第16話

 さあさあ、ここからが第一章も本番で終盤でございます。


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 ……翌々日。メイドから例の話を聞かされてから、二日経った今日。つまるところ、当日だ。


 本来なら起きているつもりが、どうやら途中で眠ってしまったらしい俺は、痛む胸と襲い来る怠さを抑え込んで、体を起こした。


 寝たということは、また見てしまったということだ。その夢の内容は……やっぱり、明瞭に覚えている。もしかしたら、[完全記憶]がいらぬ働きを見せているのかもしれない。


 いや、それ以上に、夢がほとんど記憶通りなのがいけない。だから現実感があるし、こうして夢の内容を覚えている。

 今日は妹が、金光が俺の手を引いて、引っ張り回すように買い物をして回った夢だ。いつだったが、全く同じ状況になっていた覚えがある。


 ……ダメだ。思い出そうとするのは、ダメだ。ただでさえ今日は、この世界に来てまた一歩進まなきゃ行けない日なのだから。

 思い出せば、この世界への慣れもまた振り出しに戻してしまうことになる。また日常との落差を痛感しなくちゃいけなくなる。

 

 「……やっぱ辛いな」


 人生でこんなに睡眠を嫌になる時がくるとは、思ってもみなかった。だがそれでも、どんなに辛くても、気持ちを切り替えなければいけないのだ。


 激しい動悸を抑え、曇った視界を拭い、まるで幻覚のように残っている温もりを振り払う。


 ───そうすれば、どうにか身体はいつも通りに戻ってきてくれるようだった。




 ◆◇◆




 心がどれだけ大変でも、時間が止まってくれるわけじゃない。先送りというのは一見良くないように思えるが、目の前のことをこなす方が重要であることを考えれば、別に悪くもないと思う。


 朝、朝食を食べて直ぐに俺達は、城の前に集められた。


 「よし、揃っているな。それではこれより、王都近くの森まで巡回を兼ねて遠征に向かう」


 前に立ったグレイさんが俺たちを見回して、力強く言い放つ。一昨日に聞いたとおり、俺達は今日と明日の二組に別れており、俺と叶恵、他10人が今日、残りの拓磨と美咲と樹、そして慎二らが明日行くことになっている。

 叶恵が行くのは最後まで反対の気分だったが、まぁ、俺がつきっきりならいいかという結論に。本当に、勇者の中ではダントツで剣の扱いがなってないのだ。初日よりはマシになったが、まだまだと言わざるを得ない。


 だが叶恵は一方で、魔法の扱いが勇者の中でも飛び抜けている。特に、使い手の少ない特殊二属性に分類されていた『回復属性』の魔法が得意なようで、以前任務中に怪我を負ってしまったという騎士の傷を瞬く間に治して見せた。


 そのため、戦力としては期待出来ないかもしれないが、サポート要因としては十分以上なのだ。グレイさんもそこを考慮して連れていくことにしたらしい。


 ちなみに時間はおよそ午後を少し回ったぐらいまでを予定しているらしく、俺達が行っている間、拓磨達はマリーさんの指導を受けることになっている。


 自由時間では無い様子。まぁそんなものか。


 また、全員にはいつも使っている刃を潰したものではなく、通常の武器が支給されている。もちろん俺も、腰の鞘に剣が入っている状態だ。

 その、殺傷力の高い武器に自然と緊張感を得ているのか、皆顔がすこし固い。


 「今日の目標としては、一人二体のゴブリンの討伐だ。ゴブリンは群れで生息するのに加え、繁殖力が高いため数は多いが、個体としての強さはそれほどでもない。もちろん、過剰な数で同時に攻められた場合は私達が対処するので安心して欲しい」


 そう言えば、周囲の騎士も任せろと言わんばかりに胸を叩く。訓練を通じて顔見知りの方もいるし、これは非常に心強い。

 ゴブリンの強さは知識としては知っている。一昨日も樹が言っていたが、俺達なら十分に勝てる見込みだ。


 ふと、グレイさんは俺の方を見た。グレイさんはあの日以降も、俺の事を高く評価してくれていて、こちらとしては少し褒め殺しされている気分なのだが。


 それも一瞬。やがてグレイさんの号令で、俺達は動き出すことになる。



 目的地は王都の外の森───街の外へは騎士団が使う道を通っていくと言う。



 勇者のことはまだお披露目出来ないらしく、街に堂々と繰り出ることは難しいらしい。だが、俺達が外に出れるであろう日も同時に、そう遠くないと言う。


 今日のところはまだ街を楽しむことは出来ないが、ある程度この世界でも自由に行動ができる日が遠くないと知れば、少しはワクワクもするというものだ。


 それは同時に、勇者としての責務も果たしていかなきゃいけないのだろうが……。


 グルリと王城を回って裏手側。ここは王都の北部に位置しているようで、裏手から出ると、そのまま直進するだけで街の外に出ることが出来るようだ。


 その道は人気がなく、文字通り直線にに続いていた。王都のみならずこの世界の街は基本的に防壁に覆われているが、これは魔物の進行などに備えるためだと言う。壁が高いのも、飛行系の魔物の侵入を少しでも阻むためらしい。


 それが村などの小さな規模になると難しいのだが……それはともかく、その壁の一部分、突き当たりが門のようになっていて、近くには門番らしき人が立っている。


 「現時刻より、勇者殿を引き連れ北の森まで遠征へと向かう。門を開けてくれ」

 「確認致しました。皆様に女神の加護があらんことを」


 グレイさんと門番の人が一言ずつ話せば、何やら少しの動作の後、重苦しい動きで門が外側に倒れていく。


 「そんな仕掛けが……」

 「凄っ、あんなん初めて見るな……」


 つまり、跳ね橋なのだろう。街の外側、防壁を覆うように堀があり、門だと思っていた部分はたちまち橋となった。


 現実にそんな仕掛けを見るのは初めてなので少し興奮する。これぐらいなら別に地球でもあるにはあるだろうが、日本だと中々お目にかかれもしない。

 

 その橋の奥、開けた視界には、まさにファンタジーとも言うべき大草原と、そしてすぐ近く、恐らく一キロか二キロぐらいの場所にある、森が見える。


 「ここから先は毎日巡回しているが、確実に安全とは言えない。勇者殿達は、しっかりと私達についてくるように」


 グレイさんが一度振り返って言えば、俺達は頷く。ここから先はおそらく、魔物が出る区域ということなんだろう。

 だがそれでも、この開放的すぎる場所は、緊張とは無縁に思えてくる。一歩壁から外に出れば、柔らかで穏やかな風が頬を撫でていき、日本では感じることの無いその風の感触に、思わずその頬を自分で撫でてしまったほどだ。


 「……本当に、違う世界だね」

 「あぁ、改めてそう思う」


 俺の隣で、叶恵が呟いた。純新無垢で感受性も豊かであろう叶恵には、多分俺よりももっと直接感動を味わっているはずだ。

 異世界。地球のどこか、ヨーロッパの方にはこんな光景もあるのかもしれない。だがそれでも思う。ここはやはり、異世界なんだなと。


 「……っ」


 その、少しこの世界のことを、良いなと思った瞬間、それを否定するように胸がズキンと痛む。


 それは一瞬のことで、気の所為にも感じられるぐらいのものだ。実際、痛みとは言っても今のは精神的なものなのだろう。


 ───俺は地球に、日本に帰らなくてはならない。だからこっちの世界を許容しようとするのは、それこそその意志を弱めてしまう気がして。


 だからその考えを振り払うように、グレイさん達に続いて歩き出す。俺は別に頑固者ではなく、この世界を良く思おうが、元の世界に帰ることに変わりはない。




 隣を歩く叶恵は、とても楽しそうだった。




 ◆◇◆




 森までの距離はやはり二キロ程度だった様子で、十数分で着いた。

 近くに来れば普通に大きい森だ。一応道はあるものの、木々はほとんどが十数メートルもあり、広がる葉は光を全て受止め、中にはほとんど零してくれない。


 木漏れ日にしては少なすぎる光量だ。


 その入口で、俺達は更に二つに分けられる。全員で行くとこの森では動きにくいのだそうで、時間差で入るようだ。俺は叶恵と一緒にしてもらい、俺の実力を知っているグレイさんは、更に比較的戦力に不安がある四人ほどをこちらに入れた。


 名前を言っても仕方ないと思うが、入ったのは原田はらだ

雄平ゆうへいえんじゅ一実ひとみ神無月かんなづき果穂かほ甲田こうだ千鶴ちずる。誰も彼も武器の扱いより、魔法の方が得意という連中だ。

 今回、魔法を実戦で扱えるかどうかは、マリーさん曰く慣れなきゃ無理との事で、あまりあてにしていない。魔法はイメージや魔力操作に集中力を必要とするので、戦闘中であれば動きが止まる可能性がある。もちろんゲームと違って相手は待ってくれないので、それは危険だ。


 そうして六人ずつに分かれ、俺たちが最初に森の中に入る。グレイさんは居るものの、先導はせず、先頭には俺が居る状態だ。


 「トウヤ殿達は正面を警戒しながら進んでくれ。殿は私が務める。ゴブリンは気配を消して奇襲をしてくるが、もし危険な状態になっても私が入るから安心してくれ」

 「分かりました。叶恵達は離れるなよ。警戒って言っても難しいと思うが、まぁ、茂みとかに目を凝らしとけ」


 グレイさんの言葉に頷いて、即席の指示を出す。従順といえばクラスメイトに対して不適切かもしれないが、問題児なんていないので俺の言葉に直ぐに頷いてくれる。


 「ふっ、夜栄よ。そう気を遣わずとも、警戒など俺一人で十分……」

 「雄平に全部丸投げしてもいいのか? 俺は一向に構わんけど」

 「……ここは貴様に場を預けるとしよう。警戒はできても、指示を出すのは夜栄の方が適しているからな」


 言い忘れていたが、雄平は厨二病予備軍……もとい、魔法という力を手に入れてからはガチの厨二病になっている。

 まぁ扱いは心得ているので問題ない。根は気弱な性格なので、今のように言ってきたら、言われた通り全部を頼ろうとすれば直ぐに大人しくこちらに主導権を戻してくれる。


 「厨二病乙」


 女子の中でも特に物言いがハッキリしている神無月が躊躇いなく言えば、雄平は咄嗟に言い返そうとして、止めた。


 な、気が弱いって言ったろ?


 「それは禁句だぞ神無月」

 「はーいごめんなさい」

 「……夜栄には素直に従うのかよ」

 「ん〜?」


 一応咎めるように言えば、神無月は素直に返事はするが、雄平が無駄な一言をボソッと呟くから意地の悪い笑みを向けられる羽目になる。


 まぁ、ちょっと性悪なのだ。雄平が再び何かを言い返そうとするが、先ほどと同じように鎮火した。やはり面と向かって言い返すことは出来ないらしい。


 それからはグレイさんを後ろにして、ゆっくりと森の中を進む。一人二体ほど倒せということは、合計で12体倒せばとりあえず目標は達成ということなので、出来ればゴブリンとは早く会いたい。


 「なんか、怖いね」

 「ここには魔物がいるって話だし、そう感じるのも仕方ないだろう」

 

 そんな中俺の左腕にしがみつくように、実際にはしがみついていないのだが、そんな風に身を寄せてくる叶恵に答えた。

 ただでさえ薄暗い森だ。そしてここにはゴブリンや、もう少し奥の方にはフォレストウルフという狼のような魔物が生息している。


 それだけで、恐怖が出てしまうのだと思う。


 そしてそれに呼応するように、どこからか『ギッギャッ!』という不可解な鳴き声が響いてきた。


 「きゃっ!?」

 「今のはゴブリンの声だな。奴らはコレでコミュニケーションを取る。声を上げたということは、別にこちらに気づいているわけではなさそうだが、恐らく近くにもう数体居るぞ」


 その言葉通り、鳴き声に答えるようにさらに複数の声が前方から聞こえてくる。

 音だけを頼りにすれば、そう遠くはなく、一体は確実に50m以内には居そうだ。だから全員して口を閉じ、緊張と恐怖で固まった顔をする。


 左腕に、今度は思わずしがみついてきた叶恵の頭を幼馴染み特権で一度撫でてから、俺は振り返る。


 「グレイさん、改めて聞きますが、ゴブリンは純粋な戦力を比較すれば、俺たちでも十分に討伐可能ですよね?」

 「あぁ。一対一なら確実に勝てるだろうし、二対一でもパラメータのおかげでそこまで劣勢になることは無いはずだ」

 「ありがとうございます……ということで、俺達ならゴブリンには十分に勝てる訳だ。あとは、恐怖心に打ち勝つだけだな」


 問題はそこだ。刃物を生物に振り下ろすのは非常に勇気がいる。料理するのとはまた違うのだ。遠くから銃で狙いをつける訳でもない。


 至近距離で、その生き物の肉体に刃物を差し込むことになる。今回であればそれが剣であり、相手がゴブリンということだ。

 相手を刺す恐怖はもちろん、近づかなければいけない恐怖もある中、その恐怖心に打ち勝てなければ行動なんて起こせない。


 「私、出来るかな……」

 「ま、最初は俺がここまでゴブリンを連れてきて、戦うから、お前らはここで待ってろ。目の前で俺が倒せばある程度薄れるかもしれんし……グレイさんもここで待っていてください」

 「うむ。だが、大丈夫か? トウヤ殿も初めてなのであろう? 魔物に対して恐怖で体が動かず、というのは誰にでも最初はあるものだが……」

 

 最もだ。俺だけが平気である保証は何も無い。俺も拓磨も、他の奴も皆高校生で、その精神は大人と比べれば決して強くはない。


 仕方ないと割り切ることも、高校生には出来ないところがあったりする。生き物を殺すのなんてそんなもんだ。


 だがそれでも俺は、多分そう葛藤などないだろうと確信している。


 この世界での認識は、魔物は倒さなければいけない存在。向こうもまたこちらを殺しにくるからだ。

 そんな相手に恐怖して動けなければ、こちらが殺されてしまうだろう。


 それを俺は理解し、実践できる。止まったら死ぬと頭でも体でも理解しているから、動ける。


 それに、別に命のやり取りなんて、初めてという訳じゃない。


 「訓練を経て色々経験しましたからね。大丈夫です」


 力んだりせず、リラックスしたように言えば、グレイさんは頷いてくれた。

 こんなものは序の口に過ぎない。だからこんな所で止まることも無い。


 「刀哉君、気をつけて……」

 「危なくなってもすぐに戻ってくるから平気だ」


 本当に危ないならグレイさんに対処を求めるぐらいはするので、その点は流石に考えている。


 鞘からスッと剣を引き抜き、俺は一人、先へと進んだ。


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