第1話



 ───状況の確認が不十分のまま間に入ってしまったが、当事者二人の顔を見て判断するに、俺の予想が当たっていたらしいと、外に振り切った剣を戻しながら息をつく。


 正面に盗賊と思われる男、背後に襲われていた商人らしき人を置いた状態で、俺は肩越しに振り返った。商人の状態はパッと見では服で分からないが、背中に怪我を負っているのだろうとは把握ができ、横転した馬車を見れば、そこから投げられたというのは想像に難くない。


 「大丈夫ですか? 怪我をしているようですが、少し待っていてくださいね」


 まずは指示を出しつつ、自分が味方であることをアピールする。俺の言葉に商人はすぐに頷き、邪魔にならないようにという配慮か、辛そうにしながらも起き上がる。


 そのまま少し離れたところ───自分の馬車がある所にまで行くが、そこなら問題は無いだろう。


 剣を構えながら、俺は盗賊と相対した。


 「チッ、冒険者か……商人を殺るだけの用事だったのに、とんだ邪魔が入ったな。それも今の身のこなし、DとかCランクみたいな雑魚って感じでもねぇ……討伐依頼がギルドにでも出されたか?」

 「……」


 盗賊は見た目以上に冷静な様子で、慎重に武器を構えている。こういうのってチンピラ的な奴らが多いのかと思ったが、反応から察するところ、この男は盗賊として多少の経験があるのだろう。

 盗賊だって楽なものじゃない。むしろ警戒能力は普通に過ごしているより高まるはずで、俺が盗賊の剣を弾いた時にすぐさま後ろに下がったのも、その警戒心故だと思われる。

 

 自分の力に慢心するタイプでもなく、相手を侮るタイプでもなく、むしろ冷静に相手の戦力を分析してくるタイプのようだ。


 とは、訳が違う。 多分、元冒険者とかの可能性も十分にある。


 様子見に徹する俺を見て、向こうの方が攻めてくる。しかし完全に攻撃を意識しているわけでもなく、むしろそれはブラフ。

 回避の方こそ意識が強く、となれば狙っているのは俺の戦力把握だろう。勝てるならば押し切り、勝てないならば逃げを選択するはず。


 少ない予備動作による突きを躱しながら、俺はすかさず、一瞬だけ視線を固定し、




────────────────────────────


 名前:ルイド

 性別:男

 年齢:31

 種族:人間


 レベル:40


 《パラメータ》

 【生命力】251300

  【筋力】25300

  【体力】20100

  【敏捷】26800


 

 《スキル》

 ️■武器術

 [剣術Lv.5][杖術Lv.5]


 ■戦闘技能

 [体術Lv.3][回避Lv.5][逃げ足Lv.6]

 [気配察知Lv.5][気配遮断Lv.6][危険察知Lv.6]


 ■属性魔法

 [火魔法Lv.6][水魔法Lv.2][氷魔法Lv.4]


 ■魔法技能

 [魔力感知Lv.4][魔力操作Lv.5][魔力隠蔽Lv.4]

 [高速詠唱Lv.5][詠唱破棄Lv.6]


 ■強化

 [痛覚耐性Lv.4]

 

 ■一般

 [観察眼Lv.4][変装Lv.5]



──────────────────────────



 [鑑定]を発動することにより、刹那の間脳内に投射される文字列を、まずは瞬間的に記憶して、盗賊の踏み込みから逃れるように後退しながらで内容を咀嚼する。


 なるほど、ここまでの盗賊と比べると、やはりかなり。他の盗賊はレベル10から20ぐらいだったのだが、やはり元冒険者という説は間違っていないだろう。戦闘慣れもしているように見える。

 

 また見た目からはわからなかったが、このルイドという盗賊、スキルの構成的には剣士というよりも魔法使いであるらしい。詠唱破棄のレベルから見ても、高速詠唱より魔法名のみの発動が主流になるはず。


 動きも流石に敏捷の値が二万後半なだけはある……が、それでも城の騎士よりも圧倒的に低く、俺にとってはそう速いものでもない。


 先読みしていたのもあるが、それ以上に相手を上回る速度で、俺は盗賊の移動先に剣を

 数センチの隙間。剣と盗賊の首が触れるまで、1秒未満の世界となる……。


 「っ!?」


 しかし、それはギリギリで回避され、再び俺と盗賊の間に距離が空いた。正直今の速度で対応出来るとは思わなかったが、すぐに盗賊が保有している[危険察知]のスキルを思い出す。

 もしかしたらそれが働いていたのかもしれない。ともかく盗賊は剣こそ構えているが、完全に戦闘を諦めているように見えた。首筋を触って斬れていないか確認しながら、悪態をつく。


 「あーくっそ、ついてねぇ。完全にBはあるじゃねぇかよ……リーダーも気づいてくれてないっぽいし、俺一人じゃ分が悪いわ。ホントマジでよりにもよってなんで俺んところに……」


 良く喋る盗賊だなと思ったのは、仕方ないだろう。俺が特に反応している訳でもないのに、一人でそうやって言うのだから。

 それとも、会話で少しでも気が逸れてくれるのを狙っているのだろうか。


 何にせよ、様子見は終わった。他より少し強かったので分析を多くしていたが、一度の攻防で、正面から挑めばまず負けないと把握出来た。魔法だけ警戒していれば問題ないだろうと結論づけて、剣を握りしめる。


 俺が持っている剣は、真剣だ。それも相手は明確な敵。


 それでも俺は、躊躇いなど持っていない。必要ならばこの剣を相手の体に容赦なく刺し込むだろう。


 盗賊は逃げる機会を探し、俺はジリジリと距離を詰めてそれを潰す。少しでも動けば即座にその首を斬り落とすという意思を見せて、盗賊の動きを封じようとしていた。


 そうして、あともう少しで俺の間合いに入るという、そんな時だ。


 ───横合いの茂みから、ガサガサと音が鳴った。


 何故、というのは、予想自体は出来ていた。こんな森に居ると親とピクニックにでも来ているのかと疑いたくなるような、黒髪の幼女もとい少女、ルリが、そちらから現れたのだ。

 どこかトテトテと擬音でも聞こえてきそうな足取りで来たルリだが、それには流石に予想していたとはいえ、一瞬気を取られざるを得ない。


 「……トウヤ、ちょっと、速い───」

 「『炎槍フレイム・ランス』ッ!!」


 ルリが状況を把握する前に声をかけてくれば、それを好機と見た盗賊が、予め準備していたのだろう魔法を瞬時に放った───俺と盗賊の間の地面に向けて。


 地面に触れた炎槍が、その場で小規模な爆発を起こす。大したものでもなく、こちらに被害はないが、代わりに巻き上がる土煙が視界を塞いだ。

 そこで足を踏み出そうとすれば、更に続けて、それを遮るように氷の矢が俺の顔目掛けて飛翔してくる。それ自体は無詠唱で作り上げた石の壁で防ぐが、俺もそれは足止めが目的であるということを理解していたため、微かに苦い顔をする。


 耳に届く、地面を蹴る音。それも人のものではなく、馬とかそういった生物のものだろう。先程の一瞬で近くに待機させていたそこまで駆け寄り、すぐさまこの場から離脱を図った様子。


 「……逃げ足早いな、流石にスキルを持ってるだけある」


 すぐに風魔法で視界を晴らせば、その頃にはもう盗賊の姿は無かった。まだ微かに馬の音は聞こえるが、音からして距離は既に遠い。状況判断としては、敵ながら天晴れと言わざるを得ない的確なもの。

 隙をついて俺を狙うのではなく、あくまで逃げの一手を打ったこともまた、上手い。もし俺に直接向けられていれば、それを避けて肉薄していたが、狙われたのは俺に影響のない範囲の地面。そのせいで、反応にほんの数瞬とはいえ遅れが生じてしまった。


 とはいえ、追うほどのものでも無い。というより、追うのはリスクが高いと言おうか。俺はこうして上から目線で判断しているが、それは所詮自分が有利な立場にいるからだ。

 逃げの一手を打った相手を追って、罠にでもかかれば俺も分からない。例えば待ち伏せしていた他の盗賊に不意をつかれるとか。


 多少の攻撃を喰らっても回復魔法が使えるので平気だが、運悪く急所に攻撃が入ってしまえばどうしようもない。そもそも馬相手では、それに追いつく頃にはこの場から結構離れてしまっている。


 助けた商人をこのまま置いていくのも、無責任だろう。


 構えを解いて剣を下ろせば、ルリが改めて近づいてきた。土煙はルリの方にも行っていたはずだが、服が汚れた様子はない。


 「……ゴメン、なさい……タイミング、悪かった……?」

 「いや、気にするな。そもそも俺が先に飛び出したのが悪いからな」


 申し訳なさそうな顔をしてくるが、首を横に振って気にするなと告げる。ルリが来たことであの盗賊は逃げたが、正直言えば、負ける可能性は低かったとはいえ、俺の目的である商人を助けることは出来たので、それ以上の行為には大きくメリットがあるとは言えない。


 ならば別に逃げられたことを気にする必要も無い。


 それに、勝手に飛び出したのは俺だ。ルリに何も言わずに行ってしまったのだから、ルリが状況把握よりも俺の事を気にしてしまうのは仕方ない。


 「それより今は……」


 と、俺は助けた商人の方を向いた。取り敢えず助けたのだから、彼に話を聞こうとするのは当たり前と言えよう。


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