第4話



 この森は割と広い。半径は数十キロあるのではないかと思ったり。

 そんな中で見つけた盗賊の拠点は、一見すると小さな丘だった。その一部分にポッカリと穴が空いている感じだ。


 そこに盗賊が三人ほど、見張り役なのだろう、立っている。一応最低限の警戒はしているが、欠伸をしたり目を逸らしたり、あまり良い勤務態度とは言えない。

 所詮盗賊なのでそんなものだとは思うが。アウトローな集団、組織であるし、ちゃんとした訓練も経ていないのだから、当然といえば当然だ。


 一応とはいえ拠点を隠しているなら、見張り達も見つからないようにすべきではないかと思ったりするが、そこはそれ、そちらの方が労力も精神力も使うのだし、それこそ訓練を積んでいないと無理だろう。


 盗賊たちの背後を取るように移動しつつ、茂みから窺う。どうしても少しは怖く感じてしまう。だがそれは、あくまでそう感じているだけの事。

 それが思考に、動きに影響を出さなければいい。そして俺は、そういうタイプだ。


 怖いと思うが、それはそれ、と。


 「……」


 気配を消す。技術としてのそれではなく、今回は[偽装]を使って、気配自体を隠蔽する。

 あの時慎二に試してもらって以降も何度か試行したが、やはり[偽装]は気配や魔力を完全に絶っている。何より強力なのは、そのどちらかではなく、どちらも同時にこなせるということだろう。


 やろうと思えば、臭いや音、更には姿そのものすらも偽装することが出来るのだが、このスキルの発動には魔法と同じように魔力が必要となるため、意外とそうポンポンと使うことが出来ない。


 ただ、気配と魔力の隠蔽程度なら現状の魔力量でも長時間維持していられる……これも、勇者としての魔力量あってこそだと思うが。


 本当に、我ながらチートなスキルである。[完全記憶]しかり[鑑定]しかり[偽装]しかり……チート、つまりイカサマだ。


 だがイカサマは立派な戦術とも言える。それが手元にあるなら、使わない方がおかしい。

 本来であればそのイカサマに頼り切るのではなく、あくまで手札の一つとするぐらいがいいんだろうが、今はそう呑気に構えることも出来ない。自分で受けといてなんだが、しくじったら捕まった子達が危ないので、万全で行くしかないのだ。


 そのためには、正面から乗り込んで全員殺してくなんて言語道断。だからこそ、気配を絶って潜入していくしかない。


 茂みから腰を上げる。音は立てず、ゆっくりとその丘に空いた穴の方へと向かった。


 見張りは三人だが、当然注意は外側に向いている。しっかりと目視されればバレると思うが、視界の端に映った程度なら、気配の無さも相まって見逃してくれる、と思いたい。


 俺の祈りが届いたのかは知らないが、あっさりと盗賊達の後ろを通って穴の中へと侵入することが出来た。


 「ここまでは問題ない……」


 地面の中へと下がっていく土の道を見ながら、呟いた。しかし、これは所詮序の口。ここから更に、その捕らわれた子達がどこにいるのかを探していかなければいけないのだ。


 実際のところ、本当にここにいるのかは確証がない。確証はないが、引き受けたからにはやり通すのが筋ってものだ。

 それが例え、ある程度自分の身に危険があるようなものだとしても。


 その程度を天秤にかけるのは、もう慣れてしまった。


 「……っし、行きますか」


 小声で、自身に気合を入れる。バレなければ問題ない、もしバレたら周りに情報を伝達される前に───


 その覚悟さえできていれば、そう難しくはない。





 ◆◇◆





 拠点の大きさもそうだが、盗賊の多さも予想以上だった。まるで一つの集落とでも言おうか、先程から幾つもある大部屋に何グループも盗賊が居るのが見えていた。

 その数はざっと70を下らないだろう。それもあくまで把握出来ているだけで、ここから更に増えると思われる。


 しかし、そんな中でも気配を完全に絶つというのはやはり意識されにくいのか、今のところ誰に見咎められることもない。もちろん、物陰を通りながらではあるが、もしも普通にしていたら流石にバレるだろうなという感じの場面もいくつかはあった。

 [偽装]様様である。終わったら純粋な技術として身につけられないか頑張ってみよう。


 ……いや、まだ終わってないのでそんな呑気な思考はしていられないのだが。


 何より違和感はある。先の盗賊は確実にこちらの方向に逃げたはずで、もしこの拠点に逃げ込んだのなら、事の顛末ぐらい話すはずだ。

 あの盗賊は慎重なタイプで、考えてみれば魔法を使える素振りも全く見せなかった。最後の瞬間まで奇襲用に取っておいたような奴で、俺の力量も完全とは言えないまでも、把握していたように見えた。


 そんな奴が警戒を伝えていないはずがない。だが、実際のところ拠点内の盗賊には警戒を微塵も感じられず、その盗賊の姿も今のところはない。

 となると、その報告は気にするまでもないと判断されたか、もしくはそもそもその盗賊はここに逃げてはいないか……。


 どちらにせよ、警戒されていたらもう少し潜入しにくかったが、そうでないのは幸いと言えるだろう。 


 拠点の大体の構成は把握出来ていて、今は順調に奥に向かっているものの、流石にどこに捕まっているかまでは分からない。

 魔力の反応だけではその人物が男か女か、大人か子供かも分からないのだ。精々人間かそうでないかレベルの区別なので、特定の人物を探すなんて言うデタラメな技は現状使えはしない。


 もし使える人間がいたら、確実に超一流を超えて化け物レベルの人間だろう。感知能力のみだとしても、そこまで到達出来たら恐ろしいことこの上ない。


 ともかく、そのため虱潰しに探していかなければならないのだが、そう思い始めたところで、ようやく当たりを引いた様子だった。


 「牢屋っぽいな」


 誰もいないので小声で呟く。今まで扉は簡素な木のものだったりしたのだが、ここのみは重厚な金属扉。しかも鍵付き。

 奥に魔力反応があるので、誰かしらが居るのは分かっている。それが盗賊ならば即先頭が始まってしまうだろうが、こういう時のための魔法はしっかりと会得していた。


 「『静寂の時サイレント』」


 魔法を発動すれば……特に何か見た目に変化が起こるわけじゃない。

 ただ、目の前の部屋とこちらとの空間を遮断して、音が出ないようにしただけだ。風魔法に属するとても地味かつ使い勝手のいい魔法である。


 中でどれだけ騒ごうが、範囲内から一歩出れば音は届かないし、その逆も然り。もしいきなり戦闘が始まっても、少なくとも音による情報伝達は外に出なければ不可能になるので、その前に倒せば万事解決。

 そして捕まった子達ならもちろん最初から問題ない。


 あとは、扉を開ける方法だが……流石にここは扉の横も硬そうな素材の壁に変わっている。これでは魔法で穴を開けるのも容易ではないし、当然筋力にものを言わせて壊すのも難しい。


 ならどうするか……扉には鍵穴があるが、これは同じ形の鍵をただ差し込めばいい話でもない。

 氷魔法や土魔法を使えば、鍵の造形を真似することなんて簡単だ。そのためか、この世界の鍵は魔道具マジックアイテムとして、魔法の要素が含まれている。


 掻い摘んで説明すれば、その扉と対応する鍵じゃないと開かないので、ただ形を真似たものを差し込んでも意味は無い。


 この扉の鍵を解錠するには、それこそ現物が必要なわけだ。となれば残るはやはり力技……。


 ……部屋の向こう側に魔力が送れるのを確認して、俺はあっさりと、それを呟いた。


 「『空間移動テレポート』」


 扉も壁も壊せない? なら直接中に転移すればいいじゃないと、脳内で一人決めてみたりしながら視界の移り変わりを確認する。


 やはり、中は牢屋だった。牢屋は随分と細かい鉄格子で区切られており、その内側に、数人の捕らえられたと思わしき人間が存在した。


 全員女性であるのを見るに、つまり、そういう事なんだろう。近くの村から攫ってきたのか、はたまた森を通っていた人間か、ハルマンさんのように奴隷商人から奪ったのかは分からないが、目的の子供はすぐに見つけることが出来た。


 というのも、牢屋は幾つか存在したのだが、幼い子供と呼べる人間が二人しか居なかったのと、その牢屋の中にその二人しか居なかったのですぐに分かった。一人は赤髪の、もう一人は淡い緑色の髪をした子供で、どちらも意識を失っているのか牢屋の中で床に伏していた。


 特に乱暴にされた形跡はなく、それは一安心ともいえるが、俺はそれ以外の辺りを見渡して、ルリを来させなくて良かったなと思う。


 ショッキングという程の光景でもないが、女の子に見せたいものでもない。盗賊が出没し始めたのもつい最近なので、ここに捕らえられた女性達もまだそこまで長い訳では無いだろうが、その表情から察することは出来る。

 そして俺が手を伸ばしてあげられるのは、この二人だけだ。子供二人抱えるくらいはなんてこと無いが、大人の女性にもなるとそうはいかない。


 抱えるのは無理だし、かといって自分で歩いてもらうのもまた厳しい。『空間移動テレポート』はまだ長距離では使えないし、そもそも自分以外の人間を対象にやったらミスる可能性も高い。


 幸いにして、俺は現在気配を[偽装]で絶っている。その状態では牢屋の中の人達も俺に気づくことは出来ていないようで、変に声をかけられることも、見つめられることも無かった。


 再び『空間移動テレポート』を発動させて、鉄格子に囲まれた牢屋の中に移動する。


 仰向けにさせれば、非常に整った容姿の子達だった。子供が二人しか居ないのはたまたまかと思ったが、これだけ整った容姿をしていれば、盗賊が攫う価値もあるのか。


 そちらの相場を考えるのは抵抗があるが、奴隷の価値は性別、年齢、能力、元の地位、容姿、種族で判断されるだろうとわかる。他にも判断基準はあるかもしれないが、大体はそんなところだろう。

 

 その点を考えれば、容姿が整っている子供というのは、高値で売れてしまうのかもしれない。


 何にせよ、と俺は彼女達を担ぐ。二人もいるとお姫様抱っこなんて出来ないので少し雑になってしまうが、赤髪の子は左脇に、緑髪の子は肩に抱えるしかない。

 この状態で戦うとなれば流石の俺も苦戦は免れないだろうが、帰りは廊下の一部に穴を空けて、魔法でそこから地上まで道を作れば、戦闘も回避出来る。


 魔力がどうなるかと言うところだが、そのぐらいはやってみせよう。


 再び、今度は俺とこの子達を含めた『空間移動テレポート』を二回発動する。このくらいの距離なら牢屋の中から一気に廊下まで出ることも出来たが、他人を含めての『空間移動テレポート』は自分のみを対象にするよりも難易度が高く、俺もまだ不安定なところがあるため、念の為細かくやっておいたのだ。


 後は、土の壁である廊下に穴を開け、そこから地上へと道を作る。

 最後にしっかり穴を埋めておけば、逃走経路も何もバレないだろう。


 「……あの人達にはたまったもんじゃないだろうけどな」


 残された人達を考えて、呟いた。子供が二人脱走したとなれば、果たして残された人達はどうなってしまうのか。脱走するのを見たかと尋問されるかもしれないし、盗賊の気が立って扱いが酷くなるかもしれない。

 けれど……例えばそれこそ全員助けようとすれば、それは完全に力量を過信してのことになる。


 子供二人だけならともかく、あそこには十人近くは既に人が居た。その人数ともなれば俺も絶対はなく、万が一それで戦闘が起これば流石に庇いきれない。死人が出てもおかしくない。

 そして正面から戦って勝てるかどうかと言われれば、分からない。個々の力量では確実に優っているだろうが、人数が多い分、思わぬ不覚をとるかもしれないのだから。


 結局のところ、これ以上を求めることは俺には出来ないのだ。

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