第43話



 一日遅れでおまたせしました。

 昨日はどうしても眠気が耐えられなくて、書き終わる前に寝ました申し訳ない……。


──────────────────────────────



 闇属性に分類される睡眠魔法、『夜船スリープ』。人体への干渉が前提条件となっているために、必要とされる技術も、発動するための条件も難度が高い魔法だが、上手く決められると俺のようにほぼ抵抗なく意識を落とす羽目となってしまう。


 睡眠魔法という名前の通り、別に気絶させるわけじゃない。その魔法の効果は言ってしまえば熟睡状態と同じ状況にさせるだけの、無理矢理休養を取る場合には自らにかけることでも有用となる魔法だ。

 ルリが使用した理由も、俺が寝れるようにという配慮、だったのかもしれない。


 もしくは、それ以外の理由を探すなら……。



 『───寝てる間に、一人で、シちゃう、から……』

 「っ、いやいやいや」


 目を覚まして、その言葉の意味について思考を巡らせてしまう自身を誤魔化すように頭を振る。

 何を考えているんだ俺。いくらなんでも考えが下衆に過ぎる。流石にそのために魔法をかけた訳じゃ……ないとは決して言いきれないが、だとしても下手に思考していい事じゃない。


 その当の本人であるルリは、俺の隣で微かに身動ぎをして起きようとしていた。


 「……んぅ……とう、や? おはよう……」

 「あぁ、おはよう」


 先程までの変な思考を飛ばすように平静さを見せ、ルリに挨拶を返す。普段のローブではなく可憐なピンクのパジャマという姿についつい胸を締め付けられるような思いを抱くが……顔には出さず、ベッドから降りる。


 外を見れば、普段より遅い時間帯。魔法の効果が強力だったのだろう。


 「ふぁ……寝れ、た? 起きて、ない?」

 「あぁ、熟睡だったな」


 欠伸をして、ルリが俺に確認してくる。魔法の効果によって一度も起きていないし、幸い夢も……そこまでのものでは無い。


 だが、寝れたかどうかはともかくとして、『途中に起きてないか』という確認の仕方は少し違和感がある。ルリを見ると、俺の視線には気がついていないのかマイペースにベッドからいそいそと降りようとしていた。


 布団から、何故か肌色が現れる。


 「おいおいルリさん?」

 「……?」


 いや、そんな疑問顔されましても。俺は視界を塞ぎながらルリの足を指す。

 素足だ。本来ならば上とお揃いのピンクのパジャマとなるズボンが見えるはずなのに、ルリはズボンを履いていなかった。


 素足というか……これは下着丸出しだ。


 「……ぁっ……これ、は……」


 俺の指で気がついたルリは、再び布団の中へと脚をしまう。そうだ、まずはしまえ。そしてズボンはどこへやった。

 その疑問は、ルリが布団の中で何かを探して、そして見つけたことで把握できる。


 「……ルリ」

 「ちがっ……違くは、ない、けど……」

 

 何を言った訳でもないのに弁明をするルリに、やっぱそういう事なのかなと思ってしまった俺は悪くないはずだ。ルリの反応があからさま過ぎる。


 いやでも待て、まだ下着になっていただけだ。それだけでは判断なんて出来まい。早まるな俺。ルリだって単に慌てているからそういう反応になってしまっただけなのかもしれない。


 しかし言い訳など虚しいと思ったか、はたまた思いつかなかったか、ルリは次第に顔を俯かせていった。


 「…………違わ、ない……」

 

 どうやら本当にそうらしい。


 昨日はあんなにノリノリで『一人でしちゃう』なんて言っていたのに、流石に実際にやった後にそれがバレるというのは酷く恥ずかしいのだろうか。

 ……恥ずかしくない方がおかしいぞ、俺。


 「まぁ、あれだ……いや、全然構わないし、ルリの好きにしていい部分だと思うけど、でも服だけはちゃんと整えてくれ。じゃないと結構……気まずい」

 「…………気をつけ、る」


 赤面して頷くルリに、取り敢えず背を向ける。わざわざ布団の中でズボンに着替えてもいいが、どうせもう朝でパジャマからは着替えるのだ。直接いつもの服に着替えた方が楽だろう。

 それに、ルリの言う通り『した』と言うのなら……下着も、変えた方がいい。


 ……後でベッドのシーツとかも確認しておこう。いや、確認させておこう。

 

 「ところでルリ」

 「……?」

 「したのは把握出来たけど、結局スッキリはしたのか?」


 着替えの衣擦れから思考を逸らそうと、俺は少し聞いてみる。顔を見ていないからこそ聞ける内容でもあるだろう。

 ルリからは『した』ということが理解出来たが、それでスッキリしたのか……具体的に言うなら、のかどうかまではよく分からない。


 結局俺の存在があって気が気でなかった、ということになったらそれこそやはり一人の時間を作った方がいいだろう。誰かがすぐ隣にいる状態でそういうことをするなんて、俺でも難しい。


 「だ、大丈夫。その……き、気持ちよかった、から……ちゃんと、出来た、よ……?」

 

 でも心配は杞憂であり、問題なく出来たようだ。慌てながらの返答は俺の質問に面食らっていたからなのだろうが、その反応を見るとルリもしっかり初心なところがあるのだと分かって少し嬉しい。


 昨日の発言とかはかなり際どかったしな。エッチ……妖艶な部分がルリの本質と言う訳じゃないが、ああいう面もルリは持っているということなのだと思う。


 ただ今度は別の疑問が浮かんでくる。じゃあ一体何を考えながら、想像しながらしていたのだろうとか。

 そんなことまで聞く気は無いけども。というか無意識的な思考だったので直ぐに排除する。

 

 それとほぼ同時に、着替え終えたのか、ルリが何も言わずに俺の背中にピタリとくっついてきた。

 

 「スッキリしたんじゃないのか?」

 「そういう、つもりじゃ……なくて」


 また何か変なことでもしてくるのかと一瞬警戒するも、ルリの反応はそういう感じではない。

 良くも悪くも、ルリがそういうことをしてくる時は基本的に大胆で肝が据わっているときだ。今のように少し動揺している場合はやってこない。


 多分だが、普段のアレは雰囲気や勢いでやっているのではないか。


 「じゃあどうした」

 「……別に」


 何でもない。その意を込めた久しぶりのちょっと素っ気ない言葉に、俺は特に返しはしなかった。

 何でもなくは無いと思うが、ルリはそのまま後ろから腕を回してくる。悪戯的に笑うでもなく、寂しさに泣くわけでも無く。


 本当に、ただ抱きついているだけのようだ。


 ……まぁ昨日は一度とはいえ拒絶してしまったことだし、その後の反応を見てもかなりショックを受けていたのはわかる。だからこそ、単に俺の対応を確認したいのかもな。

 離れる気配も一向に無いので、俺は微かに溜息を吐く。


 ただそこに嫌気などこもってはいなかったが。

 

 「……朝から迷宮に潜らなきゃいけないノルマがある訳でもないし、抱きつくぐらいなら好きにしてくれ」

 

 そう言いながら、いつまでも部屋の真ん中あたりで突っ立っているのは不格好だとベッドの方へ寄る───変な意味はなく、単にこの部屋にはそこ以外に座る場所がなかっただけだ。

 しかしこうしてみると、やはり行為直前の体勢に思えなくもない。

 

 「……あり、がと」

 「離れようとした瞬間にそんな不安そうな顔されたら、誰だってこうする他ないだろ」

 

 そんな危険な思考は他所へと追いやり、抱きついてくるルリの体の感触を気にしないように努める。

 ルリは解消して気持ちもスッキリしているかもしれないが、対する俺は結局何をした訳でもない。今この瞬間も、朝であるにも関わらず自制心がフル稼働中だ。


 鼓動は平常で、声音や顔も普段通り。いや、少しは羞恥を見せておいた方がルリとしては良いのかもしれない。とにかく悟られないよう誤魔化しておく必要があった。



 そんなことを考えながら、時間だけが過ぎてゆく。俺としてはただのハグなので長くて数分のつもりでいたが、互いに何か言い出すことも無くかなりの時間が経過していた。

 ルリが思ったよりも離れなかったというのもあるし、離すタイミングを逃したというのもある。満足するまでこのままで居ようとは思っていたが、まさかずっとこの体勢で居るとは誰も思わないだろうよ。


 このままベッドに倒れ込めば先に進めてしまいそうな、そんな体勢。俺かルリか、どちらが倒れてもそうなってしまうだろう。

 いや、やらないけども。言葉の綾だけども。そのぐらい近い距離で、近い体勢なんだという話だ。


 ただ、これでは本当に日が暮れるまでやりかねない。いや、普通に考えればそんなことはありえないが、相手はミステリアスな部分もあるルリだ。

 多分だが、抱きつくとかそういう行為は許される限りいつまでもやっているタイプだろう。


 ……俺の妹達も、そういうタイプだったし。


 「……ルリ、さすがにそろそろ」


 胸が痛くなるような感覚に陥り、思わず声をかけてしまう。この時間が嫌な訳では当然無いが、それでもいつまでもこれではいけないと。

 しかし、声をかけても返事がない。もしやと思って俺に抱きついたままのルリの顔を覗いてみると、その瞳は閉じられていた。


 「……すぅ…………ん………」


 微かだが聞こえてくる寝息と、少し動かしても起きないことから、今寝たばっかりという感じではない。もしかしたら結構前から既に寝ていたのかもしれない。


 道理で無言だったわけだ。ある意味でさっきの雰囲気を堪能した結果なのかもしれないが、改めて俺の事を信頼しきっているのだとわかる。

 そうでなければくっついてすぐに寝たりはしないだろう。


 信頼は、それだけの好意と捉えても基本的には問題ない。これだけ純粋に俺の事を信頼していると表している少女を前に、良くもまぁ自分で理性を保てている事だとは思う。


 なんならこのまま……ルリの寝顔に、そっとキスをしてしまうことくらいはできるはずだ。そのまま少し大人なイタズラをすることだって出来てしまう。

 服を脱がし、露わになった幼い体に指を這わせ愛撫したところで、ルリは受け入れる。受け入れてしまう。


 あんなことまでしようとしていたのだ、今更ちょっとしたことじゃ抵抗なんてないと思う。


 そのぐらいには、ルリは俺を許容していると同時に、望んでくれていることでもあるのではないか。ルリが俺と家族という関係に加え、異性間のそれも欲しいと思っているのは一目瞭然。


 「困ってるんだけどな」


 それでも、嫌ではない。嫌ではないが、ルリに対して申し訳ないところもある。


 ルリの頭を撫でれば、それに合わせて寝息を零した。こうしていると見た目通りの少女にしか見えないな。


 そのまままた、時間だけが経過する。ここまで来るといっその事今日は休みにしてしまってもいいのかもしれない。

 そちらの方が……ルリも一緒に居れて良いだろ。



──────────────────────────────


 えー、次回からは多分ちょっとまた物語に進展を与えられると思うのですが……その前にね、次回は遅れるかもしれません。


 今ちょっと読みたいシリーズの小説がありまして、合計で19巻あるのでもしかしたら執筆が遅れてしまうかもしれないのです……。

 目安としては21とか22日ぐらいに投稿出来れば、って感じですかね。できるだけ頑張ります故。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る