第11話



 「……本当に、迷惑をかけたな」

 「自覚があるならいい。それに、今回のは言わば、リーダーとして最初の関門を乗り越えたってことだろ」


 廊下で、俺達は話す。部屋の中でも良かったが、先程まで籠っていた場所に拓磨自身があまり戻りたがらなかったため、そのまま廊下で話すことになった次第だ。


 まぁ、分からなくはない。それに、この時間帯、窓から差し込む月明かりも綺麗ではある。


 「そう言って貰えると助かる」


 拓磨の今回の件は、リーダーとして成長するのに必要でもあった。もちろん、本来ならば誰かが死ぬ問題に直面しないのが一番いいが、それはもう、どうしようもない事だ。


 今は立ち直れたことと、成長できたことを喜ぶのがいい。


 俺は窓枠に腕をかけながら、壁に背を預ける拓磨に続ける。


 「……確認しなくともわかるが、もう、大丈夫なんだな?」


 拓磨が悩んでいたこと。改めてこうして目にしたことで、見えてきたものは色々とある。


 数え切れないほどの自責。蒼太が死んでしまったのを、自分のせいだとどうしても思ってしまう。そうやって自分を攻撃し続けて、リーダーとして仲間の命を背負うことにも恐怖を感じて……自身の無力さを嘆いてしまったこと。

 その部分で沼にハマってしまい、塞ぎ込んでいた。そもそもほとんどが不意打ちに近かった。


 幾らか時間で解決できたところはあると思うが、大部分は変わらない。


 時間をかければいいものじゃない。本来であればそれらは、頼れる人間に打ち解けなければならない。

 不幸にもリーダーという立場が邪魔し、誰かに助けを求めることすら拒んでしまっていたようだがが。


 それを理解していたからこそ、慰めなどではなく、言葉の投げかけを行った。

 俺の言葉を受けて、拓磨が肩を揺らす。


 「お陰様で、もう平気だ。最後の刀哉の言葉が、痛い程良く効いたのだろうな」

 「お前は中々聞かない言葉だろ?」

 「随分と久しぶりの叱責であったのは事実であるな」


 拓磨がそもそもあんな風になることすら稀、というか、無かった。もちろん普段からミスもほとんどしないし、ミスしたとしても拓磨自身塞ぎ込むようなことはなく、反省と改善をするだけだ。


 怒られたり叱責を受けることなんて、皆無と言ってもいい。だからという訳では無いが、効く。

 

 「親友からの本気の言葉として、受け取っておけ」

 「受け取ったから、俺が今ここにいる」


 俺は笑って、確かにそうだと頷いた。


 確認するまでもなくわかっていたが、本当に立ち直れたようだ。


 すると、拓磨は一度息を吐いた。スッと目を閉じて、再び開いて。

 話題を変えるのだろう、と何となく察する。拓磨が立ち直ったのなら、リーダーとしての行動をするだろうから、次にくる話は予想出来ている。

 

 「……一応、状況を聞いておこうか。先程、王女殿下の話をしていただろう。実際、彼女はどのようなことを言っていた?」

 「勇者の精神面をかえりみて、しばらく休養扱いだそうだ。期間は無期限、こっちの回復を待つ感じだな」

 「今の状況ではとても有難い……だが、一度襲撃された以上、早い対応が望まれるのだろう?」


 確かに。クリスが俺達に休養を与えてくれたのは、単に俺達にこれ以上頑張れと声をかけることが出来ないから、というだけではないはずだが、早急に動かなければならないのも事実。


 「そのための一歩が、お前だ」

 「……なるほど、理解した」


 リーダーである拓磨を基点とし、クラスメイトを立ち直らせる。クラスメイトの性格は大体把握していて、嬉しいことに皆、協力意識だけは恐らく人間の中でも高い方だ。皆のために頑張れる人間が多い。


 だからこそ、そこを刺激してやれば立ち直る者が居る。そうでなくとも、時間が経つ内に周りに触発されてすぐに復帰するはずだ。


 どれもこれも単なる予測ではあるが、全員の精神を一度把握した俺だからこそ、この予測もそう間違ってはいないと踏める。


 「とは言っても、クラスメイトをどう立ち直らせるかはお前に一任するよ。部屋から出てこないんじゃ、お前が復帰したことも分からないだろうしな」

 「任された。そこでどうにかリーダーとして、挽回していこう」

 「それがいい。その後のこともお前と樹達が居れば大丈夫のはずだ」


 確固たる意志の元の発言に頼もしさを感じつつ言えば、拓磨は目敏く疑問を持ったようだ。


 「……その言い方では、まるで刀哉がその時居ないかのような意味を感じるが」

 「その通りだ」

 

 拓磨が呈した疑問に、俺は何ら躊躇うことなく頷いた。


 恐らくクラスメイトが全員立ち直るとき、俺はその場にいない。もちろん絶対ではないが、凡その脳内イメージとしては、退城している可能性は高いだろう。


 ここで驚いて思考を止めないのは拓磨の凄いところだ。冷静に、俺に更に質問を重ねてくる。


 「理由を、聞いてもいいか? 何故お前がその時居ないと言える?」

 「順を追って話せば、戦力強化のためだ」

 「……?」


 流石にそれだけでは理解できなかった拓磨に、元々補足説明をするつもりだった俺は再度口を開く。


 「前回の襲撃時、俺たちがもっと強く、もっと速く動ければ、被害は最小限にできたはずだ。それを悔やんでも仕方が無いが、次回以降同じようにしないために動く必要はある。そして、この世界で強くなる最も単純な方法。それが『レベルアップ』だ」


 肉体を鍛えたり、スキル、技術力を磨くことも重要だが、最も強さを測る目安として相応しいのはレベルだ。


 例えばグレイさん。レベルが130越えと最早想像も出来ない域で、恐らく俺がこのままどれだけ体を鍛えようとも、その域に届く頃にはグレイさんもまた更に身体能力を上げていることだろう。

 ……というか、その域まで素の肉体を鍛えるのは難しい気がする。筋肉ムキムキどころの話では無いはずだ。


 しかし、レベルは違う。そもそも俺たちはまだレベル1。ゲームで言えば、序盤の敵を数体倒すだけでレベルが上がるような場所だ。勇者なので普通の人よりも成長は早いだろうし、それのユニークスキルもある。


 この世界のシステムを利用することが強くなる最前の方法だとすれば、それを利用しない手はない。


 「そんでもって、レベルを上げるためには、魔物を倒さなきゃいけない。魔物はここには居ないし、周りに合わせていればどうしても行動が遅れてしまうのは否めない。それに、ここは王都。つまり最も人が集中する場所で、そんな場所の近くに強い魔物も居ないしな。レベルを上げるには、ともかくこの場から移動しなきゃいけない訳だ」

 

 昨日ゴブリン討伐に行ったように、城を拠点にしてあの森で魔物を倒してレベル上げ、というのも考えたが、それでレベルが上がるのは、精々10かそこらだろう。

 ゴブリンだけを倒してレベルが上げられるなら、恐らくこの世界の人間の平均レベルはもっと高いはずで、そうじゃない以上、ゴブリン等で上げられるレベルはたかが知れている。


 となると、更に強い魔物が居る場所を目指さなければいけないし、何日も通っていたらそれこそ魔物が枯渇する。魔物の生態系は気にしなくてもいいが、その結果クラスメイト達が訓練する場所がなくなってもいけない。


 ゲームのように、歩いていれば何体でもエンカウントするわけじゃない。魔物も生き物で、営みがある。普通の生物よりも繁殖力や発生速度〃〃〃〃は速いが、それでも無限湧きとかそんなものではない。


 それに……この城の中に居ては、勇者として、戦士として、命を奪う者としての必要な技能も会得できないだろう。

 野宿しかり、食料の調達や必要なものの準備、旅の仕方、異世界の住人とのコミュニケーション。どれもこれも実経験が必要になってくる。


 「───だから悪いが多分、その時には居ないだろうな」

 「それは、今、お前がやらなければいけないことなのか?」


 すかさず切り返される言葉。確かに、俺がやらなければならない理由は探すのが難しい。強いて言うなら、俺以外にできる人間がいないから、とかだろうか。慎二なら出来るだろうが、慎二自体は俺に任せていたし、やはり俺が適任だろう。


 ちなみに俺が急いでる理由はしっかりとある。魔族の襲撃がいつあるか分からないし、今度は俺がいてもダメかもしれない。だから早く強くなりたいし、一週間状況に身を任せていた結果が前回の襲撃なら、次は自分から行動を起こさなければならないと思っている。


 もちろん、城に俺が居た方が良い可能性もあるだろう。しかし、今度からはマリーさんとグレイさんが恐らく更に厳重な警備をするようになる。その警備体制でも無理なら、流石に今の俺が居てもそう結果は変わらない。


 なら、少しでも早く強くなることが急がれるはずだ。


 後は……蒼太が死んだことに関して、やはりまだ思うところがあって、解放感を得てストレスを解消したいのかもしれないな。

 乗り越えはしても、それで何も思わないなんてことはそれこそ有り得ない。それは誰にでも言えるはずだ。


 「……なるほど、確かに今の俺達ではいけないのは確かだ。かといって、皆に強くなることを急かすのもまた難しい。その点お前ならば、高い戦力を誇りながら成長力も高く、先も見通しながら動ける、か……」

 「お前からしてみれば、俺が出しゃばっているように見えるかもしれんが、一応考えての結果だ」

 「いや、そんなことはない。これが純粋な好奇心から来ているのなら俺とて止めておけと一言ぐらい告げるが、お前の話は理解出来た。少なくとも、俺が止められるだけの理由はない」


 俺の意思を尊重してくれているようだが、しかしその顔には、やはり不満な表情が貼り付けられている。

 それは例えば学校の修学旅行で、ホテルに着いたはいいものの生徒の一人が実は居なかった時。普通ならそれを探すのは教師の仕事で、他の皆は部屋待機となるだろうが、俺はそんな中抜け出して探しに行こうとしているような感じだ。


 普通ならそんなことはしないし、土地勘のない場所で一人動き回るのは危険だ。何より、ここは土地勘どころかそもそも別世界。命の危険性すら容易にある場所。

 拓磨が本心では止めたいという気持ちわかる。拓磨自身がこの場からは動けないから、尚更。


 それでも抑えているのだから……俺は笑って、拓磨の肩に手を乗せた。


 「そんな顔すんな。安心しろ、危険なことはしない。あくまで魔物を倒して、レベルアップを目指すだけ。それに、異世界を観光するいい機会だしな」

 「……そうか。元々、お前の行動に俺は口を挟むつもりなどない。だが、それでも親友として言わせてもらうなら、お前だけが頑張る必要は無いことを忘れないで欲しい」


 そう言った拓磨は、普段のように、そして普段よりも気持ちの籠った声でそれを告げた。


 「俺は……リーダーだからな」


 改めての、自己表明のようなもの。拓磨がリーダーであるという認識は最初から最後まで変わっていないが、その声には明らかに以前よりも覚悟があった。

 その気持ちが、伝わらないわけない。


 「分かってる。だから俺が居ない間のこと、お前に任せるよ。それなら安心して俺も外に行ける」


 拓磨は俺に信頼を寄せているが、俺もまた、リーダーとしての拓磨には絶大な信頼を寄せている。今回のことで精神的に大きく成長し、足りない分を補う事が出来た。以前にも増して頼れることだろう。


 それで、俺は初めて自分の自由に行動ができる。行動範囲を広げることが出来る。


 「あぁ、クラスメイトのことも、王女殿下達への対応のことも、戦力に関しても、俺が全て引き受けよう。今度こそ、きっちりとこなす」

 「気負いすぎるなよ。樹や美咲も居るし、頼りになるかは分からんが叶恵もいる……それに加えて、慎二も俺の代わりに色々してくれるそうだから、そっちも俺だと思って頼れ」

 「慎二が? ……わかった。慎二が普通ではないのは、認識しているからな。あいつにも話を聞くとしよう」


 あの時拓磨と共にガンツと戦った慎二。訓練の様子とその事から、拓磨も慎二への評価を高くしているはず。俺ほどまでではないにしても、ある程度の信頼を持ったはずだ。


 もしもの事があれば、きっと対応してくれるだろう。


 「取り敢えず現状はこんなところだ。明日から大丈夫そうか?」

 「クラスメイトは、一人一人声をかけ、状況を伝えつつ、であるな。それと王女殿下には、復帰した者を中心に、再び実践訓練を行って欲しいと伝えるつもりだ」

 「前回のはお前達は参加できなかったからな、良いと思う。叶恵に雄平や槐ちゃん、神無月と甲田の五人は既にゴブリンを倒しているから、そいつらにも一度話しておくといいはずだ」

 「了解した。何から何まで助かる」

 「これからお前に丸投げするんだ。準備ぐらいはするさ」


 リーダーとして復帰した拓磨にお膳立てぐらいはする。そんなものはなくともきっと自分で色々把握してくれるだろうが、少しの手間も省けるなら省いた方がいい。

 

 俺はそこで、窓枠にかけていた腕を戻して、会話の切り上げを図った。


 「さて、と。まだ深夜なりたてだ。お前は色々考えて疲れてるだろうし、そろそろ寝ておけ」


 あまり長い時間拘束しても、明日以降の拓磨に疲れを与えてしまうだろう。いくら復帰したとはいえ、精神的に疲弊していたのには変わりない。一度睡眠をとってスッキリさせた方がいいのは事実。


 俺の言葉を受けて、拓磨も背中を壁から離して、素直に頷いた。


 「気遣い感謝する。そっちも、今日は色々気遣わせてしまったからな。どうかゆっくり休んでくれ」

 「言われなくともそうする。んじゃ拓磨、良い夜を」

 「あぁ、おやすみ刀哉」


 拓磨は爽やかな笑みを残して部屋へと戻る。後に残った俺も、そのすぐ隣の自分の部屋へと入り込んだ。


 どこかスッキリしている。やはり拓磨が立ち直ってくれて素直に嬉しいのだろう。それに、これで目処が立った。


 多分これは、ラノベなどで言うなれば主人公ポジションなのだろう。仲間と離れ、一人異世界を旅する。追放だとか、何かの拍子にはぐれて物理的に離れた位置に移動してしまい、単独行動を余儀なくされるとか、そういった過程に違いはあれど、往々にして何故か召喚される主人公は一人で行動したがる。

 今ならなんとなくその心情も理解できる。多分、早く強くなりたいんだろうな。特に俺は、自分一人でもこの世界で生き抜く自信があるから、尚更。


 強くなる。魔王を倒すために、皆を守る為に。そのためなら、一人での行動だろうが、心細さも耐えられる。


 「……もう、お前みたいに死なせはしないよ。助けられなかったことを恨んでくれてもいいが、どうか、他のみんなを助けることに関しては、応援して欲しい」


 誰にともなく……しかし、明確に俺はその人物に向けて、一人口をついた。


 不思議と、その言葉のとおり、具体的な言葉が聞こえた訳でもないのに、そいつに応援された気分になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る