微かな安寧
幕間はこれで最後です〜。
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『刀哉居るか? 開けるが構わないな?』
「……なんだこんな時間に」
風呂に入って部屋でごろごろとしていれば、突然扉が叩かれる。なんだなんだと、思考を切り替えながらいれば直ぐに扉が開かれた。
その瞬間、ダダダダッと特殊部隊かのごとく素早く入ってくる……拓磨と樹、そして男子共。すぐに俺の居るベッドは包囲された。
「……何の真似だお前ら」
「すまないな刀哉、これも仕方がないことなのだ」
「心配すんな。大人しく着いてくれば悪いようにしない……よしお前ら、連れてけ」
「「了解」」
なんだこいつらのノリ。男子全員が悪ノリしているぞ。
近くにいた
そして周囲に誰もいないことを確認し。
「クリア。こちらはガールズチームと合流し向かう」
「了解。ランデブーポイントで落ち合おう」
そうして男子は二班に分かれた。俺は事態を把握することも叶わぬまま、なすがままに歩くしかない。
ガールズチームって、何、女子もこんなことしてんの? そう言えばクラス全員で何かするなんて久しぶりな気がするがそれはともかく、本当になんなんだろうか。
連れていかれたのは、普段魔法を練習する時に使う訓練場だった。時間も時間のため、屋根のないそこには月(と思われるものの)明かりしかなく暗い。
最近はここで、各勇者に合わせた訓練メニューを行っている。細かな魔法制御や同時発動数増加の訓練、同じ魔法を何度も繰り返し使ってイメージを脳内にうえつける基礎練などがあるが、今はともかく。
俺は腕を未だに掴んだままの二人に問いかける。
「なぁ、これからなにするんだ? もしリンチなら全員返り討ちにするが」
「刀哉お前、ナチュラルに全員返り討ちとか怖いこと言うなよ……」
今は全員の戦力を正確に把握出来ないので分からないが、地球の頃であればクラス全員を相手にしようが、それこそ拘束でもされない限りは多分大丈夫だと思う……戦力になるのがどれくらいいたかは知らないが、まともに殴ったりできるのは拓磨とかぐらいのものだろうし。
二人は俺の腕を離すと、竜太が思い出すように。
「拓磨があれだ、えっと、なんだっけ?」
「魔法大会だろ魔法大会」
「おーそうそう、魔法大会を開いてみんなでストレス発散がてら好きなように魔法を撃ち合う的なのをやろうって言い出したんだ」
と、愛斗が補足しつつ、聞く。なるほど、拓磨主催なのか。なるほどなるほど……。
「んでこのノリは何なんだよ……」
「いやそれは……なんかこう、成り行きで?」
「そうそう、特に示し合わせたわけじゃないんだよ。これがなぁ、凄いよな俺たちの結束」
そんなしょうもない理由で俺は連行されたのか……割と様になっていたあたり、日々の訓練で皆体が動くようになっているらしい。
「……まぁいいけどさ」
そう言っていれば、拓磨達が女子と合流して入ってくる。これでクラス全員が久しぶりに自分たちの意思で集まったわけだ。
風呂上がりなので女子が来ただけで一気に雰囲気や場の空気(香り的な意味で)が変わる。
平然としている拓磨も、実は僅かに意識をしている様子。そこを指摘なんてことはしないが。
「刀哉、先程の悪ノリはともかくとして、いきなりすまないな」
「まぁ別に構わないけども、なんだ、魔法大会なんてものをやるんだって?」
「魔法大会などという名前をつけた覚えはないが、そんなところではある。マリー先生にお願いしたところ、この訓練場を貸してもらえたのでな、ストレス発散を兼ねて、魔法をとにかく撃ちまくってみるのはどうだとクラスの皆に呼びかけてみたのだ」
なるほど、そういうわけか……特に合図はなかったが、既に男子は楽しそうにしながら魔法を放っている。魔法の訓練の時も割と自由に魔法は使えるが、それだってあくまで訓練なわけで、それぞれ要所を押さえながら使ってるからな。
真の意味で自由に魔法が使えるこのタイミングは本当にいいのだろう。
「じゃあ私もやってこようかな」
「叶恵か、お前は魔法上手い方だもんな。この際に少しぶっぱなしてみたらどうだ?」
「うん、そうするつもり~」
ちなみにここは魔法訓練場というだけあり、周囲の壁は魔法を当てても問題がない強度を持つ。それは物理的な強度はもちろんだが、なんでも、触れた魔法の威力自体を軽減させる素材で出来ているらしい。
勇者とはいえ、まだ一流とは言えない俺たちの魔法なら当たっても問題は無いらしいので、遠慮なく放てる。
叶恵が行き出せば、じゃあ私もと女子も賛同。いや、いいねこういうの。
この夜の時間帯というのもあって、気分が高揚する。
「たまにはこういうのも悪くは無いだろう?」
「粋な計らいだよホント。どれ、じゃあ俺も参加しますかね」
意味もなく指を絡ませ伸びをする。皆が魔法を使っている中、俺もスッと腕を宙に伸ばし、魔法を構築する。
「『
視界は突然広がる。見えるとはいえ暗闇に包まれた訓練場は、たちまち真昼のごとき明るさを灯す。
それは訓練場の上空にある光が原因だ。位置づけとしては光属性中級魔法だが、魔法は基本的に複雑な効果になるほど難しい。その点この魔法は、光量と持続性に魔力量が多く取られるだけで、難易度自体は初級魔法に分類されてもいいぐらいのものだ。
とはいえ、体育館以上に広い訓練場全体の照明として使うのは、明らかに本来想定されている魔法の出力よりは大きいが。その分前述した以上には難しいものになっている。
「……いきなり派手だな」
「暗闇の中魔法の光を見るのも悪くは無いけど、普通に危ないしな」
魔法の発動には視覚も大きく関わる。この場所に発動したい、と強く思うためにも、大体は目でそこを見る必要がある。そんな時暗闇では距離感がつかみにくく、思ったように発動しない可能性もあるのだ。
「おぉ、刀哉ナイス~!」
「夜栄君ありがと~!」
それに、こういう言葉をもらえると、やはりクラスのためになることはやった方がいいなと思うわけで。
「なるほど。ところであの光はどれくらいもつのだ?」
「魔力を送らなくてもざっと30分」
「良くたった一度の魔法でそんなことが出来るな……」
「そのために割と魔力構成には苦労したけどな」
光量と維持時間。そのどちらをも確保するために普通よりも構成要素は多くなったし、その分魔力操作に関しても難易度が上がる。もちろん消費魔力も増えるので、決して楽に発動できるものでは無い。
それがスムーズに出来る程度には、魔法技術も上がったということだ。
そうして魔法は何度も放たれる。やはりそれは不思議な光景で、どこからともなく現れる炎、水、氷、雷など。
「フハハハハ! 見よ我が力、『インフェルノ』ッッ!!」
「うぉぉぉぉ雄平すげぇぇ!! けど、そんな名前の魔法だっけか?」
「いいや違う違う、実際には単なる『
「何を言うか
「いやまぁそうなんだろうけどなぁ……」
中央付近では雄平がそんな感じでイキっていた。まぁね、雄平は火属性に高い適性があるらしく、他の奴らよりも火属性の魔法は上手く扱えている。
それが、厨二病予備軍であった彼のその思考を後押ししているのだ。何たることか、見ているこっちが恥ずかしい……いつから炎の精を宿していたんだお前は。
なんて考えるが、もしかして俺達が各属性の魔法を扱えるのは、対応した属性の精霊が実は体に宿っているから、なんてことは無いよな?
……いやないか。そんなこと聞いたこともないし、それに精霊は
「……なぁおい、ちょっと勢い強すぎね?」
「いいやまだだ、我が力はこんなものではない!」
「いやお前、危ない───熱っ!?」
ともかく、インフェルノという名の『
「拓磨やるか?」
「む? ……あぁ、いや、お前に任せよう。できないことはないだろうが、水属性はあまり得意ではないからな」
と、声をかければ、拓磨は少し見て、直ぐに視線を外した。確かに拓磨はあまり水属性を得意とはしていないようだが……。
「それは俺もなんだけどな」
「あれだけの炎だ、消すには余程魔力を使わなければ難しいだろうからな。お前の方が多いであろう?」
「へいへい分かったよ。じゃあ折角だから、お灸も兼ねて派手にいくかね……」
仕方ない。あぁ仕方ない。なんて言いながらも少し顔には笑み。
なんだかんだ魔法を振るうのはストレス発散にもなるし、あの炎を消すためなので少し大技を使ってもいいだろうと。
上にあげた腕。他の奴も大体は俺が魔法を使おうとしていることに気づいて、端に避ける。雄平はエキサイトしているらしく気づいていないが、それ以外は魔法の範囲外に逃げた。
なら、よし。
「フーハッハッハァ!! 今の俺は最高潮! なんなら夜栄にすら勝てる───」
「『
単なる偶然ではあるのだが、雄平がそんなことをのたまったと同タイミングで、俺は腕を振り下ろした。
パカッ───雄平を含むその炎の頭上に、突然
とは言っても、それは比喩的な表現だ。だが、まるで堰き止めていたものが消え去ったかのように、その瞬間大量の水がそこに降り注ぐ。
「……え?」
ザバァンと波を立たせるが、範囲を指定していたため、俺たちのほうまでは水は来ない。原理としては水球を空中に浮かべていたのと同じだ……上級魔法なので、範囲指定も大変ではあったが。
さて、だが俺は雄平のことは別に対処していない。炎なら余裕で消え去ったが、水が降り注ぎ、中央から外へと行くにつれて消えていく水。視界が戻っても、だが元の場所には雄平はいなかった。
雄平は……あぁ、どうやら大量の水に流された結果、波に打ち上げられ、壁際に寄せられたようだ。漂着者の如くバタリと倒れている。
「……やりすぎでは無いか?」
「水量は調節したし、大丈夫だとは思うが」
本来のこの魔法なら水量はこんなものではないし、直ぐに水は消えたので問題ないはずだ。実際、雄平は暫く動かなかったが、やがてガバッと起き上がった。
「ケホッ、ちょ、夜栄っ……ゴホッ……い、いきなり酷……カハッ……」
「雄平、血を吐いていないか?」
「少し大袈裟にしているだけだろ……ゆうへーい、あんまり調子乗って強い魔法使うなよー危ないからー!」
「お前が言うか!?」
多分今のは素で返してきたのだろう。まぁ、俺のは仕方なくというやつだよな。止むを得ず、致し方ない処置よ。
取り敢えず雄平の炎は収まったので、その後雄平には良く言い含めておいてから、再開。ちなみに雄平の服や体についていた水は火魔法で暖めているうちに乾いた───というよりは蒸発した───らしい。
それ以降はまぁ、特に問題も起こることなく、和気あいあいと楽しむ。当初愛斗と竜太が言っていたような魔法大会的なノリもあったが、最終的にいつの間にか参加した覚えのない俺が優勝させられていた。
なんでも、誰もあの『
暫定一位とされているが、慎二はどうなのだろうか。頑張れば上級魔法なら使えそうな気もするが……。
「ふぅ……」
「ん、蒼太、休憩か?」
「あ、刀哉。うん、ちょっと疲れちゃってさ」
そうやって少し傍観していると、隣で蒼太が休み出した。僅かに汗をかいているのを見るあたり、この雰囲気に充てられて体温が上昇してるのだろう。
「そうか。けどまぁ、これだけはしゃぐとなぁ」
「うんうん。それに僕、どっちかって言うと魔力も少ない方だし」
「それに関しては、レベルを上げればどんどん増えるさ」
「だといいなぁ。だってレベルもパラメータも、みんな同じように上がるかも分からないから、ちょっと不安だよ」
声をかければ、なんてことを苦笑い気味に言う。悲観しているというよりは、仕方ないものだと捉えているらしい。
「でもまぁ、レベルを上げれば誰だって強くなれるんだから、それを考えると優しい世界だよね」
「……そういうもんか?」
「あはは、最初っから凄い刀哉には分からないかも?」
それはどことなく傷つくような……だが、そういう考え方は確かに俺には分からない。
どんな世界だろうと、俺にとっての優しい、そして生きるべき世界は……俺は心外だと言わんばかりの表情をする。
「うわっ、ちょ、気を悪くしたならゴメンよ!」
「……冗談だ。ただそうだな、努力したら報われるって言うのがこの世界の特徴なのはわかる」
優しい世界かどうかはともかくとして、そこは確かだ。数値として自身の能力を見ることが出来るのは把握が容易であるし、自分の能力が伸びているかどうかも一目で分かる。
モチベにも繋がるし、レベルはようは努力をすれば絶対に強くなれるシステムでもある。
「けど、レベルを上げるには魔物を倒さなきゃいけないらしいがな」
「うぇ……そうだよねぇ、それ考えるとやっぱ優しい世界じゃないのか」
「少なくとも、殺伐とはしてるだろうよ」
ただそれでも、蒼太は「んー」と唸って、すぐに首を振る。
「でもまぁ、それでも十分だよ。スキルはほら、頑張りで上がるわけだしね」
「あっちにいた頃と比べると、随分と頑張り屋になったんだな」
地球にいた頃は、特別勤勉な生徒という訳ではなかった。至って普通の、どこにでもいる高校生の一人。それが、そんなふうに言えるようになったんだから、また随分な心変わりだ
「……確かにそうかも。でも、うん。僕は刀哉みたいに凄くないから、せめて、努力だけはしたくて。周りに置いていかれるのも嫌だしね」
蒼太は再び苦笑い気味に、だがそれでも確かな意志を込めて言う。動機としては十分立派だ。
だから俺は、最後に聞く。
「辛くはないか?」
「辛いけどやるんだよ。だって、僕だって仮にも勇者なわけだし、投げ出したら格好悪いから」
蒼太の答えは、それだ。俺が知らないところで、もしかしたら何かあったのかもしれない。この世界に来て何を思ったのかも分からない。
精神的に、地球の頃よりも成長している。きっとそこだけは、クラスでも上から数えた方が早いぐらいだ。
その答えに俺は、微かに笑みを零す。そうすれば蒼太が「変かな?」なんて心配そうに言うが、当然そんなことは無いと返す。
そうだな、それが多分正しいんだろう。そのぐらいでいい。格好悪いから、頑張る。こんな世界でもモチベを維持するためには、頑張り続けるためには、それぐらいの動機でいいんだ。
蒼太は少し休憩した後、再び普段一緒に喋っている相手の元へと向かった。
多分さっきの話は、この夜の浮かれた雰囲気の中思わず喋ってしまったことなんだろう。普段からあんなことを言うような性格でもないし。むしろ恥ずかしがって言えないと思う。
少し蒼太を見くびっていたのかもしれないな。いや、それは多分みんなに言える。俺が気づいてないところで皆成長しているのだ。
別にこの先を憂いていた訳では無いが、どこか気分が軽くなった自分がいる。
今のところ順調だ。きっとこれからも順調に進んでいく。だって、こうまでして俺達は精神を保ち、こんな世界に来ても頑張っているのだから。
だからきっと、平気だ。
───これが、蒼太との最後の会話になるなんてことは、当然思いもしなかった。
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