第21話
これで第二章が終了となります。
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特に、親しいわけではなかった。クラスメイトの名前を挙げた時、何となく後の方になってしまうような奴。男子を半分選べと言われたら、やはり外れてしまうような奴。
でもそれでも、高一高二と同じクラスで、友人とは呼べたはずだ。
運動が秀でてるわけでも、頭がいいわけでもなく、ちょっとオタク的な趣味があって、そういう友達とよく一緒に居て。どこにでもいる高校生とでもいえばいいのか。
この世界ではあまり話さなかったが、それでも頑張っていた。剣を振り、魔法を覚え、クラスの中ではやはり強い方とは言えなかったが、努力はしていた。
最後に話した時、蒼太は確か、「僕は刀哉みたいに凄くないから、せめて、努力だけはしたくて」なんて言っていた。照れ臭そうにしていたのを覚えている。
だから努力を怠らなかった。図書館にも足を運んでいたし、弱音を吐く姿も見えなかった。勤勉な性格ではなかったが、それでもやっていた。
───けれど、
「───そうだよな、死ぬのって、そういうもんだもんな」
努力の有無ではない。結局は運や実力が物を言う。努力をしたから見逃されるなんてことは、ほとんど有り得ない。
「ンンンン、カクニン終わった? どーォ? 今の気持ちをお聞かせクダサイみたいな?」
「っ、お前はどこまでもっ!!」
拓磨が斬りかかるが、軽くいなされる。
何故、こいつが、蒼太が殺されたのか。きっと逃げる時に最後尾に居てとか、そんな感じではないか。あのガンツとか言う魔族がたまたま攻撃したのが蒼太だっただけのこと。狙った訳では無いと思う。
たまたま。偶然。
あぁ、そう。それだけの事だ。
だから、何て言うんだ? そう、怒りとか恨みとか憎しみとか、拓磨みたいに顔に出したり声に出したりは出来ないみたいな。出来た方が良かったとは、少し思うが。
心は穏やか。いや、穏やかというのは正確ではない。凍っていたのだろう。
凍っているから、音も出ないし、波も立たない。一見すれば静かではあるが、その下では腸が煮えくり返るような怒りや憎悪が渦巻いているはず。
多分それは、ある種先送りなのだろう。そうしておけば、感情に惑わされることは無い。
ゆっくりと、だが素早く走り出した。もう拓磨と慎二はボロボロだ。果たして血こそ流していないが、どこかの骨が折れていてもおかしくは無いし、これ以上戦えば一つの破綻が取り返しのつかない重傷に繋がることになるだろう。
だから、走った。走って、そいつの背後から斬りかかった。
別に、そいつの身体能力を大きく上回っていたわけでも、ましてや何か奇策を使ったわけでもない。ただ普通に走って近づいて、斬りかかっただけだ。本来なら余裕で避けられるところだろうそれを。
「───ッ!?」
けれど何故かそいつは、過剰に反応して、大きく距離を取った。瞬間移動に近い移動速度で、こちらに驚愕の顔を向ける。
「ッ……ナニ今の? 低レベルユーシャが俺の背後取っただァ? 何だよ、何したンお前?」
「………」
正直言って、よく分からなかった。俺にとって先の行動は、拓磨達が立ち上がるまでのほんのちょっとの時間稼ぎのつもりで、そんな事を聞かれるようなことは何もしていない。
けれど、もし相手が何かを勘違いしているのだとしたら、何も言わないでいた方がいいだろう。今相手はこちらがクラスメイトの死を見て弱っているとみているはず。
だからこそ、注意をひきつけられる。実際には俺は今、
ここに来るまでの焦燥などを全部捨てて、助けられなかった命は事実
慎二に目配せする。気づいてくれるだろうか、その心配も頷きが返ってきたことで杞憂に済む。
そう、もう二人は戦えない。それ以上戦えば、それこそ最大戦力を失うことになる可能性すらある。拓磨に目配せしても、今は絶対納得を得られないだろうから、ここは慎二に頼むしかない。
あとは慎二が拓磨をどうにか説得して、みんなを連れてここから逃げればいい。
剣を構えて、俺はガンツを見た。
「……イイね、イイよイイよ。お前楽しめそーじャン。あの二人が
そう言って、ガンツは突進してきた。床が抉れないのが不思議なぐらいの踏み込みで、一瞬で距離を詰めてきて、そのハルバードを突き出してくる。
今度もまた、避ける。避けて、そこからの横薙ぎも避けて、そのまま伸びてくる石突の攻撃も、体を仰け反らせて避けて。
衝撃波は喰らうが、足を床に
特殊二属性のうちの片方、時空属性。他の基本八属性とは大きく異なる上に、魔法の構成に強い癖があるため使いにくい属性だが、『時間』と『空間』を司るとても強力な属性だ。
今回は空間への作用を利用して、俺の足の位置をその床に合わせて固定したため、衝撃波の影響もそう受けなかったわけだ。
それを瞬間的に発動しつついれば、すぐにガンツもカラクリに気づいた様子。
「……なァるほど、魔力は感じないけど、時空魔法でしョ? 位置固定なんざ、良くもまぁキヨーにできんジャン? つーか、俺の攻撃もよく避けられるねェ、レベル1だなんて、思えないわァ!!」
狙ってくるのは、当然足。床を擦るようにしてハルバードが俺の足元を狩ろうとする。
床に固定されているなら、床から足を離してしまえばいい。そもそも空中に行けば、無防備になってしまうのは避けられない。合理的で的確な判断だ。
だから、読める。だから、事前に布石を打てる。攻撃がどれだけ早くとも、攻撃される前に対応できる。
三手から四手先は、読めたと思う。
「……あ?」
ハルバードは床を薙ぎ払った。だが、俺の足は依然として床に着いたままだ。
その光景を、ガンツは理解できない。
その一瞬の隙。思考に空白ができるその瞬間は、例え身体能力が高かろうと関係ない。ハルバードを避ける動作を捨てたおかげで、俺は既に剣を振り切っていた。反応等できるはずがない。
「……硬いな」
剣は、残念ながら肩の皮膚に僅かに食いこんだだけで止まった。思った以上に硬い。種族的に体が優れているのだろう。
だがそれ以上に、ガンツは俺の行動に驚いた様子だった。二秒ほど皮膚と拮抗していれば、その剣を押し退けるようにして少し距離を取り、再び笑みを浮かべる。
「ハ、ハハ……なんだイマの? どうやって俺の攻撃避けたワケ? しかもレベル1に攻撃入れられっとか、ダッセェわ俺超ダッセェよ。ナァ!?」
何も俺は答えない。ただ淡々と、ガンツの動きに対処するのみだ。
何度攻められても、変わらない。ガンツの動きはとにかく早いし、衝撃波だけでも驚異に値するが、対応できるなら、するだけだ。
距離の概念を無視するかのように一秒未満で詰めてきたガンツに対し、トントンと後ろに下がる。突かれたハルバードの先端は俺の胸、ほんの数ミリ先で届かず、直後に吹き荒れる衝撃波は今度は風魔法で受け流す。
純粋な風を起こすぐらいなら、ただ魔力を込めて風魔法を発動するだけでいい。衝撃波を消すのではなく、俺に当たらないようにするだけなら、少し強めの風で受け流してやればいい。
次の攻撃。ハルバードを持たない方の手での掌底。これは腕を横から叩く。正面から触れれば致命的な勢いも、横からならそう意味をなさない。
少し逸らされた掌底は、俺の頬に触れるか触れないかの場所を通り過ぎた。
「ここ」
静かに呟いて、剣を跳ねあげる。今度の剣には、魔法がかけられていた。
時空属性中級魔法『
ただ、その振動は非常に細かいところまで調整できる。細ければ細かいほど、そして効果が大きければ大きいほど必要魔力と要素数は増えていくが、この活性化した思考の中では、魔力の操作も過去一番にスムーズだ。
だから、これは要するに剣を物凄く振動させているだけ。しかしそれによって物体を切削したり、振動時の熱で溶断することが出来る。結果がどうなるかは知らないが、少しでも剣の切れ味が上がるなら試してみる価値はあるだろう。
跳ね上がった剣は、そのままガンツの左腕を半ばまで斬り裂いた。
鮮血が頬に僅かにかかる。ピチャッと音を立てながら、俺の視界に僅かに朱を垂らした。
「ッ、やるジャンよォ!!」
半ばまでだったのは、当然ガンツが腕を戻したからだが、今度は離れるのではなく、俺が剣を跳ね上げた動作の隙をつくことにしたらしい。
思いっきり差し込まれていくハルバード。だがそれは───俺の胸を貫くことなく、
「ナッ、どうなってんだよお前それはよォ!!」
そのまま横に薙ぎ払われるが、それでも俺の体に傷はなく、ただハルバードが抜けただけ。
先程もやったように、ハルバードの攻撃を
時空属性上級魔法『
だから、胸の前の空間を指定して、それを背中の空間繋げれば───ハルバードはそこで
空間に入った部分だけが転移するので、あたかも俺の体をすり抜けたように見える。それを横に薙ぎ払ったところで、そこが指定された空間内なら、俺に攻撃を当てることはそれこそ別の方向から出ないと無理だろう。
上級魔法の無詠唱発動……何故か今なら、できる。何故かも何も、今は非常に魔力操作がスムーズだからなのだろうが。
とはいえ、そう何度も使えるものでは無い。敵の攻撃を読まなければいけないのに加え、魔力の消費も著しいし、あと二回か三回使えばガス欠になるだろう。既に効果も切れ、次胸に当たれば普通に攻撃が通る。
それでも、ガンツに警戒心を与えるには十分だ。
「……なんだよ、お前。ホントになんだよお前。レベル1相手に一度も攻撃が当たらないとか、初めてなんだけどよォ。そんな魔法も見た事ないし、さっきから魔力も気配も全然感じないしよォ! 何? 俺ってもしかして凄く弱いの? それとも、お前が強いの? ねェ、ナァ、おい、聞いてんのかよォ!!!」
ようやく、笑顔が消えた。強い相手と当たって楽しいと思えるような感情が失せた。代わりに悔しさや困惑や、怒りなどが顔に出てきている。
たかが低レベルの勇者。パラメータだけならまだまだこの世界でも下から数えた方が早い数値。レベルで言えば最底辺である俺に、攻撃をかわされるだけならいざしらず、むしろ傷つけられたことへの怒り。
こいつは強い。強いから、プライドみたいなものがあったんだろう。それを多分俺は、今踏みにじっている。
レベル1でありながら、拓磨と慎二が苦戦していたガンツを相手に、むしろ押してしまっている。
悔しいだろうよ。屈辱だろうよ。対する俺は、多分笑ってもいないし、必死な顔になってもいない。無表情とまではいかないが、表情らしい表情も浮かんでいないはずだ。
そんな相手にただ淡々と攻撃を避けられ、隙をつかれて傷をつけられる。身体能力では明らかに分があるのに、攻撃を食らってしまう。
見れば見るほど、感情が出れば出るほど、そいつの思いが読めてくる。
ガンツのハルバード。直接剣で防げばこちらの剣が軽く粉々になるか、俺の手から吹き飛んでいきそうな勢いと強さ。
多分向こうは当たれば勝ちと思っている。血が昇っているのもあるが、その可能性を見ているからこそ、俺への攻撃を止めない。他の勇者なんか意識の外だ。
そういえば、そろそろ拓磨達は逃げたかな。でも、戦闘が始まってからどのくらい経ったのか、引き伸ばされた感覚の中ではよく分からなかった。
五分のようにも十分のようにも、まだ一分のようにも感じる。視線は逸らせないから確認もできない。
だから───ダメ押しとばかりに、敢えて、食らってやる。そのハルバードの穂先に自身の体をむしろ押し付けていく。
グジュッ……グチャッ……その音は僅かだったが、俺の中で確かに響いた。心臓は避けてはいるものの、ジワジワと広がる激痛は、高校生には耐え難い。
だが、それすらも切り捨てる。痛みは今必要ない。体の動きを鈍らせるものは不要だ。
「て、テメェ何を───」
「ようやく、捕まえられた」
それは、口端から血を流しながらではあったが、不敵な言葉。このまま続けていれば、流石に魔力が尽きて俺が負けてしまうかもしれない。その前に決められればいいが、幾ら感情的になっても、警戒心は消えない。むしろ最初よりやりづらくなる可能性もある。
だから、自らを犠牲にすることでの拘束。ハルバードを握った腕を、俺は掴む。
ガンツは、ハルバードを手離すか、そこで一瞬の迷いが生じてしまった。だが俺を前にそれは致命的だということを、身をもって体感させる。
同じだ。同じように、俺と同じようにするだけ。ガンツが俺の胸を貫いているなら、俺もまた右手を持ち上げて、スッと入れるだけ。
滑らかで、素早くて、まるで尾を引くような、ゆっくりなのに残像を残すような動作。
「───グフッ!? ガァァァッ!?」
抵抗は、一瞬。先程のように振動で切れ味をました剣は、ガンツの胸を貫いた。
それを、グリンッ……傷口をえぐるように回転させれば、胸の穴はたちまち大きくなる。
「このっ───所詮は雑魚の分際で、サァ!? アァァァァ!?」
そして、十分に広げた傷口から、俺は更にガンツの胸を斬り払うようにして剣を抜いた。
雑魚、雑魚か……いざ自分が不利になると途端にこちらを貶め始めるのは、感心しない。最初から最後まで狂っているのなら、そっちの方がまだ良かったものを。
痛みで行動を止めているのもまた、憐れで惨めだった。レベル1の勇者が耐えられて、圧倒的力を持っていたはずの男が耐えられない。
これほど惨めなことは無い。哀れで憐れで、どうしようもない。
ドバドバと溢れる血液。傷口は俺よりも何倍も広く、悶絶するガンツを前にして、俺はハルバードに貫かれながら、最後の一撃を入れる。
「……これで死んでくれ」
言葉は、最後まで静かだった。一度も叫ばず、一度も消えず。感情に飲まれることも無く、感情を見せることも無く。
惨たらしいとは思いながらも、顔に剣を刺し込んだ。下からしっかりと、脳を突き刺すように。
確実に殺す。息の根を止めてやる。生命力の高さも何も関係ないほどに。
そうすれば……ハルバードを掴む手はビクンと震え、そして垂れる。粘性のある液体が、頭から流れる。
やがて、足から崩れ落ち、血溜まりの中に倒れるだけ。顔の中央に横長の穴を空けて。
もう、クラスメイト達は居なかった。ここには、二つの死体と、ただ俺一人だけ。
胸の痛みは、錯覚か何か、少し虚しく感じた。この痛みはそのまま、心の痛みでもあるのだろう。
長いハルバードを胸から引き抜けば血が出るが、俺は掌をかざして何の反応も見せずに、それを癒す。
初級の『ヒール』では表面の傷が塞がるぐらいまでしか治らない。中級の『ハイヒール』でどうにか中まで回復が可能になる。一度ではなく二度、三度と重ねがけをして、ようやく完治した。
それでも、痛みは消えない。
血溜まりの中にハルバードを落とし、ガンツの死体を無視して、俺は蒼太の元まで……蒼太の死体の元まで歩いた。
多分、死ぬ時は一瞬だったんだろう。驚いた表情。それで固まっていた。だが、苦痛に歪んでいる訳では無い。
それだけは、良かったのかもしれない。いや、死ぬことに良いも悪いもないか。重要なのは満足して死ねたかどうか。
蒼太は、やり残したことがいっぱいあったはずだ。ファンタジーの世界に来て、魔法を手に入れて、他の勇者よりは確かに弱いかもしれないけど、それでも頑張ろうという意思は本物で……もしかしたら、今以上に仲良くなれていたかもしれない。
それも全部、潰えた。結果として残ったのは、蒼太が死んだという事実だけだ。
満足して死ねなかった。それはきっと、辛いことだから。
「……そうだな、俺も多分楽観視が過ぎたんだろうよ」
誰も死なないなんて、思ってはいなかった。だけど、こんなに早く誰かが死ぬなんてのも、考えていなかった。
その点に関しては、俺もまた現実を考えることが出来ていない。
見開かれた目を、そっと閉ざしてやる。死者の扱いなんて、俺には分からない。だけど、このまま放置するのもまた、良くないように思った。
火葬か、土葬か、それとも死体を……遺体を保存しておく方法があるのか。ともかく、事前に聞けたら良かった。死んだあとの話なんて縁起が悪いだろうけど、それでも、どうしたら蒼太が喜ぶのか、気が済むのか、全然分からないなんてのは……悲しい。
呆然と、立ちつくす他ない。もう少しだけ、スカッとしてくれればよかったのに。
「───トウヤ殿!!」
ふと、突然、声がかかった。グレイさんの声だ。それと同時に一陣の風が走り抜け、俺の隣に誰かが立った。
そう、外で先程までグレイさんと戦っていた魔族だ。そいつが俺を見下ろしていた。
「……ほう、ガンツの魔力が消えたと思ったら、なるほど……」
「………」
俺は、そいつが隣に立ちながら、剣を手に取らない。そいつからは敵意も殺意も感じなかった。
そいつが来ると同時に、グレイさんもまた、そいつの首に剣を突き当てていたのだ。だから、かもしれない。
「ふふ、騎士団長さん、そう警戒なさらずともご安心を。こちらの目的は達成されたので、私はもう帰るとしますよ」
「魔族の言葉を信じろというのか? いきなり奇襲など仕掛けておいて、どの口が言うのか」
「そちらこそ、二人がかりで私を倒せなかったことを忘れないでください。私はあくまで足止め、貴方たちを殺すことは目的ではない。その気になれば貴方はともかく、先の副団長ぐらいは、一瞬で殺せますよ」
「………」
背後に目を向けるに、ベルトさんは今倒れている状態なのだろう。男はグレイさんに剣を当てられながらも、仲間の死体を見ながらも一切の感情の乱れを見せなかった。
「それよりも私としては、この勇者の方が気になる。ガンツはあれでも
「………夜栄刀哉だ。ジルス」
「ヤサカトウヤ君ですね、覚えましたよ。私のことは知っているようですが、確かに私はジルス。ガンツの、まぁ上司みたいな感じですよ」
おどけたように肩を竦めてそいつは、俺の瞳を覗き込む。下手に反抗しない方がいいと、俺は悟っていた。名前を呼んだのは、僅かな抵抗心ではあったが。
少なくともこいつは、グレイさんとベルトさんを相手にして
多分、勝てない。覆らない結果として、それがわかる。
「君は非常に興味深い……今回は勇者は全部で三人、いえ、イレギュラーの君を含めれば四人も
「おい魔族、お喋りも大概にしろ」
グッと、グレイさんの剣が容赦なく差し込まれる。だがその時には、そいつ、ジルスは既に距離をとっていた。
その傍には、ガンツの死体が
「おぉ、怖い怖い。それでは私はこれで失礼させていただきますよ。ガンツは回収させていただきます、別にまだ利用価値はありますしね」
「………」
「そう睨まなくても、帰る途中についでに街を襲ったりなんかしません。このまま本土まで帰らせていただきますよ。それに、暫くは
小馬鹿にしたように言って、最後に魔族は、俺の顔を見た。
「トウヤ君。正直言って君は、今この場で
そうして、パチンと指を鳴らす。そうすれば二人の姿は、足元から薄れるように消えていく。
「次会う時には、舌を巻くような経験ができることを期待していますよ」
声が、最後に響いた。姿は完全に消え、グレイさんは最後まで警戒は解かなかったが、それでも安堵したように見えた。
それを確認して、とりあえず俺も安堵する。あぁ、どうにか俺は、あれ以上誰も死なせず、傷つかせずに、事を終わらせることが出来たらしい。
フラリ……視界が眩んで、膝から力が抜け、その場に倒れ込む。
「っ、トウヤ殿、大丈夫か!?」
グレイさんが、声をかけてくる。大丈夫です、と答えられたかどうかは定かではない。
きっと、ガンツとの戦闘では、俺もまた身体能力が限界を超えていたのだろう。火事場の馬鹿力とまではいかないまでも、普段よりも数割ぐらいは、素早い動きができていた気がする。
それで、疲れでも生じたか。やけにゆっくりと、瞳に闇が差していく。
傷は塞いだ。つまりこれは、純粋な休養だ。けど、蒼太はどうする?
ここは、グレイさんに任せるしかない。
「………」
微かに口を動かして、グレイさんに伝える。もう、反応は見えない。意識がプツンと切れるその瞬間を、俺は認識できた。
『お疲れ様』
その一瞬だけ、誰かの声が聞こえた気がした。
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