第19話



 ───ベルトさんが、護衛をこちらに残して城へと走っていく。勇者の安全を確保するのは騎士団の中でも最優先事項なのだろう。

 俺達にはここで待つように、騎士には俺達を護衛するように。


 それに続けて自然な形で動こうとすれば、残った騎士が俺の行く手を阻んだ。


 「っ……」


 当たり前ではある。護衛が護衛対象を危険な場所に行かせるはずがない。


 「……どうか、行かせては貰えませんか? あそこには俺の友人が、親友が居るんです」

 「申し訳ありません勇者様。グレイ団長とベルト副団長は、勇者様方を守れと私達に命令しました。故に貴方様を行かせる訳にはいかない……今の城が明らかに危険な状態なのは分かっているはず」

 「そんな所に親友が居る、俺の気持ちも分かってくれるはずですよね?」


 相手は俺よりも体格が一回り近く大きく、精鋭ということで、純粋な力では俺達よりも圧倒的に強い騎士。

 騎士は俺の言葉を聞いて僅かに同情は見せるが、その場から動く気配は見せない。


 だが俺も、引くことは出来ない。


 「重ねて申し上げます。勇者様を危険な場所に行かせることはできません。貴方様を今この場で行かせるのは、私が子供の危険な行為を咎めない愚かな人間に成り下がることと同列です」

 「勇者である俺達を、子供と言いますか?」

 「言います。一介の騎士が無礼なことを言って大変申し訳なく思いますが、子供を死地に送り出すようなことは出来ません。立場がどうあれ、貴方様が勇者であれ、関係はないのです。私は子供に無茶をさせるために騎士になった訳では無い。子供を守るために騎士になったんです」


 例えそれが無礼だろうとなんだろうと、引く気は無いと。

 凛とした表情。ただ命令されたからではなく、自分の意思を持ってして、俺を守ろうとしてくれている。


 「では俺に、アイツらを見捨てろと?」

 「見捨てるのではなく、信じて待つのです。ただその場に行くことだけが友愛ではありません……どうかご理解を」


 騎士は非常に誠実な人で、それ故に動いてくれない。本気でこの人は、俺達のことを考えているのだろう。

 名前も分からない騎士。騎士の方々は本当に誠実かつ人間として出来すぎた人ばかりで……だが、それでもやはり、俺は引けない。無謀だとわかっていても、無茶だとしても、もしそこに親友の命があるなら行かなきゃいけない。


 話は平行線。何度言っても聞き入れては貰えないだろう。


 ───だから、俺は無言で剣を鞘から抜き、その切っ先を目の前の騎士に向けた。


 「刀哉君っ!?」

 「おい、夜栄っ!?」

 「……悪い、俺はどうしても拓磨達のところに行かなきゃ気が済まないんだ。それに、もし本当に危険な場所なら、そんなところにアイツらを置いてはおけないから……」


 叶恵達には悪いが、俺はもう決めている。死にに行くのではない。助けに行くのだ。何人の敵が居るのか、どれだけの強さかも知らないけれど、相手が生き物なら勝てないわけじゃない。今拓磨達を見捨てそして失えば……俺達は取り返しのつかない真似をしたことになるのだ。


 親友としてはもちろん大切だ。拓磨、樹、美咲、もちろん他のクラスメイトたちも全員。だが、それだけでなく、現実的に俺達には彼らが必要でもある。


 「だから、行ってくる。お前らはここで待っててくれ……死にやしないから、平気だ」


 あくまで穏やかに。なんの根拠も無く、笑顔で告げる。叶恵達は、絶句とも言える状態で、声をかけることは出来ない。そう言わせないように、俺はある種覚悟すら決めたと、見せたのだ。

 もし俺が行くことで、少しでも戦力に優位性が出るのなら───だから俺は、目の前の騎士に改めて相対する。


 「……勇者様、本気ですか?」

 「すみません。俺は自分の命とアイツらの命を天秤に賭けることが出来るんです。無駄死にするつもりはありませんが、大人しく守られているつもりもありません。それを証明するためにも、力づくで行かせていただきます」

 「………」


 僅かな動揺。騎士の人数は目の前の人と、後は俺達の後ろに二人の合計三人。

 必要ならば全員無力化してでも……いや、それだと後で叶恵達が危険だ。だから、狙うべきは戦意の喪失か、もしくは説得、あとは逃げ切りか。


 説得は難しい。向こうには騎士道とも言うべき崇高な思想がある。たかが17年生きた俺では、その思想に真っ向から立ち向かうことは出来ないし、納得させられるだけの材料もない。


 戦意を無くさせるのも、きっと難しい。そう簡単に折れるような人が、騎士なんかやりはしないし、そこまでの実力差もない。ただ命令に従っているだけならまだしも、この人から、この人達からは本気しか感じられないのだから。

 

 だから狙うは、逃げ切ること。それが俺の勝利条件とみていい。


 背後の二人はまだ剣を抜くべきか悩んでいる。目の前の騎士も、流石に剣を抜くことには抵抗があるのか、柄に手はかけているものの、迷いが見える。


 ───それなら俺の方が、先んじて動ける。


 「ッ……!!」

 「くっ、はやい───!?」


 言葉など許さない。瞬時に肉薄すれば、素早い反応で剣を抜こうとするが、その時には懐に入り込んでいる。


 俺の身体能力を見誤っていたのだろう。たかが子供と思っている面もあったのではないか。

 この騎士とは直接試合をしたことは無いが、俺は身体能力に関しては勇者の中でも随一で、体の使い方は慎二よりも恐らくは巧い。ほぼ全員の勇者が現役の騎士には勝てない中でも、俺は騎士を相手に、勝てるのだ。


 更に言えば、日々の訓練で身体も更に鍛えられている……だから、 先手を取ればそれが決定打になりうる。


 左手で騎士の剣の柄頭を彼の手ごと押さえ、右手の剣を首に突き当てた。騎士の剣は鞘からは半分ほどしか出ておらず、左手は鞘に添えていた位置上、動かそうとする前に俺の剣が十分に届く。

 

 「っ……」

 「………」


 そうすればあとは、睨み合い。騎士は頬に冷や汗を垂らしながら、対する俺は静かに、互いの目を見る。

 もちろん俺とて殺すつもりなどないし、ましてや殺人に手を染める度胸までは持ち合わせていない。いや、そもそもこの人は善人なのだ。間違っても殺すなどあってなるものか。


 しかし、完全に無力化するには、実力が上回っている訳でもない。この拮抗もいずれ俺は抜け出さなければならないのだ。


 そのタイミングが、すぐに訪れる。


 「と、刀哉君後ろ!」


 思わずと言った形で叶恵が叫んだのは、背後から残りの二人が剣を抜いて近づいていたからだろう。別に叶恵は俺に行って欲しい訳じゃないはずだが、身を案じてくれたからの咄嗟の行動。


 嬉しいに決まっているが、同時に心苦しくもある。


 騎士に殺気はない。狙っているのは、気絶か、もしくは脚かもしれない。俺が先んじて攻撃したことで、剣を抜くことを後押ししたようだ。


 俺がそちらに気を取られたと思ったのか、最初の騎士は左腕を動かして俺の剣をどかそうとしたが、それでも俺の方が早い。


 「『光よ』!」

 「クッ……!?」


 すぐ目前に魔法で閃光を作り出せば、咄嗟に動こうとした騎士は思わず目を覆った。僅かに間に合わず、瞬間ではあるが光を直視したはず。

 その間に剣を離して跳躍。騎士を飛び越えるようにして、城へと続く道を駆け抜けていく。


 「っ、いいか、脚を狙え! 最小限の怪我で留めろ!」

 「勇者様、少々手荒になります!」


 当然、純粋な身体能力では俺よりも騎士の方が高いため、このままでは追いつかれるが───それがわかっているから、無策に逃げることなどありえない。


 追いかけようとした騎士が走り出しと同時に、俺は振り返ることも無く、口を開くことも無く〃〃〃〃〃〃〃〃〃魔法を発動する。


 「なっ───!?」


 地面を踏んだ二人の騎士の足が、次の瞬間には膝上ほどまで一瞬で凍結してしまう。

 それだけでは無い。俺が通った道を中心として、横幅6メートル近くはある道が全て厚さ数ミリの氷に覆われる。

 

 「っ、これは、『凍域フロスト』か!?」

 「馬鹿なっ! 中級魔法の無詠唱発動なんて、いくら勇者でも一週間で習得できる域じゃ───」


 突如として足が動かなくなるも、受身を取る二人だが、両足を凍結された状態ではすぐには走って来れない。その驚愕だけ耳で聞き届けつつ走り去ろうとすれば、しかし騎士も強かだった。


 「っ、炎よ、広く熱を宿せ───『炎域ブレイズ』!」

 「炎よ、集束し彼の者の脚を穿て───『炎槍フレイム・ランス』!」


 騎士とはいえ、別に近接戦闘だけが取り柄ではないし、倒れながらでも魔法は扱える。

 片方の騎士の魔法で地面と脚を覆う氷を溶かし、もう片方の騎士の隣には凄まじい熱を放つ槍が生まれ、それが俺に向けて射出される。


 どちらも中級魔法───それも後者は当たれば確実に動きが止められてしまう。


 ほぼ一秒にも満たない時間で、すぐ真後ろに凝縮された魔力を俺は感じていた。背後、地面スレスレ近く。2メートル程度のところまで炎の槍が迫ってきている。

 けれど向こうが詠唱を開始した時点で、俺もまた対抗するために、使用する魔法を脳内で思い出す〃〃〃〃


 目当ての記憶を掘り起こすことすらラグもなく、イメージを記憶で丸々代替し、後は流れるように魔力を操作して、騎士の魔法に合わせて無詠唱で〃〃〃〃発動するだけ。


 石の壁が地面から瞬時に現れ、その槍を受け止める。

 『炎槍フレイム・ランス』は中級魔法の中でも特に威力が高い上に、詠唱ありだ。無詠唱の『石壁ロック・ウォール』ではいくら俺でも壊されてしまうが、それでも魔法の効果は相殺できた。


 しかし騎士は脚も回復し行動可能になる。更には閃光で目をやられていた最初の騎士も、先の魔法に紛れてこちらに再び接近していた。


 まだ叶恵達からは100メートル半程度しか離れていない。城までは一本道だが、それでもこの数倍の距離はある。

 残りの距離を無理矢理走破しようとすれば、捕まるのは必至だ。


 グングンと詰まる距離。俺の二倍に近い速度はパラメータによるものだろうが、それを見ながら、少しだけ複雑な魔法の構成を辿り、魔法を発動。


 「『一斉氷矢アイス・アロー・マルチプル』!」


 作り出すは氷の矢。だが今日にゴブリン相手に使ったものと違い、その数、およそ10〃〃

 一つ一つは初級魔法でも、数が増えれば厄介だ。特にこれは、ダメージを狙ったものではなく、氷による阻害効果を期待してのもの。


 背後を見て狙いをつけることも無く、気配だけで相手の位置を把握しながらその矢を一斉に射出。狙うのは一番前に来ている最初の騎士───!


 「舐めないで頂きたい!」


 それを流石と言わざるを得ない体さばきで避ける騎士は、剣で防御しないことからも、俺の意図を読んでいるのだろう。

 けれど、避ければ良いというものでもない。何故ならその矢は、単なる氷の矢ではないのだから。


 避けたはずの矢は、旋回〃〃する。ようは、追尾機能持ち〃〃〃〃〃〃というわけだ。

 複数同時に発動する以上に、その要素を入れ込む方が劇的に難易度が上がって大変だったが、その甲斐はある。


 気づいた騎士は再び背後からの攻撃を避けようとするが、すぐにそれをダメだと悟った様子。どれだけ避けたところで、この矢は追尾する。細い道に逃げ込めば別だが、この道では矢の追尾を許すことになる。


 「くっ、『炎壁フレイム・ウォール』!」


 仕方なくその場で止まり選択したのは、炎の壁を作り出す魔法。地面から噴出する炎を前に、初級魔法たる『氷矢アイス・アロー』ではもたない。触れた傍からジュッと音を立てて、構成が保てなくなる。


 やはりあの騎士は他の二人よりも練度が高い。魔法も詠唱破棄で、先程は油断があったから先手は取れたものの、真正面から戦えば余裕とはいかないだろう。

 しかし魔法の一手を取らせたことで、多少の、数秒程度の時間稼ぎはできた。

 城までとは言わずとも、叶恵達も置いてはいけないはずなので、俺を追うのを諦めてくれるのも時間の問題のはず。


 ここまでやっても、所詮は時間稼ぎ。そもそも一人を足止めしても、その間に二人がこちらに来ている。

 魔力はまだあるが、それでも減っている。小さな魔法でも、使い続ければそう遠くないうちに魔力切れになるだろう。


 中々上手くはいってくれない。最初に脚を凍らせた時点で諦めてくれないかと期待はしたが、手が残っている以上は止めないのだろう。同じことを二度繰り返せば、魔力も心許なくなるし、対策もされる。


 ───ここが境界線だ、夜栄刀哉。


 一言。口の中で自身に向けて呟く。


 そう、どう頑張っても無傷で無力化することは、無理だ。騎士達はそれほどまでに洗練された動きを見せている。例え壁を作って時間を稼いでもそれこそ数秒ともたないだろうし、氷の足止めは二度目は決めさせてくれないだろう。そうしていれば、先にこちらの魔力が尽きて、結局城には向かえなくなる。


 だから……意識を切替える。これ以上小手先の技で勝負するのは、それこそ消耗が激しい。


 足を止め、振り返り、そこで初めて動作を止めて、魔法に意識を割いた。


 今の俺は中級魔法までは手足の動作と同じようにいくが、それより上〃〃〃〃〃は難易度が急激に跳ね上がる。


 それでも、意識を取られていたのは一瞬。騎士の一歩がようやく終えるぐらいの時間だ。

 だがそれだけあれば、俺にとっては十分な時間。そして許容出来る隙。


 俺の体から、隠すことが叶わない魔力がブワッと放出され、騎士が魔法の発動兆候に気づき、回避行動を試み……。


 「っ、避けろ!!」

 「───『氷棘の回廊オーバー・グレイシャル』」


 腕を伸ばし、五指を広げて魔法を発動すれば、それだけでチェックメイトの声はかかる。


 ───それはまさしく、氷の回廊。建物の壁も、石畳の地面も、何もかもを白銀が覆い尽くしていた。

 ただし、そこには、侵入者を阻むように、壁からも地面からも、無数の氷の棘が生え、それが騎士達の行く手を数十メートルに渡って満たしている。


 氷属性上級〃〃魔法『氷棘の回廊オーバー・グレイシャル』───それは、この追尾劇を終わらせる決定打。

 少しでも触れれば冷気は対象者の動きを奪って、氷漬けにするだろう。対抗するには、同じ上級魔法を発動する必要があるだろうが、それは難しいはずで、もし発動できたとしても、ただでさえ難しい上級魔法を発動し終える頃には、俺も城に着く頃だ。

 そこまで行けば、叶恵達の方に戻らざるを得ない。俺一人の命と残りの11人。どちらを優先すべきかは目に見えている。


 「……すみません」

 「勇者様───クソッ!! 解けてくれ、早く解けてくれ……!!」


 城へと向かう俺の背中に、そんな声がかけられる。距離のせいで遠く聞こえるが、叫んでいるのだろう。本気で俺の事を心配してくれているのがわかる。

 良い人だ。あの人達は全員、勇者ではなく、一人の子供の無茶を止めようとしてくれたのだ。


 罪悪感は当然ある。けれど……後悔はない。


 振り返らずに、俺は走り抜けた。あの魔法を超えるには時間がかかるだろうし、だからもう、俺に追いつくことは無い。


 時間にしておよそ二分程度の短い戦闘。一分一秒を争っている今は、もう足を止めている時間はない───。




 やがて後ろの方で魔法が解け、白銀の粒子を道に降らせるが、騎士達が改めて追ってくることはなかった。

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