第15話



 翌日の朝食時。すぐにメイドにより昨日の……騎士団同行の元、魔物を倒しに行く旨が伝えられた。


 期間は明後日と明明後日の二日間で、勇者を二組に分けるようだ。また、昨晩拓磨が言ったように希望制となっていたが、流れるように全員参加が決まった。


 分け方としては戦力比を偏らせたくないとのことで、ある程度実力を考慮したわけ方になるらしいが、恐らく俺と拓磨は別れるだろう。

 樹か美咲か、おそらくどちらかとは同じ組になると思うが、問題は叶恵だ。あいつ、俺と付きっきりの方が良くないか? 流石に怖いので、それがいいと思う。


 


◆◇◆




 後日に控えた実戦のために、俺も非常にやる気を見せながら訓練へと臨む。


 よく勘違いされるが、俺は努力は怠らないタイプだ。まぁそりゃ、たまには面倒臭いとかで怠けることもあるが、基本的には何事も準備をしっかりしておく。


 どれだけ能力が高くとも、失敗はつきものだ。俺とて一度も失敗したことがない、なんてことはない。ただ人より成功率が高く、覚えが早いだけで、完璧では無いのだ。


 俺がレベル1にも関わらず、現役の騎士達との試合に勝てる〃〃〃という事実があろうとも、楽観視はしない。

 大人と子供であっても、殺し合いになれば子供が勝つ可能性はゼロじゃない。どっちも刃物を急所に入れるという条件は同じだ。子供だって物を使って攻撃はできるし、一か八かで刃物を投げられ、それが刺されば大人も動きは鈍る。


 それと同じだ。だからこそ、より気合いを入れなければならない。少しの失敗も許されないのだから。


 ちなみに今回の相手は、慎二には断りを入れて、美咲にしてもらった。慎二は美咲の相手であった、剣道部女子の剣持と一緒にやって貰っている。

 

 というのも、美咲とは一度話をしておきたかったのだ。


 「実戦、魔物……」

 「怖いか?」

 「もちろん怖いわね。同じ人間が相手でも、怖いもの」


 美咲は正眼に、俺はダラりと剣先を下げる形で剣を構えながら、話す。怖いとは言いながら、その瞳は微塵も揺らいでいない。

 美咲は覚悟ができているタイプの人間だ。その点で言えば、もしかしたら拓磨にも匹敵するかもしれない。


 恐怖は感じてると思う。ただ、恐怖はあっても、緊張はない。


 「でも、怖くて体が動かない方が、怖いもの。だから、怖いだけ。刀哉君もそうでしょ?」

 「……そうだな、俺も似たようなものかもしれない」


 なるほど、確かに体が動かなくて、その方が怖いだろう。命のやり取りに恐怖を感じていても、それで動きが鈍れば万が一を誘発してしまうだけだ。


 だから、美咲は緊張しない。思うだけではもちろん無理だ。それ相応に肝が据わっていなければ、緊張しないことなんて無理だ。


 それが出来る、つまり覚悟が既にできているから、美咲は強い。女子の中では一番と言ってもいいほどに。

 それを俺は、出来ているだろうか。覚悟は、出来ているか?


 ───元の世界に帰る。俺はずっと、それだけを考えてるからな。だから、こんな所で恐怖なんか感じてる暇はない。覚悟と言うよりも、使命〃〃

 何がなんでも帰らなきゃいけない。その為ならなんでもしてやると言う、意志。


 それを俺は、口にはしないで。


 「───さて、そういうことなら俺もこれ以上は何も言わない。美咲には癪かもしれないが、今日は俺が相手をするから、遠慮なく打ち込んでくれ」

 「もちろん。そのつもりで声をかけてくれたんでしょ?」

 「あぁ、後はまぁ、さっきも言ったように大丈夫かなって確認だが、美咲はやっぱり強いからな、いらない心配だった……そこに関しては俺も負けるよ」

 「私も、そうやって私のことを心配してくれる刀哉君には負けるわ」


 お互いに褒めていたら、終わりはしない。美咲が既に動き出そうとしているのを見て、俺は口を噤んだ。

 精神も強いが、美咲はそれ以上に実力もある。俺や慎二のように規格外とまではいかなくとも、剣の扱いだけなら拓磨をも超えるだろう。ただ身体能力では男に分があるだけで、同じ条件でやれば技術は美咲が抜きん出ている、


 だから俺も、決して油断できる相手ではない。負けることはないと思うが、誰にでも足をすくわれる可能性はある。


 「……それじゃ、行くわね」


 その瞬間、返事を待たずにサッと首元に伸びてきた剣。それを弾き、明確に勝負が始まった。


 力強くはない、しかしとにかく鋭い攻撃。


 その全てを俺は弾き返した。だが美咲が大きな隙を晒すことは無い。面白いように、勢いを全て受け流されていた。


 動きはしなやかで、それでいて素早く……力任せにはならず、美咲は徹底的にヒットアンドアウェイの戦法をとっていた。俺と力比べになれば勝つのが難しいと踏んでいるのだろう。


 それは正しいかもしれないが、回避を織り交ぜた戦い方は、俺も専門としている。今回は別に攻守を決めての試合ではなく、好きなように戦うものなので、俺から攻めても問題は無い。


 一歩踏み込んで逆袈裟に剣を振り抜く。それを美咲は身を翻して回避し、ついでに追撃を防ぐように剣が振られる。

 その妨害を掻い潜って更に近づけば、美咲は躊躇いなく膝を持ち上げた。


 俗に言う、膝蹴りだ。女の子がしていい技じゃないと思うが、実は殴りや蹴りを一番最初に使ったのは俺であり、その後拓磨や美咲等が使い出したのは内緒だ。


 その膝蹴りは、だが残念、読んでいる。


 膝蹴りと同時に俺の足が美咲のその膝を捉え、あろうことか踏み台にしていく。


 「嘘っ!?」


 グラッと一瞬かかる体重で、片脚で支えていた美咲の体が傾く。俺は美咲の膝を踏んで、蹴りで追撃などはせずに、その場でクルッと一回転だけして地面に降りる。


 アクロバティックな動き。そうそう出来るものじゃないのは理解しているので、ドヤ顔のひとつでも決めてみたくなるが、辞めておこうか。


 「っと、流石に顔辺りに蹴りを入れるのは悪いからな……怒ったか?」

 「……私で遊ばないでくれるかしら、もう……」


 少しだけむくれたように見える美咲に、悪い悪いと首を振る。だが今のは、ああいう防ぎ方もあるという実演だ。別にパフォーマンスのためだけではない。膝蹴りに限らず、力や体勢を利用されるのはありふれた事だ。その一つを実践してみせただけ。


 とはいえ、まだ継続しているのも事実。美咲は少し釈然としないような顔をしながらも、すぐに剣を構え直し、ぐっと距離を縮めてくる。


 改めて、油断はしない。余裕があるように見えて、少しでも気を抜けば美咲の一撃は俺に届く。如何に集中力を切らさないかが重要だ。


 


 ◆◇◆


 



 樹とは最近、あまり喋った記憶が無い。もちろん普通以上に喋ってはいるのだが、言っては悪いがそこまで特別な会話をしたわけじゃないという話だ。


 ただ、今日はそのタイミングがありそうだと、毎度のように来る図書館で樹を見つけた。


 「少しうるさくなったら悪い」

 「……そう。わかった」


 会話をするため、俺はあらかじめルリにそう告げておけば、ルリは特に責めることもなく、理由を聞くことも無く頷いてくれた。

 最初の頃と比べると随分な進歩だ。司書から許しを得たので、俺は座る樹の隣へと向かった。


 「よっす」

 「……お、刀哉か。珍しいな、図書館で声かけてくるなんて」

 「今朝のこと、どう考えてるのか気になってな。それで少し確認しに」


 素直に最初から言えば、樹は頷いて納得したように見えた。


 「あぁ、あの魔物ととうとう戦うっていう……わざわざ聞きに来るなんて、お前は保護者かよ」

 「かもしれないな。嫌か?」

 「これが、別に嫌じゃないんだよな。心配はありがたく受け取っとくけど、特に問題ないぞ? 訓練の成果を活かして戦うだけだ。その行く先の森の情報も、頭にもう入ってるしな」


 手が早い。最近では地理や歴史、魔物に関しての本を読んでいた気がするので、それ関連なのだろう。王都の近くともなれば、ある程度情報も正確にありそうだし。

 補足のつもりか、樹はそのままその森の情報について話を続けた。


 「生息する魔物はEレートの『ゴブリン』と、Dレートの『フォレストウルフ』。特別強い魔物もいなくて、ゴブリンの方はレベル1の俺たちでも一対一なら確実に倒せる見込みだ。多対一や、動きの早いフォレストウルフが来るとなると少し危ないが、それを防ぐために騎士団が同行すんだろうし……それに基本的に刃物で戦うゴブリン相手なら、間合いの広い俺の方が多分有利だしな」

 

 なんて、力こぶを作って言ってみせる樹。樹は実は剣ではなく、槍を途中から扱うようになっており、当初は安全性と扱いやすさの点で槍を選んだらしいが、そのまま槍の方がしっくりくるから、使い続けているらしい。

 また、ゴブリンは濃い緑色の皮膚をした身長1メートルから1.3メートル程度の人型の魔物で、人間が落とした武器や、自作した武器を装備して襲ってくる。だがその体格上大きな武器は扱えないため、確かに槍の間合いの広さは有利に働くだろう。


 ちなみにだが、魔物には種族毎にレートという評価があり、最も下のFから最高レートのS+まで存在していて、ゴブリンが分類されているEレートは、武器を持った訓練をしていない男性が撃退できるレベルとされている。

 あくまで撃退で、討伐ではないが、俺達は高校生とはいえ勇者で、普通よりパラメータが高いため、十分に倒せるだろう。


 だから樹の分析は的を得ている。それ故の平静、ということか。


 「けどな、実際の殺し合いなんて何が起こるかわからない。用心するに越したことはないぞ」

 「それは違いない。ただ、別に俺も『だから平気』なんて楽観視はしちゃいないぞ? 最大限警戒はするつもりだし、ただ気負いすぎても人間は体が動かないから、適度にリラックスさせてるだけだ」

 「それならいいが……」

 「心配か?」

 「心配だな」


 正直に言う。そう、俺は多分皆が心配なのだ。自分ではなく他人が、という点は、拓磨と少し似てるかもしれない。

 ただ俺の場合、それが特に親しい友人に対して絞られているだけ。俺は美咲や樹に叶恵、そしてもちろん拓磨も、こいつらがもしもの可能性に遭うのが心配なのだ。


 じゃなかったらわざわざこんなこともしない。


 「……お前はなんでも出来るからな。だからその分、鈍臭い俺や、女子の美咲ちゃんに叶恵ちゃんと、リーダーなんて重責を引き受けてる拓磨が心配なんだろうけど、言っとくが俺もお前が心配だからな? なんでも出来ても、それ以前にお前も俺達と同じ高校生だ」


 指を突きつけられながら、樹に正論を言われる。そう言われてしまうと、俺も色々ということは出来ないが……。


 「どんなに凄くても、お前と俺は立場が同じだ。それで一方的に心配なんざ、上から目線すぎるぞ」

 「うっ、それは……すまん……」


 何も言い返せなくて、謝るしかない。上から目線、俺がやってる行動はどれも、俺が保護者で、こいつらが被保護者であるかのように認識している故のものかもしれない。


 無意識ではあるが、言われればそうとしか思えない……昨日の拓磨との一件も、そう考えられなくは無いのだし。

 俺が予想以上にショックを受けていると分かったのか、樹は慌てて言葉を紡ぐ。


 「あ、いやまぁ、心配はありがたいから気にすんな。ただ……だから、互いに無茶をしない。そして最善を尽くす。それでいいだろ? 親友なんだから、心配だけじゃなく信じることも必要だと思う。俺はお前が心配だけど、お前なら大丈夫だと思ってるから、必要以上に心配も何もしない」


 ふふん、とそこを誇るように樹は胸を張った。まるで、『俺の方がお前のことを対等な親友だと思っている!』みたいな、そんな風にマウントを取っているような。

 それが酷く心地よく、同時にそれは俺も樹に、樹達にやってやるべきものなのだろう。


 「……分かった、俺が悪かった。そうだな、確かにそこまで考えてる樹なら大丈夫だ。親友だから、俺もそう信じる…………どうだ?」

 「どうだって、俺に聞いてどうするよ……いや、それでいいと思いますよ? というか親友とか、そんな小っ恥ずかしいことよく言えるな」

 「お前が先に言ったんだろうがよ」

 「知らん。取り敢えずあれだ、俺はまぁ大丈夫だから、お前はもう少し自分のこと心配しろよな……」


 顔こそ赤らめていないが、照れたように顔を逸らした樹は、せめてもの抵抗とばかりにそんなことを呟いた。


 「自分のことは問題ないんだよ」

 「嘘つけ。お前、何してるか知らないが、ここ最近まともに寝てないんだろ? 隈は無いみたいだが、肌が普段より若干荒れてるように見えるぞ。それに焦点も、支障自体は無さそうだが少し下がり気味だ……俺の事心配すんなら、その寝不足ぐらいは解消してからにしろよ」


 サラリとそんなことを指摘してくる樹に、俺は驚きを示そうとして……樹はなんだかんだこういうやつだったなとすぐに理解する。

 種類は違うが、俺が感情を仕草とかそういうもの無関係にるように、樹は体のほんの僅かな変化を見抜く。観察眼はもちろんのこと、知識やそれを現実に当て嵌め比較できるのもまた特技なのだろう。


 諦めたように、俺は頷いた。


 「……よく分かったなホント……了解、今日は早めに寝る」

 「そうしとけ。まだもしかしたら部屋に慣れてないのかもしれんけど、寝れない時はゆっくりと腹式呼吸をすんのもいいぞ」

 「覚えておく」


 そうすれば樹は、やはり心配の色を見せながらも、それ以上は何も言わなかった。

 寝不足、か。昨日は寝たが、今日は確かに寝ていない。最近は二日に一回しか寝ないサイクルが続いているので、その影響が徐々に出始めているのかもしれない。


 どちらにせよ今日は元々寝るつもりだった。今日は〃〃〃

 多分樹は、そこを推測したのかもしれない。ただそれでも言わなかったのは、それこそが信頼なのか、それとも……言っても無駄だと悟ったのか。


 何にせよ、しばらくの間は睡眠は最低限が続くはずだ。


 樹が本を読み出したのに合わせ、俺は僅かに罪悪感を持ちながら、その場から逃げるように離れた。

 

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