第42話


 一日遅れて申し訳ないです。代わりに今回は9000文字と長めです。

 長めというか、ひとまとめにするのにそんだけ必要になっただけなのですけどね……あ、今回でようやく一区切りです、このエッッッな感じは。


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 正直、最悪の場合は部屋にルリが居ない可能性も想定していたが実際そんなことはなく、ベッドの上に乗り、壁に背をつけた状態で縮こまっている姿があった。


 幸いとは言えない。明らかに落ち込んでいる状態のルリを見て、胸が痛くなるような思いだ。

 普段も、少しではあるが悲しんだり落ち込んだりというのはあったものの、今のそれは程度が違う。失意のどん底、崖から落ちる一歩手前、そんな危うさすら感じるような。


 「さっきは……いきなり逃げ出したりして悪かった。すまん」

 「……とう、や?」


 声をかければ、先のことを謝ればルリは顔を上げた。その反応から、俺が入ってきたこともわかっていなかった様子。

 

 俺の事を見ると、ルリはそのまま覚束無い足取りで近づいてきて、先のことを思い出してつい身構えそうになるが、それこそ逆効果だと体を自然に保つ……けれど、ルリの表情は見ていられないほどに歪んでいた。


 「さ、さっきは、ごめん、なさい。わ、私、トウヤに、変な、こと、しちゃった……けど、ごめんな、さい。き、嫌いにならない、で……お願い、だか、ら。言うこと、聞くから」

 「待て待て待て、落ち着けって……ルリ、一旦落ち着いてな? ちょっと過呼吸気味だぞ」


 そうして縋るように俺の服を掴んだルリは俺の先の言葉など聞いていなかったかのように、動揺に取り憑かれたまま必死に謝罪と懇願を繰り返す。

 まるで全速力で走ってきた後のように息を乱していて、見ているこっちが苦しくなるほどだ。


 俺が落ち着くように声をかけても、ルリは嫌々と首を振って聞き入れない。


 「い、嫌なら一緒に、寝なくて、いい。部屋も、一緒じゃなくていい、から……い、言われたこと、なんでもする、よ? 良い子にする、から。だから、だから……」


 予想以上に取り乱していたルリは、やがて言葉をなくしたようにただ俺へと縋る。


 ショックを受けたにしても、明らかに異常な動揺の仕方だ。ただ純粋に悲しんでいるにしては必死さがやけに目立つ。狂気じみていると言ってもいいほどに、まるで俺に依存しているような様子すら見せていた。

 その理由を探っていく前に、ルリはほとんど声にならない声で俺に、強く求める。

 


 「……まだ、家族で、居て……」



 見上げる瞳は、普段のように強くもなく、羞恥に揺れることも無く、ただただ暗い。

 ルリにとって『家族』という関係がそんなに重要な事だとは俺も把握出来ていなかった……いや、執着があったのは分かっていた。何度も家族であるということを強調していれば、嫌でも気がつく。

 ただその真意までを、底を把握することが出来なかったのだ。


 家族に関して執着があるなんて、その理由をあまり知りたくないと思ってしまうのは仕方ないことだとは思う。それを探って出てくるのは、辛い過去や暗い話なんていう、本人もそれ以外の人も聞きたくはない内容だ。


 しかし実際ルリがこんな風になっているのは恐らく、例え偽りのものであっても、俺との『家族』という関係が壊れることが酷く耐え難いことだと思ってくれているからなのだろう。経緯がどうであれ真意はそこだ。

 だから今、俺との生活よりも俺との関係性を望んでいる。


 「……嫌いになったりするわけないし、家族なのは変わってないから安心してくれ。さっきはその……いきなりで驚いただけだから」

 「で、でも、私……無理矢理……」

 「そこに関しては確かに反省して欲しいところだが、反省してくれるならそれでいい。だから取り敢えず落ち着け。落ち着いてくれないと俺が困るから落ち着け」


 まぁ言ってしまえば先程のは逆レイプに近いものだが、それを口に出せば今度こそルリとの関係が終わってしまう気がする。

 ルリの肩を押さえながら落ち着けと繰り返し、呼吸だけでも整えさせることに。肩に乗せられた俺の手にルリは恐る恐る触れたが、振り払うなんてことはしない。


 やがてそれを確認し終えると、ゆっくりとではあるが、ルリは落ち着きを取り戻していった。


 「……よし、良いな? ルリのことは嫌いになってないし、さっきのはまぁ……驚いただけ。家族っていう話も継続だ」

 「…………ほん、と?」

 「ホントのホントだ。嘘はつかない」


 そもそも俺は別に怒っていたわけでもなんでもない。驚いただけというのも、一点から見れば本当だ。

 実際には自制心の面が限界に近かったという部分もあるが、あの場から一度逃げ出したのは、驚いて困惑していたからに他ならない。


 ルリに疑問や困惑はあれど、怒りや嫌悪を向けるはずがない。


 その純真無垢な瞳が俺の事を見上げる。そんなに確認するほど心配だったのかと思ってしまい、より安心させるためにハグの一つでもしてあげたかった。もうそのぐらいはなんてことないはず。


 そう思って動かしかけた手は、しかし動きを止めて。


 代わりに、目線を合わせて口を開く。


 「だから、どうしてあんなことしたのかだけは教えてくれ」

 「え………………言わな、きゃ……ダメ?」

 「一応確認だけ。あんなことしようとしたんだ、今更恥ずかしいことはないだろ?」


 あそこまでしようと、というかしておいて、今更恥ずかしがることは無い。俺としては意地悪がしたい訳ではなく、真面目にルリの真意を本人の口からしっかりと確認しておきたかった。

 

 場合によってはセクハラだが、今回に限っては俺には聞く権利があるはず。


 ルリの裏切られたような顔は、仕方ない……そんな目で見られても、こっちだってそこは確認しておきたいのだ。


 「で、どうなんだ?」

 「…………」


 視線を逸らす。顔を俯かせる。そして頬を赤くする。この三点をしっかりマークしたルリは、最後に小さく呻き出した。

 しかし俺はルリから視線を離さない。「うぅ……」と言いながらも、やがてルリは逃げられないこと悟ったのか、視線は逸らしながらも小さく言葉を発した。


 「…………と、トウヤと……エッチな、こと、シたかった、から……」

 「んんっ」


 真面目な確認のつもりだったが、思ったより気まずい。変な声を出してしまったことを咳払いで誤魔化しながら、唸りを内心唱える。

 さっきも似たようなことを言われたが、それはあの雰囲気の中、エスカレートした行為の中での話だ。


 真正面から、俺が真面目な雰囲気を出しながらもしっかりとそう言ったということは、やはりその、単に高揚していたからと言うだけではなさそうだ。


 「そのエッ……変なことってのは具体的にどういう……?」

 「そ、それは…………その……」


 言い淀むルリに、そりゃそうだろうなと。俺自身何を聞いているんだろうとは思わなくもない。

 恥ずかしい質問に答えたと思ったら更にこれだ。俺がルリの立場ならもう耐えられない。


 でも聞く。聞かなきゃいけない。何故ならここで聞かないともうこの先聞く機会なんて無いはずだから。そうなったらルリが実際どの程度のことまでを想像し行動に移したのかが分からないままとなってしまう。


 この先の関係を多少なりとも改善していくために必要な情報と割り切る。割り切らなきゃいけない。

 例えルリが真っ赤になりながら何かを示すように手をぎこちなく動かしていても、止めちゃいけない。


 「…………て、手で、トウヤの……と、トウヤ、の……~~~っ」

 「わ、悪い、わかった。俺が悪かった。その先は言わなくていいから、もう理解したから」


 そう割り切ることは俺には無理だった。湯気が出そうなくらい恥ずかしがるルリにその先の発言を強いるのは絶対に無理だろう。なんかそういうプレイをしてるみたいになるし、俺がそういう趣味を持っているかのようにも思われてしまう。


 違う、俺は本当に義務感に駆られていただけなのだ。ルリが手で俺の何かをどうしようとしていたかなんてのはそれだけでも十分把握できるし、それでいいじゃないか。

 そう思って俺の方から切り上げたが、ルリはまた首を横に振った。


 恥ずかしいなら止めていいのに、ギュッとワンピースの裾を掴みながら、懸命に言葉を絞り出す。


 「そ、それだけ、じゃなくて……」

 「お、おう?」

 「…………く、口でもっ……あ、アレとか、しようと、思ってて……」

 「アレ? ……あ、あぁ分かった、分かったから言わなくていい!」

 

 そんな行為の名称まで口に出さなくていいから。本当に、ルリのような女の子の口から出す言葉ではない。


 俺もちょっとビックリしている。手以外でもやるの知ってるんだとか。

 

 変態国家の日本では無いのだからそんな本が沢山出回っているということは無いように思えるが、官能小説や真面目な解説書なんかには行為について書いてあったのかもしれない。


 というか、思ったよりもやってくれるつもりだったんだなと。触るだけじゃなかったんだと。


 「でっ、でも、それだけ。その先はまだ、の……つもり、だった、から……ホント、だよ……? そっちは、トウヤが良いって、言ってから……」


 慌てて弁解するように捲し立てるルリ。手、口と来てその先っていうのは……。


 「待ってくれ、それはつまりなんだ、さっきはやるつもりはなかったが、その行為はいつかやるつもりでいると? それはもしかしてそういう事なのか?」

 「……」


 とても控えめに、普段の十割増しぐらいに小さく、ルリはこくりと頷いた。胸の前で忙しなく動く両手は、恥ずかしさ以外に照れも入ってるからだろうか。


 目眩がしそうになる。だって、いやだって、それはもうその、そういう事なんじゃないか? そういうこと以外にどう捉えろと言うのだ。

 嘘は着いていないなんて、簡単にわかる。じゃあ全部本当だから大丈夫だね、なんてこともない。正直言って、多少なりとも嘘が混ざってくれていた方が良かった。


 「…………もしかして、嫌、だった……?」

 「いや……ただほら、そういうのってじっくり考えてからやるものだろ? お互いに。いきなりだったからな……」


 俺の少しの抵抗を察したのか、一気に表情が不安そうなものに戻る。

 ルリが求めているのがどこまでかを把握しようとしたら、何だか藪をて蛇を出してしまった気分になった。


 誰だって、面と向かって『行く行くは最後までしたい』なんて言われたらギョッとするだろう。それが恋人とかそういう関係ではない相手からされたら尚更。いきなりかとビックリしてしまう。

 いや、お互い意識があったので完全に無関係でもないが、かといってルリの言葉を受けて思考を停止させない方がおかしい。


 だって最後までって、最後までだろう? 明確な言葉こそ使っていないが行き着くところといえばそこだし、そこの認識は俺もルリも一致しているはず。

 この世界の人の性意識だって俺達とほぼほぼ変わらないようだし、当然そうなれば行為の内容も同じだと思っていいだろう。


 「……もしかして……トウヤは、エッチな、事……嫌い?」

 「それは……る、ルリさんっ?」

 「い、今はしない、から……怒られた、し……」

 

 恐らくは俺の言葉を聞き出すためなのだろうが、また密着距離まで近づいてきたルリに少し声が上ずる。

 が、俺の言葉にそう返すルリ……今は、ということはやはりいつかする予定でいるのだろうか。


 「……で、どう?」

 「俺としては黙秘を貫きたいんだが」

 「……でも、トウヤも、私に聞いた、から……聞いてもいい、よね?」

 「それを言われると痛いな……」


 素直に答えたのだから俺も答えろということか。確かに最初の質問はともかく、そこから先は踏み込んだことを聞いてしまったし、それは俺に非がある。


 「まぁ……嫌いではないな、男だし。とはいえ積極的に好きとも言えないけど」

 「……良かっ、た」

 

 俺がそういうことを毛嫌いしている訳では無いと知って安心するルリは、一歩下がる。

 

 やっぱり、そういう事なんだろう。ルリはこうまでして好意と、そしてそこから行き着く行為への欲求を露わにしている。ここまで来ると、ルリの方もまた、俺自身がそれに気づいていると信じて疑っていないのではないかとさえ思う。


 断定するのも明言するのも、本当は避けたい。でもそれ以外に考えられないのだから、思考を逸らしても仕方の無いこと。

 自意識過剰なんてのは最早気にするだけ無駄だ。俺の認識は客観的というか、むしろ否定する側に寄っていて、それでもそれ以外考えつかないほどなのだ。


 もしかしなくても、ルリは俺の事を……だからこんな会話が出来る。ルリの方もまた、俺に対して誠実であろうとしてくれているのだ。


 「私、トウヤとエッチなこと、したい、から……嫌いじゃなくて、良かった……」


 一度曝け出したら隠す必要も無い、か。言葉ははしたない気もするが、ルリは至って真面目に、そして嬉しそうにしている。

 それこそ素直な証だろう。嘘偽りない本心からの会話。本来欲求というものはあまり綺麗なものとは言えないが、それでもルリのそれは確かな純真さがある。


 些か過剰で暴走気味なところはあっても、ルリは俺に対して常に誠実だ。

 それはもしかしたら、先のことを反省した結果であるのかもしれない。


 それに関して、だがやはり俺から聞くようなことは出来なくて。



 「ところで、俺からもまた聞いていいか」

 「ん、何……?」

 「その、ルリは俺とそんなにしたいのか?」


 代わりに、ルリの懇願が常にそれ系統なのは何故なのだろうかと一度聞いてみる。

 こう言ってはなんだが、ルリが俺へと行為を求める想いは正直強すぎる。男でもそうガツガツとはいかないだろう。


 ルリの頬にまた羞恥が差した。


 「……き、気持ち、悪い?」

 「そういうつもりじゃない。ただなんというか、ルリも結構欲求ふま……欲が強いのかなと」

 

 欲求不満と言うのは些か直接的すぎるので、ギリギリで言葉を変える。

 どっちもどっちといえばそうだけども。ただルリがそういう系統ばかり求めるのは、性欲が強いからだろうかと思うのは確かだ。


 一瞬だけ部屋を沈黙が満たす。


 「……そんなこと、無い」

 「そうか」

 「…………トウヤと、一緒、だから…………た、……かもしれない、だけ」

 「そ、そうなの、か?」

 

 だから、らしい。欲求不満という言葉は間違っていなかったということか……女の子もやっぱ溜まったりするのかと思ったり。

 いや、分かってはいるが、普段一緒に居るルリも溜まるんだなと少し感心しているというか。女の子の口からそんなことを聞くのはいけない気がする。

 

 「……か、とか、出来てない、し……」

 「…………今度、一人の時間でも作るな」

 「だ、大丈夫、だからっ……よ、夜とか、に……勝手に、する、から、いい、よ……」


 ルリも気を遣われるのはそれはそれで嫌ということなのか、俺の申し出にブンブンと首を振った。けどな……その先は言わないで欲しかった。


 夜って、俺が寝ている間ということだろう。その間に勝手にするって……これから先途中で起きれなくなるのだが。というか寝る時に思い出してしまって目が冴えてしまいそうなのだが。

 ルリの顔を見ると、恥ずかしいのか視線をそらされる。


 いや、俺もかなり恥ずかしいから。


 お互いに少し黙ってしまう。俺は反応に困っていて、ルリは俺の反応を待っていたのだ。

 

 「ま、まぁアレだ、ルリも溜めないようにな。出来るだけその、スッキリさせといた方が良いだろうし」

 「……分かっ、た」

 

 ルリが頷いて、自然と話題が収束する。本当に従順で、こうまで素直に頷かれると念押しは余計だったかもなと思えてきた。

 むしろこれでルリは多分俺の言いつけをしっかり守ってやってしまうのだろう……本当に、本当に危険かもしれないが、ルリ自身に溜まっているなんて言われてしまったらこちらとしてもそう返すしかなかった。

 

 いい、別に何もおかしいことをする訳では無い。俺もルリも、極自然なことをするだけだ。まだ家族としての体裁を保てる程度にはきっと。


 ルリは話が終わったのを察して、俺から離れた。向かう先はベッドの上に置かれていた着替えだ。

 

 「……それ、で」

 「うん?」

 「……結局、着替え、は……一緒でも、いい……?」


 ルリがパジャマを胸の前に持って、自らの口元をそれで隠しながら聞いてくる。そういえば、最初はそんな話から発展したんだったな……。


 先程までの俺なら確実にダメと言っていただろうが、けれど今はもうなんだがそのぐらいなら全然いいかなと思うようになっていて、俺は少しため息を吐きながらも、背だけは向けて言った。


 「……一緒で良いよ。今更って感じだしな」

 「……ん」


 既に下着は見てしまっている。同じ部屋での着替えぐらいなんてことないと俺の脳が判断してしまっていた。

 

 一応、基準がおかしくなっていることを再確認して自覚させつつ、ルリの着替えが終わるのをベッドの上で横になって待つ。

 そういえば、また俺はいつものようにルリと寝ることになるのだが、さっきの今で寝れるだろうか……衣擦れをさせながら、しかし案外サラっと着替えを終わりにしたルリが照明を切り、俺の体を跨いでいつもの定位置に横になってくる。


 暗くて見えづらいが、パジャマ姿となったルリはまた可愛い。プライベートな服装は歯の奥を噛み締めたくなるようなどうしようもない可愛さを抱いてしまうし、買ったばかりの服に少し戸惑っている感じがあるのは初々しい。


 ただ、穏やかな気分ばかりではいられない。


 「……凄く、ドキドキ、してる……」

 「そりゃ、あんな話をした後だからな」

 「…………そう、だね」


 夫婦恋人ならいざ知らず、普通あんな話の後に異性と一緒のベッドで寝るなんてことは有り得ない。ルリがそうなるのもごく自然なことであるし、俺が激しい動悸に襲われているのも同様。

 いや、動悸だけではない。確かに興奮もしていた。ただそれを隠そうとしていただけで。


 ルリはいつもならもっと密着しているだろうが、今回は少し離れ気味。変なことをしないという戒めからなのだろうが……普段通りの距離ではないことに、胸がざわつくような不安感が生じる。

 俺も多分、誰かと一緒に寝るということに慣れていたんだろう。

 

 かと言って自分からくっつくのも、先程俺の方から反省を促した手前やりにくい。というかそもそも今の状態で自分からくっついたらかなり、いやヤバいくらい変態だ。


 変態どころじゃなく変質者だ。


 「……ね、トウヤ……」

 「ん?」 

 「…………くっついても、良い……?」


 すると、俺の考えと同調するようにルリは控えめに声をかけてくる。

 いや、ルリがそう思うのは何も偶然などではなく、今までを考えればごく自然な事だ。いつもくっついていたのはルリが求めてきたからだし、逆に今離れてるから、またいつものようにしたいと。


 「十分今もくっついてるぞ」


 それでも少し意地悪に言ってしまうのは、別に悪気があっての事じゃない。さっきも言ったように、今の状態だとくっつきたくてもくっつけないからこそ少なからず否定の意思を見せたかったのだ。

 内心ではルリと同じ気持ちなのは確かでも、俺の自制心が、もしくは倫理観が、一旦セーブをかけている。


 だがルリは、それでも健気だ。


 「……いつも、みたいのが良い、から……だ、ダメ?」


 少し媚びるような言い方なのは、先の件を意識してのことだろう。

 無条件に頷いてしまいそうになるその声音と表情。部屋の暗さが視野を狭めるようで、恋人のようにベッドで向かい合う状況が意識を占有する。


 「ダメかどうかと聞かれたら……ダメじゃない」

 「……じゃあ、いい……?」

 「好きにしてくれ」


 俺自身はセーブをかけても、ルリにそう言われてしまったら断り続けることも出来ない。

 消極的な了承をすれば、ルリはゴソゴソと、体をこちらに寄せる。

 何処までいいのか、俺の顔をしきりに確認しながらルリはちょっとずつ境界線をはかる。そんなことしなくても、いつものように来てもらって構わないんだけどな。


 ただしその場合、互いにまた気まずくなるかもしれないが。


 「……ぁ」

 「……」


 多少の時間をかけ、普段のように抱きついていると判断してもいいレベルで密着するところまで来ると、ルリが小さく声を上げた。

 今日二度目だな、当たんの。俺何やってるんだろう。何故当たってもいいかなとか考えてしまったのか。


 俺も多分、結構ズレが生じているに違いない。


 ルリは気まずくするだろうか。いや、少しだけ笑ってる。


 「……えっち」

 「そう言いながらくっついてるルリは、俺よりもエッチな訳だ」


 煽りのつもりは無かったが、ルリはムッとしたように見えた。

 それでも嬉しそうなのは、俺がハッキリとした拒絶の意思を見せなかったからだろう。今までは基本的に不可抗力で当たってしまったり、ルリがいきなり抱きついてきて当たったりとしていたが、今回はしっかりルリが事前に聞いて、俺は消極的とはいえ許可を出した形。


 俺自身がこうなることを見越していた、というのはルリからしても想像に難くないはず。


 俺の対面で体を何度も動かし、その度に擦れる感触に襲われながら、やがてルリはポツリと。


 「……トウヤ」

 「ん」

 「…………これ、良いって、こと?」

 「身体で返事してる訳じゃないから。そんな変態的なことはしないぞ」


 何か誤解をしたらしいルリに、そっちはしっかりと否定を。別にこの状態だからオーケーだぞっていう合図ではない。

 それをやり出したらかなり変態的だし、どこの夫婦だよって言う。


 「……でも、辛そう……」

 「変なこと気にしてないでさっさと寝ろ。俺も気にしないようにするから」


 冴えてしまった目を無理矢理閉じるようにして、俺は寝に入るアピールをした。


 アピール、である。何度も言うがこの状態で本当に寝れるわけが無い。寝る前にしたそういう話の量が量なので思考は常にそれに支配されているし、加えてルリに抱きつかれているのだ。

 いや、何よりも意識が持ってかれてるのはルリが俺に対しての意識を明確に露わにしたことだろう。


 今目の前にいるのは、抱きついているのは、俺の事を異性として求めている少女だ。行為すらも求めてきている少女だ。

 決して嫌いじゃない。好きとも言える。強く言うならこの世界で会った人の中で一番好意を抱いている相手。


 スキルによる意識できるほどの強力なデバフがある中、そんな女の子と寝ていて平気なはずがない。

 

 とにかく努めて無心になるようにしていれば、ルリも俺の言葉を素直に聞いて寝る意識を見せた。

 見せた、ものの、最後に俺の耳元に口を寄せてくる。


 「それ、なら……寝てる間に、一人で、シちゃう、から……」

 「っ、何を宣言して───」


 思わず目を開くと同時、ルリが額を合わせてそっと零す。


 「だから、『』」


 微笑みながら、ルリがそう。それが単なる言葉ではなく、魔法の詠唱なのだと判断出来たのはほぼ第六感に近いものだった。

 

 しかしわかったからといって、ルリの魔法を前に何かしらの抵抗など示せるはずもない。それが出来るほど、俺とルリの魔法技術は拮抗していなかった。

 

 魔法が効果を表すまではほんの一瞬───抵抗の余地なく、俺は深い微睡みに誘われて落ちていった。



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 次回はいつも通りで。そろそろまた戦闘に戻りたいですね。あとは他のキャラとの交流も図りつつ、ね。 

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