第10話




 ハルマンさんの運転のもと無事に街についた俺達は、街の入口付近で別れ、すぐ側にある宿屋で部屋をとっていた。


 人間三日近くベッドで寝ていないとこんなにそれが恋しくなるのかと思いつつ部屋にあるベッドを感動的に見つめる俺だが、その隣は当然のようにルリが居た。


 ───まぁ、気にしないようにしてたのだが、そんなものは無理で。別に今回は部屋が一つしか空いていないなんていうことも無かったのだが、何故か流れで一緒の部屋に。しかもまたベッドが一つなのは、そういう部屋を優先的に割り振られているのだろうか。


 それもこれも、やけに積極的に宿の主人に家族であることを強調していたルリのせいだ。

 俺は二部屋頼もうとしたのだ。しかし、ルリの方が早かった。最早一緒に寝ることが使命のように一部屋即断である。


 その際に宿の主人から変な視線を受けた結果、ルリが俺とは家族であるということを積極的に伝えていたのだ。

 何だか本当に家族なのだろうかと錯覚してしまうぐらいで、こちらとしては対応に困り、そのまま流れでという訳である。


 もう一度言う。俺は二部屋頼もうとした。


 「……嫌?」

 「その聞き方好きだな……嫌じゃない」


 何度も言うが、嫌とかそういう訳ではなくただただ抵抗があるのだ。


 しかし今回はある程度ハードルも低い。一応既に経験したことなので、溜息をつきながらも特に動揺することも無くアイテムバッグを適当なところに置く。


 実際のところ、ルリと共ならば寝ても全然問題ないぐらいに、睡眠事情が改善されている。むしろ理由をつけて一人で寝てしまえば、今まで以上に夢との落差に精神をすり減らせることになるだろう。

 そろそろ俺も、妥協点を見つけていた。これは仕方の無いことで、ルリが嫌がっていないのなら、有難く共に寝るべきだと。


 合理的に思考すればある程度ルリに向ける意識も緩和できるはず。


 「それより、着替えるだろ。俺外出てるから」

 「……ん。別に、後ろ向いて、くれれば、部屋に居ても、いい、けど……」

 「いや、この前の水浴びん時も結構きつかったからなぁ、壁も何も無いんじゃ俺の精神がもたないから部屋出てるよ」


 精神がもたない。つまり理性的な意味。正直あの時だって頭を木に打ち付けようかと考えたほどで、それが間に遮るものが何も無い状態になれば、流石にヤバい。

 なんかこう……何かの拍子に振り返ってしまいそうで。


 「…………そう」


 そんな俺の反応に、確かな間が。何故そんなに視線を逸らして恥ずかしがるような感じなのかについては、俺の言葉が直接的過ぎたのがいけないのだろう。

 毎度思うが、恥ずかしがるだけなのは本当に有難い。嫌悪感でも抱かれたらしばらく立ち直れないからな。


 嫌悪感を抱くような相手ならそもそもこんな風に言わないものの。


 


 着替えは滞りなく終わり、ただ今回は少し気になることがあるのでルリと一緒には寝ない。


 「先に寝ててくれ。俺もあとから寝る」

 「……」

 「そんな目で見なくとも、そう時間はかからないと思うから安心してくれ」


 同タイミングで寝ないと言うだけで、後から寝るつもりだ。まぁ、何だか幼女のベッドに入り込む変態のような感じがして嫌なのだが、ベッドは一つしかないし、ルリが寝てるなら幾らか入りやすい。

 

 「……わかった」

 

 ルリが素直にベッドへと移動したのを見て、俺は俺でその用事を済ませることに。

 城を出て数日。そう言えばアイテムバッグの中に通信ができる魔道具マジックアイテムが入ってなかったかと先程思い出し、確認しようと思った次第だ。


 もしかしたらクリスのことだ、状況報告を兼ねて連絡してきているかもしれない。そう考えるとアイテムバッグの中にしまっておくのは連絡が受け取れない可能性があるので、出しておこうと。

 ついでに連絡の仕方とか、連絡が来た時とかの魔道具の反応を見ておきたいのだが……手のひらサイズの、縦に細長い菱形の形をした光沢のある石という見た目がその魔道具なのだが、これはどう使うのだろう。


 特に振ってみても何かなるわけではないし、ふむ、普通に魔力を流してみて……。


 「っ!?」


 と思うのと同時に、魔道具が光ながら震え出す。まだ魔力を流す前だったので完全に不意打ちを喰らい、思わずその場で投げ出してしまうが、幸いにしてルリはもう寝に入っている様子。

 ルリを起こさなくてよかったと安堵しつつ、それを拾い上げる。まさに携帯の着信のように振動している訳だが、本当に誰かが今かけているのか?


 そうだとして、それに出るにはとりあえず魔力を流せば良いのだろうか。


 物は試しと他の魔道具と同じように魔力を流せば、ブオンと音を鳴らしながら……手に持ったその魔道具の上に、少し不鮮明ながらも、金髪碧眼の、しかしもう寝る前なのか髪を下ろしている美少女───クリスの顔が突然映し出される。


 映し出され……え?


 『あ、ようやく出ました。トウヤ様、お久しぶりです』

 「あ、あぁ、久しぶり……じゃなくてだな」

 『はい?』


 いや、この魔道具はてっきり電話に近い代物だと思ったのだが、ビデオ通話形式などとは聞いていない。しかもホログラムのように映し出される感じなんて、どんな近未来技術だと。


 『お、仰る意味がよく理解出来ませんが……これは魔道具が周囲の景色を読み取って、それを対となる魔道具に送り、光魔法でその景色を再現しているだけです。声も同様に、風魔法の振動で再現しているだけで、どちらも本物の景色、声とは違いますよ』


 そこまで電話に似せなくても……いやともかく、魔法はやはり近未来的技術ともなりうることが把握出来たところで、本題に入ろう。


 「それで、何か用か? 今たまたまアイテムバッグから取り出したら魔道具に反応があったんだが」

 『何か用、ではありませんよ。トウヤ様がお城を出てから毎日近況報告をお聞きしたくておかけしているのに、トウヤ様は今日になるまで一度も出てくれないんですから……ようやくといった心境です』

 「……それは悪かった。いや、本当に。正直に言うと、今の今までこの魔道具の存在を忘れてたんだ。思い出したから試しに手に取ってみたんだが……」

 『そのような理由で王女を何日も待たせるなんて、トウヤ様といえども重罪ですよ? これはどんな罰を与えましょうか……』


 映し出された画面の向こうでこれみよがしに指を口元に当てる王女様は、俺の事をチラ見してくる。


 「……お土産は何がいい?」

 『では、甘味をお願いします』


 どうやらこの手の話は王女相手にも通じるらしい。それで手を打ちましょうとばかりに言ってきたクリスに、俺も頷く。

 しかし、ナチュラルに甘味とはまた、クリスは良い趣味をしてるようで。そこはジュエルとか装飾品とかそういう系かとも思ったのだが、女の子らしいと言えば女の子らしい。


 酷い偏見かもしれないし、実際のところアクセサリーも喜ぶだろうが。


 「了解。で、話を戻すが、近況報告か……」

 『はい。旅の方は順調でしょうか?』

 「最高とは言えないが、ある程度は。途中盗賊が出没するからと馬車が出せない時があって少し時間は食ったけど、今は国境前の街の宿屋にいる」

 『国境前、というと、ヴァルンバに向かうのですね?』

 

 クリスもどうやら、レベルの件からヴァルンバが行き先であることを予測したらしい。頷けば、画面の向こうで少し視線逸らした後、続けて聞いてくる。


 『そうですか、良い判断だと思います……ところで、戦闘や野宿の方はどうでしょうか?』

 「どっちも問題ない。怪我は一度もしていないし、野宿もクリスの貸してくれた魔物避けの魔道具がとても便利でな、危険は何も無い」

 『それは何よりです。あ、そう言えばルリさんは今どちらに?』

 「あぁ、ルリなら後ろで寝て……」


 る、と言いかけて、固まる。流れで言ってしまったが、いや、多分この角度、向こうにも見えてしまっているのだろうか。ベッドで眠るルリの姿が。

 果たして、瞬間的にクリスの瞳がどこか冷めたものに切り替わる。


 『……大変仲がよろしいのですね』


 言葉も一気に冷たいものに。


 「クリスさん、いやクリス王女殿下。これには訳が……」

 『いえ、私は構いませんとも。まさか信じて送り出したお二人が早くも何の違和感もなく同じ部屋で、しかも同じベッドで眠るほどのご関係になっているとは……流石勇者様、その方面でも才能がある様子で』

 「いやいや、同じベッドで寝るかどうかは分からないだろ」

 『あら、違うのですか? こちらから見る限り、ルリさんの隣には一人分空いているようですが。しかもトウヤ様が居ながら眠っているのを見るに、ルリさんは相当貴方を信頼している様子。それなら一緒に寝るのも不思議ではありませんね』


 相変わらず目敏い。あくまでこれは光魔法による再現だとわかっているのに、向けられる視線は絶対零度そのもので、この失望した感じがなんとも。

 しかし、誤魔化すに誤魔化せないな。俺がこれから別の部屋で寝るといっても多分信じないだろうし。


 少し困っていれば、クリスはふっと、その視線を和らげる。


 『……冗談です。少しからかってみただけですよ』

 「流石にそれは、冗談キツイな」

 『私も人を見る目はあります。ルリさんが先に寝ていることと、トウヤ様の行動を予想するなら、同じ部屋になった理由は、他に部屋が空いていなかったか、もしくはルリさんの方が望んだからでしょう?』

 

 綺麗にその通り過ぎて凄いを通り越して怖さすら覚えるぞ。前回は他に部屋が空いてなかったからだし、今回は確かにルリの方が選んだのであって、どちらも当たっているのがまた。

 

 『それで頷くトウヤ様もどうかとは思いますが、そこまで乗り気でないのは分かりますから。これが積極的にルリさんとベッドを共にすることを望んでいたのなら、話は別ですが』

 「ベッドを共にするとか変な言い方しないでくれ……言っとくが、積極的にもなってないし、ルリに手を出してもいないからな」

 『……』


 と、俺としては潔白を証明したつもりなのだが、むしろクリスは何かに勘づいたように俺の事をじっと見つめている。

 その無言が少し不気味で、果たして何かと考えてれば、ポツリと。


 『……トウヤ様、まさかとは思いますがルリさんにをしている訳ではありませんよね?』

 「懸想って、何でそうなるよ……」


 それこそまさかの話だ。ルリにそんな思いを抱くわけがなく、恋愛感情を向けることはまず有り得ない。


 『そうですか。その反応では確かに懸想はされていないようですが……』

 「まだ何かあるのか?」

 『いえ、そういう訳ではありませんが……』


 珍しくどこか歯切れの悪いクリスは、視線こそ逸らさないものの、微かに頬を赤くしている。

 果て、一体今度は何を言われるのか……。


 『先程の会話から察するに、もしやトウヤ様は、ルリさんにを感じられているのかと───と、トウヤ様?』

 「いや、何でもないぞ。本当に、何でもない」


 慌てて落としかけた魔道具を持ち直す。光魔法で映し出されているクリスはそれはもう怪訝な表情で俺の事を見つめていて、俺は澄まし顔は出来ているものの、最早先程の慌て様で、誤魔化しは出来ないと悟った。


 「クリス。仮にも年下の女の子から性的魅力なんて言葉は聞きたくないから、出来れば次からは気をつけて貰えると助かる」

 『……トウヤ様』


 出来ないと悟ったが、そうやって話を誤魔化すことは止められない。流石に、流石にこれは先程の件から続けるのはまずいだろう。

 だがクリスももう何となくで察している様子


 『……もしかして、そういうご趣味が?』

 「それは俺よりもルリに攻撃しているような内容だな」

 『いえ、しかし……ルリさんは私よりも幼い容姿をなさっていますし、そんな相手にとなると……』

 「至ってノーマルだから、本当に。変な趣味がある訳じゃないから」

 『そうは言いましても、普通の殿方でしたら、流石にルリさんのような容姿の女性は対象にはならないかと……先程ルリさんに手は出していないと仰られましたが、普通に考えて、ルリさんはそもそもそういう対象になり得ないでしょう?』


 それなのにわざわざ口に出していたから、とクリスは呆れ混じりに言う……あぁ、それでそう思われたのね。

 思わず俺の方が視線を逸らしてしまう。だって、思い当たる節がありすぎるぞ。

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