第12話

 ここはなろうの方では修正した部分ですね。ちなみにカクヨムでは前に言ったように修正する前のお話を投稿するので悪しからず。


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 「───ねぇ、兄さん」

 

 すぐ近くから……下から、クーファの声が聞こえて意識を戻した。

 どうやら思考に深く入り込みすぎていたらしいなと、俺の上に座るようにしているクーファに反応を返す。


 「どうした?」

 「……兄さんは、どこにも行かないよね?」


 なんだその質問は、と俺は笑った。酷く具体性にかけていて、何に対して言っているのか全く分からない。


 「買い物に出たり、旅行をしたりはするぞ」

 「ううん、そういうことじゃなくて……何か、遠くに行っちゃったりは、しないよね?」

 「それは、会えないぐらいってことか?」

 「……うん」


 会えないぐらい遠くか……海外とかだろうか? そしたらそう簡単には会えないし。

 だがそんな予定は無い。クーファが突然聞いてきた理由が全く分からず、俺は困惑する。


 「今のところクーファ達と離れる予定は無いが、急にどうした?」

 「……何でもない、気にしないで。兄さんが遠くに行っちゃいそうな、そんな気がしただけだから」


 俺の足の間で身を縮まらせるようにして、クーファは俯く。何故かは分からないが、クーファにあまり良くない予感をさせてしまったようだ。


 見えないが、その蒼い双眸も悲しげに伏せられているとわかる。


 なら安心させるのが俺の務め、なのだろう。兄として、妹の心配や不安を取り除くのは当然の行いで、だから後ろからその体を抱きしめた。


 華奢で、小柄で、すっぽりと収まる。金光よりは女性的で大きくても、男子高校生の俺からしてみれば小さい。いきなり俺が抱きしめても、クーファは逃げようなんてしない。

 その耳元に、口を寄せる。


 「大丈夫。俺はどこにも行かないし、たとえ行っちゃっても、必ず帰ってくるよ」

 「……兄さん」

 「何よりそんな状況じゃ、俺が耐えられないしな。お前達に、クーファに会えないなんて、寂しくて死んじゃうから、絶対に戻るよ」

 

 しっとり濡れた銀髪は、湯気と共に、微かに甘い香りを漂わせる。きめ細やかな白い肌に指を這わせ、体を密着させれば、クーファは俺の腕の中で微かに頬を赤くした。

 抱きしめた腕に、ひんやりとしながらも、温かくなった手が触れる。


 「大袈裟だよ、兄さん」

 「大袈裟じゃない。本心だ」


 真面目に、答える。

 

 果たして、妹が居ない状態を想像できるだろうか。一日二日程度の外出なら、寂しくはあるが問題ない。だが、会えるかどうかもわからない状況の、まるで暗闇のような感覚。


 きっと俺は、耐えられないだろうな。何が何でも帰ろうとするに違いない。例えそれが重要なことであっても、クーファや金光より優先することなんてない。

 

 揺れる水面の下で、クーファが足をもじもじと合わせるようにした。


 「……それはちょっと、恥ずかしいよ」

 「いいんだよ。俺にとっては、お前らが、クーファが一番大事だからな。嘘はつけない。それとも嫌か?」

 「そんなことない。凄く、嬉しいし……その、私も、兄さんのこと大事だよ。誰よりも、一番大事で……一番好き、だから……」


 可愛いことを言ってくれる妹の頭を撫でる。より一層縮こまりながらも、けれど、俺に身を任せるように、背中を預けてくれた。

 こんな妹が居て、幸せだと思う。だから多分、この幸せを俺は手放しちゃいけないんだろう。いや、手放しても、再びこの手に戻さなきゃいけない。


 ……おかしいな、まるで手放す可能性があるみたいな。そんなことは全くもってないはずで、どんな事があっても、俺は絶対に、クーファ達と離れることなんて、無いはずなのに……。


 強く、クーファを抱きしめる。暖かいこの場で、クーファの体温を感じたくなる。クーファを感じたくなる。


 「……俺も、クーファが大好きだ。だから……」


 微かに潤んだ碧眼が、俺のことを肩越しに見上げた。俺はそれをいいことに、クーファの頬に手を当てて、そのまま顔を近づける。


 何でだろうな。妹以外にも、親父に母さん達、叶恵、拓磨達、クラスの皆……大切な人は沢山居る。

 だけど、やっぱり俺にとっては、クーファが、金光が、一番大切で、大事で、好きで。


 一瞬だけ、お湯の音に紛れて、小さく水音が鳴る。


 「……ん……兄さん……」


 空いた隙間から、少しだけくぐもった声が漏れた。そっと瞳を閉じ、俺の事を受け入れるようなクーファの顔を、見つめる。

 

 不安なんて感じさせない。本当はそれが出来ればいいんだが、未来は常に不確定で、それは難しい。

 だけど、クーファに俺を信じさせることは出来る。未来がどうこうではなく、俺をただ信じてくれればいい。それなら、心配も不安もさせないで済むはずだ。

 そのための、行為と、そして言葉を。


 ───この時俺は、なんと言ったんだったか。多分『俺は居なくならない』的なことを言ったのだと思う。

 そう分かっていながら、というよりは、自然とその言葉が出るはずだったのに、何故か俺の口からは、違う言葉が出ていた。


 いや、それは違う。今この場は所詮作り物で、記憶だ。それでも俺は、改めて誓おう───。





 「大丈夫。絶対、帰るからな〃〃〃〃〃





 返事を求めたわけじゃない。けれど、クーファが頷いたような気がして、次の瞬間には、スッと煙のように消えていた。

 周囲の景色が一瞬ブラックアウトして、プツリと、意識が断絶したような、そんな感じがした。


 それも、ほんの僅かな時間。目を開けばいつもの、ここ一週間過ごした部屋の天井が見えていた。


 「……今回は、それか」


 当然のように、その夢の記憶は完全に引き継いでいる。俺自身の、夢ではなく過去の記憶もしっかり覚えている。


 クーファの不安を、心配を、そして触れた肌の温もりを。

 腕の中にあったそれが無くなったこの空虚感が、俺の心を押し潰そうとしてきていた。


 いつもの、喪失感。一時の幸福と、それを失う何倍もの絶望を、俺は何度味あわなければいけないのだろうか。つい数秒前まで、妹と、クーファと一緒に居たと言うのに。


 俺の心が、記憶が訴えかけているのだろう。今この時、あの光景を見せられたのは、次へと進む決意が、少し影響したのかもしれない。それでもなお、より強い決意を、俺に求めているのだろう。


 「……分かってる。早く帰るよ。だから、もう少し待っててくれ」


 ここにはいない妹に、聞こえない言葉を放った。


 日に日に増していく喪失感と絶望感に押し潰される前に、実感出来る進歩をしないといけない。そのためには何だってするし、どんな敵とだって戦う。


 ギリッと奥歯を噛み締め、心を落ち着かせる。最優先事項は、全てにおいての最優先事項は、元の世界に、あの場所に、アイツらの元に帰ること。

 辛さなんて、感じている暇はない。



 そう意識を切りかえて、俺は微かな温もりが残っているベッドから、立ち上がった。


 


 ◆◇◆


 



 少しすれば、夢のこと自体は頭から切り離すことが出来る。それに加えて今日は、ある種大きな変化がある日だからな。


 そしてそれを察知したかのように、いつものメイド───サラさんが現れる。

 その登場はある程度予期していた事なので、驚くことはなく俺は彼女の方に顔を向けて、先んじて言葉を放った。


 「王女殿下から俺を呼ぶよう言われましたか?」

 「……その通りでございます」

 

 最初から考える素振りも見せずに言い当てれば、驚いた表情を浮かべるサラさんに、俺は一応説明をする。


 「前回の襲撃もありましたし、勇者が寝泊まりする部屋の廊下に誰も居ないなんて可能性は少ないなと思いまして、昨日夜に拓磨とした話は把握されているかなと」

 

 本当は近くにサラさんか誰かが居るのを気配で把握していたので、それで確信を持ったが、そこまでは言わなくてもいいだろう。

 ともかく、その時点で昨日の話は全てクリスの耳にも入っている可能性は考えていた。


 頭を下げたサラさんは、俺を賞賛すると同時に、俺の言葉が正しかったことを肯定する。


 「ご慧眼、お見逸れ致しました。失礼ながら、確かに私は昨晩のタクマ様との会話のご様子を確かに把握しておりました。トウヤ様が、その……ここを出立なさるおつもりであることも。それをお嬢様にご報告したところ、トウヤ様を再び呼ぶようにと」

 「俺も自分から行くつもりでしたから、今すぐにでも行けますよ」


 話の内容は凡そ予想が着いているし、俺としても次に進むためには再びクリスか王様と話すことが必須だと考えていたから、呼びに来てくれて手間が省けた。


 昨日に続き再びの案内。サラさんは終始俺の事を気にしていたようだが、それは俺がこの城から出ていくということを意識してだろうか。

 サラさんは俺が居なくなることを悲しいと捉えているようだが、それでも俺は行くだろうな。許可が出なければそれもまた別となるが。


 聡明な子だからな、クリスは。俺が城から居なくなるデメリットを挙げれば俺の言葉を否定してくる可能性もあるが、そこは説き伏せるか、もしくはそれ以上のメリットや、感情に訴えるしかない。

 ともかく、話をしてみなければ結局のところ推測以上はできない。



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