第2章 再起への道筋
第1話
今回から第2章。ストーリー色強めでやっていくのでよろしくです。
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───正直に言えば、決して良くはない目覚めだった。
いや、それはこちらの世界に来てからは当たり前か。快適な目覚めに至ったことなんて、こっちに来てからは一度もない。
だが、今日のものは少し毛色が違っていた。胸が苦しいのは変わりないが、珍しく夢を見なかったのだ。
にも関わらずこれ、というのは……やはり、
都合よくその時の記憶を忘れている、ということにはなっていない。最後、グレイさんが居るところで意識を失う直前まで、鮮明に覚えている。
これも[完全記憶]のせいなのかもしれないな……忘れていても、いい事なんかないだろうが。
体を起こす。ここが、普段俺が使用している部屋だと言うのはすぐに分かった。そして、直ぐ近く、俺のベッドに頭を預けて眠る少女の姿も。
「……心配、掛けたんだろうな」
少なくとも短くない間、俺は意識を失っていたのだろう。そしてそれを、ここにいる叶恵がじっと不安な気持ちで見ていたのは、想像に難くない。
大体、ほとんど何も言わずに俺は、一人で勝手に突っ走ってしまったのだ。待たされた側の気持ちがどんなものかなんて、考えなくともわかる。
長い黒髪を、撫でる。これは、起きたら謝らなくてはいけないな。
そう考えていると、部屋の扉が開く。今部屋に訪れるとしたら誰だろうかと考えて、あぁ、と顔を見て頷く。
向こうは少し驚いたようだったが。
「……刀哉君、起きたのね」
「あぁ、まぁなんとか」
入ってきた美咲は俺を見て、直ぐに落ち着いた様子を見せた。だがそれが表面上だけなのをすぐに悟る。
美咲の手には、果物か何かが入った皿があった。見た目はリンゴのようだが、こっちの世界にリンゴがあるかまでは知らないので、なんとも言えない。
多分、俺が起きた時に食べさせる用、ということなんだろう。
「もしかして、美咲も看病してくれたのか?」
「当たり前でしょ。それに、叶恵だけに任せたらどこでドジを踏んじゃうか分からないもの」
「それは確かに。世話かけたな、ありがとう」
「どういたしまして……と、言いたいところだけど」
美咲はその皿を、ベッドの横の、サイドテーブルに置いて、叶恵とは反対側に立った。
そして、俺の事を見る。俺はため息をつくこともなく、ただ静かに、頷いた。
美咲の性格からして、今どんな思いを俺に抱いているのか、理解はできる。なら俺は、一人突っ走ってしまった者として、受け入れるだけ。
「……大丈夫、覚悟はしてるから好きにしてくれ」
「そう? なら遠慮なく」
答えれば、美咲はそう言って本当に躊躇いなく手を振り抜いた。当然俺は、避けない。
バシンッ! 乾いた音が響いて、俺は頬がジンジンと痛むのを自覚した。
きっと俺の頬には今、赤い手形がついている。だが頬を押えて恨みがましい視線を向けるのも格好悪いから、気にしないようにして。
「……思ったよりも、痛いな」
「当たり前よ、本気でやったんだから……」
それは怒りだったんだろう。俺がアイツを一人で対処しようとしたことに対する。その怒りは、正当なものだ。甘んじて受けるべきだと判断した。
そうすれば今度は、美咲は俺の事をそっと抱き締めた。
怒りが終われば、あとは不安や心配などが残る。美咲にもやはり、心配をかけたのだと思う。あの場に居て、ただ俺だけが残ったから。
拓磨と慎二が勝てず、しかも既に一人
「……お願いだから、あまり心配させないで。貴方は叶恵にとっても、他の皆にとっても、私にとっても……とても、大切な人だから。貴方が居なくなるって考えたら、私も………」
俺の胸に顔をつけるように、そして今の自分の顔を見せないようにして、くぐもった声を美咲は出す。
それだけで、どれだけ心配かけたのか、分かった。普段強気な美咲がこんなことを言うのだから、それは相当なものだったのだろう。
その背中に手を回そうとして、だが止めた。ぐっと引き寄せ、安心させることは簡単だが、それだとどこで離したらいいかも、分からなくなる。
「……悪かった。次からは気をつけるよ」
代わりに一言答えれば、それで終わる。俺が今やるべきは、謝罪だ。微かに目元を濡らした顔を合わせて「約束よ?」なんて聞いてくるので、俺は「善処する」と答えた。
それはつまり、善処はするが確約は出来ないと言うこと……美咲もそれは理解しただろうが、頷いてくれた。
「……今はそれでいいわ。でも、本当に……無理はしないで」
「あぁ、分かってる」
ようやく解放される。女友達の抱擁は心地よいのだが、いざ雰囲気が変わると少しは意識せざるを得なくなる。
相手が他人ならともかく、付き合いも長い美咲であるし。俺は気づかれない程度に視線を逸らしつつ、話題を変えた。
「それより、俺が気絶してからどれくらい経ったんだ? まだ起きたばかりで状況が掴めてない」
「……貴方が気絶してから一日よ。今はお昼ね」
美咲は話しながら、俺に果物を向けた。大人しく、差し出されたそれを咥える。
「あの後、どうなったんだ? 結局誰が生き残ったんだ?」
「そうね……お城に居た人達のうち、メイドさんや執事さんは半分以上が亡くなったらしいわ。あと、色んな大臣とかも……でも王様とか王女様は生き残ってるし、私達の世話をしてくれてたメイドも、大体生きてるみたい」
「そうか……」
だがそれでも、結構な数が死んだのだろう。俺が向かう最中に見た死体だけでも、十分な人数であったし。
それに……それに………。
「……皆は今、どうしてる?」
「……あまり良くはないわね。拓磨もそうだけど、ほとんどは部屋に引きこもっちゃってるわ」
「それは……あいつが、蒼太が
「……えぇ」
声もなく、そうかと頷いた。予想はできていたことだ。
もしクラスメイトの誰かが死ねば、その時点で精神的に病んでしまう。誰だってそうだ。殺すのも大変だが、殺されるのはもっと嫌だ。知り合いが殺されたのなら、それが自分かもしれないと考えてしまうのはどうしようも無いことで。
本来なら、それを解消するのがリーダーの役目だが……日数が少なかったあまり、リーダーである拓磨の気持ちの整理が着く前にこんなことが起こってしまったから。
状況は非常に悪いだろう。
「美咲は、平気か?」
「私は、一応。辛いけどね……叶恵も、貴方が生きてるから、まだ平気よ。樹君はちょっと大変そうだけど、大丈夫だと思う。だから問題は、やっぱり拓磨ね……」
拓磨はリーダーという立場で、責任を感じていた。誰かの命を背負うことに、まだ辛さを感じていた。恐怖を感じていた。
だからこそなのだろう。その苦しみは、蒼太が死んだことに恐怖を感じているクラスメイトとも、ガンツを殺した俺とも、大きく異なる。
あの、この前の夜に拓磨と話した時、俺は選択を間違ったのだろうか。あの時、無理にでも恐怖を克服させていた方が良かったのだろうか。
それを考えたところで、現実は変わらない。少なくとも拓磨の内情を一番理解しているのは、俺だ。だから……。
「拓磨は俺の方で何とかする。多分俺が言うのが一番きくだろうしな」
「平気なの? 刀哉君だって……」
美咲が再び心配を見せるが、俺は首を振ってそれ以上の言葉を拒んだ。
もちろん悲しみはある。苦しみはある。蒼太を死なせて
だけど、塞ぎ込むようなことは、ありえない。
誰かが死ぬのは怖い。それを見たくないと思うし、当然自分が死ぬのも怖い。クラスメイトはそんな思いがあるはずだ。中には蒼太と仲が良くて、強いショックを感じた奴もいるはず。ベッドから動けなくなっても、不思議ではない。
それでも……それでも俺は、これ以上誰も死なせくないという思いが強いのだ。事実、俺があの場に駆けつけたことで、あれ以上の被害にならずに済んだという面はある。
それで俺は実質無傷で、みんなが助かった。例え危険な行為だったとしても、事実としては、それなのだ。
だから、平気。悲しさや苦しさがないのではなく、それをこれ以上感じたくないから、動くだけ。
何より俺は、止まれない。あの世界に帰るまでは、止まろうと思うことは決してないだろう。
それに……。
「蒼太が死んだことで誰も彼もが動けなくなったら、まるでアイツが死んだせいみたいになる。何も思うなって言う訳じゃないが、それを乗り越えなきゃいけないだろ」
死に意味を見出したところで、そんなものは後付だ。誰かの死が、少しでも他の誰かに良い影響を与えるように意味を見いだした所で、だからといって誰かが死んでいいことなんて普通はない。
けれど、そう思わなければいけない理由も知っている。誰かが死んで立ち止まっていることがいいわけがない。
死を悼んで、それでもなお進まなければいけない。次は誰も死なせないようにという動機は、ある意味綺麗事だろうけど、それでも。
「……強いのね」
「これでも男だからな……それに、こんなに心配をかけて、その上で精神的にも弱るなんて情けない姿、お前らに見せたくない」
頼られる側であるためには、強く在る必要がある。情けない姿を見せれば立場はたちまち逆転してしまう。
今の状況、俺は、俺が誰かのためになることをしなきゃいけないとか思っている。そのためにも、今からでも動き出さなきゃ行けない……。
「……そういえば、蒼太は、あの後どうなった?」
俺は話を一度区切って、聞いた。もちろん蒼太は、というのは、蒼太の遺体は、という言葉を省いたものだ。
美咲もそのぐらいは理解する。
俺はグレイさんにあの時、蒼太のことを頼んだ。その頼みがどこまできかせてくれたのかはわからない。
「枢木君は……グレイ先生が色々してくれたと聞いてるわ。今も魔法で状態を維持してるって。でも、勇者が死んでしまった場合、遺体は、火葬になるみたい……まだ勇者としてほとんど活動していないとはいえ、そういう世間に大きな影響を与える人間の遺体は、そのままにしておくと悪用される可能性もあるからって」
「……そうか。いや、妥当なんだろうな」
それを聞いて、俺はどこか安堵している気もした。
一時は遺体の保存方法があるのかと考えたが、そういうことも考えれば、土葬などで下手に残しておくのも悪いのかもしれない。
それにこれは、あくまで捉え方の話だが、もし遺体を保存していたとしたら、蒼太もいつまでもこの地に留まり続けてしまうかもしれないし。
悪用というのは、この世界には魔法があるからということだろう。あるかは分からないが、死体を利用する魔法がないとは言いきれない。それにもしクラスメイトが利用されるようなことがあれば……それこそ、最悪の事態だ。
火葬……で、いいのだろう。もう蒼太は居ない。希望もなにも聞けないので、出来ることとしたら、俺たちが最大限想像することぐらいだ。
この世界での葬式がどんなものかは分からないし、けれど、意味は同じだろう。死者を弔うこと。それが目的だ。
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