第8話

 別にお色気では無いです。


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 ───思わず頷いてしまったが、本当に良かったのだろうか。


 野宿地点から100メートル程離れた場所にある湖に来ていた俺は、一番湖に近い木に寄りかかりながら、そんな今更なことを考えていた。


 その木を挟んだ向こう側、本当にすぐ側で、今からルリが水浴びをするところである。


 「……一応、言っておくと……図書館は、自分の場所、みたいな感じ、だから、平気……森は、何が居るか、分からない、から……」

 「分かるなそれは。確かに、普段居る場所程怖くないよな」


 まぁそれも場合によりけりであるが。しかしそれを聞いて、やはりと俺は聞いてみる。


 「やっぱこの世界にも霊……オバケは居る感じか?」

 「…………ん。そっちは?」

 「多分居る。死んだ人間の魂がとか、恨みを持った人間の、とか」


 実際のところ存在が確立されている訳じゃない、オカルト的な分野ではあるものの、あれは居ると言っていいだろう。


 そんなことを言えば、ルリが顔を覗かせてくる。声を上げようとして、まだ服は脱いでいなかったことに安堵。

 どうやら今の発言で余計恐怖を煽られたらしい。


 「悪い悪い、そんなつもりじゃなかったんだ」

 「…………むぅ」


 苦笑いで返せば、ルリは不満そうにしながら戻っていく。


 霊云々はともかくとして、怖がっているルリを見ていると、そういうところは見た目相応で可愛らしい。保護欲をそそられるような、そんな気分だ。

 いっその事保護欲だけになってくれればいいのだが、そうもいかない。ルリが戻り、今度は服に手をかけたことで、結局意識はすぐに戻ってくる。


 ───ガサゴソと衣擦れの音がして、ルリがローブを脱いでいくのがわかる。ローブの下はどうなってるんだろうかと一瞬考えて、全く想像できないのは何故だろうか。

 

 想像出来るのはなんというか、艶かしい感じで脱ぐ姿だけ……頭を振ってその想像を追い払っていると、突然横合いからスッと。


 「……服、持ってて……」

 「あ、あぁ、わかった……って、おいっ」


 木の向こうから腕を伸ばされ、ローブを持つよう言われる。それを反射的に受け取るのだが、それと同時に腕に何も纏っていないことに気がついて、今度こそ声を上げる。


 「……み、見えてないから、平気……でしょ?」

 「平気だけども、距離が近すぎるだろっ」

 「…………服、渡すから、仕方ない……」


 真っ白な腕を伸ばしてきたルリに抗議の声を上げても、本人は意図してのことなのか、流される。いや、いやいや、服を持つのはいいが、そんなに腕伸ばしたら体の方も見えるぞ本当に。

 更に続いてシュルシュルと軽い音……それは受け取れないぞと、俺は無言でアイテムバッグをルリの方に置いた。


 一応まだ着ていたらしいが、音の感じからして下着の様子。しかも下だけ……いや、体型的に付けなくても上は問題は無いのか、いやいや、それはちょっと失礼すぎるだろ俺なんて考えていれば、ルリは着替えを終えた様子。


 今度こそルリは本当に裸か……自分の頭を木に打ち付けたい気分だ。

 相手は幼女だぞ、いい加減思考を元に戻してくれ俺。


 「……じゃあ、入ってくる……」

 「あぁ、俺はここに居るから安心して入ってきてくれ」


 努めて冷静に返す声。実際には微かに緊張している。


 音というのは本当に想像をかきたててくるのだ。今の俺にそれは毒過ぎて、目を瞑って精神統一をしていなきゃ大変。

 やがてパシャパシャと水を蹴る音がしてきたので、俺は思考を停止。ルリが無邪気に水で遊ぶ姿は想像できないが、どこか不思議な印象が相まって、泉の精のように湖に佇む様子は何となくイメージできてしまうような。


 「……それなら平気か」


 泉の精なら大丈夫だ、特に変な意識もなく問題ない。

 これからルリのことを精霊か何かと例えれば色々と平気になるかもしれないなと、新しい避難思考を覚えた俺がほっとしていれば、ふと。


 「……トウヤ?」

 「はいはい、どうした?」

 「…………居るか、どうか、確認」

 「勝手にどこかには行かないから安心してくれ」


 俺が居るかどうかルリが声をかけて確認してくる。ルリ程になれば気配も察知できると思うので、それで確認すればいいとは思うが、そこまで思考が回っていないらしい。

 わざわざ声を掛けるにあたりこちらに近づいているのを考えれば、俺が想像する以上に恐怖を感じている様子。


 再び水の音が聞こえ出しはするものの、こちらを窺う様子が消えない。湖までの距離は少しあるため、その少しの距離が遠く感じられているのだろう。


 それからも数度ルリから確認の声がかけられ、その度に反応していれば、ようやく水浴びを終えることが出来たのか、何事もなくルリが陸地に上がってくる。

 そう言えばタオルを用意していなかったなと、アイテムバッグから布を取り出す。ちなみにアイテムバッグから目当てのものを取り出すのは意外と大変なので、毎回某猫型ロボットが如く多少なりとも要らないものを出したりしているのだが、幸いにして手を入れた時にすぐ布っぽいものがあったので分かりやすかった。


 それを取り出して、なんか目当てのものとは違うなと思い───ズボッと、高速で中に戻す。


 「……トウヤ?」

 「何でもない、何でもないぞルリ。それよりほれ、タオル」


 明らかに何かあると分かることを言いながら、慌てて今度こそタオルを取り出した俺は、後ろ手でルリにそれを渡した。

 困惑しながらも、ルリは受け取って、その場で拭き始める。いや、だって、間違えてルリの下着を取り出したなどとは口が裂けても言えないだろう。


 「アイテムバッグとローブ、これな」

 「……ありが、と」

 

 それを隠すために更に言っておく。少し早口になっていただろうか……そうかもしれない。

 とはいえ、ルリはもう気にしていないようなので、ひとまずは安心だ。俺が勝手に慌てていただけだが、下着となるとな……ダメだろ、色々。


 それにしても、と思考を切り替えるために白々しく脳内でつぶやく。今ルリは身体を拭き、バッグから下着を取り出しているようだが、そのまま穿くと、その後はローブに手を伸ばしている……つまり、ローブの下はそれだけなのだろうか?


 少し、いやかなり軽装甲ではないか?


 気になる。気になるが、聞いたらセクハラにならないだろうか。ローブの下に何を着ているかなんて聞いたらアウトだし、何も着てないのかなんて聞き方もアウトだし、アウト祭りである。


 「……終わった」

 「はいよ。じゃあ次は俺に入らせてくれ」

 「……ん」


 そんなことを考えていれば、ルリは安全に木の横から出てくる。安全に、というのは当然見た目的な意味だ。そのローブは実は特殊な装備だったりするのだろうかとも思いつつ、しっかり着替え終えたルリと入れ替わるよう湖の方へと向かう。


 さて、さっぱり流してしまおうと思えば、何故か俺の袖をルリは掴む。


 「…………思った、けど、トウヤが、行ってる、間、私、どうすればいい、の……?」

 「どうすればって、そりゃあっちまで戻って……」


 言いかけて、やめる。あぁなるほど、ルリは確か怖いんだったなと。


 「……まぁ俺は別にここで待たれても全然構わないが」

 「こ、ここじゃ、遠い……暗い、し」


 珍しく間を開けずに返答してくるのが、ルリの感じている恐怖が予想以上のものであることを物語っている。

 確かに俺が居た場所は薄暗い。湖の方にいるよりも恐怖はあるかもしれないのだが、ではどうしろと?


 「……さ、さっき入った、けど、仕方ない……もう一回、トウヤと、入る……」

 「いやいや、いやいやいやその結論はダメだろ。あっ、待てお前脱ぐな、早まるなっ」


 もういっその事と再びローブを脱ごうとしたルリを慌てて止める。確かに、確かに一つの選択肢かもしれないがそれは非効率的すぎるし俺がただただ辛い。

 じゃあどうするの、とばかりに動きを止めて俺の事を見るルリに、仕方なくため息を漏らす。そんなふうに考えなくとも、もっと簡単な解決法はあるだろうに……。


 「……別にズボンは脱がないから、好きなところに居ればいいぞ。一応それで出来ないことはないしな」


 俺の分のタオルを濡らしてそれで上半身を洗えば、男なら十分だろう。その程度の水滴なら風魔法なり火魔法なりなんなりで乾かすことが出来るし、問題は無い。

 それなら木のところとは言わず、湖のすぐ近くまで来て貰って全然構わない。


 そう伝えれば、ルリがしゅんとしながら謝る。


 「…………ごめん、なさい」

 「旅ってそういうものだろ。気にしてないから、ルリも変に謝るな」


 もちろんそんなことで怒ったり気にするほど、器が小さくはない。まぁ、ルリに対して甘いところがあるのは否定しないが、そうじゃなくても、俺としてはわざわざちゃんと水浴びがしたいという程じゃなく、ただ取り敢えず洗えれば満足なのだ。


 それに……少なからずこういうことがあった方が、仲間意識って強まると思うのだ。

 同時に変な意識の方も育てられてしまうような気もするが。

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