第11話



 懸想、恋なんてものはしていないが、しかし性欲は別だ。

 そんな、心に決めた女性以外は異性として認識してないなんていうことが出来る鋼の心は、俺も持ちえていない。裸の女性がいれば思わず目が向いてしまうし、そういう気分にもなってしまう。


 それがルリというのは些か以上に問題だが、そこはもうどうしようも無い。俺にロリコン的趣味はないが、かといってルリを相手に実際そういう気持ちを抱いてしまっているのも事実なのだ。

 否定はできない。


 『……トウヤ様。この際ルリさんの容姿は度外視するとして、男性ですからそういう気分になるのも仕方ないかと思われますが……そんな思いを抱きながらルリさんと一緒に寝るのは、どうかとおもいますよ』

 「不健全だと思ってるのは俺も同じだ……けど、ルリの方が一緒に寝たがるというか、やたら積極的になってると言うか……ともかく断るに断れなくてな」

 『そちらは先程も聞きましたが、しかしそれはルリさんの信頼に対する裏切りともとれませんか?』


 諭すように言ってくるクリス。確かに俺がそれを隠しているなら、そういった側面もあるかもしれない。とりようによっては、下心を隠して近づいているとも取れるのだから。


 だがに、俺は別に隠しているわけじゃない。


 「……一応、ルリもこのことは知ってる。その、最初に一緒に寝る時に色々あってな、詳細は聞かないでもらえると助かる……ともかく、ルリも知った上であの感じなんだ」


 正確にはそういう意識をしていると話した訳では無いが、ほとんど似たようなものだろう。実際の話も出かけたし、あの時はあくまで朝の生理現象というていを取っていたものの、それはそれとしてルリも予想がついているはず。


 というより、むしろ情けないことに気遣われる立場という。流石にそこまで口にするとクリスがどう反応するかわからなかったので言いはしないが、それでもクリスは非常に複雑な表情をして、俺の事を見た。


 冷ややかな視線というよりは、呆れと、そしてウンザリした感じ。


 『……トウヤ様が真面目に困惑しているのはわかりました』

 「近況報告としては以上だ」

 『自然に話を切り上げないでください』


 これ以上突っ込まれると俺も羞恥攻めされているような立場になってしまうので出来れば終わりにしたかったが、クリスはそうはさせてくれない。


 『私が心配していることが何なのか、分かりますか?』

 「俺がルリに手を出さないかどうかってところか」

 『そうです。最初は心配していませんでしたが、今は逆です。心配しかありません』

 「だろうな……口で言っても信じて貰えないと思うが、俺は絶対にルリに変なことは───」

 『いえ、トウヤ様が我慢出来ず、なんてことは無いと思っています。それに関してはある程度の信頼を置いていますから』


 唐突な信頼発言に、俺は驚く。いや、でも俺がルリに手を出さないかを心配してるんだよな? ちょっと矛盾しているというか。


 『私が心配しているのは、、トウヤ様が可能性です』

 「……いや、流石にそんなことは……」

 『無いと、言いきれますか?』


 歳下の少女からの追い込むような詰問に、咄嗟に頷くことができない。


 つまるところ、クリスが心配しているのは、ルリがそういうことに積極的だった場合、しかも俺に対して嫌悪感を抱いていないと仮定すると、同じベッドで寝ていた場合いつかルリの方から誘われて間違いが起きるかもしれない、と言っているのだろう。

 それも性欲を刺激されてと言うよりは、ルリ特有の断るに断れない雰囲気を作られて。


 ……いやいやいや。


 「無い、流石に無いはず。俺が異性として意識されてるとしても、好意的に見られてるかどうかは分からないから、前提が成り立たないぞ」

 『……嫌われてはいないのでしょう? それに、ルリさんの貴方に対する態度は、他の人と比べて明らかに柔らかいものです。私としては可能性はないとは言いきれないと思っておりますが』

 「それは───それはまぁ、同じ黒髪ということで身内意識がきっと」

 『他の勇者様方と比べても、柔らかいと思いますが』

 「……だとしても、俺にはなんとも言えないだろ、それ」

 『確かに、その通りですね』


 ルリが俺の事を嫌っているとも好いているとも、どちらも無責任に口に出すことは出来ない。まぁ、有難いことに人間として好かれているのは確かだろう。

 だが異性としてなんて、未だに分からない。分からないので、口に出して明言することは躊躇われる。


 分かったとしても躊躇うが。


 『ですが、トウヤ様も殿方ということが分かりましたからね。そのまま幼い容姿のルリさんと居させるのも不安ですから、少しだけ抑止力をお与えします』

 「抑止力って……ルリに手を出したら罰する的な感じか?」

 『いえ、そんなことはいたしません。ただ……トウヤ様は勇者で、そんな貴方が手を出した相手が見た目幼い少女となると、勇者に対する民衆からの印象は一気に下がることになるでしょう。また、ルリさんもそのような中では不快なお気持ちになってしまうかもしれません。ですから、少なくとも手を出すなんてことは、控えた方がよろしいですよ。それこそ、貴方以上に、ルリさんや他の勇者様方のために』


 ……思ったより現実的な抑止力に思わず顔を引き攣らせそうになる。

 そうか、勇者という立場はそういったところもしがらみがあるのか。クリス達がこの先勇者をどのようにしていくのかは分からないが、民衆の、なんて言葉を使うからには、大々的に公開するつもりなのだろう。

 そして公開された勇者は、芸能人のように行動への責任というか、影響が付きまとう。


 「……肝に銘じておきます」

 『それがよろしいかと』


 苦い顔をしながら頷いておく。改めて勇者という立場を実感すると同時に、高校生という肩書きが恋しくもなってくるな。

 だがまぁ実際のところ、抑止力云々の前に俺は手を出さないだろうし、ルリもそこまではしないだろう。あくまでルリにあるのは俺との仲間的な意味での距離を縮めたいという気持ちだけのはずで、別に男女的な部分は……求めてない、はず。


 何度も言うが、俺は別にルリにそういう目を向けたい訳じゃない。


 「ん、それでだ、今度こそ近況報告終了ということでいいか? 正直なところ、そういう話をされるのは割と羞恥攻めな感じで辛いんだが」

 『羞恥攻めなんて、はしたないことはしておりません』


 話の内容が内容だけに、歳下の少女と話している感じは全くしなかったがな。


 『私もあのような話をするのはお恥ずかしいのですよ。ですがルリさんのためにも、トウヤ様のためにも、真面目にお話した方がよろしいかと思いまして。そういう意味では、トウヤ様の方こそ私のことを羞恥攻めにしたのではなくて?』

 「羞恥攻めなんて、はしたない」

 『茶化さないでください』


 もう、と今度ばかりは確かに歳下の少女の表情だ。少しだけ空気が和らいだ気がするのは、俺にとって先の話は意外にも重かったということなのだろう。

 抑止力の件が特に。少し前まで単なる学生だった相手にそんな話は重いぞ。


 『まぁでも、そうですね。思ったよりも長く話してしまいましたし……今日は終わりにしておきます。聞きたいことは聞けたようですので』

 

 そう言ってクリスは柔らかく微笑む。微笑むが、その視線が俺と、そして別の場所に行くのを見て、少しだけ違和感を。


 「……もしかしてそこ、誰かいるのか?」

 『あらトウヤ様、今頃お気づきですか? 一応何度か分かりやすく視線は流していたのですが』


 確かに他の場面でもクリスは視線を露骨に外していた時がある。しかし、特に深くは探っていなかったので、そんな可能性には考えが至っていなかったというか。

 そもそも分かりやすく、ということはある程度俺に気づかせようとしていたのだろう。これは少し鈍ったかもしれないと、自分に喝を入れ直しつつ、視線でクリスに先を促した。


 一体誰がそこにいるんだ、と。


 その答えは、スっと入り込んできた顔で分かった。


 『───俺だ、。数日ぶりであるな』

 

 スっと───あぁ嫌になる澄まし顔が目に入った。

 サラサラとした茶髪と、端正な顔立ち。それでいて今の一言でもわかる、どこか堅い口調。


 「拓磨……お前、聞いてたのか」

 『あぁ───クリス王女殿下、横入りして申し訳ありません』

 『いえ、構いませんよタクマ様。私はもう十分トウヤ様とは話しましたからね』


 と、画面の向こうで拓磨と位置を変わるクリスだが、そんなことよりも気になることがある。


 「待て、拓磨、聞いてたって言うが、一体どこから聞いてたんだ?」

 『どこからも何も、俺はこの場に最初から居たのだが』

 「……クリスがかけてきた時から?」

 『もちろんだ』


 何食わぬ顔で頷き、そしてその瞳の奥に俺へ対する悪戯心のようなものを秘めているのが見える。

 つまるところ、口を挟まなかったのは敢えてなのだろうと。


 「…………ルリ云々の話は?」

 『無論耳にしている。俺が知らないところで、随分と警察のお世話になりそうなことをしているのだな』

 

 そう、確実に俺への揺さぶりのネタを見つけた様子で、その顔に隠すことの無いニヤリとした笑みを浮かべる。

 隣ではクリスがどこか苦笑いを浮かべ、拓磨と俺を交互に見た。


 「おま、お前ホントに……」

 『なに、俺は何も気にしてはいない。親友が先に大人になろうとしていたことや、その相手が幼い少女であることも、何も気にしていないから安心するといい……刀哉への評価は変わりはしない』

 「やめろぉっ! それ以上口に出すなよ、俺はロリコンじゃないしましてや大人になろうともしてないわ! あと、その言葉は多分心の中で評価を変えてるタイプのやつだろっ!」

 『そう必死になるな。俺もまた健全な男子高校生である故、お前の悩みはわかる』

 「澄ました顔で悩みを共感するなよ。お前一応そういうキャラじゃないし、クリスの前だぞ」


 みんなに頼られる委員長で生徒会長な拓磨も、確かに一人の男子高校生であるからそういう悩みはあるだろうが、その顔はやめて欲しい。誰が好き好んでイケメンの親友にそういう系統の悩みの共感をされなくちゃいけないんだ。しかも理解された笑みで。


 そしてそんな話を目の前でされているクリスは……思ったよりもどこか楽しそうな顔をしている。


 『私は気にしていません。自分で話すのは多少なりとも躊躇いがありますが、仲のよろしい殿方同士の会話に水を差すような真似は致しませんよ』

 「少し引っかかる言い回しだな……まぁいい。というか、お前なんの用だよ。そこクリスの私室だろ? まさかクリスと同じように毎日待機してたのか?」

 『無論だ。王女殿下に許可をとって、お前に連絡を入れている時だけ部屋に上がらせて頂いている。全く、危うく王女殿下の部屋に夜な夜な侵入する勇者という噂が広まるところであったぞ』

 「それはお前が悪いんだろうよ! クリスも、良く許可を出したな」

 『タクマ様がどうしてもと仰るので』


 そう、笑顔でクリスは言う。なんだか、俺と拓磨のやり取りを見て楽しんでいる様子だ。


 そして拓磨と言えば、照れたように視線を逸らすでもなく、ただ真っ直ぐと、俺の目を見つめて。

 

 『まぁ、実際のところ大した用事はない。ただ……お前が順調なのかどうか、一度この耳で聞いておきたかった』

 

 微かに微笑みながら、告げてくる。


 「……BL」

 『安心しろ、俺はノンケだ』

 「ならそんな言い方すんなアホっ! 照れられても困るんだが、だからといってそういう顔で言われても鳥肌が立つんだよ。お前の場合冗談きかなそうで」

 

 何故こいつからはこんなにもBL臭がするのだろう。一つ、イケメン。一つ、高身長。一つ、爽やかな感じ。そういった要因はもちろんのこと、何より言い方だ。


 この言葉に普通の反応を返してしまうと、それこそなんか嫌だ。友人として嬉しくは思うものの、思うものの!


 俺の意識しすぎというのは、クリスがどこか意味深な表情をしていることからもわかる。いや、俺にその気は無いから。ホント、俺はガチでノーマルだから。


 『真面目に言っているだけなのだがな……しかし、やはり刀哉、すみには置けないな。俺達が必死に立ち直ろうとしている中、一人少女とベッドを共にするとは』

 「一緒に、一緒に寝ただけな」


 悲しいことに表現としてはあまり変わっていない気がするが、流石にその言い回しが定着しても困る。


 拓磨は気にも留めなかった。


 『だがこれで、樹達にも良い報せが出来る───あぁそうだ、樹や美咲などからの苦情も俺が一身に受けたのだが、これはどうしてくれるのだ?』

 「いや、それはまぁ、そこもリーダーに任せたってことで」

 『叶恵のこともか?』

 「……あー、それはなぁ……」


 樹や美咲はともかくとして、叶恵となるとまた別だ。


 「……泣いたりしてた?」

 『安心しろ、そこまででは無い』

 「そうか、それならまだ良かっ───」

 『珍しく本気でキレていた』

 「やっぱ良くない」


 泣いているならともかく、キレていたとなると……確かに珍しい。俺ですらほとんど見た事がないと言ってもいいぐらいなので、つまるところそれだけ怒るような事だったんだろう。

 まぁ、あんな話をした後だったしな……これは口だけ男となってしまったかもしれない。


 『本人は訓練に励んで、早くお前のところまで行きたいそうだ。今は魔法よりも、肉体を鍛えるために剣の訓練に明け暮れている』

 「剣って……一応俺たちの中じゃ一番下だろ、アイツ」

 『今はそうでも無いぞ。ベルト先生や、他にも騎士の方が付きっきりで指導してくれているお陰か、目覚しい成長がある。騎士の方々にも、叶恵の怒りという名のやる気が目に見えていたのだろうな』


 そこまでか……これはまだ先のことになるが、別の心配も出てきてしまった。

 流石に勇者の身体能力で本気で殴られたら痛いだろう。それが叶恵であれ、もし多少なりともレベルが上がれば、骨折とかしかねない。


 『帰ってこいとは言わないが、次に会う時は覚悟しておいた方がいいだろう。回復魔法の練習は欠かさないようにするといい。もっとも、叶恵は回復魔法が得意なので、もしかしたら怪我をしてもすぐに治されてもう一発、という可能性もあるがな』

 「流石にそんな惨い真似はしないと思うが……良く覚えとく。話はそのぐらいか?」

 『あぁ。あとは一応慎二に関してだが、良いアドバイザーのような立場になってもらっている。思った以上にアイツはこの世界に詳しいらしい。戦力面でも訓練においてはほとんど問題は無く、現在は他の勇者の育成に回るほど余裕がある』

 

 どうやら慎二もまた、有言実行としてくれているらしい。あの慎二が、と思ってしまうのは、地球の頃のぼっち……ではなく、孤高という印象が強いからだろう。

 

 「俺が言うのもおかしいかもしれないが、お疲れ様と伝えておいてくれ」

 『了解した、そう伝えておこう。王女殿下との後に話を長引かせてすまないな』

 「このぐらいは構いやしない───クリスも、時間を作ってくれてありがとうな。一応これからはポケットにでもこれは入れとくよ」

 『気にしないでください。私もトウヤ様とはお話がしたかったので。まぁでも、確かに次からは分かるところに持っていてくださいね。待ちに耐えかねて、王女に拗ねて欲しくはないでしょう?』


 いや、クリスの拗ねる姿は年相応で可愛らしいので全然構わないのだが、それを言ってはそれこそ拗ねてしまう。

 肩を竦めて流し、話の切り上げを促す。


 『分かりました。それではトウヤ様、夜分遅くにありがとうございました。ゆっくりお休みください』

 『刀哉、またな。旅の疲れもあるだろうし、休んでくれ』

 「ありがとさん。それじゃ」


 と言えば、プツリと、画面と音声が途切れる。俺は何もしていないので、向こうが切ったのだろう。

 なんというか、異世界でもビデオ通話って可能なんだなという感心と、そういうことを他人から指摘されると非常に恥ずかしいという思いが。拓夢が居なければ、更に意識することになっていただろう。


 クリスも王女と言うからにはもう少し……こう、真面目な立場の大人から説教を受けているような気分ではあった。俺そんな間違いまでは犯してないのだが、クリスもどこかルリの心配があるのだろう。


 政治的立場というのはもちろん、女性としても。信用ないのだろうか……どちらにせよ、クリスからの信頼は致命的とまでは言わないが、落ちただろうな。


 正直なところという点は評価されたかもしれんが。正直が美徳という訳でもないので、それは絶対では無いものの。


 そういうことを言われたあとで、俺はルリの隣で寝なきゃいけないのか……余計に意識が。

 多分こういう所がダメなのだろう。女の子と一緒に寝るなら、このぐらい完全に自制していなきゃいけない。

 

 それでも今は仕方ないので隣に寝れば、俺が来たことで反応したのか、ルリがこちらを向く。

 そのまま反射的になのだろう、俺の背中にピトっとくっつき、それどころか体を押し付けてくる。


 「……ルリ?」


 流石に違和感を感じて声をかけるも、返事はない。やはり寝ているのだろうか。

 まぁ、もし起きていて先程の話を聞かれていても、特に問題は無い。強いていえば、俺が少し恥ずかしいぐらいで、それも確信がないなら平気だ。


 このまま心を無にして寝て、明日何食わぬ顔で起きよう。それがお互い変に意識しないで済む最善の行動のはずだ。

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