第20話

 ず、頭痛が酷い……!?

 朝からずっと頭痛に悩まされております……あ、これともう一話でたしか第一章が終わりになりますぜ。


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 走って、走って、城へと着いた途端に入り込んでくる鉄臭さに、俺は思わず手で口元を覆った。


 明らかな血の臭い───城内に入れば、廊下には何人かの人が倒れていた。


 ───いや、そんな生易しいものでは無い。


 「っ……」


 人が倒れていたと言うよりは、死体〃〃あった〃〃〃。なんてことは無い。血溜まりの中に、恐らくメイドと執事が居るのだ。

 その背中はざっくりと斬られ、出血量からして生きていることはまず無い。


 ……吐き気は、大丈夫。だがとにかく目を逸らしたくなった。


 顔は、ダメだ。確認はしない。知っている顔だからと悲しみたくはないし、知らない顔だからと安堵したくもない。

 ここにあるのは、ただの死体〃〃〃〃〃だ。今はその認識で、行くしかない。


 死体を避けながら、一秒でもこの場から離れたくて駆け抜ける。だが進めば進むほど、血の臭いは強く濃くなり、噎せ返るような感覚に襲われるが、それでも進む。


 しかし……既に死体は、メイドや執事、それと身なりからして大臣やそれに類する者達以外にも、騎士〃〃が混ざり始めた。


 その意味が、つまり賊は騎士すらも容易に倒せるほどの強さを持っているということが分かってしまい、焦燥が俺を支配しそうになる。


 けど、それも一瞬だ。


 「まだ、拓磨達は居ない……なら平気だ」


 それを呟けば、それだけで気は紛れる。単純だな、俺は。

 

 なんにせよ、急がなきゃいけない事には変わりない。事が終わっているにしろいないにしろ、行かなければいけない。


 急いで地下へと続く階段を下っていく。煙を上げていたのは城の上の方、それも尖塔の部分だ。上層は恐らく火属性の魔法で燃やされたのだろう。

 魔法の炎は基本的に、その場の材質に関わらず燃える。水などの属性的に不利なものがあれば別だが、城の中に魔法の火を消せるほどの水が自然とあるとは思えないので、上層は諦めた方がいい。


 そして賊は死体から推察するに一階の外から入り込んだ形だ。上を先に潰し、逃げ道も塞ぎ、となればあとは、移動先は地下しかない。最初に召喚された時にいた、聖堂のような場所に。


 死体もまだないので、拓磨達やグレイさん達は下にいるのだろう。階段を降りて、少し伸びる廊下を急げば、やがて剣戟の音が聞こえ始め、俺は一気に足を早めた。


 既に誰かが戦っている───それも、打ち合う頻度が非常に高い。一秒間に何度刃を触れさせているのか、近づけば近づくほど金属音が大きくなり、俺がその中ほどまで行きまず見たのは、廊下には重なるおびただしい数の、騎士の死体。


 それはまるで、一刀のもとに斬り伏せられたかのように、皆胸や背中に大きな傷を一つだけつけ、倒れていた。その死体の数からか、血溜まりはそれこそカーペットのように広がっていて……。


 「っ、すみません……!」


 それを跳躍して乗り越える。それでもやはり、安堵していた。この死体の中に、クラスメイトがいなかったことに確かに胸をなで下ろしていた。


 進んで、聖堂と廊下の間にあるちょっとした広間に入れば───バシンッと。


 その瞬間、入口のすぐ横の壁に、何かが叩きつけられた。


 「ぐぁっ……っ……」

 

 驚いて横を見る。そこには壁に叩きつけられた、ベルトさんが居た。

 目立った傷こそ負っていないが、先の衝撃で体が痛むのか、顔を顰めている。


 「ベルトさん……!?」

 「くっ……と、トウヤ殿ですか。何故ここに、とは聞いても仕方ないでしょうね」

 「大丈夫ですか!? 今回復を───」


 俺は全属性を修めているので、回復魔法も扱える。だがベルトさんは、俺が伸ばしかけた手を掴んで魔法を制止した。


 「いや、私は大丈夫です。骨に少しヒビが入ったくらいでしょう。騎士には日常茶飯事です……それより、ここまで来たのなら仕方ない。トウヤ殿は、急いで先に行って、残りの勇者殿達を。ここは私達が」


 言えば、ベルトさんはすぐに剣を手に取り、それ以上のことは何も言わずに、俺の言葉も聞かずに再び突貫した。


 その先には、グレイさんと、そして浅黒い肌〃〃〃〃をした、一対の黒翼〃〃〃〃〃を背に生やし、額に角がある……人型の何かがいた。

 それが、グレイさんと戦闘を行っている。目にも止まらない速さで、グレイさんは剣で、向こうは魔法で応戦していた。


 だが、俺の目がおかしいのだろうか……あの〃〃グレイさんが、どこか押されているように見える。


 事実、押されているのだろう。そうでなければ、ベルトさんと二人で戦うことなどない。いや、ベルトさんはそもそもグレイさんが引き付けてくれなければ、まともに戦うことすら出来なかったに違いない。

 

 まさに、次元が違う。


 「っ……とにかく先に!」


 この先に、恐らく拓磨達が居るはずなのだ。だから俺は、ここはグレイさん達に任せる。押されてはいても、大丈夫だ。今は信じる他ないのも事実だが、グレイさんが死ぬようにも思えない。


 「ん、雑魚が入り込んできましたね……っと!?」

 「貴様の相手は私達だ!」


 一瞬、そいつは俺に反応しかけた。多分、魔法でも撃とうとしたのだろう、手をこちらに向けかけたが、グレイさんとベルトさんがすかさずに攻撃を放ってくれたお陰で、すぐに中断される。

 

 相手は、恐らく人間と同じように繁栄している種族の一つなのだろう。この世界にはいくつか人型種族が居ると聞いていたが、残念ながらそこまではまだ調べてもいないし、マリーさんから座学を通して教わってもいない。


 だが、ラノベ知識で該当する種族ならなんとなくある……その場合、やはり狙いは勇者であるのかなと強く思うわけで。


 グレイさんもまた俺に気づいたようだが、だからこそか、より一層その敵を引きつけようとした。相手も俺の事を雑魚と言っていたし、戦闘の途中、片手間にこちらを倒そうとする程度には俺の実力を低く見積もっているのだと思われる。


 構わない。そのお陰で、グレイさん達はそこで足止めを食らっているにも関わらず、俺は悠々とその先に進むことができるのだから。

 いや、悠々と、というのは正確ではない。俺の中では更なる焦りに襲われていたので、それこそ必死でという方が正確だし、余裕は皆無だった。


 ───賊は複数と、確か門番が言っていた。何人かは知らないが、それでも最低一人以上はこの先に居ると考えていいだろう。それも、先の敵と同等レベルの敵だ。


 もしそんな相手がこの先に居て、俺が倒せるだろうか? そんなことを思うが、それは愚問だとすぐに振り払う。


 結局のところ倒せるかどうかは重要ではない。今は拓磨達を助けるのが、そして全員で協力して逃げるのが最優先だ。


 だから、聖堂の扉を蹴破るようにして中に入って、俺は瞬時に事態の把握に務めた。


 「……と、刀哉君?」

 「刀哉、何で……?」

 「夜栄君……」

 「ゆ、勇者様……」


 聖堂の奥の方に、見慣れた顔を見つける。美咲、樹、輝明、繰上、愛斗、剣持、一慶、新津、春風、幸吉、星川の、11人。

 そこに、王様と王女や、残った僅かなメイドや執事、大臣などの人が居た。だが少ない。城にいた総数の一割にも満たないだろう。


 そして中央では、先程と同じように戦闘が勃発していた。


 慎二と拓磨───恐らく俺を除いて、勇者の中で最も強い二人が、外にいた奴と同じ特徴を持った敵と相対していた。いや、相対というよりは、ほぼ弄ばれているに等しい。

 そいつは明らかに遊んでいた。僅かに出来た血溜まりの中心で、手にした槍斧ハルバードをクルクルと回して、二人の攻撃をいとも簡単に防ぎ、悠長な動作で蹴りを入れる。


 「ぐぁっ!?」


 たったそれだけで、食らった慎二が物凄い勢いで壁に吹き飛ぶ。激突した壁が少し崩壊し、土煙を上げる中、当然一人では拓磨も防ぎきれず、すぐさま、今度は殴りで慎二とは反対側の壁に飛ばされる。


 「ンンァ……まァ悪かァないケド、レベル1のユウシャなんざ、こんなものかねェ。あー弱ェなァ。これなら俺も外のやつ相手すりャァ良かったか? アッチは見るからに楽しめそうだったのにヨォ」


 酷く不快な声だった。言葉に独特なイントネーションと伸びがあり、それでいて男にしては高い声。


 その、外のやつに比べると明らかに狂気じみている男は、ふと、俺の方を向いた。


 その白目と黒目を反転させたような色合いの三白眼が、奇怪な動きで俺の事を射抜く。


 「ン? おんやァ? おいおいジルスの奴、なァに一人通しちゃってくれてんノ? それとも何? 俺がコイツら遊び飽きたのをテキカクに見抜いて、新しい玩具を用意してくれた的なァ?」

 「なっ……夜栄、お前なんでここに……」

 「くっ、刀哉……」


 そいつの言葉で、慎二と拓磨が俺に気づく。遠くて声は聞こえづらいが、それでも聞こえてくるその声に、あまり歓迎されてないことを知る。


 ……そりゃそうだ。俺だって同じ立場で、もし誰か来たら、何で来たって思う。拓磨は俺の事を無条件で信じている節があるが、かといって助けに来てくれると思うようなこともないだろう。


 拓磨達の反応に、そいつは違和感を持ったらしい。耳障りな唸り声を出しながら───いつの間にか俺の顔を間近で覗き込んでいた。


 「っ……」

 「ンァ~? あ、お前アレか、出かけてた方の勇者ですかァ? お城が襲われてて助けに来ちゃったゼ! 的な? タシカに良く見たらユウシャだわァ。ヘェ~」


 そうして、俺の肩を軽くポンポンと叩く。


 「ヨォ、俺ァ魔族〃〃のガンツってもんだ。あ、魔族ってーのは、ようはお前ら人間と戦争〃〃してる相手で、ついでに魔王様〃〃〃を崇拝してる種族のことなんだけどよォ?」

 

 挨拶をするように、馴れ馴れしい感じでそいつ───ガンツは言った。ペラペラと、無知な子供に調子よく知識を入れていく大人のように喋りながら、どこか小馬鹿にすらしたように。


 ニタァっと口元が裂けていく。


 「だからなァ、ようするにさァ───」


 しかしその知識を、今は要らないものと判断して吟味するのを後回しにし、代わりに俺は、いつものように、意識をスっと切り替えて……。


 「───勇者なら、まァ、死んでくンない?」


 あまりにも唐突すぎる宣告。いや、言葉よりも行動の方が先だったかもしれない。


 拓磨達のように肉体を使った攻撃ではなく、その手に持ったハルバードで、直接なぎ払われる。


 上手く回避出来たのは、やはりある程度予想ができていたからだろう。本来ならそれを捉えることは出来ても、体の方が着いて来れなかったはずだ。半ば全ての予備動作を省略するように予め体を仕込んでいたから、回避ができた。


 けれども、その時にくる衝撃波〃〃〃までは、計算できていなかった。


 「っ、痛っ……」


 ハルバードに触れていないにも関わらず、十数メートルの距離、宙を舞った。床と背中が平行になり、咄嗟に手を床へと伸ばす。


 光沢のある床に触れれば、慣性から手のひらがギッと剥がれるような感覚に襲われるが、ある程度それで勢いを殺すことができ、着地する。

 その瞬間、ヌルッと予想以上に滑る床だが、何かにあたって足が止まり、どうにか体勢を整えることが出来る。


 しかし、先程の衝撃波を受けたせいか、腕に鈍痛が走った。

 

 クソっ、現実の戦いで衝撃波とか誰が考慮できるってんだ。確かに目に見えない程の速さの振りではあるけれど、アイツどんだけ強く振りやがったんだよ。


 ともかく、痛みはするものの、十分に腕と五指が動くことを確認しつついれば、何やら相手は、クツクツと肩を震わせていた。


 「ククッ……いい動きはすんのに、お前さん、仲間を〃〃〃足蹴に〃〃〃すんのはどーかと思うぜェ?」

 「……は、仲間?」

 「なーんだァ? もしかして気づいてなかったンかァ? じゃあちっとサプライズになっちまうなァ~こりャーよォ?」


 神経を逆撫でするような口調。そう言って、そいつは足元を指さした。自分の、ではなく俺の。

 それが単なる視線誘導であればわかったが、純粋にそいつは俺に、そこを見てみろよと言っていた。


 ───何故だか、吐き気がした。悪寒が走った。いや、何故ではない。


 足元はヌルッとしている。着地した時に少し滑ったのは、これか。ここには血溜まりが出来ている。

 先程まで奴が居た場所だ。そういえばこの血溜まりは、そもそも何だ〃〃? 奴の血では無いのは、無傷なことから分かる。しかしもし慎二と拓磨の血なら、こんな風にまるでこの場で死んだ〃〃〃〃〃〃〃ような血溜まりができることは無いだろう。


 じゃあ、むしろ何だ? そういうやなんで俺はこの血溜まりに着地して、立っていられた〃〃〃〃〃〃〃? 何かに足を引っ掛け、それで運よく滑りが止まってくれたからだが、じゃあその『何か』とは?


 足元を、見る。血溜まりだ。そこに俺は立っている。

 しかし、俺の踵辺りに、何故か誰かの肩〃〃〃〃があった。


 「夜栄、止せ!!」


 慎二が叫ぶ。そして拓磨が先に、奴に向かって突貫した。


 何故か、そう。拓磨の顔にはこれ以上ないくらいの怒り〃〃憎悪〃〃が浮かんでいた。それを見てしまった。

 もし、もしも今、俺が望む最善の結果なのだとすれば、拓磨があそこまで怒る必要は無い。憎しみを持つなんてアイツらしくない。あるのはきっと覚悟では無いとダメなのだ。



 あぁ違う。違う違う。分かってるんだ、予想出来てるんだ。だってもう、答えはほぼ出かかっているだろう? その可能性だって、考えなかったわけじゃないんだ。


 拓磨は恐らく、ただクラスメイトを守るために戦っているのではい。それでは慎二が俺に制止をかける理由にもならない。


 だって、この場には今、何人いる? クラスメイトは、勇者は、俺含め全員で26人。そのうち12人が森に向かい、残り14人がこの場に残っていた。


 だが、聖堂の奥には美咲達が居て、全部で11人。そこに戦っていた慎二と拓磨を入れて13人。


 何人だ? 簡単だ、25人〃〃〃だ。




 ───アレ? あと一人は、どこに行った?



 

 「……ぁ………」


 そうだ。最初に俺はもう頭の中で計算していた。人数が合わないことなんてとっくに気づいていただろう?

 それとも何だ、そこに俺も入れて14人だって自分を誤魔化していたのか? アホだろうそれは。


 いいか、もう一度数える。今確認できているクラスメイトは、俺、叶恵、拓磨、樹、美咲、慎二、輝明、繰上、愛斗、剣持、一慶、新津、春風、幸吉、星川、雄平、神無月、槐ちゃん、甲田、能二、近添、充、竜太、静江、麗奈の───25人。


 番号順に並び替えてみるか? 男女別にもう一度やるか? いや、結果は変わらない。なぜ一人だけ、記憶にない? ほら、思い出してみろよ。そして、美咲達の場所にそいつがいるか確認してみろよ。


 俺にそれが出来るか───考えて、やっても意味が無いことを、瞬時に悟る。


 「夜栄───くっ!?」

 「今だァいじなところでしョォ! ジャマすんのは良くないぜェ!?」


 そんな、俺が現実から目を背けようとしている間にも、慎二と拓磨がやられている。いたぶる様に、攻撃されている。


 ほら、振り返って、下を見れば、すぐに分かる。それを確認して、さっさと〃〃〃〃思考を切り替えるんだろ? 結果がどうであれ、今やるべき事なんてわかっているはずだ。


 


 だから俺は、確認をした。しゃがみこんで、その血溜まりの中に伏す一人の見覚えのある顔を、よく見た。ほとんど話したこともないし、この世界に来てからも縁はなかったが、それでも一年と半年近い付き合いのそいつは。


 


 「───あぁ、まぁ、知ってたよ」




 乾いた声が出る。拓磨があんな風になるのも納得だ。だって、アイツはみんなの命を背負っていたのだ。そこから早速一つ零れ落ちてしまったのだから、怒って憎くなって殺したくなるのも普通だ。


 


 ───なんてことはない。そこには予想通り〃〃〃〃、クラスメイトの死体があった。

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