第2章 幕間
微かに慕う幼き王女
タイトルの『幼き王女』を三回ぐらい『幼き幼女』に誤変換しましたが、大丈夫です。
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「───ふぅ、行ってしまいましたね。本当に、行動力が高い人です」
それは、トウヤを見送った直後。クリスは特に躊躇うことも無く城を後にした勇者の背中を見送って、少しだけ寂しげに笑った。
レベル1で魔族を討った、超人的な勇者。他の勇者の反応を見ていれば、召喚される前から特別な存在であったのは見て取れる。
そして特別だからこそ、人より大きな使命を抱えてしまっている……使命感に支配されている。
弱音も何も吐かない人。なまじ色々なことが出来てしまうが故に、しなくていい事まで一人でしようとしてしまう。
それを本人も理解しているのだろうか。トウヤの思考能力も精神も、クリスは表面上しか知らないが、その程度は自覚できているように思える。
それでも……いや、トウヤを一人で旅立たせないで済んだことは僥倖と言えるだろう。本来の予定であれば、断念してもらえるはずだったが、それもあの人が一緒について行くことで不安は解消された。
だからクリスが止める必要は結局無かった。
「……お嬢様」
「なに、サラ?」
「面白くない、という顔をなさっていますよ。ルリ様にトウヤ様を
そうやって結論づけていれば、背後からメイドのサラが、声をかけてきた。その顔は凛とした表情だが、どこか、歳下の少女をからかうような、意地の悪い笑みが見えたような気がした。
メイドとはいえ、クリスが少しの粗相や冗談程度では怒らないことを知れば、歳下の少女として見られることも多い。サラなどは特についている期間が長いため、顕著と言えるだろう。
しかし、そこはクリスも王女。貼り付けたような仮面の笑みで返答した。
「奪われただなんて、とんでもない。トウヤ様は私のものではありませんし、私もトウヤ様を自分のモノにしようだなどという傲慢な考えは持っていませんよ」
「そうですか。でも、面白くないと思っていることに関しては否定しないのですね」
「……サラ。私は凛とした態度で、王女としてトウヤ様方を見送った。良いですね?」
「もちろんです、お嬢様」
ムスッとした表情を体を反転して見せないように言えば、サラは異論は無いと頭を下げる。クリスがどれだけ王女としてやっていても、結局のところ歳では負けてしまっている。
意識していたとしても、仕事以外でうっかりボロが出てしまうのは仕方ないだろう。その分それ以外では完璧な王女をやっているのだから、それで釣り合っているどころか、お釣りが来るレベルだ。
それに、確かにクリスはトウヤのことを好ましく思っている。勇者としての実力は確かめるまでもないし、それ以外の、知能や性格といった部分も非常に良い。
少しだけ大人気ない部分はあっても、紳士的な側面は持ち合わせているし、命を救ってもらった恩義がある。
だから無条件に信用している、という訳では無いが、王女という役柄上、人を見る目は自信がある。それから言わせてもらえば、クリスが思うに、トウヤという人間は色々と建前を使い分けながらも、根が善人であるのは確かだ。
何より……歳下である自分のワガママをしっかりと聞きつつ、しかし歳下だからと下に見ることは無い、そんな態度が、少しだけ不満で、心地よかった。
王女としての能力を認めてくれていて、その上で、素の部分も受け入れられているような……言ってしまえば『
だから、正直に、本心から言わせてもらえば……確かに、ルリと二人で城を出ていったことには、ほんのちょっぴり、本当に少しだけ、微かにではあるが───面白くないと言えば、そう思っているかもしれなくもないと言えるだろう。
それこそ、もっと本気で引き止めていればよかったかもしれないと……。
「……」
クリスは瞳を閉じる。そんなことを考えたって、今からではもう遅い。それより今は、と先のことを考えようとしたところで、クリスは通路の奥から一人の少年が歩いてくることに気がついた。
その時点でクリスはサラを下げさせ、その少年と相対する。
「おはようございます王女殿下。奇遇ですね、このような場所で会うとは」
先程までのむすっとした表情は消え、代わりに少しだけ素顔を見せた笑みを浮かべながら、クリスも応えるように優雅にお辞儀をした。
言葉こそ堅いままだが、この人物もまた、クリスにとって勇者の中でも特別信頼のおける人物ではあった。優秀さという意味では目の前の人物こそ、頭一つ抜けているだろう。
「おはようございます、タクマ様。確かに奇遇ですが……そのご様子では、やはり先日の事からは立ち直れたのですね」
「その節はご迷惑をおかけしました。ですが今ではこの通り、立ち直ることが出来ました。本日から再び勇者の代表……リーダーとして、誠心誠意尽くす所存です」
「そのようですね。本当に、喜ばしい限りです」
「それもこれも、刀哉のお陰ではありますが」
苦笑いを浮かべたタクマに、クリスは意外に思うことも無く頷く。というよりは、タクマとトウヤの会話はサラを通して聞いているのだから、その時の内容に関しては彼女もある程度知りえていた。
それと同時に、タクマがこの場に居る理由も悟る。奇遇とは言ったが、これは偶然でもなんでもないと。
「それで、その刀哉は……どうやら、一足遅かったようですね」
「やはり、トウヤ様に会いに来たのですね……つい先程、ルリさんと共に城を立ちました。あと少し早く来ていれば、一言二言は交わせたと思いますが」
「いえ、昨日に話を聞いていますし、問題はありません。刀哉は刀哉でやることがありますから、私が会うことでその覚悟を鈍らせてもいけないでしょう」
クリスとしては、タクマがトウヤに最後に会いたいのだろうと思ったのだが、返ってきた答えは意外とあっさりしたものだった。
事実、残念がっている素振りは一切見えない。それこそ、居たら良かった程度のもの。
それが絆の、信頼の深さによるものだと分かれば、ほんの少し羨ましく感じてしまうのは、王女と言うよりは、少女としての感性だろうか。
しかし、二人を羨ましがっている時間も、実はそうない。
「申し訳ありません、タクマ様。このままたまにはゆっくりとお話したい所なのですが、私はトウヤ様の外出について、やらなくてはいけない事がありますので、この辺りで」
「……刀哉には帰ってきたらキツく言っておきます」
「いえいえ、大丈夫ですよ。トウヤ様にもその事は言ってありますし、了承したのは私ですから。それに、やることといっても、問い詰めてくるであろう大臣を適当にあしらうだけです」
「…………そう、なのですか」
クリスの物言いにどことなくぎこちない笑みを返したタクマに、満面の笑みを返す。
事実、適当にあしらうという表現は間違ってはいない。舌戦ではそうそうに負けることがないと自負しているクリスにとっては、その程度、仕事でもなんでもない。事後承諾という形を取れば、多少責められてしまうだろうが、認めさせるのは簡単だ。王女の裁量も父である国王が居ない今では決して無視できるものでは無い。
何よりトウヤの高い能力を、大臣の中にも直接見た者が居るため、少なくとも勇者を庇護下から出してしまった後の身の安全という部分に関してだけは、非常に説き伏せるのが容易だ。
それに……彼の傍には、
その事実だけで、取り敢えずは頷かせることが出来る。その代わり、彼女の
「私も、出来る限りフォローしますので」
「ふふ、ありがとうございますタクマ様。では、もし困ったことがあれば、その時は頼りにさせていただきます」
クリスはタクマの言葉を素直に受け取り、お辞儀をしてその場を去った。
ともかく、トウヤのお陰で勇者の方は早いうちから安全状態まで持っていけそうで、あとはこちらのサポート次第。
これも本来であれば時間に任せるしか無かったところなのだが、それもタクマという勇者の代表が復帰したことで、変わった。
───トウヤ様のおかげで、より深い関係をタクマ様方とも築けそうです。ありがとうございます。
ちゃっかりとトウヤに心の中でお礼を言いつつ、クリスは責任から逃れるための言い訳を適当に考え始めた。
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