第9話
見られながらと言うのに多少の気恥しさはあったがサラッと水浴びは終わりにし、見ていることが恥ずかしかったのか若干視線を泳がせ気味だったルリを連れて元の野営地まで戻ってきたら、あとはもう寝るだけである。
寝るのはもう、完全に外なのでベッドなどある訳もなく、予備のタオルとかを枕にするぐらいがせめてもの野宿への抵抗だろうか。
それを考えて、冒険者はマントを装備している者も多いが、それはもしかして野宿の時に即席の敷布団にできるようにという意図もあるのだろうかと思ったり。
布なので拭くこともできるし、マントなら着脱も容易なので、意外と有能なのかもしれない……アイテムバッグがあるので、布を別途持っていけば良いじゃないかという声も聞こえてくるが、それはそうとしても、マントはちょっとかっこいい。
動く時にヒラヒラして邪魔にならないかが不安だが。
それはともかく。
「ルリ、先に寝てていいぞ」
「……トウヤ、は?」
「今日は起きてる」
切り倒された木に腰をかける俺に、ルリはそう聞いてくる。が、今日は起きていたい。
「野宿の時に二人揃って寝るのはまずいだろうしな」
「……途中で、交代、する……」
「平気か? 既に眠そうだが」
「……平気。二時間、ぐらいで、交代……」
眠そうなルリに聞くが、本人的には大丈夫らしい。
俺としてはやはり出来るだけルリに労力を割かせたくはないのでこういう時も甘やかそうとしてしまうが、それだと旅をする上で関係がおかしくなってしまうかもしれない。
ちょっとしたところで頼っていくのも大事なのかもと思ったりして、結局その主張を受け入れる。
「わかった。ならまぁ、交代でな」
「……ん。じゃあ、先、寝る……から」
「了解。お休み」
「…………おやすみ」
消え入るような声と共に、スムーズに眠りへと移行するルリは、そのまますぐに寝息を立てていく。
相変わらずの早い眠りだ。まぁ時間があれば寝ているようなイメージであるし、実際図書館に行った時は大体寝ていたような気もする。
ルリが眠りについたのを見て、さて、と周囲を見る。
それならそれで全然構わない。何かあった時のために備えるのであって、何か起こって欲しいわけじゃないのだから。
「……まぁ、順調じゃないですかね」
何となくで呟く。初めての旅にしては順調だと思われる。準備不足な感じはほとんどないし、何だかんだルリとも上手くやっている。少々行き過ぎなところは、ないとは言えないが。
あとはまぁ、ルリに関してはどうにかこうにか適度な距離を保ちつつ、残り数日間かけてヴァルンバへと向かおう。
◆◇◆
「……あん時はまぁ、朝が結局……」
「……なんの、話?」
「あ、いや、ちょっと思い出してただけだ」
ふと、回想を終えて意識が戻ってくる。[完全記憶]によるものなのだろうが、今までに俺が体験したこと、その時考えていたこと、見ていたことの全てが本当にそのまま記憶にあるので、思い出した時の感覚も普通とは全く違う。
記憶に入り込む感じが強いというか、知識を引っ張るだけならまだしも、思い出となると少しだけ没頭してしまう。
ちなみに二日目の朝は……まぁ、宿の時と同じような感じだったとだけ。最後は俺が寝ていたのだが、またうなされていたのだそう。
夢は……どうもルリが居ると、
そのせいで朝起きた時、色々大変なのだが。本当に、色々大変なのだが。また変に意識したりなんなり……いやいやそれはともかく!
ルリは意外と鈍感なのか、その時その時は恥じらいをもつくせに、いざ時間が少し経つと、何も気にしていないかのように振舞ってくる。
だから今だって、普通に距離が近い。意識しているのは俺だけかのようだ。
だが実際はそんなことなくて、と言うと少し甘い雰囲気を想像するかもしれないが、俺とルリの間にあるのは、身内と言うには遠く、仲間と言うには近すぎる距離感だけだ。
元々人との距離をとるのは苦手だ。どちらかと言うと好かれたいから、余程こちらのことを疎ましく思っている相手じゃない限りは距離を詰めようとしてしまう。
それが今回は、ルリの方からはもちろんのこと、様々な状況からお互いの距離が縮まってしまっている。
正直に言うと、ルリと知り合ってからの時間を考えると、これは少し早すぎるペースだ。お互い適度な距離感がまだ掴めてなくて、ふとした瞬間によそよそしくなってしまうのは避けられない。
朝のこと、夜のこと、それらが少し思考に顔を出してしまうと、途端に意識せざるを得ない。
端的に言えば、俺はルリのことを異性として見てしまっていて、ルリは嫌がる素振りを見せなくて、そんな雰囲気が余計にそれを加速させてしまっている。
……地球の頃の俺なら、今のような状況には絶対にならなかったと断言出来るのに、やはり悶々としているのが不味いのだろうか。どちらにせよ、ルリに異性としての目を向けるのは俺にとってはあま
り好ましくない。
そういうのは、不誠実なように思えてしまう。誰に対してか、なんていうのは言うまでもなくて、再び思考を切り替えると同時。
馬車の動きがふと、ゆっくりになる。
「───お二人共、もうそろそろ街に着きますから……とは言っても、荷物はほとんどありませんか」
どうやら街に着くらしいとのことで、ハルマンさんがわざわざ顔を覗かせて教えてくれた。確かその街が、ヴァルンバとの国境までにある最後の街のはずで、恐らく今日その街に泊まれば、その後二日はまた野宿になると思われる。
「了解です」
「……ん」
珍しくルリも共に返事をしてくれた中、確かに外の景色が森から抜けていることに気がつく。時間にして半日程度の距離だが、歩いてたら今日中に着いてたか微妙なところだ……その面でも馬車での移動は助かる。
出来るなら俺も自前の馬車が欲しいくらいに。そしたらついでに馬の扱いも覚えられそうであるし。
「ちなみに街に着いたらお二人はどうされます?」
「あー……そうですね、時間的にさっさと宿をとっちゃって休もうかと」
「そうですか、でしたら宿の近くで一度降ろしますので」
「ありがとうございます」
まだ夕焼けだが、街に着く頃には良い時間帯だろう。この分だと夕食も混みそうであるし、味気ないが先に携帯食料───今更だが内容は基本干し肉───を食べて、あとは寝るだけにしておこう。
服の汚れは流石にそろそろ気になってくるが、着替えはある。クリスが気を利かせて沢山持たせてくれたので、洗濯無しでも乗り切れるほどに。
いや、後でまとめて洗いますけども。この世界の洗濯ってどうなっているのか知りたいのだが、もしや洗濯機的な
あとでルリに聞いてみるとしよう。
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