第2話
いやぁ、相変わらずお話の進みが遅いです……第3章から戦闘シーンが増えてくるかなぁと思ったんですが、最新話時点でもまだほとんど無いんですよ……目安としては第3章15話から17話ぐらいに戦闘シーンを入れられるよう目指しております。
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「───私は商人の、ハルマン・ミーレルと申します。先程は、助けていただきありがとうございました」
商人───ハルマンさんという方は、とても恰幅の良い男性だった。
商人らしい丁寧な物腰と、人の良さそうな顔。初対面からして交流をしやすそうな雰囲気を出していて、なんというか、助けて良かったと思える人だ。
「傷も治してもらいましたし、何から何まで申し訳ない」
と、先程俺が『ヒール』で治した背中を触りながら、頭を下げてける。
俺もそれに対し、笑顔で対応した。
「俺は刀哉、こっちは一緒に旅をしているルリです。傷に関しても気にしないでください。所詮は魔法ですし、特に何か道具を消費したわけでもありませんからね。それより、さっきはどうにか間に合って本当に良かった」
「えぇ、本当に助かりました……あと少し遅れていたら、きっと私は見るも無惨な姿となっていたでしょう」
「そうなる前で良かったです」
盗賊の動きを思い出せば、切断されていたのは首か。確かに見るも無惨と言ってもいい。
そんなことを苦笑いしながら自分で言う辺り、結構強かな人なのかもしれない。
「それより、貴方は何故ここに? 今はこの辺りに大きな盗賊団が居を構えているので、移動は自粛するよう各街で呼びかけられているはずですが……」
「すみません、その情報は初耳です……実は一昨日から街ではなく村を巡っていたので、恐らくそのせいで情報が伝達しきれていなかったのかと……」
情報の伝達速度がどの程度のものかは知らないが、規模の小さい村では確かに情報が伝わっていない可能性もあるのか。
ともかく、何故盗賊に襲われていたのかは分かった。
「ということは、私の運が悪かった訳では無いのですね」
「襲われたのは必然だと思いますよ。ただ、盗賊があまりに多いので、ギルドからも正式に討伐依頼が出されてます。奴らが自主的にも強制的にも居なくなるのは時間の問題かと」
「なるほど……助けていただいた上に情報まで教えていただきありがとうございます」
「いえ、困った時はお互い様です。ですから礼も要りませんよ」
流石に見て見ぬふりをするには事態が軽くなかった。いや、本来ならば危なそうだからこそ見て見ぬふりをするのだろうが、日本でもこちらでも、取り敢えず飛び込んでいく精神は変わっていない。見て見ぬふりができるほど器用じゃないのだ。
反省すべきところではあるが、後悔すべきものでもない。
「……こういうのはお礼を要求してもおかしくは無いと思いますが」
「そういうのを求めてのことではありませんからね。それに、見たところたった一人の盗賊に襲われた訳でもないでしょう? それなのに最後に残っていたのが先程の盗賊一人となると、重要なものは既に盗られてしまったのでは? そんな相手から更に何かを貰うなんて、それこそ良心が痛みます」
商人一人に盗賊一人では、リスクとリターンが見合っていない。それこそ奴は慎重。話の内容から察するに別に上の立場というわけでも無さそうだが、それでも一人で襲うとは思えない。
盗賊団の規模も大きいのだし、向こうも何人かを割いていたと考えるのが自然。
既に何かしら盗られていて、あの一人は予想するに『後は殺っとけ』『了解っす』みたいなノリで残った人間なのではないか。
あの盗賊の『リーダー』という発言から二人以上だったのは確定であるわけだし、その可能性は高い。
「なので、気持ちだけ受け取っておきますね」
「……そうですか。いえ、正直に言えば、私としてもそちらの方が有難いのです。言葉通り、手持ちの金銭は盗られ、私の……いえ、商品も盗られてしまいましたから。今お礼として渡せるのは、それこそこの馬車ぐらいのものです。しかし私も流石に馬車を手放すのには抵抗がありますから」
そりゃ、商人がこの中一人で歩くのは危険だ。馬車で移動していても危ないのだ。護衛もなしに徒歩など自殺行為に等しい。それを本人も分かっているのだろう。
馬車を見て肩をすくめるハルマンさん。そもそも転倒しているから、手放すも何も無いと言いたいらしい。
「これじゃあ馬車も使い物になりませんしね。トウヤ様も、失礼ですが、流石に馬車を戻せるほど力は強くありませんよね?」
「俺の方が歳は下なので、普通に刀哉でいいですよ」
「これは商人としての癖みたいなものなので、気にしないでください」
そう言うなら、まぁ、と頷く。一応クリスやサラさんからもそう呼ばれていたし、抵抗は幾らか薄れている。それはともかく、馬車を直せるかどうかだったな。
馬車を見る。木製で素材自体は軽そうだが、大きさからして数百キロはいくだろう……こちらの世界の馬が異様に筋力発達していることからもわかるように、その分馬車自体も想像よりずっと大きかったりしている。
少なくとも、現在の俺では純粋な筋力で持ち上げることは不可能と言っていい。
「……そうですね、流石に難しいです。でも、魔法を使っていいなら、もしかしたら何とかなるかもしれません」
「───数百キロですよ? 幾ら魔法でも、そう簡単に持ち上げられるとは思いませんが……」
魔法の出力は、それこそ属性ごとに異なる。例えば風属性で作れる力は、重いものを動かすには効率が悪いし、水もまた条件が揃わなければ無理だ。氷や炎、雷に関しては物を動かすというよりも固定したり壊したりするのが属性的な効果であるし、光と闇に至っては種類が違う。
が、例えば土属性は物を動かすのには非常に適した属性の魔法だ。なんせ、地面に干渉するのが基本の魔法である。
『
土属性は先程も言ったように地面に干渉する魔法。他の魔法が『地表』を座標とするのに対し、土属性は『地中も含めた地面』を座標、対象とする。
そのため、魔法発動時のイメージとしては、地表に突如石の壁ができるというよりは、地面の中からせり上がるものとなるため、例え馬車と地面がほとんど密接していようが、問題なく魔法を発動することが出来る。
いや、もっと言うなれば、地中の土や泥を魔法で石に変換し、それを地表に延ばすイメージだろうか。ともかく、それなら出来る。
しかし当然、数百キロの馬車を持ち上げようとすれば、相当な力が必要で、その分魔力も多く消費することになるが……。
「……話は、わかった。アレを、直せば、いい……?」
「ん、ルリがやってくれるのか?」
その消費魔力がネックなのだと考えていれば、ここまで聞きに徹していたルリが、馬車を指さしながら助け舟を出してきた。聞き返せば、コクリと頷きが返ってくる。
「……さっき、少し、迷惑かけた、から」
「盗賊のことなら別に気にしなくてもいいんだがな……でも、正直助かる。なら頼めるか?」
「……ん」
ならばと俺は、素直にルリに任せる。俺がやってもいいが、ここは適材適所だ。今の俺よりも、ルリの方が、魔法は
だからこそ、変に意地は張らない。
「ちょ、ちょっと待ってください。あの、馬車を直してもらっても、お返しは何も……」
「さっきお礼はいらないと言った上で、馬車を直したから下さいなんてそんな失礼なことは言いませんよ。これもまぁ、乗りかかった船というやつなので、お気になさらず。それに、馬車が無いと危険なのでしょう?」
「そ、それはその通りですが……」
流石に心苦しいのだろうか、と俺はハルマンさんの顔を見る。良かれと思って言っているのだが、しかしその考えを改めた。
単純に心苦しく思っているなら遠慮せずにと伝えればいいのだが、それだけでない様子。どちらかというと、心ここに在らずというか、思考が上手くまとまっていないような、そう、心配事がある感じなのだ。
そして商人の心配事……となれば。
「……盗まれた商品が、気になりますか?」
「っ……」
推測してみたが、当たりらしい。露骨に顔に出ている訳では無いけれど、分かりやすくはある。
盗賊に商品を盗まれたなら、商人として気になってしまうのも仕方がないだろう。
しかし、既に盗まれたものは先の盗賊のリーダーとやらに持って行かれているだろう。そのリーダーがそれこそ盗賊団全体の、いわゆる『お頭』でない限り、すぐに売却されることは無いはずで。
盗賊もそう簡単に売却先と会えるわけがないので、それを考えればどこかしら、盗賊の拠点的な場所に保管されていると考えるのが妥当か。
そう考えるなら、一応、まだ取り返す余地はある───盗賊の拠点に潜入できる技量があるなら。
そして、ハルマンさんにそんなことが出来るとは思えない。
「ハルマンさん。悪いことは言いません、諦めた方が良いかと。商人でない俺が言うのは癪に障るかもしれませんが、所詮商品です。貴方の命を賭けるほどのものじゃないでしょう?」
「───いえ、それは出来ないんです」
だからこそ、現実的な可能性を見て言ったが、ハルマンさんは断固として首を横に振る。
「私は何としてでもそれを───
「……あの子達?」
ハルマンさんから出てきた思わぬ言葉に返せば、それに先に気づいたのはルリだった。くいっくいっと俺の袖を引っ張り、ハルマンさんの肩を指さす。
ハルマンさんの服は、王城から持ってきた俺の服と同じように質が良いものだ。街を見たところ、これは上等な部類に入るので、良いものなのだろうが、その肩には何か刺繍の入った布が服の上から取り付けられている。
それは、所謂商人の種類を示すための証みたいなものだと、俺は記憶から該当する知識を引っ張り出した。
商人も基本的には品物の種類をある程度決めて売っている。直接店に足を運ぶならともかく、外で客を引くにはまず客が望む商品を提供できることを示さなきゃならないというわけで、分かりやすいようにしているということだ。
そして、ハルマンさんのそれは───。
「……
「盗まれた商品というのは、奴隷?」
俺はルリの言わんとすることを悟って、先んじて口に出した。
奴隷、と言えば、現代の地球ではほぼほぼ存在していないが、ことこの世界では違う。奴隷という制度は存在しており、それを扱う商人も同じだ。
道徳を大事とする環境で育ってきた俺からすると、苦い顔をせざるを得ないものだが、それはそれ、所詮俺の価値観でしかない。わざわざ口に出して、変に口論の火種とする必要も無いだろう。
俺の言葉を聞いたハルマンさんは、複雑そうな表情で、肯定した。
「……その通りです。あまり良いイメージを与えないので、敢えて口にはしていませんでしたが」
奴隷商。確かに、その通りだ。言ってしまえば人を売り物にしているとも言えるのだから、正直その職業にあまり良い印象は抱けない。
だが目の前の人物を見て、悪い印象を抱けと言うのも無理な話。特に俺は、その人物が善人か悪人かを見抜くことぐらいは、初対面の人間相手にでも出来る。それこそ、余程相手が本性を隠していない限り。
ハルマンさんは間違いなく善人に位置する人間で、奴隷商と聞いても、悪い印象になるには至らない。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、奴隷が盗まれたということですが、ハルマンさんが命を賭けなければいけないほどなんですか? それほど価値がある人材、とか?」
先程ハルマンさんは、決して口先だけでなく、今にも行動を起こしそうなぐらいの覚悟を見せて、命と引き換えにしてでもなんて口にした。ともなれば、その奴隷はハルマンさんにとってそれ程までに高い価値を持っていなければならないはず。
例えば純粋に能力が高かったり容姿が良かったりで、売れば大金になるとか、そういう事実が必要だ。
しかしハルマンさんは、俺の問いには否定を見せた。
「そういう訳ではありません。確かに普通よりは高く売れるでしょうが、そういう値段や能力は、私にとってはどうでもいいんです……問題は、彼女達は子供で、私は彼女達を責任もって買い取った身。そんな人間が、盗賊に連れていかれたから諦めるなどと言っていいはずが、無いんです」
「……所詮は奴隷、ですよね?」
「確かに、世間的に言えば所詮は奴隷ですし、商品としての価値以上のものを見出すのは、商人として正しいとは言えないかもしれません。ですが、人間として考えるなら、幼い子供を助けるのは当然のことだと思いませんか? それが、他人ではなく
ハルマンさんは強くも弱くもない、しかしはっきりとした口調で断言する。
その顔に、瞳に嘘はない。つまり全部本当で、この人は文字通り『子供を助けるために死んでも構わない』と言っているのだ。
とても、というと失礼だが、とても奴隷を売る人間の言葉とは思えなかった。しかし同時に、共感を得られる内容だ。
「……ですから私は、盗賊から彼女達を
覚悟を決めた表情で述べたハルマンさんに、思わず頷きかけてしまう。もちろん、実際にそうはしないし、それをしてしまえばハルマンさんは自分で盗賊の拠点にでも乗り込もうとするだろう。
「でも、場所も分からず、死ぬ危険性が高い場所に行くのは得策じゃないですよ。こう言っては失礼かと思いますが、それでも言わせてもらえば無駄死にになるかと」
「それは……分かっているの、ですけどね」
他に方法の取りようがないと言いたいのだろうが、そんなことは無い。
ただそれは……もしかしたらお人好しが過ぎるのかもしれないが、それはそれ、そこまで深く考えはしない。
「───なんなら、俺が代わりに行きましょうか?」
「え? 行くというのは……」
「もちろん、その子達を助けにです」
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