第14話

 最近前書きご無沙汰してますが、元気ですよ。(作者の近況報告)


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 部屋へと戻る道中。現在の時間帯といえば、流石に皆自分の部屋に篭っているが、廊下を歩く一人の背中を見つける。


 「拓磨……?」


 この時間帯に出歩くのは何か用でもない限り不自然だ。もしくは、寝れなくて夜風でも浴びに行くのか。


 少しの間考えて、追いかけることにする。俺にとってそんなやれることは多くないが、一週間経ったことで、一度あいつの中で頭の中を整理したいこともあるのかもしれない。

 だが、一人にするのは良くない。無理にでも吐かせるのは人によっては悪いが、拓磨はむしろ溜め込むタイプなので、俺から聞いた方が良さそうだ。


 後をついていけば、拓磨は城の外に出た。外に出るルートは幾つかあるが、拓磨が出たのは城の裏手。まず俺達は用がない場所だし、人気は確かにない。


 こんな場所に来るのだから、やはり気持ちを落ち着かせるためとか、そういうことなのだと思う。


 「………」


 外に出て、月以外に浮かぶものは何も無い夜空を見上げる。俺はその背中に、音もなく声をかけた。


 「拓磨」

 「……刀哉か」


 俺が来たことに驚いた様子もなく、落ち着いた声が返ってくる。だが少し、期待は入っていたような気もした。

 それだけで、今の拓磨の精神状態はわかる。今日の昼間は普通だったので、夜に何かしらあったとみていいだろう。


 「どうした、こんな時間に」

 「お前こそ、どうしてここに居るのだ?」

 「俺は、何か思い悩んでそうな友人の背中を追ってきただけですよっと」


 敢えて普段通りに、いや、普段通りと言うには積極的すぎるので、普段よりは距離を詰めるように、振る舞う。

 僅かな草と土の感触を足裏に感じながら隣まで行けば、同じぐらいの身長の拓磨は、横目で俺を見て、すぐに空へと視線を戻した。


 「何か、不安か?」

 「不安がないと言えば、嘘になる……いや、今のは強がりだな。正直に言えば、不安だらけだ」

 「なら、話してみろ。お前は俺になら、そういうこと話せるんだろ?」

 「………」


 残念だが、逃がすつもりは無い。ここで拓磨を見逃せば、こいつはきっとその不安を胸に抱えたままにするだろう。

 今はちょうどいいタイミングだ。この時間帯に、居るのは俺一人。話すことは容易だろう。


 だから拓磨も、自然と口を開く。


 「……実は先程まで、王女殿下と少し今後について話していたのだが」

 「どんな話だったんだ?」

 「今から二日後と三日後に、騎士団同伴で俺達も魔物を倒しに行く、という話だ。実戦経験と、レベルを上げることが目的らしく、それをどうかと勧められた」

 

 意外、ではない。むしろ予想出来た内容だ。

 

 俺はなるほどと頷く。それは合理的な内容で、この世界で戦力を強化するなら、レベルを上げるのが最も早い手段だ。

 それを騎士団同伴であれば、より安全な形で行える。


 「お前はなんて答えたんだ?」

 「もちろん、了承した。ただ、全員が参加ではなく、希望者ということにはなるが……まだこのことは誰にも話していないからな、流石に全員参加は確約できないが、この機会が最も安全であるのも事実なのだ」

 「あぁ、俺もそう思う。が、じゃあ何に不安を持ってるんだ?」

 

 拓磨もまた、それがわかっていて、承諾したと言う。ならば逆に、一体何に不安を持っているというのか。

 拓磨もそれを話そうと、すぐに続けた。


 「魔物と戦うということつまり、命のやり取りだ。殺すのはもちろん、こちらが殺されるかもしれない立場になる……弱い魔物が相手のうちはいい。だが俺達に求められているのは、『魔王』という存在の打倒だ。ソレと戦う時、いや、その前にも想像もつかないような化け物がいるかもしれない。そんな相手と俺たちは将来的に戦わなければいけなくて……それで、誰も死なないでいることなんて、できるのだろうか……?」

 「……それが不安か」

 「………そうだ、これが今俺が持っている、不安だ」


 声音は震えていないのに、あの拓磨が、怯えているように見えた。

 実際、怯えているのだろう。死という恐怖、それを仲間に、クラスメイトにも感じさせることへの恐怖を、こいつはリーダーだから、人一倍感じている。


 全員が全員、強い力を持っているからと言って、殺し合いができるわけじゃないかもしれない。もしかしたらその時の自分達ではどう頑張っても勝てない敵が出てくるかもしれない。

 そんな時、知り合いの顔がいつの間にか見えなくなっている可能性も、自分がそこから居なくなっている可能性も、少なくない確率で存在している。


 「刀哉、教えてくれ……俺達はこれから、一体どうなる〃〃〃〃?」


 縋るような声。普段堂々と構える拓磨が唯一俺に見せる、本音。


 ───もしここで拓磨が、『どうしたらいい』と聞いてくれば、きっと俺は拓磨の不安を解消する方向で話を進めただろう。


 だが違った。拓磨が求めたのは、そんな救いの糸を垂らして欲しいという懇願ではなかった。


 今こいつは、アドバイスや慰めではなく、答え〃〃を求めている。不安を打ち消すとかそうじゃなく、確かな、俺の考えを。どうしても先を考えたくない自分の代わりに、俺に考えてくれと、頼んでいる。


 俺とて考えなかったわけじゃない。何度か算盤を脳内で弾いてみて、いくつと浮かび上がる要素を考慮し、そして導き出してしまう。


 決して、ハッピーエンドには結びつかないような可能性を。物語のような理想の結末を省いた、現実的な予想、予測。


 「……いいのか?」

 「あぁ、頼む。今はそれが、知りたいんだ」


 最後の確認。その時点で拓磨は、きっとあまり結果が宜しくないことを悟ったはずだが、それでもなお、頷いた。


 だったら俺は、答えるだけだ。友人として嘘偽りなく……。


 「……全員で生き残れる可能性は、五分五分。これは一人が死ぬか全員が生き残るかじゃなく、一人以上〃〃が死ぬか、全員が生き残るかの二択だ。更に生き残った場合も、数人が精神を病む可能性は捨てきれないし、誰かが死んだ場合にはその確率はもっと高くなるだろう」


 現実に絶対はない。だがそれでも導き出せる。

 俺たちがどれだけ凄い力を持っていようと、刃物で切られて傷つかないわけじゃない。その時点で死の可能性はあるし、何より勇者は他の誰よりも戦いに身を投じることになるだろう。

 それだけ、不意をつかれて死ぬ可能性も、ましてや餓死なんて言う酷い結末もあるかもしれない。人間同士の争いに巻き込まれて、なんてことも、ないとは言えない。


 「この世界に蘇生が可能な魔法は、今のところない。だから死んだらもちろん、それで終わりだ。そして、痛みも別に和らいでるわけじゃない。腕を斬られれば痛いし、慣れるまではその痛みで上手く動けないかもしれな───」


 俺は途中で、言葉をやめた。淡々と語る俺に対し、拓磨は、見るからに顔色を悪くしていたからだ。


 なまじ頭が働くから、今の可能性を自身で計算し直して、再確認させられたのかもしれない。


 現実的な考えというのは、大抵の場合は悲観の類になる。

 そして今回も、その例に漏れない。全員が生き残るのに必要な要素と、それらをくぐり抜けて導き出せる可能性……。


 その結論に至れば、自然と呼吸は荒くなる。目眩がしてくるだろう。それを見越していたから、俺は言葉を止めて、拓磨の背中を数度叩いていた。

 少しでも気を逸らせられれば、後はどうとでもなる。


 「……すまない」

 「構わん。俺も少し見誤った……今のは全部、最大限悲観した場合の話で、中にはイレギュラーな要素が入ってる。だから、あまり考えすぎるな」

 「いや、良いんだ。少なくともこれで俺は、甘く考えなくて済むだろう……今の俺が最も恐れているのは、現実逃避をすることで、楽な道に逃げ込もうとすることだ。そうならないために、これがちょうど良かったのかもしれない」


 言った拓磨は、だがその実、やはり辛そうだ。今こいつは、明確にクラスメイトの命を認識してしまっている。それらが全て、背中にのしかかっている状態なのだ。

 しかしそれを心配すれば、耐えようとしている拓磨の意志を蔑ろにすることになる。ましてや、今の状況で単なる慰めがいい方向に働くかといえば、そんなことも無い。


 だから……頷く。


 「そうか……だがこれだけは知っておけ。リーダーのお前に全責任があるわけじゃない。自分のことは全て、自己責任だ。皆それくらいの自覚は、多かれ少なかれあるから。だから、気負い過ぎるな」


 最後の言葉は慰めではなく事実で、けれどそれが、せめてもの俺からの手助けだったのは間違いない。


 「……ありがとう」


 決して、好調とは言えないながらも返事をした拓磨は、少しだけ、笑っていた。

 

 多分拓磨は、明日からは普通に戻るだろう。何も心配はいらないように振る舞うに違いない。

 だがまだ、克服したわけじゃない。拓磨は不安を解消できなかった。俺もそう動かなかった。


 もしこの不安を克服出来れば、きっと拓磨は、今まで以上に強くなる。完全なリーダーとして、成長するだろう。そうなるように、俺も全力で拓磨を支えなければいけない。


 絶対に、失敗などさせないように。そのために、俺は自分の事で悩んでいる時間は、無い。

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