上手く利用されているのかもな……防御に徹しているには不利な立場だ。


 「まぁルリのバレンタインチャレンジはここまでだな。来年はもっと頑張ってくれ」

 「……今ここ、で、私が、押し倒してもいい、けど……?」

 「上から目線で言ってすみません。とても役得なバレンタインでした」

 

 女の子に直接言う言葉ではないが、ルリはむしろ嬉しがった。恥ずかしがった、とも言うが。

 

 だが本当に本心からの言葉ではあるのだ。ルリからチョコを、それも気持ちの籠ったものを貰えたのはこの世界で一番嬉しい出来事だったと言っても過言ではないくらいに。

 その後のあれやそれも、自制が必要ということは性的魅力を感じているということなので、そういう意味では確かに男としてラッキーなところもあった。結果としてただ溜まってしまっただけなのはもはやどうしようも無いとはいえ。


 それにルリには言わないが、叶恵達やクリスからチョコを貰ったのもある。心の休養には十分なった。

 

 迷宮に通い詰めも悪くないが、こういう日があるのも良い───。

 



 

 「───ところ、で、トウヤ」

 「うん?」

 「……当たって、る」

 「え、ぁ…………悪い」


 そうやって綺麗に締めくくろうとしていた俺へ、ルリは控えめに声をかけてくる。

 当たっている───もはや何がと聞くことは無いが、多分チョコを食べていた時だろう。確かにルリに距離を詰められた気がする。


 ともかく俺が慌てて反対側を向こうとすると、ルリは押さえてきた。

 押さえて、ぐっと、いつものようにお構い無しとくっついてくる。


 「……いい、よ。もっと、押し、つけて……ここ、とか……♥」

 「ルリさんちょっと、いや、あのな?」

 「……トウヤの、が、確認、できた方が……嬉しい、し……興奮、する、から……ね?」


 相変わらず積極的なようで。俺の動揺の声など全く聞こえていないというか、無視をしている。

 いや、ルリが構わないならいいけどなうん。嫌なことにルリとのこういう事態にも最近は慣れてきてしまって、動揺も比較的少なく済むようになってきた。


 「……変なことするなよ?」

 「……ん。……でしょ?」


 まだも何もこれ以上進むつもりは無いが、チョコも渡して、未遂とはいえそういう雰囲気にもなって、こうしてくっ付きハッピーな気分になっているルリに水を差すのは憚られたため、俺はその言葉に肯定も否定もせず目を瞑る。




 結局途中で声がかかるまで、俺達は決して健全とは言えない状態で過ごすこととなってしまった。




──────────────────────────────



 この作品、逆セクハラ的なことが多いですね。私の趣味が出てるんでしょうか……いや、されるのが好きという訳ではありませんよ?

 とりあえず急造のバレンタイン編はこれでおしまい。今更ながら時系列が少し異なっているのに加え、基本本編には影響ないと思います。なのでここであったあんなことやこんなことはここだけのお話です。


 次回は明明後日……間に合うかなぁ、と言ったところです。あと、今日はほんとにすみません!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る